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今年も終わりますね。
忘れがたい一年でした。
じっとこらえている部分と、
いつもより活発に動く部分と、
ごちゃまぜのまま一年を終えようとしていますが。
しばらくはこういう構えで。
結社に入会したことについては、
直接・間接的にさまざまな感想をいただきました。
(反応の多さにちょっと驚きました)
そうだろうなあ、という部分と、
それはちがうよ、という部分と、
きれいに半々なのですが、
何年も考えた末のこととはいえ、
誰かに説明したくなるような「物語」は実はなんにもないのでした。
やってみようという気持ちだけ。
落胆した、というメールをくださった方には申し訳ないのですが、
これでよかったのか? と考えるのではなく、
よかったというふうに、これからしていきます。
まずはそんな気持ちで。
今年も一年ありがとうございました。
よいお年をお迎えください。
*
おしまいにご紹介。
支援サイトはいくつもありますが、ひとまずここを。
被災地への支援物資を被災地の商店から購入できる仕組みです。
まだまだ不足しているものがあるようですので、
細く長く協力していけたらと思っています。
復興市場
http://fukkoichiba.com/
※一週間延長しました。番号が変更になっています。
予約番号「91821844」 11月8日 23:59 まで。
折りたたみペーパー作りました。
各自コンビニでプリントしてもらい、なおかつ折ったり切ったりしてもらうという、
どこまでもあなたまかせのペーパーです。
セブンイレブンの端末で「ネットプリント」というのを選択し、
予約番号「79517002」を入れると印刷できます。
60円かかります。すみません。
プリントしたものは、破線は折り、実線を切ると簡単な本のかたちになります。
作り方はここの動画がわかりやすいのでご参考にしてください。
http://bit.ly/mSU3xM
ここ何年か参加した題詠からの短歌16首をおさめました。
60円払ってやってもいいよという太っ腹な方は、
よろしければ見てやってください。
10月31日までプリント可能です。
劇団東風の「紙ノ月」を観てきました。
http://wind.ap.teacup.com/tong-poo/681.html
実は前回の公演の際、初めてアンケートを白紙で出したのでした。
うまく書けなかった。
これが今の東風に求められているものだとしたら、
あるいは、これが今の東風のやりたいことだとしたら、
わたしはもういい観客ではいられないかもしれない。
そんなことをぼんやり思ったことをおぼえています。
今回の公演のことを耳にしたときもずいぶん迷ったのですが、
結論から言うと、出かけていってよかったです。
とてもよかった。
くぐり抜けたなあ、というのがまず最初の印象でした。
(と書くとずいぶんえらそうですね。すみません)
役者さんたちがみんな怖がってなかった。
というか、怖がっているのをとり繕わなくなってた。
結果的にずっと広くなった。
広くて散らかって、乱暴で、まじめで、困っていて、よかったです。
なによりひさしぶりに速度を感じました。
持ち味だもの、速度。
物語ることへの指向は、
言い方をかえればある種の欲望だと思うのだけど、
ここ何年かの東風は、
言いおおせることに気をつかっている印象がありました。
言いおおせないことへの信頼でしか物語れないものがあると思うわたしは、
唐突に「人生の仕上がり具合」を差し出されたようで面食らったのだと思います。
狭く窮屈に感じていました。
今回はそこからまた少しねじれていて、
そのねじれの分だけまっすぐになって、
痛々しいけれど大きく感じられて、
そこがうれしかったな。
東風ももう二十年になるそうです。変化しながらも二十年。
てことは、少なくても十数年欠かさず観てきたことになるなあ。
前田さんは不惑不惑と書いてらっしゃいましたが、
あとは自由になる一方だからだいじょうぶ。
選択肢は自分ですきなだけ作れるよ。
次回公演もたのしみにしています。
年をとったらみんなで暮らそう。
おんなともだちと話していて定期的にそういう話題になる。
それぞれが部屋をもち、
食事時には集まって一緒にごはんを食べたりする。
本を貸し借りし、たまには深夜まで話し込む。
なにかの映画でみたような風景だけれど、
想像すればするほど、悪くない案に思える。
どこかのお金持ちに家を買わせよう。
どうやってだますの?
