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新玉のボールが飛んできたら打つ/広瀬ちえみ『垂人』13号より
『垂人』の13号が届く。
『垂人』は、俳人の中西ひろ美さんと、
大好きな川柳作家である、
広瀬ちえみさんのお二人で編集と発行をされている雑誌。
楽しみながら誌面作りをされているさまが伝わってくる。
作品も散文も読み応えがあることはもちろん、
14号原稿締切・梅雨に入る頃
というチャーミングな一行を奥付にみつけて、
おもわずニッコリしてしまう。
*
サボテンの花が咲いたら起こしてね れいこ
冬の日、春の日、とめまぐるしく気温が変わる。
きょうは春の日らしい。
両親を乗せてドライブに出かける。
ふたりとも去年の秋に行った、
郡上大和の道の駅がたいそうお気に召したらしく、
片道一時間半、R156を北上する。
長良川に沿ったこの道の景観はすばらしい。
道の駅でふきのとうをみつけ、蕗味噌を作るため大量に購入。
片手にかかえきれないほど大ぶりのミモザ(の枝)もあって、
黄色いちいさなぼんぼんみたいな花をいっぱいつけている。
陽気なハミングが聞こえてきそうな。
そのかわいらしさと、大胆な大きさに惹かれて、
手持ちの花瓶には収まらないことを承知で買う。
帰ってから陶器の傘立てに水を張って居間の片隅に、
小さめの枝はデキャンタに活けて出窓に置く。
部屋の中が一気ににぎやかになった。
*
ちがうなあ、と思う。
おなじ景色のなかにいて、
おなじ言葉をつかいながら、
ちがうことを思っていた。
事実はひとつかもしれないが、
真実はひとの思いの数だけあるのだ。
*
ハリマオを待ってたころの膝の傷 れいこ
午前中に掃除と洗濯をすませ、
午後、朝日新聞のIさんに会うため、
自転車でJRの駅ビルに出かける。
彼女のひとなつこさげな表情や、
ふんわりと相手を包み込むような話し方に誘われ、
川柳の歴史の概略や、現在の川柳事情など、
問われるまま、あるいは問われないことまで、
実にまとまりのない話をする。
気づいたら、すでに二時間が過ぎていた。
*
難しそうな漢字が横にいっぱい並んだ名刺をもらう。
りっぱそうな肩書きがついて、
超多忙になった元野球部員のO君と、久しぶりの会食。
週に二回は東京だという。
名刺の住所は有楽町だった。
ウーロン茶で乾杯し、
ひたすら料理を食べることと、話すことに専念する。
異性意識が希薄な相手であるので、お互いにらくちんだ。
寒ぶりやとり貝を食べながら、ちょっとだけ深刻な話をし、
くだらない話をしながら、串揚げを食べる。
気づいたら十二時をまわっていた。
それでもコーヒーを飲まんと気がすまん、
というO君につきあって、
かろうじて開いていたファミレスへ。
まずいコーヒーを飲んで午前一時に帰宅。
なんという不良、
と留守番をしていたうさぎに責められる。
*
風がやわらかくなった。
空がうすみず色になった。
梅が咲いている。
もうじき桜が咲くだろう。
生まれ変わるなら植物がいい、と思う。
生まれ変われないのなら、
今日をたいせつにしようと思う。
たいせつな今日があつまって、
「わたし」は出来ている。
*
右耳のことは知らない左耳 れいこ
雨。
休みになるとなぜか雨が降る。
雨であることを言い訳にして、
どこにも出かけず、
終日、読書にふける。
なんでもないはずのページで、
いきなり感情の制御ができなくなる。
十代の頃ならいざしらず、
本を読んで泣くなんて久しく体験したことがなかったので、
それ自体にも驚いたけど、
この物語の、ここで泣く読者がいるとは作者も想定外だったことだろう、
と、冷静に思う自分もいて、すこし安心する。
「なかはらさんは情緒的すぎるんだよ」
と、ついさいきん、
友人のO氏に言われたことを否応なく思い出してしまう。
いやはや。
*
どんなに居心地のいい場所であっても、
変わりたくないと願っても、
ひとはひとつところには留まれない。
それが、外的要因のためであれ、
内的要因のためであれ。
だから、過去はいつだって、
まぶしくかがやく。
*
ねじまき2月句会、題詠「何」に提出した句
空が来て何を書いてもいいと言う れいこ
休日。
仕事で近くまで来たというゆきちゃんと、
近くの梅林公園に出かける。
ほんとうは仕事なんかじゃなかったくせに、
この幼なじみには心配ばかりかけてしまう。
梅は三分から五分咲き。
公園の敷地内は梅の香りで満ちていた。
ほんのり緑がかった白梅や、薄いピンクの紅梅、
花簪のような枝垂れ梅、
どの枝も丸いかわいい蕾をいっぱいつけている。
ひときわ赤みの勝った蘇芳色の花にこころ惹かれる。
ベンチでたい焼きを食べながら、
女どうしの話をする。
目の前の池を見ながら、
梅も桜もどうして水のある方に傾くんだろう
