[69] 編集者 2001年04月18日 (水)

夜、「未来」7月号の原稿のことで江田浩司君に電話。
加筆を提案する。
気持ちよく受けてもらってほっとした。
「未来」の仲間とはいえ、それぞれ書き手のプライドがあるから、なかなか難しいことである。
しかし、必要があれば原稿に手を加えてもらうよう依頼するのは、編集者の義務。
時間との戦いであるが、今回はまだ締め切りまで余裕があったので、スムースに折り合いがついた。

以前、読売新聞に寄稿した「題詠の時代」「アララギ終刊」、それぞれ、文化部の津久井さん、鵜飼さんに指摘事項を受け、3〜4回書き直したものである。
締め切りまでのぎりぎりの時間。編集者がどこまでねばれるか。
書き手の力量との関係も重要。
この人ならもっと書けるという確信が必要なのだ。

★彡


[68] 結社への視点 2001年04月17日 (火)

ISO14001は、環境理念、環境目的のフェーズに入る。
各部門への展開が迫ってきた。
他の業務をすこし軽減してもらったので、ISO14001にシフトできる。

「未来」記念号の対談、吉川くんとのメールのやりとりが5回になる。
経営ビジョン、会員の満足度といった経営品質の視点から結社を見てみる。
限られた時間の中で、メール対談は有効。
テープ起こしの手間が省けるからだ。
以前、現代歌人会議の「GKドキュメント」で、全面的にメールテキストのドキュメント化を行ったが、今後、この方式は増えていくだろう。

★彡


[67] 記念号、進む。 2001年04月16日 (月)

家屋、土地の固定資産税・都市計画税の支払いがのしかかる。
明日振り込もうか。



「未来」50周年記念企画の7月号、原稿依頼を終えたと思ったら、さっそく江田浩司君から原稿が送ってくる。
現代短歌の状況、特に近代回帰現象への批判が現代詩のフレームから述べられている。力作だ。
結論部分がやや弱いので、例歌を挙げるなど加筆してもらおう。

メール対談は、荻原君と吉川君に依頼。すでにスタートしている。
荻原君には80年代以降の現代短歌の検証を、吉川君には結社の近未来像を話してもらうつもり。

★彡


[66] 松阪屋 2001年04月14日 (土)

今日は、家族で市バスに乗って松阪屋に行く。

買物、食事、屋上遊園地という三点セット。
穂村くんいうところの昭和30年代の家族像ということになるが、それが気に入っているのだ。
家族の親和感。
村上龍の『五分後の世界』で、主人公が涙するシーンを思い出した。

「蓬莱」の「ひつまぶし」、美味美味。

帰宅して、「抒情文芸」依頼の歌をつくる。
かつて憧れの投稿誌である。
今回は、万葉集の語彙を大幅に使った。
「むらたまの」「あまくもの」「黒馬」などなど。
「未来」万葉集シリーズの余波である。こういう流れも楽しい。
10首。
これで、およそ半年ぶりに<締め切りを過ぎた原稿>がなくなった。
よく持ちこたえたものだ。

自祝、自祝。

★彡




[65] 研修終わる 2001年04月13日 (金)

経営品質アセスメントの研修が終わった。
事前学習50時間、研修3日間のハードなプログラムだった。
架空のミルク会社の経営を、顧客満足、競争力強化の視点から分析。チーム単位でディスカッションした。

得るところの多い研修だった。
組織をいかに強化するか。
いろいろ応用できそうだ。

塚原、小田原、名古屋というコースで帰宅。

★彡


[64] 選考会 2001年04月9日 (月)

コンテンツワークスにて、【歌葉】オープニング記念作品公募の選考会。
選考委員は、荻原裕幸さん、穂村弘さん、飯田有子さんと加藤の4人。

SS-PROJECTのメンバーが顔を会わせるのも久しぶりだ。最後に会ったのは、去年のいつだったか。
短歌研究社のパーティのときか。

各自、30首づつ選歌してきて、その結果を集計。
いい作品がある。
穂村弘顔負けの過激な作品も。
最終14首に絞り、優秀賞、歌葉賞を決める。
結果に、満足。
発表は、4月25日【歌葉】のホームページ上で。

★彡





[63] 桜の下で 2001年04月07日 (土)

今日は、清昭、雅昭の入園式である。
先のことと思っていたが、駆け足でやってきた。
快晴。桜がまぶしい。
門のところで、農協の人が記念写真を撮ってくれた。
園長先生の話は「気長く」ということだった。
そう、気長く、だ。

内祝いを持って妹の家と、鳴海に行く。

谷岡亜紀から携帯に電話。
名古屋に来ているという。
「心の花」の大会の打合わせということだ。
記念講演を頼まれている関係で、出かける。
巌光重さん、田中哲夫さんを初め、「心の花」の会員の方と挨拶。
幸綱さんからの「切実なことを話してほしい」という伝言がずっしり来る。
鳥料理の会食のあと、スナックでカラオケ。
タクシーで帰宅した。

遅れていた、歌集の栞文の執筆にかかる。
時間がない。

★彡


[62] くつろぐ 2001年04月06日 (金)

今日は、久々に早く帰宅した。
子どもたちを風呂に入れて寝かす。

芙美は、天窓を指して「神さまは、雲の上にいる」と言う。
へー、神さまって言うようになったんだ。

雅昭が「ピータラ、ピータラ♪」と歌う。
「違う。ピーヒャラ、ピーヒャラだ。」
雅昭も清昭も、とてもうれしそうに笑う。

「ピータラ、ピータラ♪」
「ピーヒャラ、ピーヒャラだ。」
「ピータラ、ピータラ♪」

天窓にぼーっと月がみえる。

★彡



[61] どこにいるのか 2001年04月05日 (木)

