せんりゅう・らぼ

ここは作品を「読むちから」をスキルアップするためのBBSです。
大好きな川柳作品というテキストを材料に、表から裏から斜めから下から、
眺めたり透かしたり、データを集めたり、実験したりしてみるつもりです。

【スタッフ:なかはられいこ & 畑 美樹】





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[686] Re[684][683]: 川柳もどき? 投稿者:ふゆのゆふ 投稿日:2006年05月16日 (火) 19時23分 
> > 前略
> >  掲示板の趣旨に従い川柳もどき?を一句。
> >   
> >    タフリンが蝕んでゆく血の絆
> >
> >     母親をタフリンで毒殺しょうとした?女子高校生の事件です。
> >     尊属殺人の多発と人間性の崩壊の象徴のような事件と思います。
> >                           モルセラ拝
> その薬の名前が違うんですが、たぶん。タミフルは問題があったインフルエンザの薬だったし
>
> タウリンを猫と分けつつ秘密の夜 ふゆのゆふ
>
> タウリンでもないんだし。

「タリウム」です。親であろうと子であろうと他人であろうと命を奪ってはいけません。私が高校生の頃、社会科の副読本に「自分の子供に性的関係を強いて子供を何人も産ませていた父を殺した娘に尊属殺人を適用するか」という問題を話し合うコーナーがありました。

http://www.geocities.jp/negxo


[685] 川柳をチェコの人に 投稿者:ふゆのゆふ 投稿日:2006年05月16日 (火) 13時53分 
どういうものか伝える約束をしました。作っていながらどういうものかいまだによくわかっていません。
句会は終わったのですか、きた時期が遅かった。

背曲がりのはまちも私の友達だ ふゆのゆふ

チェコへ飛ぶ便りに書きました川柳(のつもり)です。

http://www.geocities.jp/negxo


[684] Re[683]: 川柳もどき? 投稿者:ふゆのゆふ 投稿日:2006年05月16日 (火) 13時48分 
> 前略
>  掲示板の趣旨に従い川柳もどき?を一句。
>   
>    タフリンが蝕んでゆく血の絆
>
>     母親をタフリンで毒殺しょうとした?女子高校生の事件です。
>     尊属殺人の多発と人間性の崩壊の象徴のような事件と思います。
>                           モルセラ拝
その薬の名前が違うんですが、たぶん。タミフルは問題があったインフルエンザの薬だったし

タウリンを猫と分けつつ秘密の夜 ふゆのゆふ

タウリンでもないんだし。

http://www.geocities.jp/negxo


[683] 川柳もどき? 投稿者:モルセラ 投稿日:2005年11月24日 (木) 13時18分 
前略
 掲示板の趣旨に従い川柳もどき?を一句。
  
   タフリンが蝕んでゆく血の絆

    母親をタフリンで毒殺しょうとした?女子高校生の事件です。
    尊属殺人の多発と人間性の崩壊の象徴のような事件と思います。
                          モルセラ拝

http://www.geocities.jp/sjshlret/morusera.index.html


[682] はじめまして 投稿者:モルセラ 投稿日:2005年11月24日 (木) 13時00分 
拝啓
 突然にお邪魔致します失礼をお許し下さい。
 私は古川柳の愛好家でモルセラと申します。
 このたび古川柳のHP「モルセラの川柳講座」を作成致しました。
 古川柳は詩性川柳とは対峙する関係かもしれませんが、宜しかったら
 私のHPをご笑覧して頂ければ幸いと思いお訪ね致しました。
 http://www.geocities.jp/sjshlret/morusera.index.html
です。宜しくお願い申し上げます。モルセラ拝

http://www.geocities.jp/sjshlret/morusera.index.html


[681] せんりゅうです 投稿者:としあき 投稿日:2005年07月07日 (木) 10時57分 
お父さん いつもがんばる 頑張りや


[680] 謹賀新年 投稿者:荻原裕幸@管理人 投稿日:2004年01月01日 (木) 20時56分 
2004年もどうぞよろしくお願いします。



微調整しました。
▼MAP@ogihara.com
http://www.na.rim.or.jp/~ogihara/map.html
ご覧いただければ幸いです。

