【天】
痛かろトレーニングの日の軍にレトロ課題 二健
【地】
朝毎の満員電車トレーニングの日 園を
【人】
恋終はりトレーニングの日も終はる 文平字
【佳作】
トレーニングの日の鞄には『豊饒の海』 伊波虎英
トレーニングの日djfkwq@@@@@ 大西龍一
トレーニングの日や犬が来て猿も来て 春畑 茜
ニューハーフの襟足きれいトレーニングの日 ますみ
脳みそのトレーニングの日さんびやくろくじふご句を詠む やそおとめ
けっトレーニングの日か火の軍に入れとけ 月野ぽぽな
最後まで負けない睫毛をトレーニングの日 ロビン
【選評】
全般に低調か。
普段あまりトレーニングなどしない選者が選をするのも
ちと気が引けるような体育会系の記念日である。
天の句、これは文句なし!
頭のトレーニングとしてはこれ以上のものはあるまいという回文である。
回文は大概どこかに無理があるのだが、
それが許せる範囲かどうかが分れ目。
この句はトレーニングの様子が「痛かろ」「軍」などの言葉から想像されてよく分るし、
課題、それもレトロな、つまり古臭くて辛そうなトレーニングの課題を課せられている
新兵の喘ぎ声が聞こえてくるようだ。
地の句、これは一転毎朝の通勤電車こそがトレーニングなのだよという皮肉を
今日から社会人となる新社員達にその第1日目から教えてさし上げている
人生の先輩からの有難い一句。
人の句、「トレーニングの日も終はる」とあるが
この人はきっとトレーニングもやめたのだ。
恋のためにトレーニングを始めたのにその恋が終ってしまった。
動機が不純だね。
佳作。「豊饒の海」三島の小説を読みながら三島のようなマッチョを目指してトレーニング?
話題になった写真集「薔薇刑」など思い出されてちょっと妖し
い。
「djfkwq」何のこっちゃ、曲でも聴きながらマシンを漕いでいるのか。
「犬が来て」これは桃太郎でしょう、元祖マッチョですもん。
「ニューハーフ」の身体の美しさには選者も驚いたことがある、あれもトレーニングの賜物なのかな。
「脳みそのトレーニング」とはこの記念日俳句のことをよくぞ言ったという感じ。
「けっ」という口語調が面白い、「火の軍」がよく分らないところがまたいい、怖そうなトレーニングなんだろうな。
「最後まで」負けない睫毛とはどんなのだろう、牙城氏のように密集して長いのかな、
でもトレーニングして強くなるとは思えないが・・・。
【選者詠】
またきっと中途半端やトレーニングの日 仲 寒蝉
【天】
あまのはらふりさけみるに年度末 春畑 茜
【地】
閉じ紐はてふてふになり年度末 まなぶ
【人】
街路樹の等間隔や年度末 媚庵
【佳作】
指紋ごと帳簿を閉じて年度末 みずき
雑踏やレンズを探す年度末 鈴木貴彰
抽斗のないしょのないしょ年度末 坂石佳音
ホチキスで傷口とぢる年度末 伊波虎英
年度末財布のほこり叩きけり 百花
年度末悲しいような嬉しいような 花月 香
メビウスの帯になりたし年度末 大西龍一
【選評】
園をさんの〈年度末「記念日でどーもスミマセン」〉
どおりの「うそ、これが記念日???」と
叫びたくなるような今日の「年度末」。
わが目を疑ったというか、
同日の記念日「サザンイエローパインの日」という
わけのわからない日のほうがよかったのではないか、と思いました。
ただ、これだけ色気がなく、
誰もが知っている日のほうが、
むしろ面白い句を産むことがあるのも確かなんです。
【天】の春畑茜さんの句、ひゃあ、びっくり。
万葉集と「年度末」。これは素敵。
【地】のまなぶさん、大正時代の事務室といった風情でいいなあ
(なぜ大正時代かと問われると困りますが)。
せっかくですから、「閉じ紐→閉ぢ紐」と徹底してみてはいかが。
【人】の媚庵さん、整然としている街路樹を
この記念日に配したところ、ドライで素晴しい。
【佳作】のみずきさん、ちょっとドキッとする句。
鈴木貴彰さん、これが「雑踏にレンズを探す」になっていたら
取りませんでした。切字がとてもうまく使われています。
選外では〈年度末人事異動の小さき文字 正美〉が実感あり。
〈分度器が落ちてをります年度末 島田牙城〉
〈年度末鋏と糊を買いに行く しのざき香澄〉も迷いました。
【選者吟】
海苔巻の端をください年度末 櫂未知子
【天】
国立競技場落成記念日蹴球の東高西低記念日とも 流鬢力
【地】
沿道に片方の靴あり国立競技場落成記念日 三亀
【人】
ヨーイ国立競技場落成記念日ドン 淡々
【佳作】
国立競技場落成記念日遠い雲 春畑 茜
国立競技場落成記念日の泥縄 伊波虎英
宣誓!国立競技場落成記念日! あまっとう♪
塵豊か国立競技場落成記念日 二健
国立競技場落成記念日くにたちへ 文平字
国立競技場落成記念日代々木の次は千駄ヶ谷 湯水
国立競技場落成記念日武者二騎過ぐ 中村安伸
【選評】
なんとまあ長ったらしく、
そして漢字の多い記念日なんでしょ。
つまりはあの、代々木の建物ができた日というだけなのに、
ここまで長々としなくてもいいんじゃないか
という疑問が湧いてきます。
で、皆さん、結構苦労しつつ詠まれたようで…。
【天】の流鬢力さんの句の、ほとんどヤケとも言える長さ!
とてもじゃないけど、一回では覚えられない作品です。
この呆れるほど凝った句を是非皆さんに味わって頂きたく、
トップにしました。
【地】の三亀さんの句、ランナーが落としたのか、観客か、
あるいは事故に遭っちゃったかたの靴か…。
うん、いろいろ想像できる。
【人】の淡々さんの句、内容は非常に単純なのです。
しかし、構成のうまいこと!
入れ子構造みたいですね。定型の妙味ですね。
選外で、「ピストル」を月野ぽぽなさん・大西龍一さんが
詠み込んでいました。もう少しインパクトが欲しかったかな。
そして、この記念日の長ったらしさに呆れたらしい作品に
〈国立競技場落成記念日也 鈴木貴彰〉
〈国立競技場落成記念日てふ十七音 島田牙城〉
がありました。面白かったのだけど、
「こういう記念日は開き直ったほうがいいかな」
と思い、選外。
「東京ぼん太」を詠み込んだ園をさんのも心惹かれました。
ぼん太って、高度経済成長期の象徴のような気がします。
【選者吟】
国立競技場落成記念日だからポップコーン 櫂未知子
【天】
裁判所横に売店ありマリモ記念日 鈴木貴彰
【地】
死んだふりしてマリモ記念日 二健
【人】
マリモ記念日みづうみを持ち帰る 百花
【佳作】
ペン黒くマリモ記念日塗り潰す 春畑 茜
小さき泡やマリモ記念日のマリモ 中塚涼二
マリモ記念日の妻の産卵 三亀
マリモ記念日この星を模倣して 仲 寒蝉
わたくしは産地限定マリモ記念日 迷子
マリモ記念日マリリン・モンロー銀幕に 媚庵
マリモ記念日ゆっくり大人になりなさい 夜宵
【選評】
「仰天系もしくは滑稽系選外秀句」として、
大西龍一さんの「マリモ記念日襟裳岬に森昌子」
(阿寒湖からかなり距離があるのが笑える)、
谷口純子さんの「逢いたるはマリモ記念日熊二頭」、
みずきさんの「マリモ記念日爪楊枝にもある頭」がありました。
「浪漫系」ではロビンさん、「格調系」なら正美さん、
「なんとも分類できない系」では中村安伸さんの句かな。
どうしてこうたくさん挙げるのかというと、
この記念日、作品に差があまりなかったんです。
誰が入選してもおかしくない記念日でした。
【天】の鈴木貴彰さん、およそ色気のない句で素晴しい。
おそらく、素っ気なく野暮ったい「売店」なのでしょう。
土産物にあるマリモほどわびしくキッチュなものはない。
【地】の二健さん、熊かマリモか、といったおかしさ。
じわじわと笑える句です。
【人】の百花さん、うまいなあ。
あの御土産のマリモをここまで昇華させるとは!
【佳作】の三亀さんの句、そうか、
奥さんはウミガメだったのか。ドライで滑稽ですね。
迷子さんの句、私も記念日の由来を読んで、
「『特別天然記念物』の『特別』は格が上というわけではなく、
『産地限定』という意味か」と知ったのでありました。
媚庵さんの句、最初、
「モンローは阿寒湖を訪問したことがあるのか」と思ったのですが、
マリリンのマリ、モンローのモでマリモ。…絶句して佳作。
選外でやそおとめさんの句も
「大真面目で滑稽」でよかったんっぽですが、
マリモは阿寒湖におり、摩周湖にはいません。
実際の阿寒湖は大変俗っぽい所です。
摩周湖周辺は絶壁で人が近づけないので
いまだに神々しい感じは残っています。
阿寒湖は身近、摩周湖はなんとなく怖い湖だと思ってください。
【選者吟】
釣つてすぐ炎へマリモ記念日は 櫂未知子
【天】
スリーマイル島記念日が浮かんでいる 三亀
【地】
スリーマイル島記念日見知らぬ着信あり 媚庵
【人】
スリーマイル島記念日つかのま海に張り 伊波虎英
【佳作】
スリーマイル島記念日ジュディ・オングは腕ひろぐ 園を
スリーマイル島記念日生成り色の雲 みずき
氷片を浮かべるスリーマイル島記念日 鈴木貴彰
スリーマイル島記念日の魚は無垢で まなぶ
スリーマイル島記念日二ヵ月後弊店開店 二健
スリーマイル島記念日入浴剤のとける様子(さま)しのざき香澄
スリーマイル島記念日の暴虎馮河 島田牙城
【選評】
チェルノブイリに次ぐ世界規模の原発事故が
起こったスリーマイル島。
たしか、映画「チャイナシンドローム」が公開されたのは、
この事故と同じ頃だったのでは。
【天】の三亀さんの句、意表を突かれました。
「記念日が浮かぶ」なんて考えてもみなかった。
これは発想の転換を促してくれる句ですね。
【地】の媚庵さんの句、われわれはふだん、
怪しげな着信をよく経験します。
しかし、「スリーマイル島記念日」にそれが起これば、
要らぬ不安をかきたてられるような気が…。
【人】の伊波虎英さん、最初、
「張り」にちょっと戸惑ったんです。
でも、ああそうか、海に緊張感が生じたのかと納得しました。
何気なくて好感を持ちました。
【佳作】のみずきさんの「生成り色の雲」、
しのざき香澄さんの「入浴剤」は発見がありました。
ただ、「様子」と書いて「さま」とルビを振ることは、
俳句では普通しません。平仮名の「さま」でよいのでは。
二健さんの句、凄まじいまでにご自分にひきつけた内容で仰天。
島田牙城さん、「暴虎馮河」はてっきり
中国の川の名だと思いました。ところが、違ってまして。
皆さん、「ぼうこひょうか」で引いてみてください。
私事ですが、姉の夫が原発を抱える地で教員をしております。
その学校内では携帯電話が通じません。
「いざ」という時、学校を避難所にするため、壁が強固すぎるのです。
その村の中は妙に公的施設が充実しています。
とにかくとにかく、住民サービスが過剰なぐらいにいい。
そして、各戸に配布されているのは
「地震の時の心得」(大都市はたいがいこれですよね)ではなく、
「事故の際の心得」です。
あの村の奇妙な静けさを思い、
この「スリーマイル島記念日」を考えました。
【選者吟】
切れ目なき蜜よスリーマイル島記念日 櫂未知子
【天】
包丁売りの前に屯すさくらの日 迷子
【地】
伊留満(イルマン)の体臭青むさくらの日 伊波虎英
【人】
うたた寝の猛獣使いさくらの日 月野ぽぽな
【佳作】
ポケットの小銭うれしよさくらの日 大西龍一
マネキンが着ぶくれているさくらの日 野月寛紀
さくらの日第二釦が海に散る 文平字
篩にかけられている夢さくらの日 ロビン
さくらの日叩けば埃出るこころ 湯水
突然に寂しさは咲きさくらの日 まなぶ
ノラネコになりたい今日はさくらの日 てん
【選評】
天・地・人、それぞれかなりユニークで。
実は最初、「『さくらの日』って予想通りの句が多いなあ」
と思ったんです。
従来の桜のイメージに引っ張られている作品が多いように思え、
選がややユーウツというか、なんというか。
ところが、天・地・人と並べてみた時点で、
「おお、結構、この日も面白いじゃないか」と
ときめきました。
【天】の迷子さん、滑稽です(そうか、サクラか)。
この句、包丁売場じゃなくて、
戸外で包丁を売ってる怪しいオジサンを想像させてくれるし、
その口上を聞きながら買おうかどうか迷ってる人々や、
人だかりしてると何でも首を突っ込む人達の顔も
思い浮かべることができる。「屯す」が抜群です。
買う気なんてなかったのについ集まってきちゃった、という感じで。
で、商売人が使うサクラにひっかけた作者の意図はあまり考えずに
(むしろ気付かずに)読んだほうがこの句は面白いと思った次第。
【地】の伊波虎英さんの句、ううむ、なんだか色っぽい宣教師さんで
(ついさわりたくなるような)。こんな詠み方もあったのかと感激。
【人】の月野ぽぽなさんの句、大変のどかな景。
しかし、隙を見て猛獣が逃げ出すのではないかという
大いなる危険性を孕んだ句でもあります。
「さくらの日」は記念日であって、
「桜」「花」という普通の季語を用いた句との違いが欲しい。
で、以上のような作品を選んだわけです。
ついでにいえば、この27日は「仏壇の日」でもある。
そっちもよかったような…私は仏壇愛好家ですので。
「仏壇に先祖こみあふ涼しさよ 長谷川双魚」なんて仏壇名句もあります。
【選者吟】
はまつゆの乳色をのむさくらの日 櫂未知子
【天】
ぬばたまのピアノは止まず楽聖忌 YUKIKO
【地】
楽聖忌弦のかなたのヨーロッパ 葉里
【人】
執拗なトイレのノック楽聖忌 淡々
【佳作】
まひるまのワインを飲んで楽聖忌 谷口純子
運命は軽くなりけり楽聖忌 大西龍一
ゴリゴリと豆を挽きおり楽聖忌 鈴木貴彰
補聴器の具合が良くて楽聖忌 百花
勿忘草を口ずさんでる楽聖忌 正美
楽聖忌音楽室のもじやもじやら 坂石佳音
楽聖忌皿を小鉢を洗ひけり 媚庵
【選評】
「楽聖忌」ならではの投稿が多かった。
つまり、音楽や音抜きでは詠みたくないという意思が
濃い句が多かったということ。
では、音楽べったりの句ばかりで息苦しかったかというと
そうでもなかった。
その理由を考えてみたが、
つまりは「詠むのが楽しい」と皆さんが思ったからだろうか。
楽しい句が多く、落とすのに苦労した。
【天】のYUKIKOさんの句、
この記念日に真正面から取り組んだもの。
「ぬばたまのピアノ」、これは素敵。枕詞がよく利いてます。
【地】の葉里さんの句、これも真正面からのもの。
「弦のかなたの…」、洒落てますね。
【人】の淡々さんの句、俳諧味横溢。
ノック音の執拗さと個室に入っている者の闘いが
なんともいえず面白い。
【佳作】の大西龍一さん、ベートーベンの「運命」にひっかけて、
わが運命の軽量化を嘆いているようでユニーク。
坂石佳音さん、「もじやらもじやら」が不穏で少し意味不明で
(楽聖の髪を言ってるのでしょうか)楽しい。
「音楽室」を少し外してみるともっと飛躍できそう。
選外のうち、伊波虎英さんの句は面白すぎた。
月野ぽぽなさんの「楽聖忌=楽聖誕生日」という発想、
ああそうか、死ななきゃ楽聖にもならないわけだ、と納得。
ただ、納得するまでにいささか時間がかかるのが難かと。
流鬢力さん、たしかに楽聖は失恋ばかりだったようです。
表現にもう一工夫欲しいな。
みずきさん、仲 寒蝉さん、島田牙城さんのも面白かった。
【選者吟】
楽聖忌とて鮭茶漬・海苔茶漬 櫂未知子
【天】
電気記念日りろりろと凧のあし 坂石佳音
【地】
罪科のはじめうつくし電気記念日 中塚涼二
【人】
電気記念日畳に光るごはんつぶ 春畑 茜
【佳作】
電気記念日初めチョロチョロ中パッパ 小豆澤裕子
渡米する梅子七歳電気記念日 園を
電気記念日山小屋へ星を見に 百花
ストリップ小屋は電気記念日 三亀
でんせんはつながることぞ電気記念日 迷子
うな重の小骨気になる電気記念日 夜宵
パッと点き電気記念日皆唖然 白馬
【選評】
なぜかうなぎがよく出てくるなあ、と思ったら、
つまりは「電気うなぎ」から発想してるわけですね。
それはそれでいいと思います。
が、ウナちゃんをそのまま出すよりは、
【佳作】の夜宵さんのように、いっそ
〈うな重〉の段階まで調理済みにしてしまったほうが面白い。
ふつうの鰻は電気を発しませんが、
電気鰻の親戚といった雰囲気
=近いけど少し距離を置いた感じが出ます。
さて、【天】の坂石佳音さんの作品、
〈りろりろ〉ですよ、リロリロ。
オノマトペ(擬音語、擬態語)は俳句の得意とする分野ですが、
いやぁ、〈りろりろ〉とは…
電線に引っかかって迷惑かけちゃう〈凧のあし〉が
こう楽しく描かれた例は少ないのでは。
【地】の中塚涼二さん、きわめておごそかに詠んでいます。
電気を悪魔のように怖れた時代の景でしょうか。
【人】の春畑茜さん、あかりに照らされたことで気付いた飯粒。
踏まなくてよかった。
茜さんは何気ない素材を入れるのがうまい。
【佳作】の小豆澤裕子さん、
現在の電気釜とかつてつききりで炊いたご飯の対比か。
三亀さん、なんともレトロでいい。
白馬さんの句は、当たり前といえばそれまでなのだけれど、
皆が口あけてびっくりしている様子が想像できておかしい。
この句は構成が面白いんですね。
他に谷口純子さん、まなぶさん、伊波虎英さん、
湯水さんの句にも惹かれました。
【選者吟】ぴりぴり来る飴玉電気記念日 櫂未知子
【天】
三日後に傘戻りけりホスピタリティデー 大西龍一
【地】
みたされてホスピス、ホステス、ホスピタリティデー 淡々
【人】
ホスピタリティデーひかりを充たす紙コップ 湯水
【佳作】
ホスピタリティデー痒いところは自分で掻く 百花
ホスピタリティデー護謨の木に水を 春畑 茜
小指が痛いホスピタリティデー 三亀
ホスピタリティデーとは猫の鳴き止まぬ 島田牙城
ホスピタリティデー土の道草の道 坂石佳音
吉良常の背(せな)の薄闇ホスピタリティデー 園を
ホスピタリティデー小つむじほどの墓の前 みずき
【選評】
「ホスピタリティ」。
まだ日本人は使いこなしていないというか、
日本語の単語一つでは説明できない言葉のように思う。
単なる接客とは違うし、サービス業専用の言葉でもないらしい。
【天】の大西龍一さんの句、
たとえば無料で傘を貸してくれる所
(以前は役所などにあったものだ)を思い浮かべた。
あるいは、訪ねてきた友人に貸してあげた傘か。
私は「傘と本は返ってこない」と思っているが、
ああこういうこともあるのだ、と静かに感激した。
【地】の淡々さんの句は思い切った詠み方。
〈ホスピス〉のもともとの意味は「旅人が安息を得る場所」である
(ちなみにホスピタル=病院は、「あるじが客をもてなす所」が原義)。
ホストも〈ホステス〉ももとは家庭で客をもてなす役の人を指した。
淡々さんの句は、それがどういう状況であれ、
客を温かい気分にしてあげる人や場所の存在が素敵だった。
【人】の湯水さんの句、実際に〈紙コップ〉に湛えられているのが
オレンジジュースか珈琲かはわからないが、
たとえば、負け試合の後や病院の廊下といった
「つらい現場にいる人に差し出した飲物」
という光景が目に浮かんでくる。
【佳作】の百花さん、裏側からこの記念日を眺めているようで面白い。
春畑茜さん、「花には水を 妻には愛を」という
某保険会社のキャッチフレーズを思い出しました。
「ゴム」を〈護謨〉と表記したのがちょいと淫靡。
【選者吟】
謙虚なる煮物と呼ばむホスピタリティデー 櫂未知子
【天】
たまご粥模様でしょう世界気象デー ロビン
【地】
世界気象デー床の間に火柱を 中村安伸
【人】
世界気象デー蟻が持ち出す土の色 百花
【佳作】
世界気象デーどこかにきつと虹 坂石佳音
世界気象デー宇宙人が笑ってる 望月暢孝
きつねさんおよめにいくの?世界気象デー てん
世界気象デーいま七色の華氏摂氏 大西龍一
夫婦喧嘩の引き際は世界気象デー しのざき香澄
世界気象デー妾宅は徒歩二〇分 湯水
世界気象デーの気象予報士予報する 媚庵
【選評】
僕は小学校のとき、毎日NHK第二放送から流れてくる極東の天気を聞いて
天気図を白地図に書き込んでいた。
ウラジオストックとか青島(チンタオ)とか南大東島という地名は、それで覚えた。
今でも、天気予報以上に僕の予報は当たる。
だからかもしれないけれど、
「たまご粥模様」には正直驚いた。
そうだったんだ。あの等圧線は溶きたまごを流し込んだお粥の模様だったんだ。
文句なしに天。
「床の間に火柱を」のシュールな絵も面白い。
今では宇宙衛星からの写真で、世界の天気が一目瞭然。
山火事の煙までくっきりと映る。
(山火事もあなどれない。オーストラリアやアメリカなどの大規模火災では、
山火事が雨を降らせることもある)
床柱が燃え上がったとして、それも衛星は捉えるだろうし、
家庭内天気(?)は激変するだろう。
「蟻が持ち出す土の色」は、季節感を大切にした秀吟。
佐久ではまだ蟻を見ないけれど、
啓蟄後彼岸も明ける今日と、働き出した蟻は適う。
大きな「世界」という語と「蟻」の小との対比もいい。
佳作では、坂石佳音さんの少女のような眸が好き。
【選者吟】
世界気象デー妻の怒りの鎮まらず 島田牙城
【天】
放送記念日のおといれに行つてきます やそおとめ
【地】
放送記念日神棚の高さにラヂヲ 百花
【人】
モノクロのふらここありぬ放送記念日 大西龍一
【佳作】
放送記念日犬小屋ほどもあるラヂオ 仲 寒蝉
天気晴朗なれど放送記念日 三亀
希望絶望放送記念日五秒前 文平字
疱瘡ではない放送記念日の正しい発音 淡々
放送記念日の口を閉じたり開いたり 鈴木貴彰
はひふへ放送記念日ほ・ほ・ほ・と鳴く 春畑 茜
踊るのは放送記念日のサンバかな 迷子
【選評】
今年は放送80周年とかで、NHKは大々的に記念放送を準備している。
そんな日に僕たちの「朗読火山俳」が長野朝日放送で取り上げられる。
嬉しい符号だ。
やそおとめさん。NHKもCMを流せばいいのにね。
民法とNHKでは、番組の編集が大きく違う。
それはCMをどのように利用するかの思案のあるなしに掛っている気がする。
百花さん、そうそう、戦前戦中は、ラジオから聞こえてくる声は、
まさに神の声だったのだろう。玉音もそこから流れ出て来た。
大西龍一さん「モノクロのふらここ」で思い出すのは、
映画「生きる」か……
追憶のかなたのテレビである。
【選者吟】
放送記念日石仏になりたき妻 島田牙城
【天】
終日をランドセルの日籠もりけり 谷口純子
【地】
ほなちよつとランドセルの日インドまで 伊波虎英
【人】
ランドセルの日のるーせーどン等 二健
【佳作】
ランドセルの日背負ふもの抱へるもの 湯水
ランドセルの日行方知れずのリモコン 坂石佳音
深々と息を吸い込みランドセルの日 鈴木貴彰
背嚢は軍靴の記憶ランドセルの日 淡々
海亀の旅が始まるランドセルの日 流鬢力
「ただいま」の声だけ響くランドセルの日 しのざき香澄
ランドセルの日清張の目の昏さかな 園を
【選評】
園をさんの句をすごくがっかりしながら読んだ。
なぜ「昏さかな」なんだろう。
「昏し」だったら天だったろうなぁ。
言い切ること、断定してしまうこと、
俳人とは常識破りの我が儘な人種なのだから。
ところで、
「ランドセルに感謝の気持ちをとミニランドセルの制作者らが制定した日」
(記念日協会HPより)
だという今日に、いささかの感慨がある。
長男が明日小学校の卒業式なのだ。
そして、先週の火曜日、実質登校あと三日という日に、ランドセルの止め具が壊れた。
長男は、壊れたランドセルを残り三日背負い続けた。
このことも思い出になるのだろう。
天の谷口さんの現実
地の伊波さんのなんとも鷹揚な構え
人の二健さんのうるさい先生でもにらみつけているような物言い。
今日はいい句が多かった。
【選者吟】
ランドセルの日噴煙を負へる妻 島田牙城
【天】
水虫の唄ズーとルビ振る上野動物園開園記念日 流鬢力
【地】
粗品ね近猿感悦風殿へ上野動物園開園記念日ぞ 二健
【人】
雑食性上野動物園開園記念日 櫂未知子
【佳作】
上野動物園開園記念日落涙せよ 媚庵
上野動物園開園記念日あおぞら 坂石佳音
上野動物園開園記念日パンダ眠る 仲 寒蝉
上野動物園開園記念日我ら種痘の跡を持ち 大西龍一
上野動物園開園記念日のピーターパン 園を
上野動物園開園記念日の人類舎 やそおとめ
上野動物園開園記念日ヒトを見て 春畑 茜
【選評】
天、そう来たか。無内容の内容ということを、無意味の意味ということを考えている。
水虫の唄ズーとルビ
が、どれだけの人にわかるのだろう。でも、たしかに流鬢力さんの青春の一ページなのだ。
地、回文というのは、予期せぬ掘り出し物との出会いである。
近猿感とは猿に近いと感じること、悦風殿とは春風の館が思われていかにもありそう。
でも結局粗品なのだった。嗚呼無情。
人、食い物縛りを掛けている櫂さん。
雑食性動物は多々いるだろうけれど、ここは、人間の喩として読もう。
己の食欲を振り返っている。
人間物はやそおとめさん、春畑茜さんもやっていたけれど、
「人」「ヒト」という単語を入れてしまうと、
作意が臭くなるようだ。
大西龍一さんも人間物。動物たちだって、園に入るとなると免疫注射はしているのだろう。
媚庵さんの句は、上位三位以内でもいい。園内で野生を知らぬままに死んでいく者だっている。
さまざまに思いを致した秀吟だ。
落とした句、
恩賜上野動物園開園記念日の皇太子 伊波虎英
「恩賜」まで持ってきたのはおもしろいけれど、「皇太子」がなぁ。この五音はもっと鋭く置き換えられるだろう。
【選者吟】
上野動物園開園記念日妻の滓 島田牙城
【天】
ア・カペラでミュージックの日をとぶ蝶々 伊波虎英
【地】
ミュージックの日の夕映えに豆腐売り 文平字
【人】
顎鬚を剃り残したりミュージックの日 正美
【佳作】
ミュージックの日の大の字地球(てら)と響きあふ やそおとめ
ニューミュージック出現以前のミュージックの日よ 媚庵
溺れているミュージックの日 三亀
いみじくもミュージックの日に風邪をひき ますみ
ミュージックの日今やポケットに1000曲 仲 寒蝉
ミュージックの日ビル風に巻き込まれ みずき
ミュージックの日ジューサ・ミクサに耳すます 湯水
【選評】
日本音楽家ユニオンがクラブなどで働く演奏家たちの存在をアピールするために制定した旨
記念日協会が記す。
またまた僕の偏見を書くと、なぜ「音楽の日」ではないのだろうか。
なにもギリシャの神ミューズに媚びることはないのになぁ……。
そのまんまなので採らなかったけれど、
カントリーてふ米国演歌ミュージックの日 流鬢力
という句があって、ミュージックといわれるとどうしても西洋楽曲が思われて、
演歌や民謡が落ち零れる気がしてしまう。
こんな思いも、僕がおじさんになった証なのだろう。
人の正美さん。おおいに笑ったのは先ずは正美さんの出で立ちを知っているから。
「かりん」の歌人であり、いまや「里」の主要同人の左海正美さんは、
いつも無精鬚なのだった。
そのことを置いても、
音楽をききながらの頬杖の指が剃り残しの髭に当たったときのふとした現実
が思われて、哀愁が漂う名句である。
文平字さんの句もまた侘しい。昔、
音楽の楽文学の学涼し
という俳句を詠んだことがある。
楽と学、おなじ「ガク」なのになぜ音は楽しくて文は学ばねばならぬのか。
ともに心の糧なのになぁ。また、音は楽しいだけでもない。
豆腐屋のラッパの哀調を覚えている人も多いだろう。
天には伊波さんの句を押した。
なんとも軽快。
蝶はアカペラで歌いながら舞っているのか。
説明不要の明るさがいい。
【選者吟】
バリトンのバリカンミュージックの日の妻子 島田牙城
【天】
千早振る精霊の日のバイアグラ 淡々
【地】
精霊の日寝言ぜんぶを書き留める ロビン
【人】
助動詞が転ぶ精霊の日 三亀
【佳作】
精霊の日や関東の連れ小便 望月暢孝
精霊の日コナン・ドイルもあどけなし 媚庵
すぐに来る精霊の日のエレベータ 月野ぽぽな
精霊の日ゴミ収集車の後を追う しのざき香澄
精霊の日美女流れゆく河のあり 中塚涼二
ハーブティー精霊の日を薫るかな 百花
精霊の日ミケランジェロの天井画 園を
【選評】
「柿本人麻呂、和泉式部、小野小町の忌日がこの日とされていることから生まれた伝説の日。暮春の満月の3日後を精霊の日とする習わしがあったためではと民俗学者の柳田國雄(男?)は記している。」
以上が記念日協会が記す由来。
とすると、旧暦ということになろう。
今年の旧3月18日は、4月26日ではある。
手許の歳時記には「人丸忌=人麻呂忌」「小町忌」が載っている。
「人丸忌」は江戸時代から認識されていたようだけれど、
「小町忌」のほうはとってつけたような例句。
石見のや月も朧の人丸忌 召 波
小町忌の髪切りにゆく誕生日 吉川清江
正直言って、僕たちが今作っている俳句のほうが、
こういう例句よりも断然面白い。
人丸忌には虚子や秋桜子や風生や湘子やと錚々たる俳人の句が並ぶけれど、
今日ここに混じっていたとして荒選に残せるのは、
反返る人丸像や人丸忌 相生垣瓜人
くらい。この句も本選で落ちるか。
精霊とあがめられようが、一個の人間だったのだし、
どの歌人にしても性欲も相応に盛んだったろう。
そこへ「神」の枕ことば「千早振る」を配してみせた淡々さんの手腕は、
相当なもの。
落語「千早振る」は言葉遊びでもあるらしく(僕は詳しくはない)、歌びとの日にふさわしい。
ロビンさんの執念は滑稽。寝言にも歌の種があるか?