【歌葉】「今日のあなたに贈る歌」のデータを荻野さんに送る。
人気コーナーなので、フレッシュな状態にしたい。



結社と電脳。

ここ2、3年、特にSS-PROJECTをスタートしてから、電脳の方に活動が傾いた。
3:7ぐらいだろうか。
【歌葉】の運営を考えると、もっと脱「結社」化率進むかもしれない。
「未来」50周年記念号の編集の関係で、ここ1,2ヶ月は、すこし結社に戻ったのだが。

3万人といわれている<インターネット歌人>。
実態は、まだまだ分からない。

<インターネット>だけを活動の場としている歌人は、いったい、どのくらいいるのだろう。
その内で、ホットな(クールな)歌人は?
どうも、ぼくの視野には、枡野浩一さん辺りを中心とした緩やかなグループしか入ってこない。

ひょっとしたら、20〜30人という規模じゃないのだろうか。
<インターネット歌人>というのは。

★彡



[60] 【歌葉】オープン記念作品締め切り 2001年04月03日 (火)

【歌葉】のオープン記念の作品公募、約1000名から応募があった。
特に、広告を出さなかったわりには、応募者が多かった。
エクセルのシートで作品が送られてくる。
一次審査のため、プリントして読み始める。

最終審査会は、来週だ。
荻原くん、穂村くん、飯田さんが集まる。
賞品は、デジカメ、カラープリンター、歌葉の歌集。




「俳句と短歌」というテーマで、依頼が来た。20枚。
この瞬間、ぼくのゴールデンウイークは終わった…。
子規、修司と辿ってみようか。


★彡


[59] 経営品質 2001年04月02日 (月)

運営会でISO14001認証取得活動の進捗状況を報告。
特に指摘事項はなかった。
5月あたりから、現場を巻き込んでの活動になる。

財布の持ち主から連絡があった。
お礼にビール券を2枚いただき恐縮してしまった。
なぜ、財布に指輪が入っていたか、聞くのはやめた。

帰宅して、「経営品質アセスメントコース」の事前学習。
架空のミルク会社の事例研究である。
まあまあ面白い。
ともかく、ISO14001を含めて「経営品質」が当面の業務になる。
収入の源であるからして、頑張らざるをえない。

1時になり、ちょっと原稿を書こうかと思ったが、うまく気持ちの切り替えができず、寝る。

★彡


[58] 鶴鳴き渡る 2001年03月31日 (土)

「未来」6月号の万葉集一首鑑賞を執筆。6枚。
小林久美子さんの依頼である。
身近な場所にまつわる歌をということだ。

 桜田へ鶴鳴き渡る年魚市潟潮干にけらし鶴鳴き渡る 

高市黒人(巻三・二七一)

桜田は、いまの名古屋市南区元桜田町辺り。
年魚市潟は、南区西方と熱田区一帯の海岸の潟を指す。
黒人は、旅の歌人である。
この歌、どこか孤独な旅愁が滲んでいる。

桜田へ鶴が鳴いて渡ってゆく。年魚市潟は、潮が引いたらしい。
潮が引いたから、鶴は餌をあさりに行くのである。
遠ざかってゆく鶴に旅愁があるのだろう。



原稿を書き終えて、清昭、雅昭と、近所の喫茶店に行く。
コーヒーとミルクふたつ。
クルミパンのおまけが付いた。

★彡


[57] セルフパブリッシング 2001年03月29日 (木)

【歌葉】で「セルフパブリッシングコース」のサービスが始まった。

http://www.bookpark.ne.jp/utanoha/publish/index.asp

あらかじめ決められたレイアウトや表紙をWeb上で指示するだけで簡単に歌集が出来上がるシステム。
編集の機能がない。レイアウト、印刷、製本のサービスである。

しかし、これ、現状の歌集出版に対する痛烈なアイロニーではないか。



深夜帰宅。
1時頃から歌をまとめる。
岡井先生に「未来」の歌稿を送るのだ。
入会以来200ヶ月余、欠詠なしというのは、うれしいことである。

★彡


[56] 主婦の秘密 2001年03月28日 (水)

会社からの帰宅途中、婦人ものの小銭入れを拾った。警察に届ける。
職員が金種ごとに数えたところ、534円。
あと、銀の指輪が入っていた。
結婚指輪のようだ。
うーん。
指輪を外して、財布にしまっておくというのは、どういうシチュエーションか。
逢瀬にちがいない。
遺失物取得の権利は放棄しないことにした。



時間の使い方が難しい。
会社の仕事は、ISO14001関連でめいっぱい。
帰宅後、今日は、【歌葉】のコラムを書き上げる。梅内さんの『若月祭』について。
それから「経営品質アセスメントコース」の事前学習。
これは、4月に3日間の研修があるのだが、事前に50時間程度の自学習が必要なのだ。
かなりきつい。
帰宅後の時間を2分割するのは、かなり厳しい。
休息の場がない。

どうしたらいい?

★彡


[55] めまい 2001年03月27日 (火)

ISO14001、「有益な環境影響評価」の原案がほぼ固まる。
先は長い。

夜は、会社の同僚の送別会。焼き肉だった。
一次会で切り上げて、帰宅。
【歌葉】の「現代短歌の世界」の執筆にとりかかった。
が、0時ごろ、ちょっとめまいが。
ばたばた片づけて、寝た。

★彡


[54] オンデマンドショー 2001年03月26日 (月)

今日は「オンデマンド・プリンティング・ジャパン2001」のための、ビデオ収録。4月5日〜7日まで、センチュリーハイアット東京と、新宿NSホールで開催されるイベントだ。主に印刷業の方々が対象。
オンデマンド出版の体験談インタビューということで、電通のスタッフ数名が来社。BookParkのこと『イージー・パイ』のことを話す。
【歌葉】は、出版社、書店、著者、読者が一体となったコミュニティーであることを強調した。

会社に貢献できるのは、うれしいことだ。
会社に限らず、役に立つということはうれしい。
特に日ごろ職場では、宮澤賢治状態(ホモラレモセズ、クニモサレズ)なので、こういうときに挽回である。

収録後、役員の玉屋喜康さんと話す。
『イージー・パイ』をまとめて購入するとおっしゃっていただいた。
100冊ぐらい期待できそう。
いや、1000冊というべきだろう。