http://www.ne.jp/asahi/digital/biscuit/


[679] >浪越さん、南野さん 投稿者:なかはられいこ 投稿日:2003年12月26日 (金) 01時25分 
お答え(ですよね?)ありがとうございます。

んと、レスしたいのはやまやまですが、
今夜は限界です(笑)。

またのちほど。

http://www.ne.jp/asahi/myu/nakahara/


[678] とりいそぎ 投稿者:なかはられいこ 投稿日:2003年12月26日 (金) 01時23分 
ネットで選句してくださったみなさま。
どうもありがとうございました。
ご自分の選句の結果がちゃんと反映されているかどうか、
いちどご確認くださいませ。

選句のさいに、励ましや応援のメッセージをいただきました。
個々にお返事できなくてすみません。
ハラクラ、たしかに読ませていただいております。
重ねてありがとうございました。

http://www.ne.jp/asahi/myu/nakahara/


[677] ネット選句の結果発表「自由吟」 投稿者:なかはられいこ 投稿日:2003年12月26日 (金) 01時19分 
4票

211 「光りなさい」と星のマークをつけられる/赤松ますみ

2票

43  保険屋の出入りが増える自衛隊/田付賢一
137 永遠が扉を開けて出ていった/河瀬芳子
217 オレンジの絵の具ばかりが減る街だ/よしだかよ

1票

15  折り返し点から猫があたたかい/大友逸星
20  ぎりぎりの水位人として保つ/吉本君枝
25  ミサイルに詰める巨きなポップコーン/本多洋子
28  夕やけと円周率を解いている/河瀬芳子
32  肉まんが売れる夕焼け売れ残る/斎藤あまね
33  見たいものひとつも見えぬ観覧車/寺川和亜
48  テレビ消す鬼をいっぴき退治する/高瀬霜石
59  セロテープで穴は塞いでおきました/ひとり静
74  夕焼けも僕も断片 通販カタログ/柴崎昭雄
84  がんばらないわたしにかかる水しぶき/矢島玖美子
87  サヨナラを押しあっている舌と舌/Sin
89  手のひらに掌のせてひとさらい/酒井暁美
93  借りた自転車にすいすい乗っている/天谷由紀子
99  定型のすき間に挟んでおくししゃも/鈴木二文字
118 注ぎ足してゆけば発狂するグラス/瀬川瑞紀
160 電柱の上の男にお辞儀する/遠山あきら
166 冷凍庫の奥の愛していた時間/浪越靖政
171 スプーンのことなら俺に訊いてくれ/南野耕平
172 十二月だけのこいびと募集中/加藤鰹
186 アンケート「人を殺せる人」は○/松原未湖
190 こんな日も青空 残酷なのよねえ/土田雅子
201 紙で手を切る 水にもむせる/斎藤泰子
216 住所、年齢、前世をお書き添えください/佐藤りえ