小町や式部の寝言なら、五七調だったかもと、笑わせてもらった。
三亀さんは直球で「ことば」を詠む。
たしかに、「助動詞」は難しい。
国語辞典の巻末付録「助動詞の活用」を活用している俳人・歌人は多いだろう。
みんな、助動詞で転ぶ。歌聖もまた。
佳作では月野ぽぽなさんがいい。
なんでもないところがいいんだなぁ。
「連れ小便」の望月さん、歌人に流浪を余儀なくされた人の多いことを思い出させてくれた。
【選者吟】
精霊の日妻は督促状を破り 島田牙城
【天】
苔のむすまでセントパトリックデー 文平字
【地】
お伊勢さん行かむやセントパトリックデー 迷子
【人】
檸檬喰ふ女セントパトリックデー 蝸牛
【佳作】
セントパトリックデー水切りの石を集める ロビン
セントパトリックデーから妖精オードリー 園を
セントパトリックデー女子校のマスゲーム 媚庵
セントパトリックデー夜の果ての〈非常口〉 春畑 茜
セントパトリックデー塗りたてのかはづ 坂石佳音
花粉症の猫のお散歩セントパトリックデー 正美
おひたしは地味でセントパトリックデー 櫂未知子
【選評】
なんだかよく解らない日、とは言っておれないのかもしれない。
日本でも幾つかの都市で、この日に向けて、パレードが行われている。
日本記念日協会の記す由来に、
「この日、シンボルカラーの緑色のものを身につけると幸福になれるとされる。」
とあるのを読んで、そわそわと慌てて今日着ている服を確かめている人も多いだろう。
私もその一人。
下のURLで、結構詳しく聖パトリックについて触れていた。
四世紀から五世紀の、奴隷から司祭になった人。
天、「苔むすまで」が、この大昔の聖人に適う。また、緑をも想起させてくれる。
しっとりとした秀品だ。
地、かの地も当地も、みな神頼み……。伊勢参りの行列が、パレードを引き寄せる。
「いかむや」の大仰が滑稽を誘ってもいよう。
人、僕は英語嫌いだから、西洋にはコンプレックスがある。そんな僕には、
どうしても、セントパトリックデーがどうにも遠い。
「檸檬喰ふ女」もまた、僕には遠い存在。この女、丸齧りしていそうだなぁ……。
佳作ではロビンさんの句がすごく気になった。
「水切りの石」、薄く平らな石。それを水面に投げてバウンドさせる遊び。
そういう平和への祈りが籠められているようでもあるけれど、
ちょっと離れすぎていて、これは深読みにすぎるとも思えて、佳作どまり。
ただ、作り方は面白い。新加入・ロビンさんの今後に期待する。
正美さんの句も、おしゃれのなかの滑稽感が出ている。
あと、なんとか「緑」にひきつけようとした句が佳作に多い。
園をさん、媚庵さんは、パレードをご存知なのだろう。
【選者吟】
座布団を膝へセント・パトリックデーの妻 島田牙城
【天】
田の神は十六団子2個残し 白馬
【地】
あそべやあそべ十六団子の団子の子 春畑 茜
【人】
十六団子遠野にひとり皿回し 湯水
【佳作】
朝星よ夜星よ十六団子かな 小豆澤裕子
だれ置きし十六団子河童淵 蝸牛
十六団子神の足跡九文半 坂石佳音
崩してみたい十六団子だ 三亀
車座に十六団子回し食ふ やそおとめ
ひいふうみ十六団子子と分ける 谷口純子
ままごとの手を借り十六団子かな 月野ぽぽな
【選評】
記念日協会の由来欄には
「東北地方の各地に残る風習で、
この日に田の神が山から戻ってくるとされ、
団子を16個供えて神を迎える行事。
また、10月16日には、
神が山に帰っていく日として、
同じように団子を供える。」とある。
「十団子」なら俳人には有名で、
十団子も小粒になりぬ秋の風 許六
を知らぬ人はなかろう。
十六団子は知らなかった。
けれど、すごく素朴な民の田の神との交流が思われて、
微笑ましい。
いや、そんなことは言っていられないのか、
飢餓・凶作に毎年のように襲われた東北の田の神頼みは、
温暖肥沃の地の田の神以上に鄭重にもてなされただろうし、
神は神で、民の恨みを買うことを恐れていたのではなかろうか。
選外の句に少し言及しておこう。荒選で十四句抜いたうちの四句。
子規愛でし娘十六団子屋繁盛 淡々
この詠み方は、たしかにルール違反ではないのだけれども、
「十六団子」のイメージを無視しているといわれても仕方がない。
なおかつ、その記念日のイメージに繋げるのは、
至難の業。ただし、挑戦しつづけることは、悪いことではない。
減反の村や十六団子かな 鈴木貴彰
飢饉などの昔を思うのではなく、
「減反」という現実に目を向けたことは買うけれど、
「切れ字」が二つ。それも、強烈な横綱級切れ字だから、
どうしても焦点の分裂を生んでしまう。
十六夜団子ぎっくり腰を治さばや みずき
添削しても採りたかった句。
どうして「夜」がはいってしまったのだろう。
幸せを十六団子に託すかな 花月 香
取るか取るまいか、相当なやんだ。
素直に思いを表出していて、厭味がないというのが微笑ましい。
でも、最終的にとらないことにした。
僕は「言葉の属性」ということを言う。
ひとつの単語にすでにこびりついているイメージのこと。
この「幸せを託す」というのは、
やはり「十六団子」の属性に含まれている。
天地人・佳作にした句には、
それぞれ、作者なりの工夫があるのだ。
この「属性」というのは、常識と言い換えてもいい。
俳人とは、常識破りの人種でありたい。
【選者吟】
妻十六団子妻十六団子妻 島田牙城
【天】
靴の記念日軍艦とワンセット 仲 寒蝉
【地】
靴の記念日いちまいの沼を剥ぐ 中村安伸
【人】
旅人の理屈減り靴の記念日 月野ぽぽな
【佳作】
靴の記念日三叉路に来るつばくらめ 湯水
片割れの行方知れずに靴の記念日 園を
右足が遊びに行った靴の記念日 ますみ
猫になき靴の記念日爪をとぐ 谷口純子
ファックスで済ませる用事靴の記念日 小豆澤裕子
パルメザンチーズの飛んだ靴の記念日 櫂未知子
やさしくもなき子に靴の記念日を 島田牙城
【選評】普通私たちが靴と称しているのは西洋靴のことで、
その生産工場開設(明治3年)に因んで、記念日が制定(昭和7年)されたそうな。
外出には必需品であり、人体の表玄関より一番遠く、酷使され続ける
縁の下の力持ちだ。歩くことから人生そのものに通じ、
現実も幻想も靴の上の所作に拠るところが大きい。
さて、その景を拾ってみよう。
【天】の仲寒蝉氏のセットものに何を見るか。
明治から始まった事柄を、昭和に記念日とした背景に想いをはせる。
足元を固め過ぎる無駄使いは、天に向かって唾を吐くようなものだ。
文明も経済も戦争も、煩悩の相対性において破滅への道程であり、
もの言わぬ靴は、苦々しく思いつつ働いていることだろう。
【地】の中村安伸氏は、その日に、怪談「天女の沼」を買い込んできて、
ビニカバでも剥したのだろうか。真意は河童に委ねたいところだ。
【人】月野ぽぽな氏のように、安易な連想の「靴」を「屈」として
持ち出すことに技あり。寡黙であるのは、履く人以前に靴であった。
【佳作】
・湯水氏の描く情景の吉凶に只ならぬものを感じる。
・園を氏の喪失感に靴の記念日が呼応している。
・ますみ氏の話では、対たる左足の所在が気になる。
・谷口純子氏によって、その記念日は人間だけのものだと分かる。
・小豆澤裕子氏に、靴を長持ちさせる秘訣を教わる。
・櫂未知子氏の靴は粉チーズの味、いや臭いがするのか。
・島田牙城氏は、たぶん靴に対して子供は優しくないと言いたいのだろう。
当然ながら、足と歩くことへの連想句が多かった。
本意を外して(裏切って)俳句表現世界の景を面白くしたいものだ。
今回で連続一週間の私の二回目の選は、一先ず終わらせて頂くが、
全部を通してみて、作句上もったいないと思った事がある。
あくまでも個人的な見解と好みだが、
ご丁寧な「ですます俳句」は、立て続くと諧謔が萎えて食傷気味になる。
記号、分かち書き、ルビ、前書き等は説明的になり、読者の想像力を弱める。
固有名詞や知識の泉から拾った言葉やスローガン・思想系俳句は、
煮たり焼いたりしないと旨くない。笑える非常識に勤しみたい。
正義や中立であるよりか、ニュートラルかポンコツ車であるほうがいい。
もの言わずして言う結果になれば俳句として全うだ。
【選者吟】
閣下沿うよう靴の記念日なりにけり 二健
【天】
触角をくれたらホワイトデー 瑞恵
【地】
キラー通りはホワイトデーに反攻する 淡々
【人】
をみならへホワイトデーの修正液 中村安伸
【佳作】
ホワイトデーの目玉焼に塩きかす 櫂未知子
とどのつまりはホワイトデーの犬となり 媚庵
雪崩止むまでの数秒ホワイトデー 正美
ホワイトデーの鼻腔から飛び出た白髪おじさんなり 三亀
ホワイトデー砂場の砂を数へだす 島田牙城
ホワイトデー第2ボタンを狙うひと しのざき香澄
四十を初老と知らずホワイトデー 小豆澤裕子
【選評】
コンビニの入り口付近に、きれいに包装されクッキーが積まれていた。
準備が良すぎるのも味気ない。所詮虚礼のお返しも虚礼だし。
【天】の瑞恵氏は蝶になったのか。俗悪な人間界から脱却するのも手だ。
【地】道の名前が記念日に反攻するとは面白い。喩でなければゴーストタウン。
【人】修正すべきは修正するに越したことはない。
【佳作】
・櫂未知子氏、スパイスもきかせて。
・媚庵氏の達観は儚い一生。
・正美氏の刹那。
・三亀氏の化仏。
・島田牙城氏の狂気の沙汰。畳の目を数えるよりも困難。
・しのざき香澄氏の彼は第2ボタンフリーク。
・小豆澤裕子氏ばかりか私も知らなかった。
選外ながら、百花・あまっとう♪・みずき・坂石佳音氏等の作品も劣らなかった。
【選者吟】
デートいーわほほほホワイトデー 二健
【天】
青函トンネル開業の日家出 中性子
【地】
青函トンネル開業の日をすまし汁 櫂未知子
【人】
ナメトコ山とカムイワッカの熊が会う青函トンネル開業の日 流鬢力
【佳作】
蚯蚓鳴く青函トンネル開業の日 迷子
糸電話青函トンネル開業の日 望月暢孝
青函トンネル開業の日やマスク干す 中村安伸
青函トンネル開業の日通勤電車で舟を漕ぐ しのざき香澄
青函トンネル開業の日や眠るだけ やそおとめ
青函トンネル開業の日の内視鏡 春畑 茜
青函トンネル開業の日結婚指輪抜きました みずき
【選評】社会性俳句の腕の見せ所なのだが、意外と全30句は平坦だった。
取って付けたような、お飾り的配合や、知に落ちて捻り不足など惜しかった。
結果、付かず離れずのシンプルな作品が琴線に触れた。
【天】の中性子氏(何だか物騒なお名前の方)のぶっきらぼうな投げ出しは、
主体の心境そのものだろう。「〜の家出」としたいところだが、
平穏ではないので、言葉足らずも効果的だ。
家出は、逃避と反抗と孤独と自立と浪漫の旅。
記念日俳句は、自由律が生かされるというお手本だ。
【地】の櫂未知子氏の「を」は、くせものだ。
たった一文字でイメージの舵取りをしてしまうのだから。
瑣事との対比とねじ込みで、大形な人事を諧謔するに至っている。
【人】の流鬢力氏の狂歌もどきには呆れるが、
月の輪熊と羆のご対面も、お話の上なら成立する。
【佳作】
・迷子氏のように、季語を配しただけて雰囲気が出てしまうから、俳句は慣れてしま
えば簡単だ。
・望月暢孝氏や櫂未知子のように、大形に対して些細なものを配するのはいける。
・中村安伸氏のように、物と動作で述べるとドラマチックになる。
・しのざき香澄のように、定番の比喩文言を生で使うには、上級者の場合勇気がい
る。
・やそおとめ氏のように、ささやかでばかげた動作を付けるのも一考だ。
・春畑茜氏のように、連想品の提示も時と場合による。
・みずき氏のように、来られると「はいそうですか」と同情する。
他に、貴船神社の「占神籤」の伊波虎英氏、名画「飢餓海峡」の媚庵氏、「飢餓海
峡」に
更に大正の小説「恩讐の彼方に」を絡めた三亀氏の力作には勉強させられた。
【選者吟】
土竜もびっくり青函トンネル開業の日 二健
【天】
皆様のNHKやサンデーホリデーの日 大西龍一
【地】
サンデーホリデーの日どなたかは存じませぬがありがたう 仲 寒蝉
【人】
サンデーホリデーの日お手当のいぬふぐり 島田牙城
【佳作】
消防車走るサンデーホリデーの日 園を
半身を創り残したサンデーホリデーの日 鈴木貴彰
マラソンに焼酎お湯割りサンデーホリデーの日 正美
目立てしたノコギリ戻るサンデーホリデーの日 しのざき香澄
縁側でサンデーホリデーの日の鼻毛抜く やそおとめ
サンデーホリデーの日コッペパン食いちぎる みずき
サンデーホリデーの日のクロックムッシュ・クロックマダム 櫂未知子
【選評】
【天】の大西龍一氏は、モットーをそのまま提示しただけなのだが、
日曜日の国民的休日の日との相乗効果で、含みとインパクトが大きい。
余分なことを言わないがための強さだ。上等なイロニー。俳句の骨法。
【地】の仲寒蝉氏の台詞俳句も国民性を濃厚に感じさせる。情感も俳味も豊か。
前述した、行為の写生の一形態であるが、更に細分化すれば発言の写生である。
【人】島田牙城氏の賃金は、スズメの涙ならぬイヌフグリの小花か。
ママゴトならいざ知らず、現実問題としては苦しいが可憐さに救われる。
詩俳混交の佳句。
【佳作】
・園を氏は休まない題材を配した。俳句のコツを心得ておられる。
・鈴木貴彰氏の未完成もまた、人に非ずの景。
・正美氏の団欒そのままの写生であろう。走者と観衆のギャップを描いた。
・しのざき香澄氏のご主人か。さあ心置きなく日曜大工を始めよう。
・やそおとめ氏のその日のそれはまた格別。至福の一時。
・みずき氏のは取り立てて新味もないが嫌味もない。
・櫂未知子氏のは焼きパンの名称からくる道祖神みたいで、長ったらしいが面白い。
【選者吟】
縁なきは浮いた話とサンデーホリデーの日 二健
【天】
パンダ発見の日売春窟のカレーはも 島田牙城
【地】
ゑひてはをりませぬパンダ発見の日 坂石佳音
【人】
パンダ発見の日の迷子放送 しのざき香澄
【佳作】
お目にかかれて光栄ですパンダ発見の日 園を
緑のランプがついていたパンダ発見の日 瑞恵
泣きべそのパンダ発見の日やうすごほり やそおとめ
パンダ発見の日養育費算定表 湯水
パンダ発見の日あなたの知らないわたし 百花
万事休すパンダ発見の日にけり 文平字
パンダ発見の日明けパンダ発見の日暮れ 中性子
【選評】
投句31句中、下選を20句採れた。その数は私にとっては多かった。
やはり付き過ぎの問題で割愛余儀なくされた。
パンダが含有しているイメージを、言う必要はなく、
それを踏まえて飛躍させたいのだが、なかなか難しいことだと思う。
また古典用語を調べたりして勉強させられた。
【天】の島田牙城氏の「はも」は、平安時代の体言につく結びの形で、
後の俳諧や俳句でお馴染みの「かな」に代わる。
「食もう」や女房詞の「は文字」(羞恥)の尻切れめかしまで想像できて重層的だ。
パンダを借りて人間界の情欲、金銭欲、食欲等煩悩を強力に諧謔した。俳の鏡。
【地】の坂石佳音氏の「ゑひて」は酔いての意。
貝原益軒曰く、「道を知れる人は酒にゑひて醒る如く、ねふり(眠り)の
覚たるが如し、故に道をしれる人を先醒と云」と書いている。
つまり「先生」は「先醒」と書くのが正しかったのだろうか。
しらふよ、という姫の訴えは、珍獣尊重や我が目を疑うほどの
愛くるしさの念からも率直に肯ける。
【人】のしのざき香澄氏の句は、単なる動物園での出来事なのだが、
よりにもよって、その記念日に迷子にならなくてもよさそうなものだ。
無関心なパンダと対比をなす、深刻な他人事ながら滑稽な一場面を切り取った。
【佳作】
・園を氏の句に登場する発言者はたぶん高貴なお方だろう。
これだけでイロニーが生じるのだから俳句が止められない。
・瑞恵氏のゆったりとした回想の象徴が照射するとパンダが緑化する。
作られた緑から生息場所の緑へとタイムスリップする。猫熊の怪しさも。
・やそおとめ氏の低重心の本格俳句。
人の勝手はパンダの人相まで決め付けてしまう。薄氷の感じと響き合う人為。
・湯水氏ののしかかる算盤勘定。
・百花氏の謂いでは「わたしの知らないあなた」も成り立つ。
・文平字氏の二重結末の語もそれなりのインパクトがある。
・中性子氏のあえて繰り返す必然性は危ういが、その試みを一押し。
その他、みずき・中塚涼二・鈴木貴彰・大西龍一・望月暢孝・あまっとう♪・
櫂未知子氏等の作品も佳句だったが、何せパンダに接近しすぎて戴けなかった。
【選者吟】
第一回パンダ発見の日ノンケ唾痰場いかつい板 二健
【天】
ミントの日妻と娘を間違える 望月暢孝
【地】
ミントの日キスの予行演習する ますみ
【人】
自分では美男のつもりミントの日 野月寛紀
【佳作】
ジャックダニエルはバーボンではないミントの日 淡々
焼肉を食べてきたでせうミントの日 櫂未知子
とんまなヒントだミントの日 三亀
ミントの日第九条が逆立ちす 島田牙城
刷りたてのベンゼン環やミントの日 大西龍一
吐くために深く息吸うミントの日 小豆澤裕子
専攻は三島に決めたミントの日 中性子
【選評】
カネボウフーズ(株)が語呂合わで制定した日。
ミントに、緑、白、クール、爽やかなどのイメージを持つのは当然であるが、
そこから逸脱した広がりの面白さにホットな人間味を感じ、上位の選とした。
【天】の望月暢孝氏の間違いは、日常の中の冷や汗もので苦笑した。
馴れ馴れしく後ろから触れようものなら、風前の灯たる父の威厳失墜である。
類想はあるが、ミントの清潔清涼感が、反義としてよりよく引き立て合っている。
【地】のますみ氏も全然斬新さはないが、誰(何)とやっているのだろうかとか、
羨望や嫉妬の眼差しなど余分な感情を抱かせ、他人事とも思えない求心力がある。
【人】の野月寛紀氏もこれまた、全然新味はないが、言いえて妙な自己愛が哀しい。
【佳作】
・淡々氏は往年の仕事で携わられたブランドだろう。実はテネシー・ウイスキーと言
う。
実際の事柄を否定形の繋ぎで配合されたミントの日の必然は、困惑でしかないからい
い。
黒と緑の色彩感も功を奏している。
・櫂未知子氏の昔人風の謂は臭い。毒消しにカネボウフーズの製品を食べなければ。
・三亀氏は安直な音の類似語だけで仕立てた。ミンクのマントだミントの日とか。
・島田牙城氏のは、どうせ不可解な逆立ちならば、「酒断ち」の方がいいのではない
か。
・大西龍一氏の一般的連想の延長線にない物事との組み合わせは、イメージが広が
る。
・小豆澤裕子氏の溜息の分解表現のような作りも爽やかだ。
・中性子氏の決定事項そのものは重要ではないが、その私事や卑近さが俳味。
※せっかくなのでミントを使った振る舞い酒を一杯!