楽しみである。

★彡

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[53] 南の島で 2001年03月26日 (月)

今日は、部屋に閉じこもる。

まず、今度会社で受講する「経営品質アセスメントコース」の事前学習。
けっこう大変である。

あとは、短歌関係。

「短歌研究」の「うたう☆クラブ」の最終のコメント。
「短歌研究」5月号の7首。
「未来」7月号特集の原稿依頼状の送付。
【歌葉】の「今月の歌」執筆。村上きわみ歌集『キマイラ』より。

途中で、友人に電話。
沖縄に出かけるという。
いま、オゾンホールとか怖いから、帽子とサングラスをもってゆくよう薦める。

生産性の高い日曜というのは、哀しい。

南の島で、のんびりしたい。

★彡



[52] 『若月祭』 2001年03月24日 (土)

第一回現代短歌新人賞の授賞式が、大宮のソニックシティビルであった。
大宮市主催の賞である。
受賞は、梅内美華子さんの『若月祭』(一九九九年、雁書館)。
着物姿が艶やかだった。

『若月祭』から一首。

 給油所に赤く灯れるアポロンの横顔の先に春はひろがる

春といえば、おぼろな情景であり、春雨のやさしさを感受する美意識を詩歌は培ってきた。
ここで、春は、くきやかな赤として歌われている。
春は、色彩としては青に親しいという通念を壊している。
自然ではなく、給油所という街の風景に春を見つけたところも新しい。

馬場あき子さんの記念講演では「多様な文体と多様な言葉をもちたい」という言葉が印象的だった。
三次会の「つぼ八」で、馬場さんの隣に座ることができた。先日の森岡さんの会のことなど話が弾んだ。

★彡


[51] 交友 2001年03月23日 (金)

ジョージ・ハリソンの「オールシングス・マスト・パス」のデジタルリミックス版が出たので、さっそく買い求める。
いい音。
「マイ・スゥイート・ロード」とか、一時代を築いた名盤だ。
でも、ジョンは酷評していたな。
「どんなにリラックスしたときでも、あんな曲はつくらない」

でも、このリラックス感がとてもいいんだ。



明日の日経新聞の「交友抄」に寄稿。
穂村くんとの遭遇のことを書いた。
もう15年前なんだ。20代だったことに感慨がある。


★彡



[50] 明日がある、明日がある 2001年03月21日 (水)

ISO14001の認証取得活動は環境側面特定のフェイズに。
データの収集に苦慮する。

日記、昨日が138アクセスと過去最高。
朝日新聞効果だろう。ありがたい。

「未来」7月号50周年特別企画、大島さんの了承を得る。
ゲストとして、荻原さん、川野さん、吉川さんに参加してもらうことにした。
近々依頼状を出す。

今月は、原稿依頼が長・短15本。
まだ7本残っている。
どうにかなると確信している。

れれ ろろろ れれ ろろろ 魂なんか鳩にくれちゃえ れれ ろろろ


★彡

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[49] 朝日新聞に【歌葉】掲載 2001年03月20日 (火)

四連休の最終日。晴天。

朝日新聞朝刊の文化欄に「ネットから歌壇に新風」ということで【歌葉】の記事が掲載された。
学芸部堀田あゆみさんの署名記事である。

今回は、岡本京子さん、紺野万里さん、小高賢さん、砂子屋書房の田村雅之さんと多くの方のインタビューが出た。
【歌葉】という現象が、客観的、多面的に分析されていて、興味深い。
岡本さんは、読者からの発言。小高賢さんは「歌壇」としての見解といえる。

田村雅之さんの発言は、歌集出版社サイドからの初めてのコメントである。
「精魂込めて装丁したい」「美を追求した造本を」という意志に、深く共感した。

自分は、インターネットの<出口>としてのオンデマンド出版という観点からコメント。
田村さんのようなこだわりが一方にあるからこそ、【歌葉】は存分に力を発揮できる。



もうじき【歌葉】はオープン2ヶ月。
今まで、読売新聞、中日新聞、毎日新聞、日経新聞、日経産業新聞、新潟日報、そして朝日新聞に【歌葉】の記事が掲載された。
予想以上の大きな反響であった。

【歌葉】への申込みも増えている。
SS-PROJECTからの企画も提案できる態勢になっている。
荻原-加藤の対応力次第ということだが、どんどん刊行してゆきたい。
絶版がないオンデマンド出版。
将来、歌集が50タイトル100タイトル揃ったら壮観だろうと思う。

★彡




[48] ドラエもんの人形 2001年03月17日 (土)

今日は、家族5人で「ドラエもん」の映画を観に行く。
納屋橋の名宝会館は、900人収容の大きな映画館だ。
翼の勇士たちという、鳥人の世界でのドラエもんの活躍だが、背後には環境問題が暗示されているようだ。考え過ぎか。
翼のついたドラエもんの人形が、みんなにもらえた。
パタパタ動く。
名鉄百貨店で、「プラレール」を買って帰る。

夜「未来」6月号の座談会ゲラをチェック。

★彡

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[47] BookPark、新展開 2001年03月16日 (金)


短歌研究社の「うたう☆クラブ」が大詰め。
今のところ、未返信がなくなったので、一息ついた。
今回は、20名と<双方向>のやりとり。
メールが飛び交う。
未知の才能に出会えるのは嬉しいことだ。



【歌葉】の母体、BookParkが、講談社、小学館、マイクロソフト、富士ゼロックスの4社共同出資で運営されることなった。
今後の事業展開が楽しみ。

富士ゼロックスのプレスリリースを読む。
http://www.fujixerox.co.jp/release/2001/0314_ondemand.html

【歌葉】も、本だけでなく、様々な媒体で、短歌というコンテンツを提供することになるだろう。

★彡

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[46] やるしかない 2001年03月14日 (水)