http://www.ne.jp/asahi/myu/nakahara/


[676] ネット選句の結果発表「声」 投稿者:なかはられいこ 投稿日:2003年12月26日 (金) 01時18分 
3票

27  声の感じで君がコスモスだと判る/本多洋子
107 残業はしないと犬の声で言う/楢崎進弘
117 散骨はしたが声はどうしよう/野沢省悟


2票

13  どこから出たのかしら わたしの声だ/吉岡とみえ
54  生きていますか 無言電話をくれる人/忽那ミツ子
87  いい声だ嘘がこんなに美しい/平尾正人

1票

28  声出してみなよ円形脱毛症/辺 安子
31  どうするのいいから聞けよ少し黙って/田口文世
38  幾重にも声が張り付いている門/山本忠次郎
79  それは声かもしれない林檎の芯/松原未湖
83  花束の絶叫おくり付けられる/土田雅子
86  神様の声が聞こえる酔っている/矢島玖美子
88  うっかりと返事してから雨ばかり/真田義子
89  (あれ?)あれ?(声が)声が(遅れて)遅れて(聞こえるよ)聞こえるよ
 日本/Sin
108 ひだりからおとなしくくる声はすき/夏瀬佐知子
109 明日はくるおおきな声で呼んだから/佐藤りえ
162 微調整している秋の鍵かっこ/熊谷冬鼓
165 ペットショップ声なき声が泣いている/岡本恵
189 音のない声を指先から放つ/松原未湖
194 葬式の司会に向いている声だ/新家完司
202 声にして強い呪いに変えなさい/宮本泉
204 使えなかった声を脱ぎ散らかしておく/斎藤泰子
215 聞こえるようにかすかに泣いておんなのこ/高橋繭子

http://www.ne.jp/asahi/myu/nakahara/


[673] 世論調査 投稿者:浪越靖政 投稿日:2003年12月25日 (木) 20時13分 
斉藤斎藤さんのご意見にナットクしています。

では、世論調査に協力します。

映像というとらえ方に個人差はあると思いますが、私なりに句から映像を浮かべて読みます。作句のときも映像を意識しています。
ただ、読むときは、斉藤さんやなかはらさんのように、時間差があったり、置き換えたりということでなく、第一印象そのままという感じですが。
それにしても、しゃべるコスモスはチャーミングで好きですね。


[672] Re[671]: 近代コード 投稿者:なかはられいこ 投稿日:2003年12月24日 (水) 22時44分 
>斉藤斎藤さん

めりめりクリスマス。

> えっと、すごい印象論になってしまうのですが、
> なかはらさんの主張や読解は子規っぽいなあ、というのが
> 大会当日から感じていたことなんですね。

口にする言のはなぶさ拙ければあなたの胸にとどかざりけり  れいこ

と、斉藤さんの印象論にあまりにも驚いたので、
子規へのオマージュ(そうか?)です(笑)。

> 短歌の話になってしまって恐縮なのですが、
> 和歌の時代では、桜は桜そのものの映像というより記号でしたし、
> いまどきの短歌では、コスモスが現実原則を無視して
> しゃべりだしても不思議はないことになっていますよね。
> ですので短歌をつくっている私としては、
> コスモスをコスモスそのものの映像として見ることや、
> コスモスはしゃべるわけがないという常識を、
> 読者にあらかじめ要求することはできないという立場を
> 取らざるをえないんですね。現実的に。

えとね、どこでどう話がくいちがったのかなあ、と、
すこし呆然とというか、悄然としております。
わたしはコスモスが現実原則を無視してしゃべっても、
ぜんぜん不思議じゃないという立場(?)で、
川柳や短歌を書いたり読んだりしてるつもりなんですけど。
いくら荒唐無稽なことを書こうが、説得力さえあればOK。
逆にいくら現実的なことを書こうが説得力がなければNG。
と、前々から思っているんだけどなぁ。
(ああ、ごめんなさい。どんどんタメ口になってきてます。)

んとね、斉藤さんが映像を思い浮かべるのが困難だったということ、
どういうことなのか、ちょっと想像ができないんですけど、
たとえば小説なんかを読むとき、
書かれている風景や人の動きや表情なんかが映像として思い浮かびません?
わたしが川柳や短歌を読むときに頭の中に浮かべる映像も、
小説の一場面を思い浮かべるのと大差ないような気がするんですが、どうなのかな。