ドライジンとペルノーとホワイトペパーミントを、
氷の入ったシェーカーに入れ、シャカシャカ。
カクテルグラスに注いで、
はい「ノックアウト」をどうぞ。
【選者吟】
ミントの日都民としては肩がこる 二健
【天】
木花之佐久の日ケーキ記念日の姫 淡々
【地】
畑焼けば佐久の日ケーキ記念日 戸来靖山
【人】
佐久の日ケーキ記念日スルメ裂く 園を
【佳作】
唐傘を開くや佐久の日ケーキ記念日 鈴木貴彰
佐久の日ケーキ記念日蕨が揺れる 正美
自転車のサドルが見あたらない佐久の日ケーキ記念日 三亀
作句の日佐久の日ケーキ記念日 流鬢力
鮭児撮り夢に佐久の日ケーキ記念日 まなぶ
佐久の日ケーキ記念日あめゆき手のひらに 春畑 茜
佐久の日ケーキ記念日十万馬力にて 島田牙城
【選評】
日本三大ケーキのまちのひとつ、
長野県佐久市の「信州佐久・ケーキ職人の会」が制定だそうな。
二重記念日のような長い題なので、一言勝負となった。
難しくも簡単でもあり、普段の腕が試された。
【天】淡々氏の神話に場面転換していく俳句に魅せられた。
古事記の木花之佐久夜比売(コノハナサクヤヒメ) を下敷きにして佐久に掛け、
姫にケーキを齎した。
【地】戸来靖山氏の句は何の変哲もないように見えるが、
佐久がケーキの町だったという意外性を、
地元の農事との因果関係としているところが、
無理らしからぬずれが生じていて面白い。
【人】園を氏の、
よりにもよって似て非なるそぐわない行為に俳味あり。
【佳作】
・鈴木貴彰氏の行為の写生から来るドラマ性。
K音の韻律も良い。
・正美氏の蕨の現象は地震でもあるまい。
・三亀氏は盗難に合われたらしく深刻そう。
傍から見れば滑稽で人心の意地悪さが窺える。
・流鬢力の他愛ない駄洒落と苦笑しながらも、頭が休まる。
・まなぶ氏のケイジは佐久名産の鯉に比べて高価な魚らしい。
しかし主題はケーキ。
・春畑茜氏の仮名表記は飴と雨を呼んでいるのだろう。
自然現象をケーキと無理なくつなげた。
・島田牙城氏の途方もない力添えは、
やはり漫画的。現実的には十万票欲しい所だろう。
【選者吟】
佐久の日ケーキ記念日だからだろう 二健
【天】
梅田地下アリバイ横丁みやげの日 伊波虎英
【地】
火の気止みパパとママと婆(ばば)みやげの日 流鬢力
【人】
みやげの日水の中にも水の色 媚庵
【佳作】
みやげの日呼鈴三つ鳴らしけり 坂石佳音
君でいい君がいいんだみやげの日 てん
下駄揃え身投げ…ではないみやげの日 淡々
みやげの日議員全員取り込み中 島田牙城
射的屋の子犬を撫でるみやげの日 しのざき香澄
みやげの日手品で消える竹生島 中村安伸
ぐい呑みに炎の痕やみやげの日 蝸牛
【選評】
二周目の選句の任がやってきた。初っ端から遅れてしまって申し訳ない。
題は「みやげの日」ということで、結構作り易かったと思う。
そこが落とし穴で、案の定土産からの連想が近すぎる句が多々あった。
今回の投稿俳句は保革に二分できた。
旧来的写生、現代的観相、口語表記、回文形式などの中から、
内容と形式共に新味のあるものを選ぶ拠り所とした。
【天】の伊波虎英氏の句は、
ともすれば軽く流されがちな諧謔性を重厚に仕立て上げた。
土産という地霊漲る言葉に負けない風刺がなされた。
【地】の流鬢力氏の回文句は回文のための回文に落ちておらず、
俳句としていきり立っている。
ともすれば付き過ぎになつてしまう家の景が、
歯がゆさによって救われている。
回文形式の導く歪んだドラマを、
好奇な眼差しで見られてこそ立つ瀬がある。
ルビは要らないと思う。誤読も俳句の楽しさだから。
【人】の媚庵氏のリフレイン句には類想がありそうだが、
みやげ物では初登場だろう。
土産は見上の転らしいが、
水の見え方に拘っただけの距離を置いた発想には、
謎も秘めていて含蓄がある。
【佳作】
・坂石佳音氏は、もう立派な俳人(確か歌人の方?)。
行為の写生が出来れば一人前。
写生の良さは、理屈や説明や答え出しをしないで、
読者の想像力を喚起することだと思う。
・てん氏のような口語俳句がもっとあってもよい。
台詞の一言で十分俳句たりえる。
呟きでも嘆きでも命令でも、
その心から物が見えてくる場合が往々にしてある。
中七で言い直している深刻と滑稽あっての俳の句。
滑稽は物証よりも強し。
・淡々氏の句の駄洒落のばかばかしい言い訳そのものがばかばかしい。
記号は説明的如何に。
・島田牙城氏は、何を取り込んでいるのか分からないが推測はつく。
安土産で買収はできない。
・しのざき香澄氏の取り合わせは、
付き過ぎから離れていて良いのは勿論、
世俗と温もりの開きも功を奏している。
・俳枕に長けている中村安伸氏の俳句マジックは非の打ち所がない。
・蝸牛氏の無難な写生句。痰の痕でなくてよかった。
その他選外だが、「地球儀をぐるぐる回すみやげの日 鈴木貴彰」は、
煩くしないでもう一捻り欲しいところだ。
「みやげの日 外貨で絵画 火の気 闇 月野ぽぽな」も回文表現を試みたが、
分かち書きは説明的で散漫に感じてしまうのは私だけだろうか。
「60回払いの月賦でもみやげの日 三亀」のように
多くの回数を特定すると逆効果のような気がする。
ご意見があれば茶屋で語りたし。
【選者吟】
唾棄が非の下野みやげの日が来た 二健
【天】
半纏の般若の涙消防記念日 ますみ
【地】
消防記念日に膨張している 三亀
【人】
風神雷神消防記念日 望月暢孝
【佳作】
消防記念日その真昼間のロカビリー 媚庵
消防記念日祖母に似てゐるガスマスク 中村安伸
消防記念日村の空磨く鳶 坂石佳音
綻びを繕ふ消防記念日 蝸牛
火種百消防記念日やり過ごす 月野ぽぽな
消防記念日八百シチ長女の振袖が 迷子
味噌漬けはさつさと焦げて消防記念日 櫂未知子
【選評】
今日は全体に低調。
「少年老いやすく夢成り難し」とか「例え火の中水の中」と、
成句をぶつけた人が複数いたということにも、
低調ぶりが伺える。
成句では、
「焼け棒杭に火がつかず」「いろは纏のちりぬるを」
と工夫をみせようとした句もあったけれど、
あまり成功しているようには感じられなかった。
そんな中、なぜか短句が発火しているようで、面白い。
(短句とは歌仙などの七七の句のことでもあるが、ここでは、短い句というほどの意味)
綻びを繕ふ消防記念日
というのは、この日が「消防の警察からの独立」の日であることを暗示しているようでもある。
この句は5・4・8で一応17音だが、リズムとしては短句だろう。
消防記念日に膨張している
も、数えてみると、おみごと17音だけれど、やはり短句のリズム。
意味? そんなものは端(はな)からうっちゃられている。
リズム感と、「膨張」の語が迫るあやうさを感じればそれでいいという句。
風神雷神消防記念日
は8・8のリズムがいいし、
「風神雷神」と「消防」の即(つ)かず離れず具合の妙。
半纏の般若の涙消防記念日
を天にした。
般若は鬼女。それが半纏を着て涙を流している。
この火事は火付けだったか……心の火だったか……
そもそも、般若とは悟りのこと。
「般若心経」があるくらいで、いい言葉なのだけれど、
どう間違えて「鬼」となったものか……
僕の無知は、この謎を知らぬのだけれど、
なればこの「涙」は悟りの涙だったかとも、合点するのであった。
さあ、明日からは、宮崎二健さんの選へ移行。
媚庵さんは、今日から一週間の検査入院へ。無事のご退院を祈ろう。
僕は再び、16日から選に入る。
【選者吟】
敬礼す消防記念日の妻へ 島田牙城
【天】
世界一周記念日夜目にわが背中 中村安伸
【地】
世界一周記念日の満漢全席 櫂未知子
【人】
世界一周記念日の血豆かな 谷口純子
【佳作】
世界一周記念日一皿百円也 湯水
世界一周記念日なれば憮然とす 媚庵
世界一周記念日の膝小僧 望月暢孝
世界一周記念日ふらここの宙返り 園を
ときどき座って世界一周記念日 瑞恵
世界一周記念日透かしのないお札 伊波虎英
世界一周記念日そして首都に雨 春畑 茜
【選評】
「冒険家のスティーブ・フォセット氏が3日(米国時間)、
飛行機による初の単独無着陸・無給油世界一周に成功した」
というニュースを聞いたばかり。
世界一周と聞くと、僕の胸は高鳴る。
古くはマゼラン、そして飛行船グラーフ・ツェッペリン号
また、堀江謙一さん
だから、「何故今日なのだろう」と由来をクリックする胸も、
やはり高鳴った。
なのに出てきたのが日本航空……なーんだ、ではある。
だからなのか、
とてつもなく大きな「夢」が詠まれるかと思っていたら、
みんなこの日を「拒否」したいような句ばかり……(^^)
身近な現実をこの記念日にぶつけた人が多かった。
「血豆かな」「一皿百円也」「憮然とす」「膝小僧」「透かしのないお札」
どれも面白いのだけれど、やはり、「夢」がない。
「血豆」を「人」に押したのは、
「丸さ」「痛々しさ」など、連想を膨らませる要素が多様だったから。
多くの人が「憮然と」したのだろう。
「首都に雨」もこの系譜だけど、余情はたっぷり。
「ふらここの宙返り」も同じく。
この句には若干子供たちの夢があるのかもしれない。
僕も「ふらここ=ブランコ=春の季語=の宙返り」は子供の頃試みたけれど、
せいぜい水平より少し高くへ足が上る程度。
句の裏に「やろうとしても出来ません」の心が張り付いているような……
で、豪華なものには豪華なものをぶつけて、
せめて俳句という虚構の中でだけでも女王様気分に浸ろうとしたのが、
櫂未知子さん。
夢とは、それを語らない人には絶対実現できないもの。
逆に、無理してでも語り続ける人には、降臨する日が来るのかもしれないのだから。
若干でも可能性を残しておきたいという、あがきの句でもある。
このあがき度を評価して「地」。
あっ、「地」か、結局地を這いずり回る人生なのかもね(^^)
中村さん、中村さんだけが、本当に世界一周してしまったのである。
瑞恵さんもどうも、世界一周の旅には出たようだけれど、
句が少々ぎこちないので佳作。
中村さんの句は、ぐるっと一周したら自分の背中に出会ったと、雄大。
ただし「夜目」である。
ピーターパンのように、やはり「夢」は「夢」ということか……
【選者吟】
世界一周記念日無言妻の笑み 島田牙城
【天】
サンゴの産後は誤算だったサンゴの日 三亀
【地】
サンゴの日記念に売り出す団子かな 流鬢力
【人】
サンゴの日全て忘れてしまつたね 文平字
【佳作】
出身はムーの右端サンゴの日 大西龍一
名も知らぬ星の名も無きサンゴの日 月野ぽぽな
サンゴの日浦島太郎わかがへる 谷口純子
海底に英霊の町サンゴの日 望月暢孝
束の間の海市の逢瀬サンゴの日 淡々
息止めて骨白かりしサンゴの日 百花
赤いもの食べて夕暮サンゴの日(名無しだけれど巧いなぁと思って調べてみると、櫂未知子さんだった。)
【選評】
琉球のことには興味があるけれど、
概ね南方系のことに興味が向かない日々なもので、
珊瑚についても、詳しい知識を持ち合わせていない。
朝日新聞の記者が珊瑚を傷つけた自作自演事件を思い出す程度か……。
だいたい、サンゴとは何語なんだろう。
漢字が当てられているのだから中国語なのか、
では、英語では何という?
調べようとしたが
手の届く範囲に和英が見当たらぬので、断念。
*
天の三亀句、これぞ、サンゴの現状。世界のあちらこちらで危機に瀕している。
また、サンゴが動物だったことも思い出させてくれる。
そのうえで、サンゴ→産後→誤算と洒落のめす。
俳の際立つ一句。
地の流鬢力句、
句の前に、しっかし、麒麟ビールをひっくり返して俳号とするとは、恐れ入り屋の鬼子母神である。
句は、ぎこちない。もっとすんなりと出来ないものかとは思うけれど、
(例えば、「サンゴの日記念の団子売り出せり」とか
即ち原句だと、焦点が「サンゴの日」と「団子」に分裂するけれど、
改作だと「団子」に焦点がピタリと合う、ということ)
でも、こういうふうに、記念日を遊んでしまう人はいるだろうと思えてくる。
別に商魂云々というのでもなく、「乗り」なのだろう。
南方の明るさといってもいい。
人の文平字句は、「鑑賞自由」の俳句の幅を見せてくれた。
恋句と取ると、海に捨てた悲恋が見えてくる。
挽歌ととると、南方に散った、兵士たちの嗚咽が聞こえてくる。
どちらが正しいとか、「僕はこういう思いで作りました」とかではない、
それが俳句の幅。
佳作にも言及したいけれど、先ずはUPさせます。あとは、茶屋にて……
【選者吟】
石膏に妻つまづけりサンゴの日 島田牙城
【天】
まつすぐに生きたつもりがミシンの日 百花
【地】
ミシンの日軍歌を問えば口ごもる 二健
【人】
ミシンの日鶴はせいので雲隠れ 鈴木貴彰
【佳作】
ミシンの日丈のだんだん短くなる 大西龍一
雪原に鹿の足跡ミシンの日 しのざき香澄
かたかたと夕暮れてゆくミシンの日 ますみ
明治より古きミシンの日の母よ 中塚涼二
母さんは背を向けてゐるミシンの日 園を
昼寝して夜鍋しているミシンの日 淡々
眠る子の鼾うるさしミシンの日 中性子
【選評】
「世界で初めて裁縫機械の特許を取得したのは1790年」と、
記念日協会はその由来に記す。
今はどれほどの人が使っているのだろうか。
我が家では、ないよりあるに越したことはないと注文したら、
隣の群馬県から業者がやってきた。
しかし、器械音痴の妻には、「今のミシン」がちんぷんかんぷん。
「動かない」と言って、投げ出してしまった。
(もちろん、妻の言い分は「ミシンが壊れた」である。)
佐久市の繁華街にあったミシン会社のビルは、閉鎖されたままである。ミシン業界の不況は深刻なのだろう。
*
今日の選は結構すんなりと進んだ。
「五音」で、そこそこ郷愁があって、という按配が、
俳句にしやすかったのだろう。
「母」ものが多かったのは、予想の範囲。
その中で、天の句の「転成」とでも言える作りは文句なしに面白かった。
ミシンで直線を縫うには年期がいる。
僕なんかがやったら、もうけもの道のように右へ曲がり左へ曲がり、
本人は真っすぐ縫っているつもりでも、
縫い上がりはかくの如し、人生もまた……
今、「けもの道」と書いたけれど、
この単語を思い出させてくれたのが佳作のしのざき香澄句。
こちらの即物も面白い。
地の二健句、なーんだ、回文じゃないじゃん、と言うなかれ。
すでに中年から老境へと着実に歩を進めている二健氏とて、
戦後生まれ。母は戦中派なのだろう。
軍歌とミシンがオーバーラップする。
この句でふと思うのは学徒動員。
女子は各地の工場へ。工場にはミシンがずらっと並んでいた、ということ。
人の「鶴」はまた、凝っている。
「鶴の恩返し」は機織で、ミシンとは直接はむすびつかないけれど、
なにもかもが機械化されて、鶴の居場所も無くなった。
おりしも「鶴帰る」の季節。「鳥雲に入る」の季語がベースなのだ。
佳作にも佳句が多かった。
みーんな、ミシンには思い入れたっぷりなんだなぁ。
ただ、無かった句にミシンで汽車ごっことかして遊んだという句。
僕だけだったのだろうか、あの皮のベルトこそ、僕のミシンの原点。
【選者吟】
ミシンの日妻のミシンに蔵すらなし 島田牙城
【天】
結納の日に確かめる非常口 月野ぽぽな
【地】
祖母ソヨの結納の日の破天荒 谷口純子
【人】
結納の日の忍法結納返し 中塚涼二
【佳作】
妹の指先白し結納の日 蝸牛
瘡蓋はそっとそのまま結納の日 和良珠子
結納の日のなかぞらの金の鯱 春畑 茜
結納の日薄味饂飩の出汁をとる 迷子
結納の日スクランブル交差点の落し物 あまっとう♪
結納の日柱は闇に溶けはじむ 中村安伸
結納の日や駅裏に傘を閉じ 鈴木貴彰
【選評】
つらい。
格式に拘るのはそもそも「俳」の精神にもとる。
僕は一度目の結婚でたしかに結納とやらのやり取りをやったことがあるけれど、
一度目で懲りて、
今の妻は籍にも入っていない。
「好きで一緒になるのに、何故にお国に届けなきゃなんないの」てなもんです。
蝸牛・春畑茜お二人の作は、けっして悪い句ではないのだけれど、
「結納」を受け入れておられるように僕には読めて、
選者との相性で佳作止まりということです。
中村安伸さんの句もまた、素敵です。
結納の終った座敷、儀式のあと、だれも居なくなった部屋の床柱。
ゆっくりと春先の一日が暮れていく。
ただ、絵になりすぎていて、
これも選者の歪んだ結婚観と相容れない悲劇にて、佳作止まり。
ぽぽなさん、これはいい。
最近はホテルだとか式場の一室で結納を交わす場合も多い。
そんな建物に入って、まずは「非常口はどこだろう」ときょろきょろしている。
お父さんかお母さんだろう。そわそわしている感じが伝わってくる。
純子句は、いかにもいそうな「祖母ソヨ」の断定が笑いを誘う。
ただ、残念なのは「破天荒」。
これは言葉を借りてきただけで、内実がない。
「もっと具体を」と書いておこうか。
涼二句、あわてて「忍法結納返し」を検索してしまった。
「該当項目なし」と出た。やられた。
ただ、「つばめ返し」とか「畳返し」とか「龍尾返し」とかの忍法はあるらしい。
結婚すれば「フライ返し」をやらねばならない。
「卓袱台返し」に遇うやも知れぬ。
そんなもろもろまで思わせてくれて、逸品。
珠子句、ファンデーションで誤魔化せたか?
迷子句、主婦ってそんなもの、大切な日も日常は続く。
貴彰句、父の悲哀。
あまっとう♪句、もっと大切な彼氏を落としてきたか……
【選者吟】
結納の日を強要し古き妻 牙城
(今日は家庭争議に備えよう^^)
【天】
ミニの日のひとり占めして兄は関白 谷口純子
【地】
地下に潜りミニの日の二ミリ蜘蛛に勝ち 二健
【人】
ミニの日は一日家で過ごします てん
【佳作】
ミニの日やガラスの象もいつか消え 春畑 茜
ミニの日を相撲巡業御一行 園を
ミニの日や子孫おろかに繁栄す 中村安伸
ミニの日や鞄じゃらじゃら音鳴らす 野月寛紀
ミニの日の手のひらにのるオリオン座 斉藤そよ
ミニの日や亀手足首伸ばし居り 蝸牛
ミニの日や探すグリコのキャラメルを 迷子
【選評】
なぜこの日を「ミニチュアの日」と命名しなかったのだろうか。
言葉の省略は日本語の特性の一つだし、
こう呼ぶことも「ミニの日」に適しているという判断があったのだろうか。
僕など中年男性でなくとも、
どうしても「ミニスカートの日」に見えてきてしまう。
谷口さんの天の句は、直球勝負。
ミニチュアカーを始めとして、
玩具の多くはミニチュアである。
それを一人占めするやんちゃな兄の、得意顔。
地の二健さんの回文は、けっこうどきりとする。
ご本人は地上5階のJazzBarのマスター。
地下の怪しげというかアンダーグラウンドの匂う店へ行ったか、
非合法政治組織の一員になったか、
取り敢えず先ずは、たった二ミリの蜘蛛をやっつけたと、
{ミニの日」が含羞に満ちているのだ。
人のてんさん。なかなか好調。
もう一歩「具体」へ踏み出されたら、
てんさんの天も近い。
【選者吟】
地図にない妻の抜け道こそミニの日 島田牙城
【天】
ビキニデーかなしくなれば歩きだす 春畑 茜
【地】
レントゲン技師の紫煙やビキニデー 伊波虎英
【人】
手羽先のしづかに置かれビキニデー 櫂未知子
【佳作】
謝つて欲しくない人ビキニデー 小豆澤裕子
ビキニデーいまだ人間三歳児 大西龍一
風葬は果てなき祀りビキニデー 園を
露出せしものみな風化ビキニデー 淡々
ビキニデーもう帰れない帰らない てん
カメハメハ大王は昼寝ビキニデー 望月暢孝
ボタンならなんでも押す児ビキニデー 百花
【選評】
今日から一週間、急遽私が選を担当します。どうぞ宜しく。
1954年は、まだ私は生れていませんでしたけれど、
第五福竜丸については、学校などでも教わりました。
ただ、日本の報道というのはどこか歪んでいて、
第五福竜丸のことばかりがクローズアップされているようにも思います。
「アメリカは広島・長崎に原爆を投下した1年後の、
1946年7月、史上4番目の原爆を中部太平洋マ−シャル諸島の、ビキニ環礁で爆発させた。
以後13年間にビキニ、エニウェトクの二つの環礁で66回の核実験を行った。」
「ビキニから180km離れたロンゲラップ島民は避難させられずに、激しい衝撃波と爆風、
そして放射能を含んだサンゴの粉が島中に降り積もった。いわゆる「死の灰」だ。
子供たちは初めてみる雪のような白い粉を身体にかけて遊んでいた。
やがて激しい嘔吐、皮膚の炎症、脱毛などの急性放射能障害が島民を襲った。」
下にURLを紹介するサイトに載る森住卓という方の報告を読むだけでも、
このアメリカの仕儀が人体実験であったという憤りが湧いてくるのです。
僕たちはどこまでこのアメリカの仕儀を知っているのでしょう。
僕たちになにが出来るのか。
「祈り」であり、「怒り」でしょう。そのためにも、「知る」大切さを感じます。
そしてまた、むやみに熱くならずに冷静に「取材」する目も大切でしょう。熱くなってしまっては、俳句の神は往々にしてそっぽを向いてしまいます。
行動と言っても、物書く者の武器はペンです。ペンで何ができるのか。それを試される記念日なのかも知れませんね。
ビキニデーかなしくなれば歩きだす 春畑 茜
を読むと、作者の祈りが見えてくるのです。そして私自身の悲しみもあらわにされます。「かなしくなれば歩きだす」はよくあるフレーズなのでしょうが、今日の日に適います。
レントゲン技師の紫煙やビキニデー 伊波虎英
はまた、俳諧味を籠めてこの日、この現実への人々の無関心を突いています。
手羽先のしづかに置かれビキニデー 櫂未知子
には参りました。「手羽先」が「手先」にも「小手先」にも読めて、批評語として立ち得ています。それを可能にしたのが、「しづかに」の措辞でしょうね。胸に沁み渡るのです。
最近知ったこんな句を披露しておきましょう。
「帰りました」と丸焼人間これが母 西田紅外
1945年8月6日、広島での俳句です。
【選者吟】
何かある妻の寝息へビキニデー 島田牙城
【天】
序破急の恋にピリオド富士急の日 鈴木貴彰
【地】
すべからく絶叫すべし富士急の日 伊波虎英
【人】
富士急の日の大沢崩れ雪けむり やそおとめ
【佳作】
スケート靴特売します富士急の日 望月暢孝
ねじまきの時計を巻いて富士急の日 あまっとう♪
不眠不休の復旧工事富士急の日 淡々
富士急の日の着ぐるみは人を容れ 中村安伸
右肩のなごり雪沁む富士急の日 蝸牛
富士急の日の地下鉄に窓がある 湯水
富士急の日啄木蟹と戯るる 迷子
【選評】
天の句、
遊園地は子供のものであると同時に若いカップルのものでもある。
序破急のまるでジェットコースターのような恋が
富士急ハイランドで最後を迎えたのだろうか。
表現と言い呼吸と言い実にうまい!