時間がない。
起きているのも、午前2時が限度。これ以上やっても、翌日にひびくからだ。

そろそろ「未来」7月号の原稿依頼を出さないといけない。
昨日、岡井さんに、企画の了承は得たので、後は、大島さんとの詰め。

「ハッピーマウンテン」が届く。
創刊号だ。0号は、<旗仕様>だったが、今回は、カード式の壁掛け仕様。
徹底した手作り感。
インターネットを活動の場とするメンバーたちの、こだわりが見える。
いちど加藤千恵に会ってみたい。

『イージー・パイ』、追加40冊発注する。
必要な時に必要な分だけ増刷できる。まさに、オンデマンドだ。

★彡

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[45] 『定本森岡貞香歌集』出版を祝う会 2001年03月13日 (火)

会社を早退して、<『定本森岡貞香歌集』出版を祝う会>に出席。
会場は、アルカディア市ヶ谷私学会館。

江戸雪さんの司会で会は進行。
参会者のスピーチのエッセンス、キイワードに耳を傾けた。

馬場あき子さん「好奇心」「善美」

近藤芳美さん「長く生きて文学に関わるのは歌人の特権」

春日井建さん「心理のデリケートバランス」

永田和宏さん「文体の官能性」

会の終わり近く、幸運にも、スピーチの番が回ってきた。
ぼくの用意したキイワードは「モダン」

ジエツト機の金属音かすめわれがもし尖塔ならば折れたかも知れぬ

昭和20年代、30年代の都市のイメージが、魔術的な感覚で歌われた作品群に注目した。

最後、森岡さんの挨拶。「読んでいただけるという幸せを感じました」


琴線にふれる場面の多い、いい会だった。

★彡





[44] 定本歌集 2001年03月12日 (月)

仕事も原稿もオーバーフローして、苦しい。
ここ4、5年、状況は、変わらないのだが。

明日は、森岡貞香さんのお祝いの会である。
歌集を再読。
芳醇な世界である。

ようやく、ここに来て、自分なりの視点というかヒントが掴めた気がする。
それは、仮説のようなものだ。
そうすると、ほかの人の視点に興味が出てくる。
参会者のスピーチが楽しみだ。

★彡

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[43] 『フリカティブ』批評会 2001年03月10日 (土)


今日は、大松達知さんの『フリカティブ』の批評会。
会場は、日本教育会館。
13年前、ここで『サニー・サイド・アップ』の出版記念会が開かれたので、なつかしかった。
そんな前のことのなのか。不思議な時間感覚。

小高賢さんの司会で進行。

ぼくの発言の主旨は

・正当な、正義でも悪でもない、批評のポジションがいい
・「妻」と歌うことで、世界が規定されるのでは
・もっと、無理をしてほしい
・歌は小技が勝負所。それを心得た歌集である

といったところである。

パネラーの梅内美華子さん、千葉聡さん、鈴木竹志さん、小島ゆかりさん、それぞれ個性が出て、楽しい議論だった。

全体に結社の仲間意識・身内意識が印象に残った会だが、それも今、貴重なことなのだろう。

★彡





[42] 胃カメラ 2001年03月08日 (木)

健康診断で、胃カメラを呑んできた。
筋肉注射。喉に麻酔のスプレー。にがい。
壁に「オリンパス内視鏡写真コンテスト」の優秀作が貼ってある。

横になっていると内科医が来る。
げ。まだこんな太いケーブルなのか!
ずるずると管が入ってゆく。嘔吐。ほんと拷問である。

特に問題はなかったが、疲弊した。

★彡


[41] オラクル 2001年03月06日 (火)

大松達知歌集『フリカティブ』を再読。輪郭のくっきりした良い歌集である。

 ヘッドフォンして英会話聴く妻がときをり神託のごとく声だす

日常の中で反射する批評性。淡い毒。
大松達知は、1970年生まれだが、69年生まれの吉川宏志と並べると、この世代の男性歌人の顔立ちがくっきりしてくる。
「妻」を歌うのも、彼らの特徴か。しかし、この歌、妻だから面白いのである。
今週土曜日、批評会である。


「うたう☆クラブ」3通返信。双方向は楽しいが、改作指導は難しい。

★彡




[40] 「未来」50周年特集号 2001年03月05日 (月)

3月度の運営会。売上げ粗利の見込みを確認。

夜、「未来」50周年記念特集号について、大島史洋さん、佐伯裕子さんと電話で打合わせ。
早急に7月号の企画をまとめなければならない。
近くて見えない1980年代、90年代をテーマにしたい。
大辻くんあたりに書いてもらおう。
あと、メールを使った鼎談、対談もやりたい。

「うたう☆クラブ」の返信を5通送って、寝る。

★彡

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[39] 鳴尾 2001年03月04日 (日)

ここ、鳴尾は母郷である。名古屋市南区鳴尾。
新築の家に引っ越して、今日でちょうど一年が経った。
書斎に本が平積みになって、一年の歳月を思わせる。

五人家族となって、東京では暮らせないと思い、故郷に家を建てることにしたのである。
隣が、農協、中古車販売店と、殺風景な所だから、ともかく緑を殖やしたいと思った。
山茶花、椿、松、杉、ボウガシ、ヤマモモ、躑躅、アゼリア、と庭木の種類が多いのは、都度、知り合いの庭師から譲り受けたからである。

午後、「岡井隆を囲む会」に出席。会場は名古屋駅前の安保ホール。
盛会だった。
歌評を担当。半日、短歌の会で過ごすのは、今の自分には贅沢なことである。

夜、遅れていた中部短歌「世紀越え歌合せ」の判を、4〜6回戦まで送る。
大塚さんをはじめ関係者に迷惑をかけ、申し訳ないことであった。

★彡


[38] 雛祭 2001年03月03日 (土)

今日は、雛祭。
座敷に飾った雛人形が華やぐ。
芙美が幼稚園でつくった紙のお雛様も一緒に飾る。

父母が来て、賑やかになる。
「木曽路」で昼食。
きょうは、清昭が活躍。
おしぼりを丸めてお盆に載せ「まんじゅう」と言って、母を驚かす。
ぼくの口まねをして「待っとれい」と言うのも面白かった。