> しかし、実際のところどうなんでしょうね。
> お金があったら、世論調査をしてみたい気持ちです。

うん、お金なくても世論調査してみたいです。

> うー。気になります。

うー。わたしもはげしく気になります。

http://www.ne.jp/asahi/myu/nakahara/


[671] 近代コード 投稿者:斉藤斎藤 投稿日:2003年12月24日 (水) 02時27分 
メリークリスマスです。

えっと、すごい印象論になってしまうのですが、
なかはらさんの主張や読解は子規っぽいなあ、というのが
大会当日から感じていたことなんですね。
コスモスを、比喩や記号としてとらえるのではなく
コスモスそのものの映像としてとらえ、
しかも現実原則を重視する。
これは短歌で言えば近代のコードなのではないでしょうか。

短歌の話になってしまって恐縮なのですが、
和歌の時代では、桜は桜そのものの映像というより記号でしたし、
いまどきの短歌では、コスモスが現実原則を無視して
しゃべりだしても不思議はないことになっていますよね。
ですので短歌をつくっている私としては、
コスモスをコスモスそのものの映像として見ることや、
コスモスはしゃべるわけがないという常識を、
読者にあらかじめ要求することはできないという立場を
取らざるをえないんですね。現実的に。

また、私は短歌を読むようになって3年も経っていないので
最初のころどこでどうつまづいたかまだはっきり覚えているのですが、
ことばを逐一映像に置き換えて読むという作業は
私にとってかなりむずかしい訓練でした。
というかぶっちゃけた話、はじめは近代短歌、特に叙景歌の
どこがおもしろいのかさっぱりわからなかったのですが、
入門書や評論を何冊か読んで、
映像を思い浮かべながら頭の中で現場を組み立てなおせばいいと学習して、
何冊か歌集を読んで訓練して、やっとできるようになったんですね。
ですので、なかはらさんのコスモスの句の読みは、
詩歌にしたしんでいる人には一般的かもしれませんが、
一般の人にとってはあまり一般的ではないのではないか、というのが
現時点での印象です。
なかはらさんが詩歌にしたしんでいる読者を対象とされているのであれば、
まったく問題ないとおもいます。

しかし、実際のところどうなんでしょうね。
お金があったら、世論調査をしてみたい気持ちです。
うー。気になります。

たびたび失礼いたしました。それでは。

http://saitousaitou.hp.infoseek.co.jp/


[670] 現実コード 投稿者:なかはられいこ 投稿日:2003年12月24日 (水) 01時17分 
矢島さん、斉藤さん、
確認しなかったわたしがいちばん悪いのです。
恐れ入ります。


>斉藤斎藤さん

こんばんは。
ふたたびありがとうございます。

> >コスモスだと判る
> >
> >で、いっしゅんコスモスの映像に切り替わるのではないでしょうか。
> >そこに軽い衝撃のようなものがある。
>
> はい、それはよくわかるのですが、
> 「映像に切り替わる」のは、なかはらさんや穂村さんのような
> ある種の訓練を受けた人にかぎられるような気がします。

う〜ん。
そうなんでしょうか。
わたしはこの作品の魅力は、
「君」→「コスモス」→「君」といった映像の転換から、
最終的に、「君」と「コスモス」のダブルイメージが立ち上がるところだと思っています。
これは特殊な訓練を要する読み方なのかしらん。

> さらに「コスモス」というイメージの素直さもありますので、
> この句は川柳のコードを共有していない人にも
> 「コスモス」=「コスモスのようなひと」と
> 自動的に読まれる可能性が高いのではないでしょうか。
> ですので、この句の読みを川柳コード批判の論拠にするのは
> ちょっと弱いような気が、個人的にはしたのでした。

「この句の読みを川柳コード批判の論拠にするのはちょっと弱い」
という点につきましては、おっしゃるとおりかもしれませんね。
当日の会場で気になったところでしたので、例として取り上げたのでした。


> 余談ですが、
>
> >「コスモスが声を出すはずがないから」
>
> んー、これはこれで現実コードなような気もしたんですが、うーん。


ちょっとしつこい気もいたしますが、すみません(^^;;;
さきに言ったダブルイメージに繋げて言いますと、

「声の感じで君が」=君のイメージ
「コスモス」=コスモスのイメージ
「だと判る」=?