地の句、
こちらは正統的な富士急の句。富士急と言えば様々な絶叫マシーン
(残念ながら選者はあまり得意でなく一度も乗ったことはないが)。
このコピーちょっと古風だけど富士急の宣伝に使えるかも。
人の句、
これはまた見事な写生句、しかも自然詠。記念日俳句と言うより
「ホトトギス」にでも載せたいような真っ当な句でした。
佳作。
「スケート靴」は富士急のスケートリンクやお抱え選手からの発想、
実際にありそう、まあ4年に1度だから大盤振る舞いしても。
「ねじまきの時計」は何故クオーツじゃないのか、
そういう古い時計を持ったお父さんが富士急に遊びに行く様子を詠んだのだろうか。
「不眠不休」はマシンが壊れて復旧作業している様子だろうか、
遊ぶ方は気楽だが現場は大変。
「着ぐるみ」は当り前のことを言っただけだし
富士急に限ったことではないのだが何となく気になる。
「右肩の」は矢張恋の句、
ちょっと甘いがさりげなく別れを詠んでいていい、
子供連れで行った時昔の恋を思い出したのかも。
「地下鉄に窓がある」の馬鹿馬鹿しさには脱糞いや失礼脱帽、
この無意味さがとてもいい。
「啄木蟹と」は全く無関係の二つを並べて成功している、
啄木の時代、しかも貧乏暮しでは遊園地なんて望むべくもない、
蟹と戯れるのがせいぜい、でも今はむしろその方が贅沢と言える時代になりつつある。
【選者詠】
レジヤーは四年に一度富士急の日 仲 寒蝉
【天】
エッセイ記念日の猫が見ている猫いらず 三亀
【地】
風選びエッセイ記念日放ちたり 月野ぽぽな
【人】
前世を問うてくる雲エッセイ記念日 斉藤そよ
【佳作】
エッセイ記念日過ぐる焼芋売りの声 春畑 茜
ああ言えばエッセイ記念日かしましき しのざき香澄
セイウチ飼育係の嗚咽切々エッセイ記念日 淡々
エッセイ記念日フルーツに毒すこし 中村安伸
エッセイ記念日薄田泣菫苦笑する 媚庵
エッセイ記念日ページの隈を折る 湯水
エッセイ記念日湯に浸すインク壺 坂石佳音
【選評】
天の句、この無意味さ、力の抜け具合がとてもいい。
猫は猫いらずの何たるかを知っているのだろうか。
そこからひとつのエッセイが始まりそう、と考えれば
エッセイ記念日と満更関係ない訳でもない。
地の句、記念日を空に放つというシュールな情景だが
エッセイ記念日ならあり得るかもしれないと思わせる。
但し二度と同じ手は通用しない。
人の句、雲に前世を問われるとの表現もなかなか味わい深い。
その答えをエッセイにでも書けばさぞ面白かろう。
丁度春の気まぐれな雲が育つ頃である。
佳作。
「焼芋売り」はエッセイを書く者の身になって詠んだのだろう、
物を書いていると腹が減る。
「ああ言えば」と言えば
「ああ言えば上祐」とか言われた人はどうなったのだろう、
清少納言の書いたものは素晴らしいが
あんな人が傍にいたらやかましくて仕方ないだろう。
「セイウチ飼育係」はエッセイの音からの発想だろうが
一風変った題材で笑わせてくれる。
「フルーツに毒」は恐い句、
筆は時として剣より確実に人を殺す。
「薄田泣菫苦笑する」は
明治時代の詩人泣菫の知る人ぞ知るエッセイ「茶話」を踏まえたものか、
泣菫が苦笑で泣き笑いをいうオチ。
「ページの隅を折る」は
エッセイを読むときの所作だろうが本好きはしない、
どうでもよいような軽い本ということか。
「湯に浸すインク壷」とはまた大時代的な内容、
ワープロで投稿する時代からは想像できない色々な業が昔はあ
ったのだ、
谷崎や荷風など文人と言われる人達の面影が浮かぶ。
【選者詠】
エツセイ記念日雑文ならぬ見識を 仲 寒蝉
【天】
あら彼方そこに居たのね絆の日 迷子
【地】
絆の日君の投網にかかりけり みずき
【人】
切れてなほきらきらとあり絆の日 中村安伸
【佳作】
絆の日二個のラーメン煮えてをり 大西龍一
遠目で絆の日の菜好きで夫婦 二健
絆の日ポケットのなか手をつなぐ 夜宵
赤い糸ぐんぐん伸びて絆の日 まなぶ
絆創膏を君が隠した絆の日 櫂未知子
絆の日ちろりと見ゆる鋏かな 文平字
結ぶなら固結びでね絆の日 てん
【選評】
天の句、絆とは案外空気のようなものかもしれない。最初は「世界でこの人だ
け」とか「やっとめぐり合えた」などと青いことを抜かしているが2、3年もする
とこのような台詞を吐く間柄となる。諸行無常というか人生の機微という
か・・・。
地の句、これはまた別の意味で醒めた見方。結局恋とはどちらかの仕掛けた投
網のようなものかもしれない。かかってしまった時はそうとは分らず気持ちもい
いのだが段々網が締まって苦しくなってくる。でももう逃げられない。
人の句はまだ絆の美しい面に目を向けている。それでも切れてしまった後だか
らちょっと哀しい。なおきらきらしているところが未練がましくもあり思い出を
大事にしたいとの気持ちでもあろう。
佳作。「二個のラーメン」と絆では付き過ぎの感もあるが何か貧乏臭くてい
い、ただラーメンは二個でなく二杯の方がいい。「遠目で」は回文とは思えない
出来、遠目をした菜(野沢菜?)好きな絆の日の夫婦の像がはっきりと見える。
「ポケットのなか」は微笑ましい若いカップルの像。「赤い糸」は糸が勝手に伸
びていくようでちょっと恐い。「絆創膏」は絆の字からの発想だろうが他人には
些細に見える絆創膏の隠し合いにも二人の仲のよさが見える。「ちろりと見ゆ
る」は鋏の悪意が恐い、ただ「ちろり」より「ちらり」の方がいいのでは。「結
ぶなら」は相手にしっかりと離さないでと言っている健気な恋人の片割れ。
【選者詠】
絆とは傷無くすこと絆の日 仲 寒蝉
【天】
小林盛夫二等兵扼腕二・二六事件の日 媚庵
【地】
吾子に史と名づく二・二六事件の日 園を
【人】
二・二六事件の日雪達磨死す 文平字
【佳作】
草田男の雪降る二・二六事件の日 伊波虎英
受験生が寒そうに行く二・二六事件の日 ますみ
競売の十字勲章二・二六事件の日 百花
二・二六事件の日父ローン組む 湯水
スコップを買わば二・二六事件の日 迷子
漏れいづる二・二六事件の日の野壷 島田牙城
二・二六事件の日ヒドクサムイと 坂石佳音
【選評】
天の句、小林盛夫という人が実在するのか、どんあ人だったのかは知らない。
しかし決起部隊の一員の個人名を出すことで
二・二六事件が俄然現実感を帯びてくる。
お国のためと上官から言われて従った兵達には
子供を奉公に出したり娘を売り飛ばしたりせざるを得なかった
貧しい田舎の次男坊が多かったと聞く。
少しでもよい国になるならと決起した筈が
いつの間にか帝に弓引く逆賊ということになっていた。
やったことは褒められるべきことではないが、
彼らにしてみると正に切歯扼腕の思いであったろう。
様々なことを考えさせられる句だ。
地の句、一方襲撃され殺された側にも当然家族がいた。
その心中を思うと決起軍の家族としてはやりきれないものがあろう。
斎藤史の父は斎藤瀏という歌人で退役後2.26事件に連座した。「史」と名付けられた少女は望みもしないのに
歴史の渦に翻弄されることとなった。
人の句、これは一転してやりきれないこの事件にメルヘン的な色を付けた。
しかし逆に不気味さが際立つ仕掛けになっている。
佳作。
「草田男の雪」この日は東京には珍しい雪だったので
雪との取り合わせが多かったが、
中ではこの句が優れていた。
明治が遠くなった時点で
その明治政府の目指してきた延長線上にあの事件は起きたのではなかったか。
「受験生が」は一転して現代の平和な、
事件のことなど(歴史上の出来事としてしか)知らぬ受験生を描く。
「競売の」の十字勲章は
日本のものか西洋のか寡聞にして知らないが
皮肉がたっぷり籠められているようだ。
「父ローン組む」も平和な時代とのギャップを詠む。
「スコップを」は雪国の除雪のためと考えれば
二・二六事件と繋がる。
「漏れいづる」は如何にもクサイ、
そこに作者のこの事件への批評が籠められているのだろう。
「ヒドクサムイと」は天地人に入れてもいいくらいによかった。
この片仮名書きの台詞は恐らく地の底から、
つまりは既に鬼籍に入った事件の当事者から発せられたものと思う。
川崎展宏の「大和よりヨモツヒラサカスミレサク」に通ずる
鎮魂の句であろうと思われるのだ。
【選者詠】
永遠に雪二・二六事件の日 仲 寒蝉
【天】
立錐の余地なし夕刊フジ創刊記念日の電車 やそおとめ
【地】
忘れない夕刊フジ創刊記念日の猥雑な没日 淡々
【人】
折つて片手夕刊フジ創刊記念日 坂石佳音
【佳作】
夕刊フジ創刊記念日の朝帰り 伊波虎英
夕刊フジ創刊記念日海濡るる 矢嶋博士
夕刊フジ創刊記念日芋焼酎 望月暢孝
夕刊フジ創刊記念日の電車窓 谷口純子
夕刊フジ創刊記念日の夕食が立ち喰ひ 百花
『腹腹時計』遥か夕刊フジ創刊記念日 湯水
夕刊フジ創刊記念日は埼京線のゴミ箱の中 三亀
【選評】
昨日の月光仮面に続き
これまたモーレツな時代への懐かしさを伴わない訳にはいかない。
とりわけかつての企業戦士達へのオマージュとして。
天の句、
そういえば通勤ラッシュもかつてのような鮨詰め状態ではなくなったようだ
(と通勤ラッシュを一度も経験していない選者が他人事のように言う)。
時差通勤、
自宅に居ながらの仕事、
外勤では一度もオフィスに顔を出さなくてよい等、
仕事の形態も様変わりした。
ひとつの会社に身も心も捧げ一生勤め上げるという時代ではなくなったようだ。
この句のような風景もやがては江戸時代の吉原大門の景のごとくに
後の世から懐かしがられるのだろうか。
地の句、
作者は当時の企業戦士の一員としてあの時代を思っている。
確かに現在は何かにつけスマートで清潔になった。
その分失われたものもあるのだろう。
それが夕刊フジと重なって思い出されるのだ。
決して忘れてはならない。
人の句、
前の2句が思い入れたっぷりなのに対し
この句は実にきれいにまとまっている。
俳句として見ればこれが天でもいい筈だが
この記念日にはややあっさりし過ぎている気がする。
それにしても夕刊を折って片手に持った、
その手にだけ焦点を当てた詠み振りは見事。
佳作。
「朝帰り」のお父さんもいたことだろう、
何も仕事とは限らないが。
「海濡るる」は長谷川櫂の「春の水とは濡れてゐる水のこと」も思い出され
しっかりと詩を持った佳句。
「芋焼酎」は夕刊フジと付き過ぎるくらいよく合う。
「電車窓」は天の句と同じ光景だろうが多くを言わずに読者に委ねた。
「夕食が立ち喰ひ」はいかにも企業戦士の生活を言い止めている。
「『腹腹時計』」はそういう事件もあったなと懐かしく思い出させてくれた。
「埼京線」、確かに最後はゴミ箱の中に行く運命の情ない夕刊なのであった。
【選者詠】
宮仕への友夕刊フジ創刊記念日 仲 寒蝉
【天】
たまごやきの匂ひ月光仮面登場の日 坂石佳音
【地】
祝月光仮面登場の日とゴジラより 望月暢孝
【人】
鞍馬天狗引退月光仮面登場の日 羅
【佳作】
月光仮面登場の日いまの女性は背の高き 大西龍一
月光仮面登場の日の酢海鼠 正美
月光仮面登場の日ブッシュと純にも少年期 園を
月光仮面登場の日カリスマ占いが正義説く あまっとう♪
濡れて行こう月光仮面登場の日の半平太 淡々
なんて目立つおかた月光仮面登場の日 櫂未知子
月光仮面登場の日の目は股間 媚庵
【選評】
兎に角懐かしいんである。
だから取り合わせも懐かしいものが多くなるが、
通り一遍ではつまらない。
尤も選者は月光仮面より少しあとの鉄腕アトムの世代、
恐らくいちばん共感される方々は
団塊の世代から今の50歳台というところではなかろうか。
天の句、矢張玉子焼きとの取り合わせが最も懐かしい。
今ではもっと豪華な料理は沢山あるが
何しろ「巨人大鵬玉子焼き」と言われた時代、
庶民の子供にとって手は届くがちょっとした贅沢だったものだ。
月光仮面のマントが翻ると玉子焼きの匂いがしてくるようではないか。
地の句、同じ時代のヒーローからのエールである。
ただゴジラは今でも健在だが
月光仮面は当時子供だった人たちの頭の中にだけ生きている。
人の句、その意味でこの句は象徴的。
古い時代のヒーローだった鞍馬天狗が
引退して月光仮面が登場した筈ではなかったか。
しかしヒーローは時代に押し流されて行く。
その月光仮面も鉄腕アトムや星飛雄馬に座を追われ
さらにずっと時代は廻って
最近では麦わらのルフィが子供達のヒーローだ。
佳作。
「いまの女性」は矢張月光仮面当時と現在を比較しての句、
さらに言えば男は身体も心も細くなった。
「酸海鼠」との取り合わせは誰も思いつかず意表を突いていて面白い。
「ブッシュと純」は言われてみれば当り前なのだが
世相を反映している上にちょっと皮肉のスパイスも利かせていていい。
「カリスマ占い」は流行りの細木数子をおちょくったもの、
確かに月光仮面もカリスマでありかつ正義であった、
今やその座をヒーローでなくおばさんが占めている!
「濡れて行こう」もひとつ前のヒーローに思いを致したもの。
「なんて目立つお方」は本当にそうだ、
思えばあの姿でバイクを乗り回していた訳だ、
何とも大らかな時代。
「目は股間」は
あの手の変装ではどうしてもというところを突いていて可笑しい。
【選者詠】
月光仮面登場の日真の疾風が窓外に 仲 寒蝉
【天】
富士山の日やケロリンの永久桶 伊波虎英
【地】
大漁旗舳先に刺し富士山の日 蝸牛
【人】
富士山の日の電源はどこですか 島田牙城
【佳作】
三鷹から通勤ラッシュ富士山の日 淡々
いつの日か噴火してやる富士山の日 三亀
ご当地富士いつせいに笑ふ富士山の日 仲 寒蝉
おじさんの富士山の日の参鶏湯 流鬢力
富士山の日は常盤湯の定休日 湯水
驟雨なり静かに受くる富士山の日 鈴木貴彰
旅の武蔵吹く富士山の日だ 二健
【選評】
「富士山の日」。厄介そうな記念日。
陳腐なお山じゃないかと思いつつも、
日本人ならどうしても縁を切れない山が富士山だから。
そして実際に目にするとやはり美しく、
しかも日本一高いというおまけまで付く…
うーん、この記念日をどう料理するか皆さん悩んだはず。
【天】の伊波虎英さんの句、そうか、
あの驚くべき頑丈な桶は永久桶というのか。
富士山→銭湯→ケロヨンという連想が
見事に一句におさまってます
(銭湯の句は案外少なかったですね。
あとは湯水さんの句ぐらいかな)。
【地】の蝸牛さん、ゴージャス。
句またがりもスピード感があっていい。
【人】の島田牙城さん、
富士山頂で「あの、ケータイ用電源ありますか」と
尋ねている姿などいろいろ想像できて面白い。
【佳作】の淡々さん、もみくちゃにされながら
「あ、ふ、ふ…じ…さん」と、
車内から垣間見えた山の名を呟いているようで面白い。
流鬢力さん、「おじさんの(富士山の日の)参鶏湯」という構造かな。
おじさン、ふじさン、さんげたンという遊び心が楽しい。
そう、おじさんも元気出さなきゃ。
おじさんといえば、今回の入選作の作者の皆さん、
実際にお顔を存じ上げないかたも多いのですが、
何となく男性ばかりのような気が…(たまたまですが)。
おじさん、ふじさん、おじさん、ふじさんと呟きつつ、
富士は男性を奮起させる山であり、
したがってこの記念日も張り切らざるを得なかったのかな、
と思ったのでありました。
【選者吟】
富士山の日やライスには旗立てて 櫂未知子
【天】
ヘッドホンの日椎名林檎を齧れば血、 湯水
【地】
猫の日の方がよかつたヘツドホンの日 仲 寒蝉
【人】
ヘッドホンの日ゴドーを待ちながらドトールにゐる 伊波虎英
【佳作】
ヘッドホンの日をあふれ出す春の水 春畑 茜
言ひさして見ざる聞かざるヘッドホンの日 やそおとめ
ヘッドホンの日の大欠伸ぺるしゃ猫 谷口純子
ヘッドホンの日ゆらゆら吉野熊野かな 中村安伸
ヘッドホンの日曲名忘れ十余年 大西龍一
ヘッドホンの日落語を聴かす治療法 羅
右耳はあなた左耳は私ヘッドホンの日 三亀
【選評】
「はあ、今日はヘッドホンの日か」と
納得が行かなかったというのが本音。
説明を読んでも、微妙に納得していない私がいる。
その中で、【天】の湯水さんの句、
椎名林檎をわかるのはある程度若くて、
「林檎を齧ると歯茎から血が出ませんか」というコマーシャルを
覚えているのはある程度の年齢以上の人だろうという思いが錯綜して面白い。
【人】の伊波虎英さんの句、
〈ヘッドホン〉〈ゴドー〉〈ドトール〉と、
それぞれ重さの違う横文字を一句に詰め込んだのが面白い。
でも、やっぱりゴドーは来ないんだろうけれど。
【佳作】の大西龍一さんの句、忘れたままの曲名で、
いや、あるいは覚えぬままの曲名で愛し続けている曲を思います。
実感があります。
三亀さんの句、実際にこういった景を目にして、
「若いかたは面倒なことをするものだ」と
感心したことを思い出しました。
さて、
【地】の仲寒蝉さん、
【佳作】の谷口純子さんの句、そうです、
2月22日は猫の日なんですね、愛猫家の側からすれば。
だって、ニャンニャンニャンの日ですから。
寒蝉さんの句からは断腸の思いが感じられ、
純子さんの句からは、
「三毛猫だってペルシャンだって同じように
顔じゅう口にして大欠伸よね」がうかがわれ、
それぞれ含蓄ある句となっています。
ある記念日に同じ日の別の記念日を滑りこませるのは
アンフェアかもしれませんが、
〈ヘッドホンの日〉に猫を思う、
そのことを責めないで頂きたい。
猫好きの間では、この日は大切な日でございます。
【選者吟】
ヘッドホンの日を精出して鰹節 櫂未知子
【天】
冷蔵庫に野菜室あり日刊新聞創刊の日 島田牙城
【地】
回収せよ!日刊新聞創刊の日 鈴木貴彰
【人】
日刊新聞創刊の日のごつそり捨てる新聞 百花
【佳作】
日刊新聞創刊の日折り紙鉄砲暴発せり 伊波虎英
日刊新聞創刊の日の溢れて雪に舞うチラシ みずき
日刊新聞創刊の日先ずは四コマ漫画から しのざき香澄
寝過ごした!日刊新聞創刊の日 ますみ
日刊新聞創刊の日洗剤切れたと母が言う 夜宵
領収書だらけ日刊新聞創刊の日 望月暢孝
日刊新聞創刊の日の天麩羅や まなぶ
【選評】
思い切り選句に迷った記念日。
この記念日と全く異質のものを取り合わせようという人が
ほとんどいなかったので。
どれを取ってもいいように思えるし、
どれを取っても間違ってるような気がする不思議な記念日です。
その中で【天】には島田牙城さんの句を。
かつて野菜は新聞紙にくるんで保存しました。
乾いたまま、あるいは濡らして。
でも、そういったことを記憶していてもしてなくても、
この句の即物的な味わいは変わらないと思います。
〈冷蔵庫〉は夏の季語ですが、
そのあたりを綺麗に無視しているあたりもよいかと。
【地】の鈴木貴彰さん、〈回収せよ!〉、
この一語に尽きます。なんともいえぬ緊迫感。
【人】の百花さんの句、
ニュースも情報も即反古になってしまうところが情け容赦なくていい。
【佳作】のみずきさんは〈チラシ〉、
しのざき香澄さんは〈四コマ漫画〉といったように、
本文の記事からちょいとずれてる視点が面白い。
望月暢孝さんの句も記事そのものではなく、
年中〈領収書〉の山と格闘しているさまを詠んでますね。
〈洗剤切れた〉と新聞勧誘の実態をさり気なく句にした夜宵さん、
もしかしたら〈天麩羅〉の油切り用紙に
したのではないかと思われるまなぶさんもいました。
新聞はあまりにも身近なもの、
その創刊記念日ということで、
こういった「ごく身近な詠み方」が多かったのでは。
【選者吟】
キャビア落として日刊新聞創刊の日 櫂未知子
【天】
歌舞伎の日あいやしばらく暇がねえ 中塚涼二
【地】
歌舞伎の日最後の雪が舞い落ちる てん
【人】
女は殺し書物は犯す歌舞伎の日 中村安伸
【佳作】
六方を踏んで退職歌舞伎の日 望月暢孝
歌舞伎の日宝塚への引越便 百花
白腕を伸ばす少女よ歌舞伎の日 鈴木貴彰
「絶景」の声茶の間から歌舞伎の日 土屋郷志
歌舞伎の日外人ばかりの歌舞伎町 媚庵
爪の形が父に似て歌舞伎の日 しのざき香澄
らしくなくはりつめている歌舞伎の日 斉藤そよ
【選評】
出詠句にそれほど差がなく、
どれを取っても大丈夫と思える記念日でした。
これは珍しいですね。
歌舞伎がどれだけ日本人の生活に馴染んでいるか
(というより、身近なものか)
ということを痛感できました。
その中で【天】の中塚涼二さんの句、出色でしたねえ。
〈あいやしばらく…〉と来ると十八番の科白そのものですが。
私は、歌舞伎らしい科白回しが
たくさんの句に出てくるかと思ってたのですが、
案外そうじゃなかった。
むしろ、頭の中で「歌舞伎とはこういうものだ」
という知識に振り回されてしまったかたがたが多かったように思えます。
しかし、「歌舞伎とはどういうものか」を
説明しても仕方ないと思える時には、この句のように、
いきなり裁ち入れめいたことをしてもいいんじゃないかな。
【地】のてんさんの句、
この〈雪〉は作り物の雪のほうが素敵かしらん。
品のいい句です。
【人】の中村安伸さんの句、少々理屈っぽいですが、端正です。
【佳作】の百花さんの句、
男ばかりの劇団の日に女ばかりの劇団のあるまちへ引越し。
凝ってます。
選外の〈歌舞伎の日の六法全書のアンダーライン 三亀〉、
「あ、同じロッポウでもだいぶ違うのね」と笑えました。
〈しばらくやあっと言う間の歌舞伎の日 月野ぽぽな〉、
中七が惜しいなと思います。
〈しばらく〉〈あっと言う間〉だと
すぐ結論が出たようになってしまいますので。
こういう芸能関係の記念日は、
あまり離れすぎずに、しかし思い切り遊びたいですね。
【選者吟】
天むすの少しぱさぱさ歌舞伎の日 櫂未知子
(注:私は歌舞伎というとなぜか「天むす」でして。)
【天】
重力はさびしいちから天地の日 湯水
【地】
天地の日うすむらさきの手紙来て 春畑 茜
【人】
カップよりしづくたらりと天地の日 雨香
【佳作】
天地の日にべもしやしやりも無きおてんとさん 伊波虎英
辞令来る左遷栄転天地の日 夜宵
蜆汁殻だけ残す天地の日 正美
生前の愛に用なし天地の日 中村安伸
天地の日天地無用のラベル剥ぐ 素人
天地の日捨てた男を数えおり 迷子
目覚まし時計が壊れた天地の日 三亀
【選評】
記念日の由来を見るまでは
さっぱりわけのわからない日であります。
由来を知ると「なーんだ、ずいぶん安直な命名で」と
呆れる日でもあります。
そして、実際に作る時には、
〈天地〉という言葉のもっともらしさに引きずられないのが肝要かと。
ただでさえ大げさな言葉ですから。
【天】の湯水さんの句、
〈さびしい〉は抽象的で実作上危険な言葉でありますが、
この言葉の裏に「ものは皆落ちる」という思いが
こめられていて素敵でした。
そう、人もビルから落ちるんですよね。
【地】の春畑茜さんの句、うまいですね。
こっちが天でもいいかしらん(湯水さん、ごめん)。
はらりと来た薄紫色の手紙、
いったいどんな手紙だったのでしょう。
想像の余地のある句です。
以上、〈天地の日〉の天と地でした。
【人】の雨香さん、手元にあるものをさらりととらえてgood。
【佳作】の伊波虎英さん、
〈にべもしやしやりも無き〉がちょっと不思議で取りました。
「しやしやり出る」はあっても、
こういうのはあまり目にしない
(ついでに「にべもない」を辞書で引くと
とんでもない字が出てきます。
面白いので皆さん引いてみてください)。
今回取った句は、どちらかというと、
自分に引き付けた句・卑近なものを取り入れた句が多くなっています。
「天地」の大きさに対峙しようとすると、
どうしても大味になってしまうようです。
【選者吟】
ネクタイと雲呑(わんたん)睦む天地の日 櫂未知子
【天】
二重橋過ぎて嫌煙運動の日 しのざき香澄
【地】
吐月峰ゆかし嫌煙運動の日 湯水
【人】
墨吐いて嫌煙運動の日の大蛸 淡々
【佳作】
彼は好きだけど嫌煙運動の日 月野ぽぽな
嫌煙運動の日も蝋人形館にチャーチル翁 園を
白煙のガムを噛み締め嫌煙運動の日 まなぶ
嫌煙運動の日をぶらぶらする殺意 中村安伸
運動はきらい嫌煙運動の日 谷口純子
微熱しており嫌煙運動の日 蝸牛
爪を切る父の背嫌煙運動の日 迷子
【選評】
室内では吸えない人が使うベランダ、
けむり関連で汽笛や雲、
二大嗜好品のうちの一方である酒。
…というように句の素材は限られてしまったようです。
あるいは、愛煙家の後ろめたさまじりの自己弁護ふうの句、
吸わない人のあからさまな憎悪といったように、
「吸うか吸わないか」ではっきり分かれた記念日でした。
他の記念日が何かを記念してとか、
何らかの願いをこめたものである場合が多いのに対し、
この記念日はかなり性格が違うせいかもしれません。
【天】のしのざき香澄さんの句、
さらりとしていますのでつい通り過ぎてしまいそうな句です。
かつて恩賜の煙草があったことを
頭の片隅に置いて詠まれたのでしょうか。
【地】の湯水さん、〈吐月峰〉とは何とレトロで楽しい。
煙草盆の灰吹きのことですね。
その行為の是非を問うよりも
「もの」に託して一句を放り出すという
俳句らしさがあるように思われます。
【人】の淡々さんの句、
「煙を吐く」「墨を吐く」は親戚関係にあるような行為ですが、
まさか〈大蛸〉をこの記念日に持ってくるとは!