夜、日経新聞の「交友抄」を執筆し、FAXする。

★彡

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[37] 時間がほしい 2001年03月01日 (木)

もう3月か。早い。

スタッフ長会議で、ISO14001のプレゼンテーション。
これから月2回のペースで本社で会議だ。
赤坂は、いろいろお店があって楽しいのだが。

夜遅く帰宅。
何通か、原稿督促のメールが来ていて、めげる。

 追いつめられたのは俺か編集者かポンプのような催促が来て

まず【歌葉】の「今月の歌」を執筆。飯田有子さんの口づけの歌。
それから、遅れていた「未来」の歌稿を岡井先生宛に。
あと、短歌研究社の「うたう☆クラブ」の応募作に目を通して、寝る。

「いぢわるこぶら」さんが誰だか分かった。
でも、ぼくにとっては「いぢわるこぶら」さんでいいんだ。
水底のダイヤモンドのように、ひっそり輝いている。

★彡


[36] 未来の書店 2001年02月28日 (水)

今日は、10時半まで会社にいた。
明日のスタッフ長会議で、ISO14001の展開状況を発表するため。
環境への取り組みは、避けて通れない。

オンデマンド出版は、用紙等の無駄が減るという面で、環境に優しいシステムである。
出版社は、ISO14001に取り組むべきではないか。
返本の山なんていう世界は、もはや許される状況でない。

近い将来、こんなふうにならないだろうか。
三省堂とか大規模な書店には、オンデマンド出版のコーナーがある。
読みたい本を発注すると、その場で即、プリント製本して手渡される。
もう、2週間も3週間も待たされることはない。



今日は、原稿が書けなかった。

★彡




[35] 批評 2001年02月27日 (火)

7時ごろ、会社を出る。
帰宅して、音楽をかけながら少し眠る。♪ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード…

10時ちょっと前から原稿の執筆。永田紅歌集『日輪』の書評を4枚。

『日輪』は、20世紀短歌のリアリズムの終端に置くと、その真価が最も見やすい歌集、というのが結論である。
まずます、正当に書けたかな。
批評すること=価値判断することは、難しい。
自分の絶対価値に照らし合わせるか、史的な位置づけをするか、どちらかだろう。
自分が試されると思うことしきり。
人間関係めいたものを排除することは当然として、ともかくいろいろなバイアスがかかる。
それをどう振り切るか。
批評すると、自分は傷だらけなのである。

さっそく、BookParkにメールする。
近々【歌葉】の「現代短歌の世界」にアップされる予定。


「ごーふる・たうんBBS」で知った「いぢわるこぶら」さんの鑑賞文には驚いた。
こんな筆力の人がいたんだ。
『イージー・パイ』についてずいぶん書いてもらった。

http://www2.diary.ne.jp/user/69577/

自分の作品が彼女に拉致されてゆく感覚。それもうれしいことである。



一息ついて友だちに電話。
それから「ブレード・ランナー」を40分ほど観て、寝る。

★彡

http://www2.diary.ne.jp/user/69577/


[34] 『日輪』 2001年02月26日 (月)

BookParkから『イージー・パイ』の印税の通知が来る。お、早い。
毎月、【歌葉】で販売された冊数と印税額が報告され、口座に振り込まれる。
これは、いいシステムだ。

永田紅歌集『日輪』を再読。
10代から20代前半にかけての作品を収録。
巧い歌が多く、歌集は付箋だらけである。
奔放さがなく、抑制された感じが強いが、それは歌集のカラーとして受け入れるべきか。
装幀の冷ややかさが、合っている。
もう少し読んでみたい。

★彡


http://www.bookpark.ne.jp/utanoha/


[33] 新潟日報 2001年02月25日 (日)

森沢さんから「新潟日報」の掲載記事が送られてきた。
2月12日付の朝刊だ。「新潟日報」の発行部数は、約50万部である。
BookParkの記事を中心に、オンデマンド出版の動向が書かれていた。
【歌葉】のホームページが写真で大きく掲載され、驚いた。
なんと、フルカラー。
感謝、感謝。

きょうは、ともかく原稿をこなす。

「短歌現代」から「インターネット短歌」ということで依頼が来たので、「オンデマンド出版」について書く。2枚。
「関西文学」の恋歌15首、出来上がったので、メールで入稿。
小川優子さんの歌集の帯文を書く。
短歌研究社の「うたう☆クラブ」、応募者に2通アドバイスを送ったところで、さすがに眠くなった。

★彡


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[32] ニュー・エクリプス 2001年02月24日 (土)

角川書店「短歌」3月号に「ニュー・エクリプス」26首が掲載された。

 ここにいてどこにもいない生きものの痙攣おこす携帯電話

さっそく、メールで感想が届く。ありがとう。



書斎に代わる代わる三兄弟がやってくる。
今日は、時間がなくてあまり遊べない。
芙美とドラエもんの映画を観に行く約束をする。

「短歌研究」4月号特集「添削を考える」を脱稿。8枚。
さっそくメールで入稿する。
与えられたテーマは「結社の師弟関係における添削」
岡井隆先生に一度だけ、一文字、添削を受けたことがある。
その思い出を綴った。

★彡


[31] 反響 2001年02月23日 (金)

今日の「毎日新聞」夕刊文化面に【歌葉】『イージー・パイ』の記事が掲載された。

【歌葉】オープン1ヶ月で、読売新聞、中日新聞、毎日新聞は、インタビューを交えた記事の掲載。
日経新聞、日経産業新聞は、紹介記事という結果だ。

予想以上に反響があった。
場当たり的に、がむしゃらに動いた結果でもあるが、ちょっとやり過ぎかなという感じも…。
まあ、よしとしたい。

歌壇ジャーナリズムの反応は来月以降ということになろうが、多くの雑誌は、自ら歌集を出版しているわけだから、扱いが難しいだろう。
ある面、競合関係にある。
でも、【歌葉】は、歌集離れしつつあるインターネット世代を繋ぎ止めるものだと、ぼく自身は考えている。
120〜150万円で自費出版というのは、彼らの流儀ではないからだ。

