正岡豊歌集『四月の魚』抄(著者自選20首)
夢のすべてが南へかえりおえたころまばたきをする冬の翼よ
みずいろのつばさのうらをみせていたむしりとられるとはおもわずに
もうじっとしていられないミミズクはあれはさよならを言いにゆくのよ
めずらしく窓にガラスのあった日に砂糖を湯へとぼくは溶かした
フロッピーディスクにぼくはたたきこむとてもやわらかな破壊の歌を
ヘッドホンしたままぼくの話から海鳥がとびたつのを見てる
ユニヴァーサル野球協会のピッチャーになりたいね無得点の今宵は
きみが首にかけてる赤いホイッスル 誰にもみえない戦争もある
へたなピアノがきこえてきたらもうぼくが夕焼けをあきらめたとおもえ
ねえ、きみを雪がつつんだその夜に国境を鯱はこえただろうか
きみがこの世でなしとげられぬことのためやさしくもえさかる舟がある
もう色がいらないほどの生活をあのバス停で呼び止めようよ
ピアノの下ではじめてきみの唇が雨の匂いであるのに気付く
三つかぞえろ 誰も出来ないくちづけをほろびるまでにしてみせるから
きっときみがぼくのまぶたであったのだ 海岸線を降り出す小雨
菊の咲きこぼるる日なり敗けて来し少年野球団とすれちがう
時刻表つまれていたる十月の書店にみどりの服を着て入る
海に羽根降るかに見えてわずかなるわがやさしさの冬とおぼえよ
クリーニング屋の上に火星は燃ゆるなり彼方に母の眠りがみえし
この生と性のはざまに邯鄲の声よ眠りようたかたの記よ
(了)