最後の?では、あたまの中で、
「コスモスが声を出すはずがない」という、
現実に基づいた修正作業が行われるわけですね。
修正作業ののち、イメージはコスモス→君へと戻る。

えと、これってけっこう一般的な読み方だと思うんですが、うーん。

http://www.ne.jp/asahi/myu/nakahara/


[669] Re[667]: 作品の訂正です 投稿者:矢島玖美子 投稿日:2003年12月23日 (火) 22時03分 
申し訳ありませんでした。


[668] Re[665][664]: こんにちは 投稿者:斉藤斎藤 投稿日:2003年12月23日 (火) 20時02分 
>なかはらさん

お返事ありがとうございました。

>声の感じで君が
>
>で、「君」の映像を先に思い浮かべ、
>
>コスモスだと判る
>
>で、いっしゅんコスモスの映像に切り替わるのではないでしょうか。
>そこに軽い衝撃のようなものがある。

はい、それはよくわかるのですが、
「映像に切り替わる」のは、なかはらさんや穂村さんのような
ある種の訓練を受けた人にかぎられるような気がします。
俳句とか短歌だと、途中で切ってまったく異質なイメージを
いきなりもってくることがよくありますので
ことばに合わせて映像を瞬時に切り替える能力が身に付くわけですが、
散文ではあまりそういうことをしないので、
散文しか読まない人は「君」の映像が切り替わらないまま
「コスモス」を君の比喩と解釈する可能性が高いように思うんです。

さらに「コスモス」というイメージの素直さもありますので、
この句は川柳のコードを共有していない人にも
「コスモス」=「コスモスのようなひと」と
自動的に読まれる可能性が高いのではないでしょうか。
ですので、この句の読みを川柳コード批判の論拠にするのは
ちょっと弱いような気が、個人的にはしたのでした。

余談ですが、

>「コスモスが声を出すはずがないから」

んー、これはこれで現実コードなような気もしたんですが、うーん。

それから、ダンボールの歌の作者の方に私もお詫びします。
失礼いたしました。

http://saitousaitou.hp.infoseek.co.jp/


[667] 作品の訂正です 投稿者:なかはられいこ 投稿日:2003年12月23日 (火) 17時40分 
話題にあがっている作品について、
たったいま、重大な過ちに気づきました。

裏声で十年過ごしダンボール

ですが、

裏声だけで十年過ごしダンボール

が、正しいです。
「裏声で」と
「裏声だけで」では、
またニュアンスがちがってきますね。
いままで気づかなくて作者のかたには申し訳ありませんでした。

確認を怠りましたこと、
重ねてお詫びいたします。m(_ _)m

http://www.ne.jp/asahi/myu/nakahara/


[666] ダンボール 投稿者:矢島玖美子 投稿日:2003年12月23日 (火) 15時52分 
こんにちは。矢島です。

「裏声で十年過ごしダンボール」について。

なかはらさんのコメント
>この作品はダンボールを何かの比喩として読まなければ、
>意味がとれないし、なんのことかわからないです。

ごめんなさい。わたしは比喩と読んでもなんのことか
わからないです。
それは「裏声で十年過ごし」の部分がホームレスが結びつかなかった
からだと思います。
比喩と読むことが自然で、なおかつ作品に広がりが出るとか、
深まると感じられればそう読めたと思います。

「川柳の読みのコードに全面的に寄りかかって」しまう、
「なんでもかんでも、オートマチックに比喩として読んでしまう、
あるいは書いてしまう」
「そういったルールのようなものが、暗黙のうちに成り立ってしまう」
(「」内なかはらさんのコメントより)