ぼくは、別にオンデマンド方式でなくてもいいから、既存の出版社が、もっと安価で良質な歌集の出版スタイルを、歌人に提案することを望んでいる。
従来のスタイルの歌集もよいと思うが、ラインアップとして低価格の本も提示してほしいと思うのだ。
みんなの喜ぶ歌集を、という気持ちは同じだと思う。

ぼくたちは、自ら変わった。もうこの動きは止められない。

★彡

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[30] 三人兄弟 2001年02月22日 (木)

今日は、芙美のお遊戯会。
ぼくは出勤だから、嫁さんとおばあちゃんと、双子の弟たちが観に行く。
芙美は「赤ずきん」のおばあさん役で、デビュー。
よきかな。

子ども達は、会社で働く父を知らない。
父は、いつも書斎で本を読んだり、PCに向かっていたり。
子ども達は「わんわんのゲーム」がお気に入りで、もう器用にマウスを操って遊ぶ。

4月から、清昭、雅昭も幼稚園である。

★彡

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[29] ドスコイ・カクテル 2001年02月21日 (水)

おお、昨日のアクセス数は、117。
過去最高だ(と思う)。
枡野さん効果かな。
こういうのって、口コミというかメールコミで伝わるんだろう、きっと。「鳴尾日記にさあ…」ってね。



短歌研究社の「うたう☆クラブ」の応募作品が集まってくる。
「うたう」の後継の企画である。
「双方向」ということも定着してきた。
年輩の方の応募も目立つ。家族にインターネットのアクセスを頼んでいるのだろうか。
プリントして持ち歩く。



夜、ひさしぶりに会社の人と飲む。
ちゃんこ鍋。
「ドスコイ・カクテル」という、めっちゃんこ濃いお酒がある。
ドス濃いっていうんか。
あ〜ドス濃い、ドス濃い。

家に帰って「@ラエティティア」の原稿を東直子さんに送信。
あと「関西文学」の歌をすこし作って、寝る。

★彡

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[28] 高円寺南 2001年02月20日 (火)

引き続き、ISO14001の社内折衝。
組織が大きいだけに、環境マネジメントシステムの展開は、並大抵のことではないと痛感。

夜、枡野浩一さん、佐藤真由美さんとお会いする。
高円寺南の「マーブル」というお店。ラテン系の音楽が流れていた。
枡野さんとは初対面。
電脳短歌のこと、歌葉のこと、家族のこと、それから作詞の話も楽しかった。
「ニクイ、ニクイ」というときの枡野さんは、ほんと嬉しそうである。

「マスノ短歌教」は、結社でも同人誌でもない、不思議なコミュニティーだ。
「信者」は、「会員」「メンバー」とはニュアンスが違う存在。「枡野ファン」に近いのかもしれないが、もっと一人一人が生き生きしている。
同人誌を始めた加藤千恵さんたちの動きも眼が離せない。

ぼくは『イージー・パイ』を献本。
枡野さんからは『君の鳥は歌を歌える』のCDをいただいた。
会いたい人に会えるというのは幸せである。

枡野さんと別れて、佐藤さんとJR高円寺駅まで歩く。
零時を回っていた。
突然「加藤さん、ラーメン好きですか?」と。
ラーメン屋に誘われたのかと思い、どきどきするが、そうではなかったようだ。

俺はアホだ。

★彡

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[27] シノワ 2001年02月19日 (月)

再び上京。ISO14001の活動本格化。
環境は、自分たちのテーマなのだ。

夜、松平盟子さんと食事。
渋谷の「シノワ」にて。
エレベーターの扉が開くと、深い葡萄の香り。
天井が高く、心が開かれるような雰囲気だ。
オーナーの後藤聡さんを紹介していただく。

歌と恋の話しにワインはよく似合う。
夢のように時間が過ぎていった。

★彡



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[26] とりかえせ 2001年02月18日 (日)

座敷に雛人形が飾られ、華やぐ。
この人形も家族とともに、蕨、有松、鳴尾と移り住んだ。

昨日、朝日新聞に掲載された「ヘル・ヘブン」8首を、千葉くんにFAXしてもらった。
最後の1首に、思いを込めた。

 俺の眼の見てきたものを取り返すとりかえせ濃い虹のひとひら

「取り返しのつかない」という今のムードに対して。


夜、詩歌文学館の常設展のため、色紙に揮毫。

 たぶんゆめのレプリカだから水滴のいっぱいついた刺草を抱く


★彡

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[25] 発言 2001年02月16日 (金)

地元・中日新聞に『イージー・パイ』の紹介記事が掲載される。
ありがたい。
「年内に第五歌集をオンデマンド出版で出したい」という私のコメントが載る。
実際のところ、勢いで話したのだが、ともかく200万世帯の読者への公約として、実現させたい。

★彡

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[24] 娘たち 2001年02月15日 (木)

朝日新聞の8首は、17日(土)夕刊の掲載予定。

*

BookParkから【歌葉】の歌集が届く。

玲はる名『たった今覚えたものを』
飯田有子『林檎貫通式』    
勝野かおり『Br 臭素』    
村上きわみ『キマイラ』

娘たちに囲まれたような、甘い切なさ。
読み耽った。

★彡


[23] 社会詠 2001年02月14日 (水)


社会詠は、難しい。
作品は、どこまでも独り歩きするものだ。
最終的には、何百万、何千万の読者の眼に耐えられなければならない。
文学は、公序良俗とは無縁のものと心得ているが、読者の範囲が広がれば広がるほど、それとぶつかる場に直面する。
白黒割り切れない場所に文学はあるのだが、もはや自分の作品に社会的な影響力が(多少なりとも)ある以上、なにかしら態度表明を迫られる。
気ままな自己表現で済まないのも、文学。