仰天しました。
【佳作】の園をさんの句、タッソーの館かな。
チャーチルといえば葉巻ですね。なんとなくおかしさのある句。
〈嫌煙運動の日カンテキにさいら 坂石佳音〉は
関西弁駆使で面白かった。
ただ、秋刀魚は強烈に秋の印象なので、ごめんなさい。
【選者吟】
嫌煙運動の日のカルビ三人前 櫂未知子
【天】
天使のささやきの日バーの請求書 素人
【地】
天使のささやきの日のヒヤシンス 正美
【人】
粉砂糖こぼれ天使のささやきの日 春畑 茜
【佳作】
天使のささやきの日の爆笑問題のつぶやき 園を
乳飲み子を抱えて一人天使のささやきの日 あまっとう♪
天使のささやきの日のベーコンと蝙蝠傘 媚庵
天使のささやきの日の微炭酸酒 流鬢力
天使のささやきの日曇天にロシア船 湯水
天使のささやきの日いつそオーロラ見に行くか 大西龍一
天使のささやきの日東京の空をおぼえていない 瑞恵
【選評】
てっきりキリスト教関連の記念日だと思っていたら、
ダイヤモンドダスト関連の日だったんですね、この日は。
さらに面白いのは、
この記念日の名前の「あまりにもロマンチック」に惹かれたゆえか、
投句数が多かったことです。
その中で【天】の素人さんの句、
前日の【天】の句同様ぶちぶち切れてますが、
天使のささやきが一転、
悪魔のささやきに化したようでこれはなかなか。
幻想を与えてくれるバーは
百年の恋もさめる請求書を送りつけてくれるようです。
色気が全然なくて大変結構かと思います。
それと逆に【地】の正美さんの句、
記念日に〈ヒヤシンス〉を配しただけですが、
あの香りが届きそうで素敵。
【人】の春畑茜さんの句、形がいいんですね。
多くを語ってないところがいい。
【佳作】の園をさん、
〈ささやき〉とコンビ名の〈爆笑問題〉〈つぶやき〉と
工夫しまくったところを買いました。
あまっとう♪さん、微妙に切ない。
媚庵さんの句、「ミシンと蝙蝠傘の出会い」のようで
ちょっとびっくり。
流鬢力さん、しゅわーっとかすかな泡と
この記念日が無理なくマッチ。
湯水さん、寒気団の本拠地から船が…しかも曇天。
思いもかけない取り合わせ。
大西龍一さん、内容よりも口調が面白い。
瑞恵さん、『智恵子抄』をふと思いました。
【選者吟】
ふうううう天使のささやきの日のお粥 櫂未知子
【天】
言い訳になりそうな雨 天気図記念日 斉藤そよ
【地】
天気図記念日あをざめる日本海 坂石佳音
【人】
天気図記念日列島反り返る 月野ぽぽな
【佳作】
義仲の墓を天気図記念日の雨男 やそおとめ
白骨化して空を見ている天気図記念日 三亀
顔色を窺ふ天気図記念日や 文平字
天気図記念日水性ペン滲む 湯水
籤を買ふたまたま天気図記念日に 流鬢力
笑うなお前 天気図記念日の嵐 中塚涼二
貝独楽遊びや天気図記念日 しのざき香澄
【選評】
さて、〈天気図記念日〉。
毎日々々、われわれはテレビで天気図を目にします。
それに引きずられすぎると記念日俳句としてはいけないのかも。
【天】の斉藤そよさんの句、恋の気分がかすかにあって素敵でした。
ぶちぶちっと切れている感じが俳句らしい雰囲気でもあり…。
ぶちぶち切れている句を嫌う場合もありますが、
この句の場合、良い方に作用したようです。
これは【地】の坂石佳音さんの句や
【佳作】の中塚涼二さんの句にも共通しています。
切字なしで名詞→名詞と構成した場合でも
成功することがあるという例です。
【人】の月野ぽぽなさんの句、これは意表をつかれました。
【佳作】のやそおとめさん、
「よくもこれだけ多くの要素を一句にこめましたね」と驚きました。
意欲を感じます。
三亀さん、シュールで切なくて。
文平字さん、はたして晴れか曇りか心配になります。
湯水さん、無欲さがいい。
流鬢力さん、最初、〈たまたま〉に引っかかりました。
「どの記念日でも良かったのかしら」と。
ところが違う、「当るか当らないか」で考えてみると、
なるほどこの記念日にぴったり。
しのざき香澄さん、〈貝独楽〉ののどけさがいい。
ハードな感じの句が多い中、目立ちました。
選外で〈予報士のあごひげ天気図記念の日 谷口純子〉、
なんとなく信用できなさそうな予報士さんで面白い。
ただ、「天気図記念の日」ではなく〈天気図記念日〉ですので…。
惜しいですね。
【選者吟】海苔弁の切れ目に光天気図記念日 櫂未知子
【天】
父さんも飛ぶ春一番名づけの日 迷子
【地】
春一番名づけの日なり泪目なり 媚庵
【人】
富士冴えざえと春一番名づけの日 坂石佳音
【佳作】
春一番名づけの日なり馬の耳 鈴木貴彰
歌詞が日本語のみの頃春一番名づけの日 大西龍一
春一番名づけの日の菜の花漬 淡々
めもとはパパね。春一番名づけの日 夜宵
春一番名づけの日厚みよき辞書持ちて 足立尚彦
アタシの子はどこ春一番名づけの日 櫂未知子
春一番名づけの日に吹く海の微風 正美
【選評】
朝のニュースで「東風」について解説していた。
「こち」。
その第一号が春一番。
僕の年代にはなつかしい、キャンディーズの唄は有名すぎる。
ここへ落ちていく、即ち「ど壷にはまる」人が多かろうという予想は
嬉しいくらいに裏切られた。
全32句、キャンディーズをひきずる句は、大西龍一さんだけ。
それも直接ではなく、搦め手から攻めているので、ど壷を免れた。
たしかに、最近の唄は、キンキン横文字が五月蠅い。
ただ、佳作止まりなのは「の頃」が戴けないから。
郷愁をもろに出してしまっては、
「あんたもおじさんになったんだねぇ」で終ってしまう。
すなわち、読者の拒絶反応を引き出してしまって、
読者との郷愁の共有関係が歪んでしまうのだ。
さて、「天」は迷子さん。
明日からは確定申告月間である。
年度末に突入する。
坊さんが走るのは師走だけれど、
世の多くの自営業や自由業の父さんが走るのは、年度末。
春一番が吹く頃からなのだと、すとーんと納得。
一つ難癖をつけておくと、「も」ではなく「が」だろう。
そのほうが、「父さん」への焦点がしっかり定まる。
「地」は「鼻炎の媚庵」と洒落ておこう。
花粉症系は多かった。
「目医者」「くしゃみ」「薬局」などがあったけれど、
「……なり……なり」の断定は、いかにも苦しそう。
僕も今年で31回目の花粉症の春を迎えている。ご同情申し上げる。
「人」の佳音さん、綺麗だなぁ。
今日は、自然現象の記念日なのだから、
こうした風景句もいい。
「冴えざえ」は冬の季語だけれど、富士の景がそうなだけで、
作者の立っている位置には確かに春一番が吹いているのである。
この季重なり(季跨り=冬と春)は気にならなかった。
ただ、昨日までの選句で、
立春以降の記念日名に、冬の季語をぶつけている人が多かったのは、
大いに気になった。
一番寒い季節「寒」が過ぎ、
すでに全国(北海道のオホーツク海沿岸を除く)で、
日一日と気温は上昇に転じている。
春なんだ。
小さな春を見つけようよ。
佐久のマイナス10℃の大地にだって、ふきのとうが芽を出し、
犬ふぐりが咲き出しているのだから……
「名づけ」からの発想は、夜宵さんと櫂未知子さん。
発想動機は同じでも、視点がまるで違う。
比べて読むと面白い。
なお、鈴木貴彰さんの句にずっこけたことを報告しておこうか……
馬耳東風……そのまんまであった(^^)
【選者吟】
(妻かぁ、変な縛りを掛けてしまった)
妻の誕生日ではない春一番名づけの日 島田牙城
【天】
まだ起きぬ革命バレンタインデー 文平字
【地】
バレンタインデー濁るとは溶けるとは 足立尚彦
【人】
バレンタインデーの日の句は出さずおく 湯水
【佳作】
バレンタインデー反カポネ派は流血す 媚庵
(あら、そうね、)バレンタインデーごと落札す 中塚涼二
机には春の日のみよバレンタインデー 大西龍一
バレンタインデー各駅停車の通過駅 淡々
北ホテル402号室バレンタインデー 園を
バレンタインデーつよしも詩人の顔をする ますみ
校塔やバレンタインデーの朝展(ひら)く 鈴木貴彰
【選評】
手許の歳時記ではすでに「季語」として認定されている「バレンタインデー」。
どんな句があるかと思えば、
バレンタインデー荒鵜は海猫(ごめ)の見張役 角川源義
バレンタインの日なり山妻ピアノ弾く 景山筍吉
などなどが記録されている。
そもそも、セント・バレンタインという司教が迫害され、拷問死した日。
この拷問死または迫害という現実をいくらか加味した作品が、
文平字さんと媚庵さん。
媚庵句は「バレンタインデーの虐殺」からの連想だろう。
文平字句にはアイロニーがある。革命でもおきないことには、
チョコの恩恵には浴せないということか……
足立尚彦句もやるせないなぁ。
どうも、記念日俳句に集う男性陣は、もてない男揃いのようだ(^^)
湯水句は、湯水さんの性別を知らなくても、まぁ、許してもらおう。
主人公は、男でも女でもいい。
それぞれに、この日に対する恨みつらみは持っているに違いない。
いっそのこと、この日をまるごと落札してしまえという、
中塚涼二句の強引も俳だろう。
各駅停車でも淡々氏のもとは通過してしまった……アア……
「北ホテル」は「付きすぎ」だけれど、
映画を知っている人にはせつなかろう。
「つよし」という名が生きている。ちょっぴり強がっているだけなのだ。
ひらがななのがいい。
いつもは開かずの校塔がなぜ開いたのか……
神の力なのかも知れぬ。
いずれも、上の例句をしのぐ作品であった。
バレンタインデー青春はほの苦き 春畑 茜
系の句が何句かあったけれど、
こういう記念日にナルシスティックになったら負け。
バレンタインデー鴉の声のやさしかり 百花
は、「鴉の声」が断然面白いだけに、「やさしかり」でずっこけたのは惜しまれる。
最後まで悩んだ句は、
ぬばたまの羊羹バレンタインデー 櫂未知子
バレンタインデー泥流か電流か 伊波虎英
の二句。
羊羹は、今後類句が生れるだろう。この作者でなくても……ということ。
泥流は、「濁るとは溶けるとは」と発想が似ていた。どちらを採るか、
もう、これは選者の個性による。伊波さんは、
僕が選者だったことの不幸を感じて下さるだけでいい。
「泥流か電流か」は、僕自身がやりそうな手なんだ。
【選者吟】
(バレンタインデーと妻は、上の景山筍吉句があって、作りにくいなぁ)
妻は厠へバレンタインデーの夕日を負ひ 島田牙城
【天】
苗字制定記念日の寿限無じゅげむ 淡々
【地】
苗字制定記念日の河童宣言 しのざき香澄
【人】
ビビンバを食べつつ苗字制定記念日 ますみ
【佳作】
苗字制定記念日勅使川原帯刀君 媚庵
苗字制定記念日吠えぬ犬もいて 足立尚彦
絶交よ苗字制定記念日よ 湯水
本日苗字制定記念日にて突風 中塚涼二
へのへのの苗字制定記念日や 文平字
はればれと苗字制定記念日の三下り半 やそおとめ
苗字制定記念日法名墓不要 伊波虎英
【選評】
寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助
ふー、終った。
人にこれだけ苦労させる句、よって、天。
ただし、これは苗字ではなく名前であった。
まぁ、
寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助
ちゃんに免じて、いいではないか、ということで……
ところで、昔は庶民に苗字なんぞなかった。熊さん八っつぁんで、たいてい済んだ。
済まない場合には、町の名を被せたり、屋号を被せたりして、特化させていた。
明治になって国民をきちんと管理しよう、となって、戸籍やら苗字やらが法令化され、
家制度が確立し、……
だから、女性陣には特に、
この記念日への拒否反応が強かった。
ただ、拒否反応をストレートに放っても、
役人にかわされるだけである。(かわすというのは、お役人様の特技なのだから……)
地・人の婉曲な身のこなしが、僕にはストンとうなづけた。
特に「河童宣言」。みごとな拒否反応である。
「勅使川原帯刀」は、検索に掛けてみたけれど、出てこなかった。
でも、この重そうな名前と、軽い「君」が絶妙。
「吠えぬ犬」とは、さてはかわしの名人のお役人様であろうか。
「絶交よ」も無関心な男の狼狽ぶりが見えておかしい。
「突風」は絶交を突きつけられた側からの一句だ。
【選者吟】
苗字制定記念日の爪楊枝(ルビ 妻用事) 島田牙城
【天】
ペニシリン記念日ですと医者の言い 白馬
【地】
ペニシリン記念日巨石文明古り 中村安伸
【人】
青いお尻らにペニシリン記念日よ 望月暢孝
【佳作】
青洲の妻の抗体ペニシリン記念日 まなぶ
ペニシリン記念日の夜を照らす月 春畑 茜
ぐうたらの亭主にも似てペニシリン記念日 あまっとう♪
ペニシリン記念日納豆よくのびて 坂石佳音
ペニシリン記念日猫がくしゃみする しのざき香澄
ペニシリン記念日杯はないけれど 湯水
ペニシリン記念日墨の薄さかな 足立尚彦
【選評】
>1941年の今日、イギリスのオックスフォード大学付属病院で、
>世界で初めてペニシリンの臨床実験に成功したことから。
と、記念日協会の由来にある。
http://www.scj.go.jp/omoshiro/NOBEL/tanaka/fleming.html
に詳しいので、あとから覗いてみて下さい。
医業で禄を食んでいる寒蝉さんなら詳しいだろうが、
僕にはあまりよく分らない。
もっともポピュラーな「抗生物質」の一般普及が可能になった日ということだろう。
「で、それがどうしたんですか?」ととぼけてみせたのが白馬さん、
このおとぼけ系とでも言おうか、
「いえね、ペニシリンは知ってますけれど、
記念日といわれたからといって、何なんですかねぇ」系と、
まっとう取り組み系とでも言おうか、
「ほう、ペニシリンですか、
たまには医学のことでも考えてみましょうかねぇ」系に
今日の投句は二分されたようだ。
おとぼけ系では、
直截に医者を持ち出した白馬さんがもっともとぼけていた。
よって「天」。
このとぼけは川柳に通じる。
すなわち「平句」なのだ。
平句というのは、俳句・川柳を考えるときにすごく大切な要素で、
連句で、前から受けて、次へ繋げる句である。
すなわち、気配りが大切で、自己満足・自己完結はゆるされない。
記念日由来を受けて、白馬さんは
「ペニシリン記念日ですと医者の言い」
と呟きつつ、
で、何なんでしょうかねぇと、隣の御仁へ話をついでいるのだ。
隣の御仁たる僕たち「読者」がそれになんと応じるか、
現代俳句は連句を捨てたけれど、
平句を捨てた訳ではない。
受けるのは、僕たち読者ということ。
お尻・注射発想も目立った。
ペニシリン記念日お尻に注射器突き刺して やそおとめ
皮下そっと触るるひかりよペニシリン記念日 鈴木貴彰
ペニシリン記念日なれど注射嫌い 媚庵
その中で、
青いお尻らにペニシリン記念日よ 望月暢孝
がもっともかわいらしいというか、余裕をもって読めた。
「ら」がいい。
蒙古斑の残るお尻がずらりと並んでいるのだ。
爽快にして、絶景。
鈴木さんの句は、いいのだけれど、がちがちで、
遊びがないハンドルを握っているように感じた。惜しい。
すなわち、自己完結してしまっているということ。
地の中村さんの句、うーん、男の句だなぁと思う。
理屈っぽいのだけれど、選者の僕も男。
この理屈っぽさに惹かれるのである。
【選者吟】
妻にペニシリン記念日夫に交戦権 島田牙城
【天】
卵うまく剥けず建国記念の日 湯水
【地】
昼食を忘れ建国記念の日 櫂未知子
【人】
イマナンジ?ダイタイ建国記念の日 足立尚彦
【佳作】
建国記念の日の芋のソムリエ しのざき香澄
建国記念の日の土蜘蛛の血筋かな 中村安伸
建国記念の日の薄き産着かな 望月暢孝
益荒男の眠る建国記念の日 てん
建国記念の日少子化に加担せり 羅
酸性もアルカリ性も建国記念の日 まなぶ
こをろこをろ建国記念の日のとろろ汁 やそおとめ
【選評】
今日はまた重い記念日名である。
この記念日俳句の打ち合わせのために記念日協会へ足を運んだ日、
ちょうどこの記念日名のことが話題になり、僕は、
「建国記念日」と言った。
すかさず、加瀬さんが、
「建国記念の日」ですと訂正された。
「建国記念日」では紀元節に直結してしまうのだそうな。
どちらにしても、僕には本質はなんら替わらないと思うのだけれど、
「の」を入れることにより批判をかわそうというのは、
いかにも姑息な政治家の考えそうなことではある。
僕は俳句はどこまでも「個」庶民の一人としての目線で作ろうということを
繰り返し述べている。
国と個を考えた場合でも、個があったればこその国なのであり、
間違っても国あったればこその個というベクトルでは
文学も俳句も考えるべきではないと思っている。
その目線に立てば、日本書紀も古事記も、
物語として、また神話として
面白い部分のあることは認めるけれども、
全体としては、当時の大和朝廷の都合に併せた話であることは、
十二分に立証されているわけだから、
今日二月十一日にわざわざ日本国の建国について考えるというのは、
「の」が入ろうが入るまいが、
そこに政治的意味がプンプンと匂うということは避けられないのである。
では僕たちはどういう視点に立ったらいいのか。
真剣に茶化すか、笑うか、見捨てるか……
天も地も、この記念日を綺麗に見捨てている。
そんなことより食欲だ……と言っている。
不真面目なのでもなんでもない。
建国記念日であろうがなかろうが、
人は「食う」のである。大真面目なのだ。
人の、サザンオールスターズ気取りも、なかなか面白い。
そのかみ、日本列島にはさまざまな「国」があったけれど、
およそ平安時代に、今も続く天皇家が一人勝ちして以来、
日本国は日本国なのである。
(琉球とアイヌについては、今日は話す余裕がない)
8月15日を独立記念日としている国のようには、
建国記念の日はリアルではない。
人に聞かれて「ダイタイネーー」と言える程度なのである。
佳作にもいい句があった。
「土蜘蛛」も「益荒男」も、大和朝廷軍と戦った先住の民が偲ばれる。
羅さん、望月暢孝さんが、生誕のイメージを持たれたというのも面白い。
「少子化」「薄き産着」共に、祝福される生誕ではない。
しのざき香澄さんとやそおとめさんは、やっぱり食欲だ。
うん「芋のソムリエ」って、本当にいるのでしようか?