Kをいけにえに差し出せばなんとかなるよ。
ひどい。でもそれいいアイデア(笑)
そんなやくたいもないことを話しながら、
げらげら笑って。
欲望の話になったのだった。
欲望のありようが変化していること。
ぎらぎらしたものがすっと背後にさがったあとの、
静寂のこと。
過去の自分に「どうだまいったか」と言い続ける日々と、
過去の自分に「面目ない」と頭をさげたくなる日々。
フイユタージュ、クリーム、フイユタージュ、クリーム。
ひたすら重ねている。
九月になったので元気
たしなめられてうれしかったり
南のお茶にこころふるえたり
して
問うたり問われたり
(おもに問う愉悦に浸るわけですが)
でたらめとまじめのなかほどで
案じている
胃が痛くなるまで思い悩んだあの時間はなんだったのだろう
と 絶句するような出来事あり
経緯がどうであれ
それが誰にでも起こりうることである以上は
最大限想像をはたらかせ配慮したいと思ってきたけれど
残念ながら理解の限界をこえてしまった
申し出る側も応分以上の傷を負うことに
注意をはらうひとはそう多くはない
そしてその傷はとても癒えにくい
まだここを読んでいてくださる方がいるかどうかわかりませんが。
このたび「未来短歌会」に入会いたしました。
短歌の掲載はまだ先になると思いますが、まずはご報告を。
道内の会に所属していた時期もありましたが、
20年余り、心情的には無所属に近いかたちで、
自由と心細さを両手に、好き勝手にやってきた気がします。
ネット上での、所属にこだわらない交流からも多くを学ぶことができました。
そうした得難い時間を経て、
ここ数年、折りにふれ、
結社に入ってきちんとやりなおしたいと考えるようになっておりました。
途中、こちらでもおしらせしたような思いがけない出来事の関係者になってしまい、
こういう書き方は我ながらどうかと思うのですが、
なにか自分が、不動産でいうところの「訳あり物件」になってしまったようで、
つまり、今わたしから動いたり働きかけたりすると相手になにかしら迷惑がかかるのでは、という、
ひどくややこしい心情に悩まされました。
(今でも似たような出来事を耳にするたびにいたたまれなくなります)
機会を逸したのかもしれない、それも自分らしい、などと放念しかけていたのですが、
最終的に気持ちが定まったのは、自分の年齢、ともだちがつよく背中を押してくれたこと(大感謝)に加え、
やはり震災のことが大きかったように感じます。
うまく説明できないのですが、
ずっと短歌を書いていきたいとあらためて思うに至りました。
あわてて先回りして書き加えますが、
ことばのちから、というような大きなことではありません。
むしろその反対側にあるような、
ごく小さなこと、消え入るようななにかを根拠に、
自分なりに書いていけたらと思っています。
結社に対して心理的に距離をとってきた自分の、
ここにきての意識の変化をおもしろがりつつ、
文字通り初心に返ってゆっくりやっていこうと思います。
いつまでもおぼつかないままでお恥ずかしい限りですが、
今後ともどうぞよろしくお願いします。
*
掲示板のサービスが終了したり、
凍結したままのページがあったり、
HP全体のすがたも変容していますが、
時間をみつけて少しずつ整頓していければと思います。
最近はtwitterばかりですが、
またときどきここにも書きますね。
今年はよく動いた夏でした。
動きすぎて、無作法になっていたようにも思います。
ふるまいはいつも難しく、難しさは未知のまぶしさでもあり。
とまれ、げんきです。
今感じているのがどういう種類の恐怖なのか考えている
(自分の)命を失うことへの恐怖では、どうやら、ない
では何だろう
塩麹を仕込んだり長めの散歩をしたりして過ごしている
発酵は魅惑的
気配を感じて見にいくと
近所でいつも真っ先に咲いてくれる桜が
今年もきれいにほころんでいた
そうか
大文字で書かれたことばばかり目にしているせいだ
ずっと離れたくて逃げまわってきたのに
またつかまっている
ある時期までtwitterを快適に感じていたのは
そこには小文字で書かれたことばしかなかったから
情報が錯綜していた「直後」よりも、
今のほうがよほど精神的にこたえている。
あいかわらずことばは斜交い。
ときおり、
予想もしなかった角度でやってきては、
ぞっとするようなやさしさでねんごろにからめとろうとして。
真空。みごとに。
秋津島敷島液化さざれいしの母と子しぼる歯磨きチューブ/村上きわみ
十年ほど前にこの歌をつくったとき、
気味の悪い歌だなあと他人事のように思ったものだけれど、
こうして読み返すと、
平和だなあと思ったりする。
意識が、平和。
さくらはもうじきです。