健康のため、チョコレートは、…自粛。

★彡


[22] 日経 2001年02月13日 (火)

今日は、寒い。
遅れていた朝日新聞の8首をFAXで送る。
「現代」「今」がテーマだったが、改めてそういわれると難しい。

2月11日の日本経済新聞朝刊で「歌葉」が紹介されていることを知り、近くの専売所で買い求める。
20行ほどであった。
オンデマンド出版のビジネスの世界でも、「歌葉」は新機軸と受け止められているようだ。

★彡

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[21] トミカ 2001年02月11日 (日)

今日は、子供を連れて「トミカ博」へ。
会場は、満杯だった。
トミカファンの多いのに驚く。

ブルーバードU、チェリーといった車がたまらなくなつかしい。

車のネーミングって、どれも素晴らしい。
セリカ、セドリック、グロリア、フェアレディZ、スカイライン…。


家に帰って、『イージー・パイ』の発送。

★彡


[20] 雪さん 2001年02月10日 (土)

春は、そこまで。

今日は、地元名古屋、中日新聞の勝見さん、朝日新聞の宮崎さん、佐藤さんとお会いできた。
『イージー・パイ』について「歌葉」について思うところを話す。

その後、江戸雪さんとヒルトンで食事。
歌集のことなどいろいろ話す。
「公開日記に今日逢ったこと書くけどいいかな?」
「ええ、そのかわり今日あったこと全部書いてよ」
「うっ」

そう、これが江戸雪なんだ。

★彡

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[19] たまらんなあ 2001年02月08日 (木)

『イージー・パイ』を献本先に15冊ほど発送。
スローペースである。

夜は、本阿弥書店の歌壇賞・俳壇賞のパーティ。
歌壇賞の小林信也さんにお祝いを言う。

歌壇関係のパーティーに出るのは、ほんと久しぶり。
永田和宏さん、栗木京子さん、森本平くん、吉川宏志くんらと談笑。
「歌壇」編集部の奥田洋子さんとも、初めてお話することができた。
砂子屋書房の田村雅之さんとは、なにやら情報交換という感じ。
ある面、同業者になったわけか。あいまいにエールを交換。

二次会は、東直子さん、亜莉子さん、堀越さん、梅内さん、小屋敷さん、鵜飼くん、植松くんと。
けっこう盛り上がった。
加藤の角川26首へ期待高まる(ウソ)。
梅内さんは、第一回現代短歌新人賞受賞とのこと。

その後、鵜飼くん、小屋敷さんと、ヒデで飲む。
塩原の温泉旅行のことや、歌壇のことなど、楽しく話した。

★彡

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[18] 天晴れ 2001年02月06日 (火)

広報担当の硲さんから連絡があり、再び、赤坂の富士ゼロックス本社に赴く。
朝日新聞の堀田さんがいらして「BookPark・歌葉」の取材。

きょうは、天気がよく気持ちがよかった。
天晴れである。
勢いが出てきて、タクシーでがんがん回る。
林さん、酒井さん、秋山さんと各社の文化部・学芸部の方とお会いする。
これで、朝日、読売、中日(東京)、毎日、産経の各社の方々と話ができた。
一連の東京での仕事も一区切りついた感じである。
また、日常にかえってゆくことになる。

ささやかな打ち上げの気持ちで、山崎郁子さんと会う。
渋谷エクセル東急の「旬彩」で食事。
歌葉のこと、山崎さんのコンテンツ関係の仕事のこと、楽しかった80年代のことなど、時間が飛ぶように過ぎていった。

★彡

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[17] ミスサイゴン 2001年02月05日 (月)

『イージー・パイ』を25冊ほど、献本先に発送。
時間がとれなくて、なかなか手が回らない。
だれか手伝ってくれないか。

小林玉樹さん、湯舟直子さんと、渋谷東急で食事。
鰻をごちそうになる。
さすが、小林さんは、村上龍と仕事をしているだけあって、オンデマンド出版・BookParkの本質を鋭く理解している。

とにかく歌集の自費出版にはお金がかかる。
「先生に150万貯金しておけと言われるんですよ」
「歌葉」の、300冊制作55万円・印税20%という世界は、やはりインパクトがあるようだ。

その後、森沢真理さんと会う。
食事がまだということなので、「ミスサイゴン」というベトナム料理のお店へ。
ベトナム料理は、意外とあっさりしていて、芋系は甘い。
恋のブラックホールについて語る。

ショットバーに移って、ソーダ割を3杯ほど飲んで帰る。

★彡



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[16] よみうり堂 2001年02月04日 (日)


読売新聞朝刊の「本よみうり堂」に『イージー・パイ』の紹介記事を掲載いただく。オフィスの写真が載った。
オンデマンド出版、「ネット世代と紙媒体の世界の懸け橋」というのがキャッチだ。
「歌葉」、よい立ち上がりである。

遅れていた、角川の26首を仕上げる。
いま、歌をつくることは、深い休息であり、快楽である。

夜、渋谷で、小川優子さん、玲はる名さんと飲む。
歌葉、おめでとう。それから、愛の荒野について大いに語る。

★彡

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[15] 「未来」 2001年02月03日 (土)

目白の塩ノ屋で「未来」50周年記念号のための座談会。
出席は、岡井隆、田井安曇、大島史洋、佐伯裕子の各氏と私。
「未来」創刊当時のこと、前衛短歌期のことが話題の中心に。
「未来」創刊時には、「アララギ」が会員1万人、「未来」は、50人程度だったという。
「未来」が同人誌であったというニュアンスがよく理解できた。

大島さん、佐伯さんと2次会へ。
オンデマンド出版のことを好意的に受け止めてもらえて、嬉しかった。

★彡

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[14] レプリーな荻原さん 2001年02月02日 (金)


歌葉オープン一週間だが、何かが始まったんだという手応えがある。

荻原さんとメールで、今後の運営について詳細を詰める。
さくさくと進んでゆく。
レプリーな(超精密な)荻原さん。
やはり彼は、革新をシステムとして定着させるという意味で、真の革新者だ。