いそうだし、「芋」が実にいい俳句加減なんだなぁ。
「酸性もアルカリ性も」は、右も左もということなんだろう。
どちらにしても、強すぎると毒なのだった。
【選者吟】
妻は浮穴沫姫(うきあなわひめ)舌もつれ建国記念の日 島田牙城
【天】
温暖化見逃しキタノ記念日に 矢嶋博士
【地】
聞こえない音聞こえキタノ記念日 蝸牛
【人】
キタノ記念日刃にもなる鋼 坂石佳音
【佳作】
いとゆたけしキタノ記念日母ぢや人 伊波虎英
踊り子に触れたきキタノ記念日よ 櫂未知子
キタノ記念日えんがちよ切つた鍵しめた 湯水
キタノ記念日総天然色さびしかり 足立尚彦
キタノ記念日とけつつ歪む雪だるま 春畑 茜
キタノ記念日ゐ続け歳三緋の襦袢 やそおとめ
切り売りの飴ありますキタノ記念日 月野ぽぽな
【選評】
今日もまた実に難しい記念日名だった。
それぞれの人にさまざま、強烈な
「北野武」や「ビートたけし」や「北野監督」やがいるようで、
共通項というものがなかなか見出せないのだった。
まぁ、それだけの幅の広さ、奥の深さを持っている才人なのだろう。
僕にとっての最近のたけしさんは、
月曜夜九時「TVタックル」のたけしさんである。
さて、そんな中で「温暖化見逃しキタノ記念日に」を天にしたのは、
季節感という、従来の俳句感からである。
キタノ記念日が2月10日即ち立春直後であることを考え併せると、
この句の批評性が知れてこよう。
たけしさんは、根っからの芸人根性でオブラートにつつみながらも、
鋭く世相を斬る批評家でもある。
暖かな冬が過ぎても我関せずに生きている僕たち、
そんな僕たちにふと「キタノ記念日」が訪れる。
「見逃し」とはなっているけれど、
「見逃し」ていることに作者は気付いている。
すなわち、「ハッ」としているのだ。
この「ハッ」とした一瞬が、「キタノ記念日」をリアルに甦生させた。
ゆったりした詠みぶりも、2月10日頃にマッチしている。
今朝、暖かな雨が佐久にも降っていた。
地の「聞こえない音聞こえ」にも批評性がある。
また、天才とはそういうものだろうと納得もできる。
ただ、2月8日に書いたけれど、ぎこちない。
天地ひっくり返して、
キタノ記念日聞こえない音聞こえ
としてくれていたら、天に押したかもしれない。
人の「キタノ記念日刃にもなる鋼」
は、たけしさんの危うい生き方を描いて妙。
「凶暴」「荒ぶる」「留置所」「暴力装置」
などなどの言葉が投句ページに踊ったけれど、
この「刃」がもっとも余韻をもって読めた。
【選者吟】
妻が食べるキタノ記念日の離縁状 牙城
【天】
登山靴フットクリームの日を眠る 百花
【地】
桜島大噴火しフットクリームの日 中塚涼二
【人】
鍵しめてフットクリームの日とする 月野ぽぽな
【佳作】
笑うことも泣く事もなしフットクリームの日 正美
百姓がおらのご先祖フットクリームの日 園を
小僧二人愛でてフットクリームの日 坂石佳音
はりせんぼんのみましょフットクリームの日 迷子
潔しフットクリームの日の暮れは 鈴木貴彰
艶やかに天動くなりフットクリームの日 足立尚彦
フットクリームの日を忘れ長電話 湯水
【選評】
僕には実態が分らない記念日ではある。
だからと言って選を降りるわけにはいかない。
由来を読んでも「フットクリーム」が知れないのだから、
お手上げ。検索してみると、主に美容のために足に塗るクリームのことのようだ。
美容だけではなく、健康のための保温剤としてのクリームもあるらしい……。
山妻は使っているのだろうか……知らない。
まぁ、あまり人前で使うクリームでもなかろうということで、
「鍵しめて」のぽぽなさん、「とする」の潔さを買った。
足→大根の連想は、春畑茜さんもやっていて、
悪い句ではなかった(大根に足はあらずもフットクリームの日)けれど
中塚さんの「桜島大」から「噴火」への転換は技あり。
塗っている女性(にょしょう)の自らの足への憤懣のようなものもほの見えて滑稽である。
天は百花さん。
「潔さ」ということをぽぽなさんの句にも書いたように、
俳句は、ねちねちしていてはなかなか読者に届かない。
そして百花さんの句は潔さに加えて斜め30°あたりから切り込む鋭さがある。
好きだった登山へも行かなくなった中年の哀感が「眠る」に滲んでいる。
「潔さ」というのは両刃の剣で、
直截に全部言ってしまうと、無残に討ち死にということになる。
二巡目なのだから、失敗作も出しておこうか。
気持ち先行の討ち死にの例、二句。
谷崎も喜悦ぞフットクリームの日 媚庵
トンガラシフットクリームの日に沸騰す 矢嶋博士
こういう句を好きな人はいるだろうけれど、
一週間後に再読すると、
きっと色褪せて見えるだろう。
【選者吟】
風呂洗ふ妻に腰なきフットクリームの日 島田牙城
【天】
舌先で舐める〒マークの日 媚庵
【地】
ラージヒル晴天なり〒マークの日 しのざき香澄
【人】
風の缶届く〒マークの日 中村安伸
【佳作】
〒マークの日のしろいヤギくろいヤギ 春畑 茜
〒マークの日のお泊りは民宿で みずき
〒マークの日モールス信号打つ母と 迷子
隙間に手入れる〒マークの日 湯水
複葉機のエンジン不調〒マークの日 淡々
〒マークの日電報を電話して 百花
朗らかに配達し父〒マークの日 あまっとう♪
【選評】
今日から選者の二巡目になる。
実はこの間(前の選を終えてから今日まで)に、
僕は大切な友を亡くしている。
歌詠みの方でも、少しでも短詩型に深く関わろうとなさっている方なら、
その名を聞かれたこともあろう、
田中裕明君である。白血病、45歳。2004年12月30日。
彼の第四句集を僕が編集した。名づけて『先生から手紙』。
今回の選が「〒マークの日」から始まることに、少したじろいでいる。
水遊びする子に先生から手紙 裕明
この句の初出は、
水遊びする子に先生より手紙 裕明
だった。裕明は始め、「より」のやわらかな語感を良しとしたのだ。
しかし、句集を編む段になって、「から」に直した。何故だろう。
「から」と「より」。
どう違うというのか。
僕にはすでに答が出ていて、明日締切の裕明追悼文にそのことを書くけれど、
ここは是非、みなさんにも考えて頂きたいので、答を伏せておく。
俳句は極端に言葉が少ない。
だからこそ、たった一字たりとてないがしろには出来ない。
今日は全30句だったけれど、
残念ながら、
この方は自分の作品を声を出して読み返しているのだろうか……
と疑問に思う投句が散見された。
俳句のことばがぎくしゃくしているということ。
折角の投稿なのだから、是非、
ご自身の作品をいとおしんで頂きたい。
入賞三句には、大切に詠もうとする作家の姿勢が見えるのである。
小さな声でいいから、入選句を口ずさんでみて下さい。
媚庵作を天に頂いた。これ、「切手」とは書かれていない。それだけに妙にエロティシズムを感じるのである。
【選者吟】
〒マークの日の妻からくりめくお出掛け 島田牙城
【天】
黒々と北方領土の日の昆布 中塚涼二
【地】
お噂はかねがね北方領土の日 和良珠子
【人】
島の名が読めぬ北方領土の日 櫂未知子
【佳作】
陽がさしているなり北方領土の日 春畑 茜
大福をいくつ北方領土の日 望月暢孝
北方領土の日よナンバーリング打ち続く 迷子
臓腑のやうな港北方領土の日 中村安伸
北方領土の日偶然オフである 足立尚彦
げほごほだほ北方領土の日 三亀
わたくしは北方領土の日のアイヌ 島田牙城
【選評】只今新宿の甲州街道のガードを走っている街宣車から
「北方領土は〜だ!」とがなり立てている。
デリケートかつぞんざいな問題だけに、
全くもって俳句冥利に尽きる兼題。
社会性俳句の当世版が期待できる。
スローガンのバリエーションや、
それらしき常套的発想に浸ってはつまらない。
題の意味性をクールに突き放すか、
滑稽やがて哀しき人の有様を詠めるかがネックとなる。
【天】
北方領土の既知概念に対して、
黒々とした昆布の広がりは如実以上の存在感を示す。
多弁を慎む有季定型客観写生の強靭さを、
あからさまに見せくくれた涼二氏。
【地】
他人事のように恍けた物言いの珠子氏。
深刻に対し滑稽が功を奏するイロニー即ち俳。
【人】
同じく恍け仲間の未知子氏。
道産子も読めない島名とは、
歯舞群島(貝殻島、水晶島、秋勇留島、勇留島、志発島、多楽島など)
色丹島、国後島、択捉島の何れか。
ちなみに俳句では、
知恵や知識や思想をバカ正直に曝け出したところで佳句にはなり
難い。
【佳作】
天の句に準ずる情景描写のみの茜氏。「
北風と太陽」を暗示する。省略の骨法。
大福を反語として活用した恍け仲間の暢孝氏。
疑問形は言い切りが甘くなるので要注意。
継続的労働という行為に照らす迷子氏。
更には五臓六腑をメタファーとして、
有機的不安感を提示する安伸氏。
口語での個人的報告の呆け具合がよろしい尚彦氏。
擬態語の隠れ蓑に批判の一刺しを準備した三亀氏。
頭上を飛び交う傲慢者共に、
我が存在を主張する弱者的立場の身代わり地蔵の牙城氏。
これで私の初めての記念日俳句一週間連続選評は落着した。
一回35句位の応募句があり、私には丁度選びやすい数だった。
選から漏れた句も捨てがたいものが多々あった。
記念日俳句という特殊事情だからこそ、
誰でも挑戦の遣り甲斐があり、
普段俳句を作らない方々まで動員できたと思う。
歌人勢の積極性には敬服した。
厳格に定型を守る必要もなく、
季語など俳句特有の知や技がなくても親しめる。
その点、
自由闊達な里俳句会の5名の選者は対応できたと思うが、どうか。
記念日俳句に関わる全ての人の、今後の精進と変貌に期待したい。
【選者吟】
北方領土の日の塔よりうぽっぽ 二健
【天】
海苔の日の肥後もつこすの屁に会ひぬ 島田牙城
【地】
海苔の日のよそゆきがおのお弁当 斉藤そよ
【人】
海苔の日の黒髪を敷く伊良虞島 中村安伸
【佳作】
海苔の日の海苔をうかべる中華蕎麦 湯水
海苔の日のひとよひとよのひとみごろ ますみ
大きめの丹前羽織る海苔の日か しのざき香澄
海苔の日や午前八時の卵割る 蝸牛
海苔の日は日溜り求め海に出る 正美
家族皆出揃う日和り海苔の日よ 方舟
海苔の日の炙れど読めず海の夢 坂石佳音
【選評】
海苔の日は、
少な目の4文字かつ日常的題材で作り易いと思うのが落とし穴で、
海苔で連想されたのは、
当然と言えるほど食べ物、黒、海などが多かった。
俳句を常識や予定調和で収めてしまうと、
面白みや広がりに欠けてしまうことを懸念したい。
【天】
「もっこす」とは、熊本方言で意地っ張りのことだそうな。
そんな屁に会った海苔の日とは奇遇で面白い。
軽々しくも感慨が生じた。
【地】
そよ氏は、
思い切ってとびきり上等の海苔でも使ったのだろう。特上のり弁。
【人】
安伸風歌枕記念日俳句の有り難味。
宣りの〜にも通じれば物語も深遠。
【佳作】
海苔の需要拡大に大きく寄与しているラーメンに
焦点を絞った湯水氏の功。
歌詞が俳そのものである「受験生ブルース」が懐かしいますみ氏。
〜ふじさんろくにオームなくサインコサインなんになる俺らにゃ俺らの夢がある アドリブを一発〜。
丹前は元々大きめだが、対比的配合が効いている香澄氏。
時間の制約に縛られ続けている私たちを暗示する蝸牛氏。
海苔の工程の追体験をする正美氏。
家族揃って何やら方舟氏。
炙り出しに期待するがしかしの佳音氏。
※2.3:のり巻きの日で
「海苔の日はのり巻きの日の三日後 西尾晴夏」
を地で戴いたが、
作者の投句タイトルからして、
今回の海苔の日で採るべきだった。
検索で両方に掛かったことを後で気付いた。
季重なりを越えた佳句なので、どちらでも良い気もするが。
【選者吟】
良い日海苔の日の被海苔の日言い 二健
【天】
笑顔の日の通帳残高を見る 三亀
【地】
笑顔の日鏡に嘘をついてみる 坂石佳音
【人】
望むとか望まないとか笑顔の日 足立尚彦
【佳作】
雪だるま二人で作る笑顔の日 正美
どの窓もマジックミラー笑顔の日 羅
天邪鬼一先ず向けて笑顔の日 まなぶ
につぱちの苦し紛れや笑顔の日 矢嶋博士
笑顔の日君の知らない涙の日 夜宵
噛めば血の滲むくちびる笑顔の日 園を
船笛や笑顔の日にもくる訃報 美鳥
【選評】
ニコニコで2月5日は笑顔の日。
制定意図は前向きで結構だが、
俳句としては捻らなければ本領を発揮しないので、
素直な笑顔を詠んだのではうだつが上がらない。
笑顔とは裏腹なことを描いて、
その内面を掘り下げた句に食指が動いた。
【天】
よりにもよって、そんな日に残高確認しても事実は変わらない。
行為とその脳裏に滑稽を潜ませる自由律の三亀氏。
【地】
心にもない顔をして自己確認しているのだろう。
嘘の持っていき所がお洒落な佳音氏。
【人】
願望を超越した笑顔、
またはその日の偉大さに迫った、
つまり諧謔した尚彦氏。
【佳作】
白い息で心温まるという反語的広がりと、
笑顔は作るものという設定に真実味がある正美氏。
見られていても見ることができない自閉的心理のミステリアスを誘う羅氏。
以下、笑うに笑えない句が続く。
引き合いに出しているのは、向けて欲しくない天邪鬼、
不景気の2月8月、涙の日、痛い唇、来る訃報であったりする。
だからこそ描かれる笑顔は平坦ではなく、
泣き笑いや苦笑に歪む。
第三者は滑稽を思い、笑顔の日の人となる。
美鳥氏の船笛の句は、
「船笛にかき消されたる春愁 黛まどか」(『くちづけ』1999.12)と比べたい。
選外だが、例えば「階段を転げ落ちたり笑顔の日 櫂未知子」は、笑えないことをあえて持ち込んで、
大笑いしようという意図は、
俳句ではことに有効である。へそ曲がり俳句のお手本だ。
一方では「飛行船みんな見上げる笑顔の日 媚庵」の
ほのぼのとした屈託のなさも捨てがたい。
犬や猫も見上げているようだ。
飛行船が涅槃仏にも見え出す。
「今日だけは眉は糊貼り笑顔の日 あまっとう♪」も俳の風景。
顔作りに勤しむ真人間。
笑いは俳句の根本であるからこそ、
切っても切れない概念だ。安伸氏の句にJean-LucGodardが、
詠み込まれていたが、
ゴダールは映画表現の大俳人であると思う。
見習わなければならない。
【選者吟】
美の丘へ駈けつけて穴けが笑顔の日 二健
【天】
ぷよの日の仕舞ひ湯にゐるひとりかな 坂石佳音
【地】
ぷよの日や家内は留守ということに 春畑 茜
【人】
ぷよの日は鶏か魚か機内食 月野ぽぽな
【佳作】
ぷよの日もやはり帰れぬお父さん 望月暢孝
ぷよの日のお腹の脂肪もまれをり やそおとめ
ぷよの日やメンソレータム香り立つ 白馬
寒明けのぷよの日ぷよと滅ぶ国 伊波虎英
ぷよの日をぷよと雀の子と遊ぶ 園を
佐久平ぷよの日暮れの荘厳に 淡々
ぷよの日や子供のほべたを舐めやらむ 矢嶋博士
【選評】2月4日は、立春で「ぷよの日」。
「株式会社セガが国民的な人気ゲーム『ぷよぷよ』シリーズのPRのために制定。
2と4で『ぷよ』の語呂合わせから」だそうな。「ぶよ」と勘違いした方が3名おり、
肝心の記念日の誤認識のため、やむなく選外とさせて頂いた。
私自身も一時期子供に習ってテトリスにはまり、ぷよぷよもボンバーマンも経験し
た。
やはり同じ国民的でも俳句ゲームの方が、表現や創造する喜びがある。
【天】江戸時代の風呂は庶民の裸の社交場であり、人情の世相を反映した。
銭湯が衰退した今日の豊かさは、小さいながらも便利な内風呂のある有り難さとは
裏腹に、入浴以上のものではない。その仕舞い湯にての佳音氏の感慨は、
家人夫々を受け入れた湯船の濁り湯のごとく、全うした安堵と漂う思いに耽って
憚らないだろう。浮世風呂からは程遠いゲーム世代の独りぷよぷよ感も、
また今なる世相の表れ。
【地】居留守を使わざるを得ない事情がおありか。ライブゲーム達者の茜氏。
【人】食べ物をどちらか選べる幸せ、ぷよぷよ三昧の幸せ、ぽぽな氏は雲の上。
【佳作】どうでもいい日にも待ちわびる家族あっての働き甲斐は暢孝氏。
容易な連想ながら嫌味がない。世にも揉まれて軽くなるであろうやそおとめ氏。
春立つ日の仮想空間につける薬は、お馴染みメンタンムの白馬氏。
栄枯盛衰、ぷよぷよの一粒一国一城の主愚かか哀れか虎英氏。
ぷよを頭韻として一茶をなぞる園を氏。我と来て遊べやゲームのない雀
淡々氏が見た佐久平では、ぷよぷよの5連鎖でもあったのだろうか。
博士氏のはたぶん犬の散歩中の出来事。折にも春先のぷよの日。
【選者吟】
鳶の呼ぶ海月の快楽ぷよの日と 二健
(きょうは、二健さんのBBSのURLを入れておきました。どうぞ、お立ち寄り下さい)
【天】
わたくしはのり巻きの日のいなり寿司 園を
【地】
海苔の日はのり巻きの日の三日後 西尾晴夏
【人】
のり巻きの日に終りから見るシネマ 湯水
【佳作】
のり巻の海苔になりたしのり巻の日 ますみ
のり巻きの日は南京玉簾 三亀
のり巻きの日や右左確かめて 迷子
のり巻きの日の吉例に花電車 中村安伸
のり巻きの日や口中に鯨幕 伊波虎英
恵方向くのり巻きの日の真知子巻き 淡々
本に腰巻のり巻きの日の無口にて 島田牙城
【選評】
どの記念日俳句にも言えることだが、
のり巻きそのものや制定されたその日の
謂れの説明や平凡な連想では句が際立たない。
ちょっとしたズレや発想の転換を
常識に拠らないで図れたら、俄然面白い句ができると思う。
立派な川柳は、立派な俳句でもあると思うから、
川柳になってしまうことを恐れず作句したい。
ことに記念日の句は、川柳色が強くなり、
俳句と川柳の線引きはする意味がないと思う。
【天】
主役ではないいなり寿司に自己主張させた園を氏の機転は俳味豊かで秀逸。
【地】
そう報告されると、それだけのことではない可笑しみがこみ上げてくる第一級の川柳即ち俳句を成した晴夏氏。
天地共惚け具合が心憎い。
【人】
湯水氏の登場させるせっかちな天の邪鬼人間は、
「節分の夜に恵方に向かって太巻きを食べると幸福になれるという言い伝えから、この日が生まれた。ただし、太巻きは、一人で一本食べきるまで、誰とも話をしてはいけないとか」
と言う謂れにあやかれない不幸者、即ち滑稽。
【佳作】
巻かれるより巻く方になりたい能動派のますみ氏。
その心は? どちらも簾を使います。あまり面白くないばかばかしさの三亀氏。
のり巻きと言えど慎重論の迷子氏。
乗り逃げも食い逃げも許されそうな安伸氏案。
慶弔相殺の虎英氏。
当世はヨン様巻きなりいにしえの淡々氏。
帯か腰巻か装着位置によるのであろうが、太巻きとなると寸胴で何とも言えない牙城氏。
【選者吟】
捨てたのり巻きの日の決まり野点す 二健
【天】
すき焼きを煮直している夫婦の日 正美
【地】
夫婦の日ほどけやすくて蝶結び 羅
【人】
夫婦の日に墓を買う 三亀
【佳作】
丸餅をこんがり焼いて夫婦の日 淡々
譲りあう海老もハダカに夫婦の日 鈴木貴彰
白粥を木匙で啜る夫婦の日 しのざき香澄
夫婦の日チャーミーグリーンで洗浄す 園を
夫婦の日狐は寝つき火の夫婦 月野ぽぽな
セーターの背中の坂道夫婦の日 坂石佳音
ぼんやりとそしてぽつんと夫婦の日 足立尚彦
【選評】
2月2日は語呂合わせで夫婦の日ということで、
その生活臭や思いが詠み込まれた。
英語では「Couples Day」となるそうだ。
【天】何不自由ない日常の写実から疲弊感が滲むわびさびの正美氏。
【地】ありがたくめでたい造形ながらも儚い構造の紐を提示する羅氏。
【人】最終的お買い物をして、終生の安泰を願う三亀氏。
生活のささやかな一頁を、餅で描く淡々氏、海老の貴彰氏、粥の香澄氏、洗剤名の園を氏。
凝った言い回しのぽぽな氏と佳音氏。副詞仕立ての尚彦氏。
どの句も日本の平均的夫婦像を描いて見せいてる。
しかし突出した作品がなかったのは、
そのような破天荒な夫婦体験や、
想像を絶しがたい情景をイメージすることはなかったのだろう。
惜しまれるのは全37句中、名人が名句を3句も投稿していて、
1句は採りたかったが、掟破りなので却下せざるをえなかった。
締め切り後の1句も惜しかった。手違いの重複投稿は予選に入れた。
【選者吟】
患者の夫婦の日の夫婦の野心か 二健
【天】
体育館に忘れちまったニオイの日 鈴木貴彰
【地】
ニオイの日上靴持って帰らぬ子 ますみ
【人】
えんぴつの芯はどうなのニオイの日 斉藤そよ
【佳作】
身も蓋も売り切れ御免ニオイの日 矢嶋博士
鼻ピアスして戦場へニオイの日 望月暢孝
骨になる日までニオイの日を臭ふ 園を
ニオイの日庫裏に供物の朽ちはじむ 中村安伸
ニオイの日脱ぐべきものの幾枚か 櫂未知子
やっぱりあなたねニオイの日 三亀
別れての後を濃くなるニオイの日 やそおとめ
【選評】
記念日俳句の選をさせて頂くに当たって、
初めての題が、2月1日の「ニオイの日」。
消臭商品の普及を目的とした「ファブリーズ暮らし快適委員会」の登録だそうな。
人間の実利もを求める動機は、
俳句にとって不純どころか本来であり、水を得た魚でありたい。
応募された36句に目を通すと、
それらしき発想の写実句と観念句の二通りが如実に窺えた。
虚実の実景や想いが端的に認められていて、
記念日を核とし、特化した新俳句の可能性を見た。
何をもって優れた俳句とするかは、一概には言えず、
選句行為自体が試行錯誤の模索であり、
わが選評に対する批判を通して、
この試みの熟成に寄与できたらと思う。
なぜか学校吟行したような句ばかりが上位を占めた。
学校は画一的であり、劣等生を生産するから嫌いなのだが。
貴彰氏の中原中也的俳句が響いた。
俗な口語に漲る青春魂。
ますみ氏のお子さんの事情に同情し、
そよ氏の瑣末な疑問が哀しい。
接戦の佳作7句の臭いを嗅ぎ分けた鼻の言い分として、
スポンサーが喜ぶ御免の博士氏、
深刻の場の装飾か呪い如何に暢孝氏、
臭う事即ち生なりと園を氏曰く、
ここでは正統派の安伸氏、
着脱の人生即ち滑稽と思わせる未知子氏、
常習犯に奉られた三亀氏、
心で嗅ぐやそおとめ氏。
選外
「牧場がすぐそばにあるニオイの日 島田牙城」てらわないのが良いが近過ぎ。
「生きる限り哀しみはありニオイの日 媚庵」ごもっとも。
ニオイをあの世に引きずるべく
俳句が、この世に引きずられたならば俳句の立つ瀬はない。
【選者吟】
するしないするしないするニオイの日 二健
【天】
難波産春菊防災農地の日 伊波虎英
【地】
畦に立つ望月優子防災農地の日 園を
【人】
なおりにくい火傷だ防災農地の日 中塚涼二
【佳作】
革靴で来て防災農地の日なんですね 瑞恵
長寿漫画終はる防災農地の日 ユースケ
せせらぎや防災農地の日の匂い 月野ぽぽな
土の香に和む防災農地の日 文平字
防災農地の日がグレている 三亀
防災農地の日田を囲む家また家 仲 寒蝉
荒れ畑一役買って防災農地の日 土屋郷志
【選評】
防災農地の日なるものの本質を正しく理解することは難しい。
少なくとも私はわからない。
だから、本日の選者吟は悪い見本として読んでほしい。
わかりにくい記念日の場合、
とにかく具体物を出して、配合してみるというのは、
打開策の一つではある。
たとえば、天の伊波虎英さんの句も、
そんなふうにしてつくられたような気がする。
とはいえ「難波産春菊」という野菜の名前は魅力的で、
しかも「防災農地」のイメージとさほど離れていない。
地の園をさんの「畔に立つ望月優子」は、
いかにも農地にふさわしい人物を、
それらしい場所に置いてみせたわけだ。
女優望月優子のキャッチフレーズは「日本のお母さん」だった。
イメージの緩用が成功している。
人の中塚涼二さんは、
防災から火傷を導き出し、
それをさらに「なおりにくい」とひとひねりしてみせてくれた。
小技だが、こういうくふうには好感がもてる。
佳作の瑞恵さんの「革靴」が巧い具体物として成功している。
全体の口語調も、この句では生きている。
【選者吟】
かりそめの世なれど防災農地の日 媚庵
【天】
田舎みその日望み叶い 二健
【地】
一年をみその日巡りかへり来よ 矢嶋博士
【人】
ふりだしにもう戻れぬかみその日や 青山みのり
【佳作】
みその日の越中富山産妖婦 中村安伸
みその日や辻にあふるる夕餉の香 仲 寒蝉
みその日に足を入れる 三亀
日脚伸ぶみその日に読む宮本輝 正美
脳みその日に日に皺のなだらかに 素人
みその日やみそ汁啜りゐるばかり 美鳥
みその日に生れて浜崎あゆみかな 園を
【選評】
みその日には郷愁がまとわりついている。
おふくろの味噌汁の味という既成イメージも
固着していると言ってよい。
これを巧く換骨奪胎できるかどうか。
天は二健さんお得意の回文俳句。
回文というのは不思議な言霊が突然降臨する。
この一句が典型だ。
まさに「田舎みそ」の本意を「望み叶い」が実在化している。
地の矢嶋博士さんの句の意味は少しわかりにくい。
一年間、みその日だけを巡り続けている存在に対して、
「かへり来よ」と呼びかけているのだろうか。
その必然性を、「みその日」が支えているのだ。
人の青山みのりさん。
「ふりだしにもう戻れぬか」という詠嘆に
リアルな実感があって、読み手に迫ってくる。
佳作の中村安伸さんの句、
「越中富山産妖婦」というのは母か妻か
、魅力的な謎がある。
寒蝉さんは、奇を衒わずに、
本格的な一句をつくってみせてくれた。
【選者吟】
ニッポンの味みその日の味噌汁は 媚庵
【天】
戒厳のタウン情報の日よ勿来 鈴木貴彰
【地】
タウン情報の日の犬の足跡 三亀
【人】
既知は未知含めりタウン情報の日 足立尚彦
【佳作】
タウン情報の日の地域密着の顔顔顔 伊波虎英
タウン情報の日回覧板のごとき人 小豆澤裕子
散髪に父行くタウン情報の日 迷子
タウン情報の日こそ金輪際無料 島田牙城
探し当てタウン情報の日定まらず まなぶ
ゆず達は神奈川出身タウン情報の日 園を
グルマンかグルメやタウン情報の日 周
【選評】
「タウン情報」という意味性に、
いかに振り回されずに一句をなすことができるか、
みなさまの苦心が伝わって来る。
天の鈴木貴彰さん。
情報統制を想定して「勿来(来る勿れ)」と結んでみせた。
(誤読じゃないですよネ!)