と、ぼんやり考えるともなく考えていた。
幹も枝も、
どいつもこいつも。
*
アイコンが並ぶ波打ちぎわみたい れいこ
ねじまき二月句会。
午前中になんとか句稿をまとめ、名古屋へ。
すっかりまるごと春であるような、あたたかな一日だった。
大阪の伊丹からはるばる、
桐子さんとふでこさんが二度目の参加。
恐縮したり、感謝したり。
次回こそコメダに行きましょうね、きっと。
*
じぶんが何を書きたいのか、
どこに向かいたいのかわからないんだよね。
と言うと、
劣化することを恐れるなと、言われた。
とことん壊れた先に顕れるもののことを思う。
やっぱ、おぎーはすげえや。
と、思ったことだった。
もちろん、本人には言わないが。
*
言わないことがあって
言えないことがあって
自分に課したことがある
*
こめかみの月の砂漠とねんごろに れいこ
来週のあたまから10階の催し物会場でセールが立ち上がる。
ダンボール(大)5個分の納品の値札をせっせと付け替え、
その合間に接客をし、あわただしく一日が終わる。
帰り道である、柳ヶ瀬の劇場通りを歩いていると、
「れいこー」と背後から大声で呼ばれて、ギョッとする。
半ば予期しながら振り向くと、案の定、
このあたりに店を出している、高校の同級生のヨーイチだった。
彼にはもう何度も何度も、
ひとの名前を大声で呼ぶなと頼んでいるのだが、
いっこうに効き目がない。
「だからー」と、恨めしげに訴えかけるも、
テキは気づく様子もなく、
「いま帰りか? めし食いに行くか?」と屈託がない。
「やーだ。帰る」と答えて、さっさとその場をあとにする。
お互いに社交辞令である。
てごわい現実を生きているものどうしとしての。
しかし、岐阜は狭い町だと、
つくづく思う。
*
かわうそがものを食べるときの様子をみながら、
かわうそ好きなともだちを思い出していた。
かわいい顔が一変して悪魔のような形相になる。
ああ、これってクリオネみたいだ、
と、なんだかふかく納得する。
*
えいえんの角度にゆびを曲げてみる れいこ
朝、エレベーターを待つあいだ、
廊下のつきあたりから見える伊吹山と対峙する。
雪で白くなった山の、たぶん谷のあたりに、
青い山肌が露出して、筋肉のような筋が何本もはしる。
「おはよう、いぶき」と声をかけてみる。
日本中に数え切れないほどの山があって、
それらの山々が同じように雪をかぶっていて、
むしろ、ありふれた景色だと思うのに、
この、圧倒的なかけがえのなさ感は、
いったいなんだろう。
棚卸しのため、午後六時で閉店。
いつもはひとりで歩くアーケードを、
仕事仲間といっしょに歩く。
わたしより10センチほど背の低い彼女は、
わたしより歩く速度が遅い。
「はやーい」と言うので、
「おそーい」と言い返しながら、
歩調をあわせようとスピードを落としたとたん、
ドラッグストアに寄ってから帰るから、じゃあねと、手を振られ、
なんだか見放されたような気分になる。
*
ヒアシンスが満開です。
青紫の星のような花がひしめきあって咲いている。
暖房を落として部屋の温度が下がると、
涼しげな香りが濃くただよう。
そんなふうに一日が終わる。
*
ふるさとがきている膝のあたりまで れいこ
雨。
ここ数日、自己嫌悪の沼に首までつかっていた。
そういうときには、手を動すにかぎるので、
一心不乱に料理をつくる。
いわしのつみれ汁と、
帆立のクリームコロッケ、
アボガドと玉葱とツナのサラダ。
いわしの頭を落とし、人差し指で腹をひらき、
内臓をひきだす。
頭の方に人差し指と親指を入れ、骨をつまみ、
人差し指の第一関節あたりを尾のほうに滑らせ、
骨をはずす。
ひっくり返して皮を剥ぐ。
肉をペースト状になるまで包丁で叩く。
この一連の作業がすき。
じぶんがとても敬虔なひとであるかのような気分になれる。
*
どう伝えようか、ひかりであったこと れいこ
終日、雪。
ぼたん雪にはじまり、しばらく吹雪いて、
こな雪になり、みぞれになり、夜にはやんだ。
いちにちでこれほど変化する雪を見られるのも春だからか。
なんだか胸のなかがもやもやするので、
ともだちに電話する。
「イライラするから電話した」と言うと、
「イライラはうつるね」といって笑う。
私生活上のことにしろ、創作上のことにしろ、
ぶつかったり、投げられたりして、
痣ができたり、傷ができたりするたびに、
ともだちの透明な腕が伸びてきて、
さすってくれたり、撫でてくれたりする。
(ような気がする)
ありがたいことに。
悩みつつ、ずっと伸ばしたまんまだった髪を、
思いきって切った。
行きつけの美容院のおにいさんは、
「逮捕前ののりぴー」とかゆってましたが、
(そのたとえもどうかと思うが)
どうみても、ワカメちゃんです。
しくしくしく。
*
きゅうこんと鳴く魚の頭を落とすとき れいこ