そういうことに慣れてしまいたくはありません。




[665] Re[664]: こんにちは 投稿者:なかはられいこ 投稿日:2003年12月23日 (火) 12時59分 
>斉藤斎藤さん

こんにちは。
いらっしゃいませ。
書き込みありがとうございます。

> 短歌をつくっていますが、川柳のことはほとんどわからない人の
> 意見としてお聞きください。

はい、川柳のことを知っているひとばかりで話しているよりも
あまり知らないひとのご意見もいただけるほうがうれしいです。

> たとえば、
>
>  裏声で十年過ごしダンボール
>
> は、ダンボールをダンボールそのものとして読んだ場合、
> どなたも意味がとれていないですね。
> 意味、というのは、具体的な心情やシチュエーションでなくてもよく、
> おもしろさの感触のようなものでもいいですが、
> そのレベルでも誰も説明できていません。

> 浪越さんのご指摘通り
> 「十年過ごし」であって、「十年過ごす」ではないので、
> ダンボールそのものが十年を過ごしたとは考えられない。
> また、これは川柳であって俳句ではないので、二句切れで
> ダンボールを季語のようなものだと考えてはいけないんですよね、おそらく。
> とすると消去法で、ダンボールを何かの比喩ととって、
> たとえば斎藤大雄さんのように「ホームレス」と
> 解釈するほかないのではないでしょうか。
> ダンボールをダンボールそのものとして取るべきだと
> おっしゃるのであれば、この句をどう鑑賞するのか
> 具体的に提示されるべきだと思います。

ああ、ごめんなさい。
おっしゃるとおりです。
この作品はダンボールを何かの比喩として読まなければ、
意味がとれないし、なんのことかわからないです。

後出しじゃんけんのようになってしまってアレなんですが、
わたしは矢島さんが疑問に思われたことについて、
常々同じような疑問を持っていましたので、
「結論から言えば、矢島さんの意見に近い」と書きました。

ただ、この句についてはわたしも斉藤さんや浪越さんのようにしか読めません。
なので、この部分のレスは自分が先に書かないほうがいいと思って省きました。
たしかに政治的ですね。(ちがうか)
この句の場合は意味がとれずに選ばなかったわけではなくて、
川柳の読みのコードに全面的に寄りかかって書かれた作品のように思えたので、
わたしは選びませんでした。


> 私もつねづね、短歌の読みのコードに悩まされているので、
> 川柳のコードを排除すべきだ、というなかはらさんの主張には共感します。
> しかし、特殊なコードを排除した結果さらに特殊なコードを
> 読者に要求することになってはならないのであって、
> 作品の読みとしては、日本語の生理に忠実であることが
> 必要ではないでしょうか。
> なかはらさんの読みは、「比喩表現を排除すべきだ」との
> 信念が勝ちすぎていて、ごくふつうの日本語の生理を
> 無視する傾向があるような危惧を抱いたのでした。

う〜ん、言われてみればそうかもしれませんね。
コスモスの句については、
斉藤さんがおっしゃった部分、途中までは同意です。
説明不足ですみません。

>声の感じで君が

>の時点で「君」の映像を先に思い浮かべ、
>その君の声を聞いて、コスモスのようなひとだと判った、
>と読むのが自然ではないでしょうか。

ここなんですが、

声の感じで君が

で、「君」の映像を先に思い浮かべ、

コスモスだと判る

で、いっしゅんコスモスの映像に切り替わるのではないでしょうか。
そこに軽い衝撃のようなものがある。
それで、あたまのなかで
「コスモスが声を出すはずがないから」
君=コスモスのようなひと
という読み方になる。

のならいいんです。
わたしが会場で違和感を感じたのは、
「コスモスが声を出すはずがないから」という発言をされたのは穂村さんだけで、
いきなりコスモス=コスモスのようなひと
とオートマチックに読まれてしまっているように感じたからでした。

わたしも比喩を使って作品を書きますし、
比喩を使って書かれた作品がすべて良くないと思っているわけではありません。
ただ、なんでもかんでも、オートマチックに比喩として読んでしまう、
あるいは書いてしまう。
そういったルールのようなものが、
暗黙のうちに成り立ってしまうことに対して危惧を抱いているのです。

http://www.ne.jp/asahi/myu/nakahara/


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