「戒厳」と「勿来」を頭尾にすえた文体も見事。
タウン情報という言葉から硬派の発想をしたイマジネーションの勝利だ。
地の三亀さんは、犬の目で見たタウン情報に思いを寄せる。
単純な内容だが、発想には巧みなひねりがある。
人の足立尚彦さんは理に落ちそうなギリギリで踏みとどまってみせた。
ただ、こういう発想は
「感心すれども感動せず」等とワルクチを言われやすい。
佳作では、
伊波虎英さんの「地域密着の顔顔顔」という苦いユーモア、
小豆澤裕子さんの「回覧板のごとき人」なる見立てがユニークに思えた。
ちなみに、選者吟の「ジェット団」とは
「ウエストサイド物語」に出てくる不良少年のグループ。
蛇足でした。
【選者吟】
タウン情報の日をジェット団闊歩する 媚庵
【天】
コピーライターの日ぞ上棟の餅拾い 迷子
【地】
コピーライターの日やねずみ男来る 中塚涼二
【人】
一茎の水仙を切るコピーライターの日 正美
【佳作】
朝は金昼は銀ゆふべはコピーライターの日 百花
あたり前田のコピーライターの日 櫂未知子
コピーライターの日の捩り鉢巻夜なべ蕎麦 みずき
「安全は危険ではない」コピーライターの日 足立尚彦
本の帯豊かな色やコピーライターの日 大西龍一
老兵は死なずコピーライターの日 望月暢孝
コピーライターの日にする横恋慕 湯水
【選評】
コピーライターというバブルイメージの職種の日という
のも、いざ俳句にしようとするとはてさてと首をひねっ
てしまう。ちなみに私はスモカ歯磨きのコピーを書きつ
づけたコピーライターの草分けの片岡敏郎の名前を出し
てみたのだが、まあ、なかなかわかってもらうのは難し
そうだ。CMのコピーや有名なフレーズを出す手もあっ
て、佳作の櫂未知子さん、百花さん、望月暢孝さんたち
が、その方法に拠っている。
天地人に関しては思い切って、そういう思い入れから切
断された発想を選んでみた。
天の迷子さんは「上棟の餅拾い」というコピーライター
とは無関係な、しかし、生活の中の晴の素材を配合する
力技で、俳諧性を醸し出してみせている。
地の中塚涼二さんは「ねずみ男」というトボケたキャラ
クター、人の正美さんは「一茎の水仙を切る」という徹
底した日常的な行為。どちらも、微妙なつけあわせが成
功している。
つかずはなれずの呼吸が問われる困難な記念日だった。
【選者吟】
コピーライターの日や片岡敏郎の丸眼鏡 媚庵
【天】
国旗制定記念日天国にも国旗 百花
【地】
起立、礼、国旗制定記念日の埋葬 淡々
【人】
この国の誰も知らない国旗制定記念日 やそおとめ
【佳作】
〈国旗制定記念日〉屋上に立ち尽くすべし 鈴木貴彰
お祝いも中途半端や国旗制定記念日 土屋郷志
国旗制定記念日兄の手品見る 迷子
日の丸の折り目が気になる国旗制定記念日 ますみ
ともかくいっせいにみる国旗制定記念日 瑞恵
国旗制定記念日うすれゆく茜 美鳥
手袋失す国旗制定記念日に 湯水
【選評】
こういう記念日の場合、作者の主張があまり表立たない
ようなつくりになった句が読みやすいのだと思う。ただ、
いざ選句する段になると、批評性のあるものを選んでい
る自分に気付く。
天の百花さんは、その批評性を表面的には限りなく薄め
ようとしている。ファンタジックでもあり、サタイアと
も読める。
地の淡々さん、埋葬はどんな日にもあるわけで、確かに
「起立、礼」の儀式性も葬儀のものである。そしてもち
ろん、ダブルイメージの毒もあるわけで、老獪な技巧の
一句といえる。
人のやそおとめさんは、当然のことを当然のように書い
てみせて、深い批評が生れている。天地人、私の意識の
中ではほとんど差はない。
佳作の鈴木貴彰さんの句は道浦母都子の歌集『無援の抒
情』の有名な一首「明日あると信じて来たる屋上に旗と
なるまで立ちつくすべし」が下敷きになっている。作り
手の問題意識が問われてしまう、なかなか困難な記念日
だったと思う。
【選者吟】
国旗制定記念日に描く水彩画 媚庵
【天】
文化財防火デー阿と吽の口 春畑 茜
【地】
消火器は直立不動文化財防火デー まなぶ
【人】
笑顔が八百屋お七で文化財防火デー 中村安伸
【佳作】
甍に鸚哥文化財防火デー 坂石佳音
文化財防火デー鴨居の煤を払いをり みずき
野仏も雪かぶりおり文化財防火デー ますみ
ベクトルの自在や文化財防火デー 足立尚彦
水煙に夕陽映え文化財防火デー しのざき香澄
あさきゆめみし文化財防火デー 周
肢体しなやかに文化財防火デー 羅
【選評】
文化財防火デーとくれば、やはり、
三島由紀夫や水上勉の小説のファンであれば、
金閣寺の炎上が思い浮かぶ。
昨日、最初に浮かんだアイデアは棄てろと言っておきながら、
今日の選者吟は、もろにこの罠にはまっていて情けない。
もっとも、牙城氏の「金閣寺金隠し」というのもあったので、
私の方が綺麗ではある。
天の春畑茜さん、
阿吽をもってきた発想の奇抜さに脱帽。
狛犬の阿と吽の口は、
確かに「火の用心」を告げていると見えなくもない。
地のまなぶさんは、
消火器に着眼したのがみごと。
直立不動という見立ても、防火アイテムにはふさわしい形容だ。
中村安伸さんは八百屋お七を配合してみせてくれている。
私も金閣寺をいさぎよく棄てて、
八百屋お七を思い付くべきだった。中村さんに完敗。
佳作では坂石佳音さんの「甍に鸚哥」というイメージが
日本的な幻想感覚で面白かった。
個性のあるイマジネーションを尊重したい。
【選者吟】
金閣寺燃えよ!文化財防火デー 媚庵
【天】
ジャズで踊る中華まんの日の波止場 望月暢孝
【地】
○○○○○中華まんの日○○○○○ 伊波虎英
【人】
姪の恋中華まんの日成就せよ 迷子
【佳作】
中華まんの日はんぶんこしてらぶほてる やそおとめ
おいしさも中華まんの日の位か 矢嶋博士
中華まんの日や女の去りて雪 大西龍一
固結びほどきましょう中華まんの日 月野ぽぽな
コンビニの表面張力中華まんの日 まなぶ
甘えるな中華まんの日だからつて 湯水
中華まんの日のお揃ひのゴーグル 百花
【選評】
この中華まんの日の由来は
「明治35年のこの日に日本最低気温マイナス41度が旭川市で記録されたことから、
ホカホカと暖かい中華まんを食べるのに最適な日ではないかと制定されたもの」
というものだそうだ。マイナス41度と中華まんとの
意外な縁ということか。
ということで、天の望月暢孝さんは、
ジャズで踊って、リキュールで更けてというモダンボーイぶりと
中華的チャイナタウンのイメージ連想の勝利。
地の伊波虎英さんは、ネットならではの一発勝負で、
中華まんを目に見せてくれた手柄。
人の迷子さんの句は「姪の恋」という設定が良い。
中華まんのほかほか感覚が
「ほかほか」というオノマトペを使わずに表現されている。
この「ほかほか」は、みなさん使っていらしたが、
やはり、最初に浮かぶイメージは陳腐なのだと思って棄てて、
二番目以降に浮かんだアイデアをふくらませてほしい。
佳作の諸句は、
それぞれの作者の二番目以降のイメージの展開が感じられる。
【選者吟】
孤独とは中華まんの日の夜のコンビニ 媚庵
【天】
負けてやる法律扶助の日のじゃんけん 小豆澤裕子
【地】
法律扶助の日ここが「おれおれ被害者」最後尾です やそおとめ
【人】
法律扶助の日テーブルクロスを汚したまへ ユースケ
【佳作】
保護すべし法律扶助の日の禿頭 迷子
李礼仙の赤き腰巻き法律扶助の日 園を
法律扶助の日のソープランドで景品をもらった 三亀
隠れけり法律扶助の日の蜥蜴 中塚涼二
砕氷船法律扶助の日の船首 伊波虎英
一服す骨まで法律扶助の日 月野ぽぽな
靴磨き法律扶助の日の朝(あした) 鈴木貴彰
【選評】
仕事の関係で、複数の弁護士さんとおつきあいがあるので、
法律扶助協会の存在は知っていたが、
1月24日がその記念日というのは、さすがに知らなかった。
どうしても、離婚に結びつける発想が多くなってしまうのは、
現在の世相からみて、しかたのないことかもしれない。
ただ、似た発想というのは、やはり、きわだちにくいということで、
はずさせていただいた。
天の小豆澤裕子さんの句は、
固いイメージの記念日を、
じゃんけんという発想でうまくかわしてみせた面白さ。
負けてやるというところが、
法律扶助の日に付かず離れずで、技巧を感じる。
地のやそおとめさんの句は、時事性を買いました。
最後尾という結句に、流行する犯罪への諧謔がある。
人のユースケさんの句は思い切った詩的発想の妙味。
気取った口語の命令形が生きています。
佳作の園をさん、三亀さんの法律に対抗する素材の提出も
面白い俳味を出しているとおもう。
【選者吟】
法律扶助の日強きを挫くべし 媚庵
天 イラクまでワンツースリーの日の自衛隊 望月暢孝
地 ワンツースリーの日無季俳人のゆらり去る ユースケ
人 おい癌めワンツースリーの日の滋酔郎 淡々
佳作:掛け声ばかりワンツースリーの日のあなた やそおとめ
ワンツースリーの日体育教師がやたら張り切る ますみ
キャンディーズ手を振るワンツースリーの日 園を
ワンツースリーの日の掛蒲団かろやかに 百花
雪を見て風見て暮るるワンツースリーの日 小豆澤裕子
ワンツースリーの日飛び出せ地球逆さ富士 土屋郷志
スタートすワンツースリーの日なれば 窪田せつこ
【選評】
天の句、
命令とは言いながら自衛隊の方は本当に大変なことだ。
イラク国民のためという大義名分はあっても
殺されるかもしれないし、石を投げられるかもしれないし、
第一自国民からもやめて帰って来いと言われるし。
作者はイラク派兵賛成とも反対とも言っていない。
ただこの句には皮肉の匂いがする。
地の句、この無季俳人は例えば放哉などを思えばよいか。
放哉は無季俳人というより自由律俳人と言った方がいいかもしれないが。
ワンツースリーは何か始める時の掛け声だから、
放哉が世間や家族を捨てた時のえいやっという感じに合う。
まあそこまで考えなくとも
無季俳句を作る人が何か意を決して去りゆく像であろう。
「ゆらり」に放哉のような切実感が無く余裕すら伺わせる。
人の句、これは先頃癌で亡くなった江國滋を偲んでの句。
『おい、癌め』は壮絶な句集だったが、
彼にも
俳句で癌と付き合ってやろうと思い立った或る一日があったろう。
佳作。
「掛け声ばかり」、あなた!と自分のことを言われているようで恥ずかしい。
「体育教師」はなるほどいそうな感じ、それも全国に沢山。
「キャンディーズ」の卒業ライブは感動的だった!
あれはひとつの時代の終焉だった。
あのお見舞い返しこそ
ワンツースリーの日の名付けの元となった歌ではないかとさえ思
う。
「掛蒲団」たしかに何か目的が合って起きる日の掛蒲団は
かろやかに感ぜられるだろう。
「雪を見て」しかし大方の人は何か始めなければと思いつつも
こうして一日を眺め暮らしてしまう。
「飛び出せ地球」は
飛び出せ青春を思わせ威勢
がよくスケールも大きい。逆さ富士がお茶目。
「スタートす」今日この日、記念日俳句に挑戦を始めたという作者の宣言であろうか。
これから一年ともに頑張っていきましょう。
初めての選とて言いたいことを言いふらしましたが平にご容赦を。
これからも反省なくこの調子で行きたいと思います。
大体肩肘張ってやるものではありませんから、
大いに遊ぼうではありませんか。時には真面目な顔してもね。
【選者詠】
命名は安易にワンツースリーの日 仲 寒蝉
【天】
飛行船の日を夢に見る飛行船 媚庵
【地】
湯船吊つて飛行船の日のぽかぽか 矢嶋博士
【人】
飛行船の日は暮れなづむ窮理学 中村安伸
【佳作】
飛行船の日のすさまじき没り日かな 春畑 茜
いなりずし喰ひたくなれり飛行船の日 伊波虎英
この指に止まれよ飛行船の日 月野ぽぽな
飛行船の日にはきまって火事の夢 中塚涼二
飛行船の日私は針を持つてゐる 櫂未知子
八十日間世界一周飛行船の日 周
リンドバーグの伝記を買うや飛行船の日 土屋郷志
【選評】
飛行船はいまや飛行機が主流となった時代からすると時代遅れ。
しかし最近ではそんなに齷齪しても仕方がない、
まあゆっくり生きましょう、
という風潮があるので見直されてきている。
そのせいかのんびりした句が多かった。
天の句、これはジェット機ではあり得ない、
矢張飛行船ならではののどけさが感じられる。
実にメルヘンチックでそれでいて何か悲哀を感じる。
地の句、湯舟を吊るとはどうするのだろう。
でもそんな湯舟にのんびり身を沈めながらぽかぽかしてみたい。
愉しい句だ。破調がまたいい。
人の句、窮理学は物理学の古称、
それが時代遅れの飛行船とよくマッチしている。
それでもすぐには滅びない、
「暮れなづむ」のである。
佳作。
「すさまじき没り日」は飛行船へのオマージュか。
「いなりずし」は飛行船の形からの連想、
食いしん坊なところが可笑しい。
「この指にとまれ」は飛行船がとまりそうな、
でもそんなことがあったら恐いような、不思議な句。
「火事の夢」はヒンデンブルク号の爆発事件からの発想か。
「私は針を持つてゐる」とは恐い台詞だ、
飛行船に意思があるなら逃げ出すだろう。
「八十日間世界一周」「リンドバーグ」
いずれも過ぎ去った偉大な時代への思いをこめている。
【選者詠】
ロケット糞食らへ飛行船の日永遠に 仲 寒蝉
【天】
死亡記事畳みライバルの日の独酌 淡々
【地】
ライバルの日影が背伸びをして遺憾 羅
【人】
ライバルの日だから君はクジラになりなさい 三亀
【佳作】
ライバルの日よライバルは誰でも可 足立尚彦
油断してあくびうつりきライバルの日 伊波虎英
握手するライバルの日の夕日かな 夜宵
ライバルの日6六の歩の痛かりき 大西龍一
ライバルの日はまなこ開きて眠らんか 望月暢孝
ライバルの日や突堤に赤き靴 ユースケ
高杉と久坂とわれとライバルの日 中村安伸
【選評】
天の句、何とも哀しい人生。
力石を亡くした時のあしたのジョーの心境か。
「独酌」が効いている。
地の句、「影が背伸び」とは
言外にこれまで自分の下にいたライバルが頭角を表わしてきた事をいうのか。
「遺憾」には「いかんいかん」という気持も。
人の句、これには笑った。
稔典さんの「あなたも河馬になりなさい」を思い出した。
何故ライバルの日だから鯨なのか、
そのナンセンスがいい。
佳作。
「ライバルは誰でも可」は
誰でもいいから恋人になって下さいと言うようなもの、うら悲しい。
「油断して」は仲のいいライバル同士だからこそ。
「握手する」は70年代の青春ものを思わせるレトロなお気楽さ、
そこがおじさんおばさんには受けるかも。
「6六の歩」は将棋のライバルだろう。
大事な一戦(それも負けた)を振り返っての一句。
「まなこ開きて」は分りすぎるけれど昔の武士みたいですごい。
「突堤に」の赤い靴の唐突さはこの作者の非凡さを表わしてい
る。
飛躍も程よいと成功する。
「高杉も久坂も」は歴史好きの筆者にはたまらない。
松下村塾の双璧と言われた二人だが
久坂玄瑞は禁門の変で討ち死に、
高杉は第二次長州征伐に勝利してその無念を晴らすが
小倉城陥落を前に病死する。
どうして「われ」が混じってるのかねえ?
【選者詠】ライバルの日君がゐるからこその僕 仲 寒蝉
【天】
玉砕の骨あやふやな海外団体旅行の日 三亀
【地】
JAが昔の名前で海外団体旅行の日 淡々
【人】
ゆくもゆかぬも海外団体旅行の日 春畑 茜
【佳作】
アララトへ海外団体旅行の日 伊波虎英
ヨン様もたじろぐ海外団体旅行の日 ますみ
円卓地獄!海外団体旅行の日 夜宵
遣唐使海外団体旅行の日 矢嶋博士
眼鏡買ふ海外団体旅行の日 文平字
かるがもの海外団体旅行の日 望月暢孝
和魂洋才海外団体旅行の日 媚庵
【選評】
天の句、言われてみればサイパンにせよインドネシアやタイにせよ、
今日本人が団体で旅行する国々は
かつて日本人がひどいことをしてきた地域なのだ。
勿論
かつての帝国陸軍や海軍の人達もひどい戦いを強いられた上
生きて帰れなかった人も多い。
どちらが被害者とか加害者とかはさて措いて、
様々な思いをこめて「玉砕の骨あやふや」と作者は言う。
一体悪いのは誰なのだ?
やり場のないそんな気持をこめて、である。
このメッセージは結構重い!
地の句、「昔の名前で出ています」をパロって。
JAの昔の名前といえばかの有名な(英語にもなっているとか?)
農協さん、これは笑える。
人の句、これは蝉丸の和歌をパロっているのだが、
例えば地縁で村の旅行に誘われた場合
行くも地獄行かぬも地獄というところがある。
行くとじいさん達の相手をしたり聞きたくもない村の噂話に付き合わされたり。
行かぬとその後村で何と言われるか。
佳作。
「アララト」は現トルコ、
旧約聖書創世記の洪水のあとノアの方舟が漂い付いた山である。
何やら人類の運命がかかっているような海外旅行。
「ヨン様も」は川柳的だがよく分る。
確かに今の日本人の韓流ブーム、韓国ブームには
当の韓国人が驚いていることだろう。
次の「円卓地獄」実は意味がよく分らなかった。
何か旅行客同士が円卓を囲みながらわいわい変な遊びをやっている、
中には嫌々という人もいたりしてということか。
「遣唐使」はなるほど日本最古に近い海外旅行だわな。
「眼鏡買ふ」は、
個人的にイタリアで眼鏡を盗まれてパリミキで眼鏡を作った経験から、
懐かしくて取りました。
「かるがもの」は添乗員にくっついていく旅行客。
次はこんな題で「和魂洋才」という言葉がが出てくるところに敬意を表して。
【選者詠】
恥かしや海外団体旅行の日 仲 寒蝉
【天】
止まり木に一人のど自慢の日の象番 島田牙城
【地】
のど自慢の日のトイレが流れない 湯水
【人】
昭和まだつづくと見えてのど自慢の日 春畑 茜
【佳作】
いやんリンダ困つちやうのど自慢の日 伊波虎英
のど自慢の日男女の手足長かりし 大西龍一
のど自慢の日のオーディション村役場 みずき
都合よくのど自慢の日風邪をひく 文平字
のど自慢の日鉄橋に夜の雫 ユースケ
のど自慢の日の起きぬけのうがひかな 百花
のど自慢の日砂の女と時計の女 中村安伸
【選評】
俳句では「付かず離れず」とよく言われるがこれが結構難しい。
天の句のこの絶妙の付かず離れず具合は
なかなか口で説明できるものではない。
「のど自慢」と「象番」は何の関係もないが
象番もまた人の子であってみれば
のど自慢が好きかもしれないし嫌いなのかもしれない。
止まり木に一人ぽつんと座っている彼は
これからカラオケを歌うつもりなのか、
或いは我関せずの姿勢を貫いているのか。
いずれにせよその背中の哀愁が実感を持って迫ってくる。
地の句のユーモアはどうだ。
これは勿論声がうまく出ないことを水洗トイレの水の流れのイメージで表わしているのだが、
考えてみれば声も排泄物も同じ人から出てくるもの。
この似ていて非なるところが実に面白い。
人の句、確かに歌謡曲というジャンルは昭和独特のものかもしれない。
最近の曲は皆同じに聞こえると
世のオジサンオバサンは公言して若者から馬鹿にされる。
皆で一緒に歌う歌がないねえ、などとも言われる。
その中でNHKのど自慢だけが元気だ。
あの番組では今も昭和が生きているのだ。
佳作。
「いやんリンダ困っちゃう」は山本リンダの口癖、
思えば「困っちゃうな」の舌足らずな歌い方で大方の顰蹙を買いながらデビューし、
消えたと思ったらセクシーな「ねらい撃ち」で見事にカムバックした山本リンダほど
歌謡曲と昭和を代表する歌手はいないかもしれない。
「男女の手足」は最近の若者の体型の変化をのど自慢に見た感慨。
「オーディション」は田舎ではきっと村役場挙げての行事なのだろうなと思わせる。
「都合よく」とはよく言ったもの。
のど自慢は何も楽しみにしている人ばかりではない、
いやいや歌わされる身になっての一句。
「鉄橋に夜の雫」とは美しい光景を(それも何の脈絡もない)持ってきたもの。
「起きぬけのうがい」は
別にこれからのど自慢に出かける人でもないのに、ととった方が面白い。
一番分らなかったのが「砂の女と時計の女」、
勿論砂時計という単語を分解したものだが
意図するところが掴めなかった。
それでも何となく思わせ振りな所が気を引いて、忘れられない一句。
【選者詠】
カラオケは国柄かのど自慢の日 仲 寒蝉
【天】
都バス記念日揺れて落としたラブレター みずき
【地】
都バス記念日海が見えたら告げようか 湯水
【人】
乗り継いで奥多摩湖畔都バス記念日 淡々
【佳作】
口実は都バス記念日。晴れますように 鈴木貴彰
初恋の君とゆうらり都バス記念日 夜宵
車掌てふ懐かしき語や都バス記念日 大西龍一
停留所たちつて都バス記念日 月野ぽぽな
都バス記念日この夜の底を揺れながら 春畑 茜
都迷惑防止条例違反容疑都バス記念日 三亀
東京に生きるよろこび都バスの日 媚庵
【選評】
天の句。都バスという懐かしい響きから
初恋へと連想が飛んだ人が何人かいたようだ。
その中では状況がはっきりと見えるこの句が一番いい。
だいいちラブレターなんて言葉自体がすでに死語になりつつあるのではないか。
息子達の世代を見ると、
筆者が必死で年賀状を書いている脇で
「あけおめー」とか「あけよろー」などとメールして
それでおしまい。
恋人に手紙を書く人なんて今どのくらいいるのかねえ。
地の句も恋人同士だろうか。
海を見せてあげたい、
けれども疲れている相手を
寝かせておいてあげたい、
そんな作者の優しさが伝わってくる佳句。
人の句、そうか、奥多摩も東京都だったんだ、
とあらためて気付かされた。
筆者は奥多摩へ行ったことはないが
なるほど都バスを乗り継いで行くものなのだろう。
車を飛ばしてという旅ではなく、
バスを乗り継ぐ旅の方が実は贅沢なのかもしれない。
それだけ時間の余裕があるのだから。
少しずつ奥多摩に近付く作者の心踊りも感ぜられる。
佳作。
「口実は」の口実が何のことか分らないが
それが読者の想像を掻き立てる。
ただ句の中の「。」は要らないのでは?
「初恋の君と」は若い頃の思い出か。
必ずしもデートではなく通学風景かもしれない。
「車掌てふ」はちょっと表現が硬かった。
でも言われてみればワンマンバスが当り前の世の中となってしま
った。
「停留所」の言葉遊びは大いに結構。
ただ下五が下四になってリズム感が狂ったのが惜しい。
「夜の底」という把握はすごい!
大東京のある一面を言い当てている。
「都迷惑防止条例」は意味不明だけれど何か笑える。
「東京に生きるよろこび」は東京都人にしか言えない台詞。
ちょっと羨ましい気もするが
作者は皮肉をこめて茶化しているのかもしれない。
【選者詠】
都バス記念日ハトバスに敢へて乗る 仲 寒蝉
【天】
おほやまととよあきづしまおむすびの日 伊波虎英
【地】
九ちゃんの唄つた明日おむすびの日 園を
【人】
避難所の子らの目輝くおむすびの日 ますみ
【佳作】
ひとつぶの温みほんものおむすびの日の 斉藤そよ
おむすびの日は恋人の忌なりけり 美鳥
おむすびの日や地震(ない)十年目神戸の灯 西尾晴夏
おむすびの日人畜無害の男なり ユースケ
おむすびの日のさいころは六ばかり 中塚涼二
去りがたしおむすびの日の道の穴 坂石佳音
国敗れて山河全然なしおむすびの日 櫂未知子
【選評】
おむすびの日は神戸大震災の日、
ボランティアの人たちの炊き出しなどに勇気付けられた方は
さぞ沢山いたことだろう。
ということで皆さんの俳句も
ほのぼのとした人間味溢れるものが多かった。
天の句、日本は古来稲の稔る国
(実はそれは多分に政治的なイメージなのだが)
ということで
米で出来たおむすびから
日本の古い呼称「おほやまととよあきづしま」を連想した
知的でスケールも大きい句。
地の句は
神戸大震災の時に九ちゃんの「上を向いて歩こう」を歌って
元気付けられた人が多かったことからの連想。
前向きでどこか物哀しい所がいい。
人の句は素直で明るい所がいい。
神戸に限らず新潟でも繰り返される天災のたびに
このような光景もまた繰り返されるのだろう。
佳作を順番に見ていく。
「ひとつぶの」はおむすびの米粒のひとつひとつに注目した、優しい句。
「恋人の忌」は言われてみればあの震災で恋人を亡くした人もいる筈だ。
どきっとするけれど湿っぽくなくていい。
「地震十年目」は今日の感慨、忘れないようにしなければ。
「人畜無害」は全然関係ないことを言っている所が却っていい。
ひょっとしたらボランティアの青年の像かも。
「さいころ」も全く無関係ながらおむすびもさいころも転がすものという繋がりはある。
「道の穴」は地震の被害だろう、こういう感慨もあるか。
眼前の光景として結構実感がある。
「国敗れて」には笑ってしまった。
俳句はもともと笑いの文芸なのだから
時には貞門談林に帰って洒落のめすのもいいだろう。
誰もが知っている古典を下敷きにパロディー化するのも一つの手。
杜甫の本歌の「山河あり」を「山河全然なし」とひっくり返し
震災後のひどい状況を詠んでいる。
また山河の全然なくてつるっとしたイメージと
おむすびの表面の丸い感じとがダブる仕掛け。
技ありの一句。
【選者詠】
いびつでよし母手作りのおむすびの日 仲 寒蝉
【天】
雪掻きのご褒美ありし囲炉裏の日 大西龍一
【地】
グーで負け酒買ひにゆく囲炉裏の日 湯水
【人】
超合金ミサイル飛びかう囲炉裏の日 鈴木貴彰
【佳作】
大家族幽霊ばかり囲炉裏の日 やそおとめ
雪ん子の雪駄転げて囲炉裏の日 みずき
原子炉の罅の紋様囲炉裏の日 望月暢孝
囲炉裏の日田舎暮しをそそのかす 羅
奪いあふ祖父の胡坐や囲炉裏の日 周
母の腰優しく揉みし囲炉裏の日 正美
うたた寝の左ト全囲炉裏の日 園を
【選評】
さて今日から選を担当する仲 寒蝉です。どうかよろしく。
独断と偏見で選びます。
所詮遊びですから恨まないで下さい。
ただし文句があるなら議論は真剣にやろうじゃないの、という感じです。
116を「いい炉」と読んで囲炉裏の日、
まあ駄洒落ですが囲炉裏といえば
今は無くしてしまった古きよき日本てな具合ですね。
「ラストサムライ」にも囲炉裏を囲むシーンがあったな。
西洋人の公共という思想は市民が集う町の広場から来ている。
それに対し日本人の「家」の原型は囲炉裏を囲む家族の姿ではなかろうか。
なんてね。
その意味で天の句は
雪国の懐かしくも暖かい家庭を描いていて愉しい。
さあお前達、よくやってくれたからお父さんが氷砂糖をあげよう、
と言われて子供達が小さな両手を顔の前に差し出している光景です。
季重なりなんて気になりません。
佳作の「奪ひあふ」「母の腰」も微笑ましい光景です。
ただちょっと分りすぎるかな。
地の句は男どもが酒を酌み交わしていて
その酒が切れてしまった、
さて誰が買いに行くかな、じゃんけんで決めよう、
などというやりとりが見えるようで大変面白い。
「グーで負け」という具体的な描写が実感を醸し出しています。
人の句はがらっと趣を変え、
ミサイルという科学技術の粋と囲炉裏という古臭いものを並べた手柄。
心底は透けて見えるもののメッセージ性も持たせていて
一本取られた、という所です。
「原子炉の」もそれに近いけれど凝り過ぎか。
「大家族」はかつてあった時代への郷愁、幽霊が怖いけど。
「雪ん子の」は可愛らしくていい。
「囲炉裏の日」は大上段、好感が持てる。
「うたたねの」は面白さ抜群。
この作者は人名の読み込みをしているらしい。当たるとすごいかも。
以上、初めてで喋りすぎたかな。これから8日間よろしく!
【選者詠】
たくさんの民話巣立ちし囲炉裏の日 仲 寒蝉
【天】
荒れてゐる半襟の日の厳島 中村安伸
【地】
半襟の日のマッチョなる男かな ますみ
【人】
半襟の日の女性ホルモン滾々と 望月暢孝
【佳作】
半襟の日の涙かな日本海 美鳥
JR→京都→阪急 半襟の日 伊波虎英
ものを言う半襟の日の父の背な 素人
ゆるらかや半襟の日の京の昼 坂石佳音
重なれば君色深まる半襟の日 夜宵
たなごころ許してゐたり半襟の日 やそおとめ
褪せてゆく人のひとりや半襟の日 足立尚彦
【選評】
〈半襟の日〉というと、きもの・女・ジャパン・色気などなど、
連想されるものが限られてくる。
そこでどう飛ぶか、
あるいは堂々とべたべたの句をつくるか、悩むね。
こういう場合はつかず離れずに詠むよりも、
ジャンプもしくはべたべた、
どちらかに方向性を定めたほうがいい句になりそう。
〈半襟〉はごく具体的だから、
作句態度をはっきりさせた方がいい。
「天」の中村安伸さんの句、うまいね。
びっくりしましたね。〈厳島〉が絶妙です。句の形もいい。
「地」のますみさん、まるでオカマバーの
ごついママがきものを着てるようで楽しい。
「人」の望月暢孝さんの句、
〈女性ホルモン〉とは仰天。〈滾々と〉にも驚いた。
これが「フェロモン」だと嫌らしくなる。
「佳作」の美鳥さん、ど演歌風にしたのが
かえって滑稽で面白かった。
伊波虎英さん、うん、乗り換え順序を記しただけのようでいて、
不思議と〈半襟の日〉にぴったりのような…。
素人さん、娘との会話の苦手な父といった風情。
【選者吟】
半襟の日のとりどりのジャムの瓶 櫂未知子
【天】
ラシャ鋏愛と希望と勇気の日 月野ぽぽな
【地】
暮れたがる愛と希望と勇気の日 足立尚彦
【人】
土踏まず愛と希望と勇気の日 文平字
【佳作】
じやうきやうがじやうきやうだから愛と希望と勇気の日 伊波虎英
あのゴシック体や愛と希望と勇気の日 大西龍一
ひさかたの愛と希望と勇気の日 鈴木貴彰
愛と希望と勇気の日やし ほな、さいなら 春畑 茜
俳人に愛と希望と勇気の日 百花
鈍色の愛と希望と勇気の日 美鳥
うなだれて愛と希望と勇気の日 園を
【選評】
なんとまあ、音数の多い記念日で…。
普通に行けば五音しか作者の自由にならないんですよね。
でも、これほど音数の多い記念日であるにもかかわらず、
面白いのは、
案外皆さん字余りを試していないことでした。
中七下五が綺麗に記念日になってしまっているからでしょうか。「天」の月野ぽぽなさんの句、
〈ラシャ鋏〉とはレトロな。
今では古い小説の中でしかお目にかかれません。
ざくざくっと行きましょう、という気合いが感じられます。
「地」の足立尚彦さんの句、
身につまされます。
「人」の文平字さん、
唐突感横溢の〈土踏まず〉がいい。
そう、全てのツボですものね、あそこは。
「佳作」の鈴木貴彦さんの句、
そうか、枕詞があったか。
百花さん、「あ、それは不可能です」と言いたくなるおかしさ。
園をさんの、またしても身につまされる句の内容。
それにしても、
この記念日の由来である南極のタロ・ジロにちなんだ句は
小豆澤裕子さんの句ぐらいしか見当たらず、
これまた不思議な現象の記念日でした。
タロ・ジロなしでもわかりやすい記念日だからでしょうか。
【選者吟】
猫缶と愛と希望と勇気の日 櫂未知子
【天】
白旗をあげた禁煙ピース記念日 夜宵
【地】
煙りたるピース記念日のちに雨 文平字
【人】
空き缶は和解のかたちピース記念日 月野ぽぽな
【佳作】
ピース記念日俺とおまえと冬の空 春畑 茜
菊の御紋入り自慢してピース記念日 伊波虎英
ピース記念日映画よジャズよ麻雀よ 大西龍一
ピース記念日勲章てふ蓋の銀 坂石佳音
よい方に外れし予報ピース記念日 足立尚彦
卓袱台に吸いさしひとつピース記念日 斉藤そよ
ピース記念日五臓六腑をあけひろげ 中村安伸
【選評】
うーん、〈ピース記念日〉、誤解されているかたが多くて。
皆様、記念日協会のサイトで、この記念日の由来を確かめてください。
〈いちごの日〉がストロベリーの日ではないのと同じく
(「苺」は夏季の季語ですから、1月5日はもともとありえないけど)、
〈ピース記念日〉は「ピース!」とにっこりする日ではなく、
平和を祈る日でもなく、
煙草のピースでございます。
嫌煙権の賑やかな昨今、これが記念日かと驚きますが、
事実なのだから仕方ない。
で、今日は「はっきり煙草」と思えるものと
「どちらかわからないがいいな」と思えるものを選びました。「天」の夜宵さんの句、無念がにじみます。
「地」の文平字さんの句、なんとも詩的。
「人」の月野ぽぽなさん、優しさがある。
「佳作」の大西龍一さんの句、
一見この記念日から離れていそうですが、
たしかにジャズだの麻雀だのは煙草がつきものですね。
選には入れませんでしたが、
〈50円のピース記念日朧月 矢嶋博士〉、
きちっとしてます。
惜しいのは〈朧月〉が春そのものの強い季語で、
1月からは遠くなってしまうことでした。
とにかく、皆さん、記念日の由来をしっかり把握しましょう!
【選者吟】
袖口に醤油一滴ピース記念日 櫂未知子
【天】
スキー記念日世界の端のニセコより 大西龍一
【地】
百歳を寿ぐスキー記念日に 周
【人】
スキー記念日のトイレどおしやうどおしたら やそおとめ
【佳作】
ピンク電話の薄汚れゐしスキー記念日 伊波虎英
ママの板とハの字重ねてスキー記念日 佐竹智子
東京に大雪卒塔婆のスキー記念日 淡々
スキー記念日まづ牛乳のしぼりたて 羅
スキー記念日をさな子にかへる尻 坂石佳音
スキー記念日筆ペンのよく曲がる 島田牙城
スキー記念日婚約の穴ふたつ 百花
【選評】
すっきり威勢のいい句が目立つ〈スキー記念日〉でありました。
「天」の大西龍一さんの句、
たしかにね、
〈ニセコ〉って世界の端っこという気がします
(雪質はいいですよぉ、私、道産子だから保証します)。
「いや、蔵王だ」
「いやいや、越後湯沢だ」
と異論もございましょうが、
北海道はやはり地の果ての雰囲気。
「地」の周さんの作品、
実にめでたく明るい。
よく考えると三浦スキー一家の長老を詠んだものでしょうか。
「人」のやそおとめさん、
この句はもともと「天」の候補だったんです。
スキーウェアってトイレが大問題ですから。
面白いですよね。
ところが、仮名遣いが…。
正確には〈どうしようどうしたら〉です、旧かなであっても。
惜しいな。
「佳作」のうち、淡々さんの句、ぎょっとしました。
そうだ、〈卒塔婆〉はスキーを立てかけた状態そっくり。
羅さんの句、たしかにスキー場って牧場と場所が重なっています。この記念日は、スキーそのものに正面から取り組むか、
ちょっと視点を変えるか、どちらかで成功するようですね。
【選者吟】
豚汁を所望すスキー記念日は 櫂未知子
【天】
めんの日の昼をのびたりちぢんだり 春畑 茜
【地】
煮詰っているめんの日の午前二時 小豆澤裕子
【人】
めんの日のお皿の底の不思議な絵 月野ぽぽな
【佳作】
めんの日に干す着ぐるみのクマの顔 あやか
めんの日や茶髪黒髪大白髪 大西龍一
めんの日や今日は地球を幾周り 坂石佳音
めんの日の入れ歯の奥の咽喉越しよ 百花
めんの日の麺は象牙のごとくなり 望月暢孝
めんの日の四方平らにアヴェマリア 中村安伸
めんの日やウルトラマンの腹時計 文平字
【選評】
〈めんの日〉は身近に感じられるせいかしらん、
レベルが高かった。
麺そのものについてる句が多いけれど、
それが案外気になりませんでした。
「天」の春畑茜さんの句、
なんとも微妙に明るくエロティックで素敵。
「昼下がりの情事」という感じです。
「地」の小豆澤裕子さん、
男女のやるせなき世界を想像させます。
そう、食べ物ってエロスですから。
「人」の月野ぽぽなさん、
食べ進むうちに出現する丼の底の絵柄、
意表をつかれました。
「佳作」の大西龍一さんの句、
一斉に啜っている様子が壮観。上手いなあ。
坂石佳音さん、
最初どういう意味かと思ったら、
たしかに麺って長い長い。
一日に消費される麺をつないだら、
いったいどのぐらいの長さになるのかな。
以下、惜しかった句を記します。
〈めんの日やすべては水以外と水 足立尚彦〉
(理屈っぽすぎるのが惜しい)
〈めんの日の麺棒塗す粉と法螺 みずき〉
(法螺に集中した方が面白い)
〈めんの日のうどんののどごし梅開く ますみ〉
(中七の八音が惜しい)
〈めんの日やすする夫婦の安きかな 土屋郷志〉
(切字ダブルが惜しい!)
〈眼鏡がしろく曇ってらーめんの日 しのざき香澄〉
(ここはやはり「めんの日」で)
〈三百六十五日めんの日でよし湯を沸かす 園を〉
(気分的には大賛成)。
【選者吟】
めんの日の丼おごそかに洗ふ 櫂未知子
【天】
とある空110番の日に盗む 文平字
【地】
トンネルの中の照明110番の日 まなぶ
【人】
110番の日の洗車中霊柩車 島田牙城
【佳作】
柳沢慎吾に110番の日よ 媚庵
野人事故110番の日ヒヒのんは疎く弥彦神社 二健
ピカソの眼はみ出す110番の日や 園を
110番の日は黄泉ゆきのバスが出る 美鳥
110番の日こそ出づる日円周率 迷子
110番の日の鳥かごを掃除する 百花
110番の日の日の暮れの糸電話 春畑 茜
【選評】
本日より、気分を変えて少しだけ選評口調を柔らかくします。
「天」の文平字さん、う、うまい!文学性があり、
しかもこの「110番の日」という微妙に滑稽な記念日にぴったり。
うまいなあ。
「地」のまなぶさんの作品、
〈トンネル〉ってこの日につきすぎのようでいて
少し離れているような微妙なところ、なかなか。
ドライっていいな、とこの句を見ると思っちゃう。
「人」の島田牙城さんの句、
110番の日→犯罪・事故→死亡→霊柩車というように
イメージでつなげてゆくと出来たのかな、と思える作品でした。
「そうか、霊柩車も洗車するんだよね」としきりに頷いてしまった…。
生まれてからそんなこと一回も考えなかった。
「佳作」のうち、二健さんの句の奇妙奇天烈。
「110番の日」をここまで破壊するとは…。
〈弥彦神社〉ですものね(私の師匠の郷里にあります。
大変立派な神社です)。回文おそるべし。
百花さんの句のさっぱりとした味わいもいい。
春原茜さんの〈日の日の〉の面白さ、
通報も〈糸電話〉で…と考えるとのんびりとした幸福感が
湧いてきます。
「110番の日」は、標語のような句が案外多く、
それらは外さざるを得ませんでした。
【選者吟】110番の日はほらカツ丼でせう 櫂未知子
【天】
夜を抱へこむ橋の裏とんちの日 あやか
【地】
降る雪にこたえをさがすとんちの日 斉藤そよ
【人】
I'll show you 濃口醤油とんちの日 月野ぽぽな
【佳作】
死語ひとつ思い出したりとんちの日 足立尚彦
とんちの日とんとんとんからりと誰か 美鳥
引き出しの奥に広がるとんちの日 まなぶ
真ん中を通って今日はとんちの日 媚庵
神様も口元ゆるむとんちの日 ますみ
良く笑ふ子をかすがひにとんちの日 きびのもも
カラヤンとんちの日のチンドン屋から 二健
【選評】
〈とんちの日〉は頭の体操の日とも呼べる日。
当然、句の出来具合も、
すっきりしているか、苦心の痕がたっぷり残っているかがはっきりしており、
選句は案外すんなりと行きました。
「天」のあやかさん、他のかたがこの日にちなんであれこれひねっている間に、
なんとまあ上品で高度な句をものしたことか!
「よをかかへこむ・はしのうら・とんちのひ」と
七五五のリズムも大変結構。名句です。
「地」の斉藤そよさんの句、
本来滑稽な響きのあるこの記念日に
悲しみにも似た味わいを加えてくれました。
そして「人」の月野ぽぽなさんの句、
これは皆様、是非、音読して頂きたい。
アイルショウユーコイクチショウユ、
どうしてこんな無意味で面白い発想ができたのでしょうか。
おふざけのようでありながら、
英文法はとりあえず守っているところが律儀でまた面白い。
佳作の二健さんの句、
回文のようでいてそうではない半端さに惹かれました。
【選者吟】
100年前のつけだれといふとんちの日 櫂未知子
【天】
祖父の名は一字平成スタートの日 まなぶ
【地】
小渕忌にあらねど平成スタートの日 鈴木貴彰
【人】
平成スタートの日の黒縁眼鏡かな 中村安伸
【佳作】
平成スタートの日から砂埃 周
パソコンの小さくなりぬ平成スタートの日 大西龍一
といふことは失くしたのですね平成スタートの日 伊波虎英
半熟の旨さや平成スタートの日 足立尚彦
平成スタートの日や煉瓦造の男子寮 ユースケ
平成スタートの日を白髪染買うてくる 百花
厩舎には美しきたてがみ平成スタートの日 園を
【選評】
本日から櫂未知子選です。
穏やかな作品・過激な作品、どちらも好きです。
さて、季語ではないものを核に据えて詠まれた句をどう選ぶか、
これは素晴らしく難しいと痛感しました。
何と言ってもお手本がないものですから。
本日の〈平成スタートの日〉は、
平成元年のあの日の映像が今でも強烈なため、
どうしてもオブチさん関連、
そして昭和の終焉といったイメージに引っ張られがちです。
「天」のまなぶさんの句は、
あくまでも自分にひきつけたところが良かったんですね。
まなぶさんのお祖父さんの名が實でも伝次郎でも
われわれにとってはどうでもよさそうなものですが、
そこを句にすると俄然面白くなるという例です。
「地」の鈴木貴彰さんの〈小渕忌にあらねど〉は上手い。
「人」の中村安伸さんの句では、
特定の人物のイメージの狭さを脱却して
〈黒縁眼鏡〉という普通名詞に転換させたことがいい。
惜しかったなあと思うのは、
〈平成のスタートの日の襤褸を捨て みずき〉。
平成の初めに買った衣類を今捨てる…
おお、これはいいと思ったのですが、〈平成スタートの日〉が正しく、「平成のスタートの日」では掟から外れてしまいます。
で、涙と共に見送りました。
【選者吟】平成スタートの日のタコライス 櫂未知子
【天】
ツメ切りの日をノノノノノ爪がとぶ 春畑 茜
【地】
ツメ切りの日の指きりが見つからぬ 百花
【人】
ツメ切りの日や愛猫のしっぽ勃つ 鈴木貴彰
【佳作】
ツメ切りの日が誕生日爪を切る 足立尚彦
ツメ切りの日の寡黙なるふたりかな 伊波虎英
ツメ切りの日の爪飛ばす父と娘と 仲 寒蝉
追憶やツメ切りの日のツメやすり あやか
麗しき瞳(め)とツメ切りの日の事情 文平字
ツメ切りの日に七草の粥を炊く 西尾晴夏
ツメ切りの日なれば集ふ一家族 媚庵
【選評】
さて、第一クール牙城選最終日です。
藤原龍一郎さんが「題詠マラソン」のことを合同創作ノートだとおっしゃいましたが、
この記念日俳句にも、同じようなことが言えるのかなと思っています。
今日の天の春畑 茜さんは歌人ですが、
若い歌人は、短歌の中にさまざまな記号を持ち込んだりして、
三十一音という限られた世界の可能性を試しておられます。
そうした可能性を試す実験の95%程度に僕は否定的なのですが、
残りの5%に成功例があることを考えても、
失敗である95%が無駄でないことが知れます。
即ち、創作ノート上では、さまざまなことを試していいのです。
そして、今回の春畑 茜さんの「ノノノノノ」は、「ノ」自体は記号ではありませんが、
そうした実験を続けてきた歌人の傾向がもたらした俳句として、
すごく高く評価されるべき句なのではないかと思います。
視覚的にも聴覚的にも、実に優れた「ノノノノノ」ではないですか。
ただ、これ、縦書きにすると視覚としての効果は半減してしまうのです。
さっき、実験してみました。
春畑 茜さんには、
この記念日俳句がWebによる横書きの企画であることも計算済みなのでしょう。
今日の天は、ダントツでありました。
明日からは櫂未知子選です。一と月後、またお会いしましょう。
【選者吟】
ツメ切りの日の深爪の妻出奔 島田牙城
(はい、僕の「選者吟」は一年間「妻俳句」で通します、デレっ)
【天】
壁に佐久鯉誕生の日の水彩画 中村安伸
【地】
わいこそが佐久鯉誕生の日の真鯉 望月暢孝
【人】
「好きです」のことば佐久鯉誕生の日 伊波虎英
【佳作】
広島のホームラン打者佐久鯉誕生の日 淡々
鯉柄のお猪口 佐久鯉誕生の日に 斉藤そよ
佐久鯉誕生の日元老院に君呼ばれ ユースケ
佐久鯉誕生の日の料理酒が特級 百花
快晴や佐久鯉誕生の日ならん 矢嶋博士
拡散す佐久鯉誕生の日の平方根 迷子
佐久鯉誕生の日の鵜よ進退酷さ 二健
【選評】
今日は、詠み込み記念日名が10音までを占めてしまうという、
難題(今後もっと字数の多い題も出てきますが)「佐久鯉誕生の日」です。
こういう題の時は、「述べる」ことを始めから断念せざるをえないので、
ぶつける「物」で、勝負の八割は着いてしまいます。
専門用語で言う「二物衝撃」です。
物と物をぶつけたときの火花に賭けるのです。
酒をぶつけた人が結構多かったのですが、
食べ物に酒を掛けても低温で揚げたてんぷらみたいになってしまって、
あまり美味しいとは言えません。
選も困難を極めましたが、
綺麗な変化球を見せてくれた中村安伸さんに、(早くも)二度目の天を差し上げます。
これは鯉の洗いのよろしさです。
佐久の鯉は千曲の清流で育てますので、臭みがないのです。
望月暢孝さんの句は、直球の面白さ。
「佐久鯉誕生の日の真鯉」には、蛇笏が得意とした立句の力強さがありますね。
(ただし、佐久では「わい」とは言わないのです。「おい」または「おいら」でしょうか)。
伊波虎英さんの句は、最近はやりのカットボールというところですね。
直球とほとんど同じ投げ方なのに、
打者(読者)の手元で微妙に変化するのです。
訳の分らなかったユースケさんの句も印象に残っています。
【選者吟】
佐久鯉誕生の日を妻はプールにリハビリ中 島田牙城
【天】
待春と書いていちごの日と思ふ 園を
【地】
京の巷竜馬が奔るいちごの日 淡々
【人】
いちごの日。しかし浮かんでいる空気 足立尚彦
【佳作】
やさしさにすこしあきゐるいちごの日 美鳥
軽音楽部山を越えつゝいちごの日 中村安伸
お前にもあったと思ういちごの日 徳子
いちごの日すこし圧されて生きてゐる 百花
携帯と金と異性といちごの日 望月暢孝
髭剃りのまだぎこちなしいちごの日 坂石佳音
追い風につばさひろげるいちごの日 斉藤そよ
【選評】
さて、今日はいちごの日。
選評をいったん削除します。のちほど書きます。
【天】
石の日の町長婦人歩きけり あやか
【地】
石の日やヒトの狩猟史農耕史 大西龍一
【人】
性根ならほら石の日のこの臀部 やそおとめ
【佳作】
石の日の石の微熱や片想い 春畑 茜
石の日は雲母剥ぐやうに遊びて しのざき香澄
石の日や故郷の庭の松の下 白馬
美の強い語りだが石の日 二健
石の日のいずこに石の花ひらく 媚庵
めぐみを返せ石の日の石北へ投げ 関谷なでし子
石の日や嗚呼ボボ・ブラジルよキム・イルよ 伊波虎英
【選評】
今日は、おもいっきりあっけらかんと、あやかさんの、町長婦人で決まりです。
「石」なのですから、湿り気はいらないのです。
からっと笑いを誘う句こそ、三が日を終えた仕事始めの日には適うでしょう。
市長でも村長でもない、町長という手ごろ(?)な地位も生きていますね。
石のようにごつごつした顔のご婦人なのでしょう。
大西龍一さんは、「天」を採り損ねました。「の」ではなく「に」だろうなと思います。
しのざき香澄さんも惜しい。
天地ひっくり返して「雲母剥ぐやうに遊びて石の日は」とすれば、三位以内入賞でした。
白馬さんの句は、あやかさんの句とは好対照で、しっとりとした日本情緒を湛えています。
石にもそれぞれの落ち着き場所があるのだなと感じています。
ところで、二健さんの句は回文です。
前から読んでも後ろから読んでも同じという句ですね。
今後、二健さんの句を読むときは、
どう回文になっているのかを、是非楽しんで下さい。
【選者吟】 石の日の石の寿命に妻座せり 島田牙城
【天】
遠(をち)と近(こち)触れあつてゐるひとみの日 中村安伸
【地】
年賀状の点訳しつつひとみの日 ますみ
【人】
まじまじと鏡の中のひとみの日 土屋郷志
【佳作】
ひとみの日かつて黄金狂時代 ユースケ
ひとみの日ガラスの靴を履くひとの 百花
少年は廃墟に立ちてひとみの日 しのざき香澄
まつすぐな地球を言ひてひとみの日 まなぶ
口は口心は心ひとみの日 小豆澤裕子
花眼とふやさしき言葉ひとみの日 羅
まちぶせは夕日に昏みひとみの日 青山みのり
【選評】
おとといの「元日」は、もともと季語でした。
昨日の「初夢の日」も「初夢」が季語ですから、さほど違和感なく作れたと思います。
しかし、今日からはしばらく、
全く季節感のない初めての言葉をキーワードとする日が続きます。
大変だろうなと思っていたら、
中村安伸さんがまず、
「ひとみの日」を季語に定着させてもいいのではないかと思える秀吟を示してくれました。
遠いところと近いところが、眼と眼で「見詰め合っている」のではなく、
まさに「触れあっている」のだというのですから、
「ひとみ」の作用をまさに言い止めてくれたと言っていいでしょう。
「見ることは生きることなりひとみの日」と媚庵さんが詠んでおられましたが、
媚庵さんの句を何重にもナチュラルにした句だと言えましょう。
ますみさんの具体的な記述にも驚きました。
多くの人が「ひとみの日」から若者を想像したのに対し、
羅さんは老いの身を労わっておられました。「花眼」とは老眼のことなのです。
青山みのりさんの、ミステリーを孕んだ句も魅力的でした。
【選者吟】
妻あさぼらけあさぼらけひとみの日 島田牙城
【天】
淡色の初夢の日のパジャマかな 坂石佳音
【地】
初夢の日の香水の蓋なくす あやか
【人】
初夢の日の山之口貘詩集 伊波虎英
【佳作】
初夢の日ですですから慎重に 斉藤そよ
初夢の日や点滴を数えつつ 鈴木貴彰
初夢の日のそんなことそんなこと 足立尚彦
初夢の日の丑三つや牌(ぱい)の音 文平字
今年また初夢の日を眠られず 土屋郷志
初夢の日や道化師のふくれ面 小豆澤裕子
初夢の日なりきベクトル逸れしまま 迷子
【選評】 坂石佳音さんの句は、すごく瑞々しい作品ですね。
この日のために取っておいたような、淡い色のパジャマ。
初夢というのは、元旦の夜から二日の朝にかけて見る夢です。
ということは、二日の朝、目覚めたらもう初夢は見たあとということになりますから、
時間の捉え方がすごく難しいのです。
この句も、夢を見る前だと取ると
夜更かしをして12時をすぎてからのパジャマ姿ということになるのでしょうか。
そうした時間を上手くつかったのが文平字さん。
マージャンで夜更かししています。
「夢」と「獏」を掛けた人が多かったのですが、
中でも伊波虎英さんの『山之口貘詩集』は絶品。
貘さんの詩は、最近再び読まれるようになってきているようです。
意味を追いかけすぎるのではなく、
この句のように、ポーンと物を読者へ投げ出す俳句というのもまた、
作者と読者のイメージのキャッチボールとして大変有効ですね。
そして不思議な空間を生み出しているのが、あやかさんです。
言われてみると、そう、
夢って、目を覚ましてしまったらもう忘れているっていうことが多いですよね。
そうした儚さを「香水の蓋なくす」と具体的に書ききったのです。
おみごと、と讃えたいとおもいます。
【選者吟】
初夢の日を妻のこと過去のこと 島田牙城
【天】
元日の全裸夫婦のうつくしき 櫂未知子
【地】
元日はさびし飛行機雲もまた 美鳥
【人】
五大陸三海洋やお元日 大西龍一
【佳作】
金銀の透け元日のごみ袋 羅
元日の成れの果てなる泥の足袋 みずき
元日や陽はちりぢりに海に濡れ 周
みづうみに海を投げ込むお元日 中村安伸
元日やそれなりにある隠し事 小豆澤裕子
元日の空元日のエンパイア 月野ぽぽな
元日や芝に敗者の影しずか 春畑 茜
【選評】
明けましておめでとうございます。
さて、本日より一年間毎日、記念日俳句入選句を発表してゆきます。
長丁場でございますが、どうぞ宜しくお付き合い下さい。
初日の題は「元日」。
初日に相応しく目出度い作品をと思いましたが、
「元日や瑞穂国の恙無し 淡々」などは逆に目出度すぎて、
選となると敬遠してしまいました。
折角の企画ですので、
いかに今までの俳句の常識、
日常の有り触れた思いから飛ぶかということを、
一年間試してみられると面白いのではないでしょうか。
他の四人の選者も投稿していますが、厳しく行こうと思っておりました。
しかししかし、櫂未知子さんの「元日×全裸夫婦」の大らかな大胆不敵には、
全面降伏する以外にないですね。
レノンとヨウコでもいいし、
妻を亡くした時の通夜の挨拶で
「五十年からだを重ねてきた」と仰言った森澄雄さんと白鳥夫人でもいいですね。
そして、元日を迎えた全国全ての夫婦の健やかな暮しを寿いでいて、
文句のつけようのない「うつくしき」です。
普段は失敗作の中で使われることの多い「うつくしき」という言葉ですが、
こんなに輝いている素敵な「うつくしき」に、
久々に出会いました。
逆に美鳥さんは一人身なのでしょうか……。
大西龍一さんの地球を一飲みにしてしまう大きな把握にもひかれました。
まずは、目出度し。明日からもどうぞ宜しくお願い申し上げます。
【選者吟】
置き去りの妻がかがやくお元日 島田牙城
事情によりまして、
一月一日および二日をただ今から発表し、
一月三日分を明日、
一月四日五日を五日に発表いたします。
選句発表は、1月4日からとなります。
今しばらく、お待ち下さい。