土日で遅れた原稿をリカバリーしなきゃ。

とにかく、すこし休みたい。

★彡

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[13] カロリー摂取に注意を 2001年02月01日 (木)

1月度の残業は、46時間だった。出勤日数は15日だから、かなり高い数字である。
新年度の予算編成、ISO関連、BookParkとピークが重なった。

健康診断の結果が出た。脂肪肝の疑いあり。

今日の誓い 「おやつは、買わない、食べない」

★彡

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[12] クラッカー 2001年01月30日 (火)

広報担当の硲一郎から連絡があり、赤坂の富士ゼロックス本社に赴く。
読売新聞の小屋敷晶子さんがいらして「歌葉」の取材。
硲さんに的確に応対していただく。
BookParkの荻野さんがモバイルPCで「歌葉」を実演。
一時間ほど。

飯田有子さんの『林檎貫通式』のサンプルを手に取る。
イラスト入の素敵な一冊だ。これはきっとヒットする。



角川の26首、制作中。
すでに、ロスタイムに入っている。

 クラッカーの小さな穴のように意地悪

という他愛ないフレーズが浮かぶ。
脈絡もなく、当たり前田のクラッカーとか、昔を思い出す。
たしか、コンソメスープの粉末がついていたような。

★彡

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[11] Win,Win,Win 2001年01月29日 (月)

引き続き、ISO14001の研修。環境影響評価の演習など。

夜、渡辺淳悦さんと、銀座のライオンで飲む。
淳悦さんとは、かれこれ13年のつきあいになる。
名古屋の学芸部にいらしたことは、「吟遊の街」の連載などお世話になった。
いい兄貴である。
「歌葉」は、ビジネスモデルとしても面白い、Win,Win,Win みんながハッピーになるシステムだという話になる。

「ももこ」に移って、しばらく飲む。
ディープな話になった。
恵子ママに「クライ・ミー・ア・リバー」をリクエスト。

★彡

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[10] 時評 2001年01月28日 (日)

遅れていた、小島ゆかり歌集『希望』の書評(12枚)を書き上げる。まだまだ、やることが溜まっている。
全力で、挽回!



「NHK歌壇」2月号の短歌時評で、吉川宏志さんが「うたう」(短歌研究社)の応募作についてこう書いている。

「『一生をかけて深めてゆく〈私〉』という感覚はほとんど喪(*うしな)われている」  *ルビ

これは、どうだろう。
短歌の新人賞である。その10首、30首に、「一生をかけて深めてゆく〈私〉」を期待するのは、ちょっと無理ではないだろうか。
それでも、例えば佐藤真由美の30首には、いくらレトリックで包んでも露出してしまう〈私〉を認めることができるのである。

「一生をかけて深めてゆく〈私〉」は、一つの価値に過ぎない。
個々人の短歌観によるものだから、それを主張するのはいいとしても、

「明治以降百年の歴史の中で、不変だったのは〈私〉のとらえ方だったと言っていい」

という吉川さんの記述は、不可解である。
現代短歌は、まさに〈私〉のとらえ方に、幾たびも疑問を投げかけ、それを変えてきたのではないか。
「不変」とは、どういうことだろう。

★彡

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[9] 荻野さん 2001年01月26日 (金)

今日は、ISO14001の研修で、中野に。
中野坂上サンブライトツインのエレベーターは、「ブレード・ランナー」に出てくるヤツに似ている。

帰りに、BookParkのオフィスに立ち寄る。
荻野明彦さんと握手。やったぜと。
コンピュータ雑誌からの取材申し込みも多いという。

で、初めて『イージー・パイ』を手にとる。
うん、うん。
洒落た装丁で、なにより印字が美しい。

ぼちぼち、サイトでも売れ出したようだ。



これから、のぞみで名古屋に帰る。


[8] 歌葉、始まる。 2001年01月25日 (木)

本日15時、歌葉がオープンした。
慌ただしい、エキサイティングな一日。

今日まで、ほんと長かった。

SS-PROJECTの荻原さん、穂村さん。富士ゼロックスの荻野さん、根岸さん。
そして、今回作家の立場で参加してくれた、飯田さん、勝野さん、村上さん、玲さん。
未知の領域にチャレンジする彼女たちの気概がなければ、歌葉は立ち上がらなかったのだ。
関係したすべての人々に感謝、感謝。

思えば、歌葉は、名古屋から始まった。
荻野さんと最初に打ち合わせたのが、名古屋のキャッスルプラザホテル。
そして、荻原さんとのキックオフも、名古屋。あれ、駅前のホテルだったな。
キャンドルサービスのある暗いバーだった。
昨年の夏のこと。
「完璧に理解した」という荻原さんのつぶやきが、歌葉のスタートだった。

★彡

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[7] 結社は 2001年01月24日 (水)

歌葉(Uta-no-ha)のオープンが迫っている。
オンデマンド出版が、現代短歌の世界を変えるか。どきどきする。
名古屋と東京を往復する日々が続く。
私は、歌人として、またゼロックスの社員として、この歌葉プロジェクトに関わっているのだ。

夜、河合眞帆さんと、銀座の「こびき」で食事。
和風料理の静かなお店だ。
眞帆さんとは久しぶりに会うから「岩波の現代短歌辞典、売れてよかったね」なんて話が出る。
「ぼくが川上さんに、2万部刷りましょう」って言ったんだと胸を張る。

ある80代の歌人が「短歌結社は、自分たちで終わりになるよ」と、つぶやいたという。
実際は、永田さんや三枝さんの世代まで、結社というあり方は継承されている。
しかし、その後はどうなるか、わからない。
インターネットの時代だからこそ、結社の濃密な人間関係は貴重なんだが。
正岡子規と、伊藤左千夫、長塚節。左千夫と、島木赤彦、斎藤茂吉。
彼らの濃い世界に憧れる。

カルチャーセンターなどの企業組織が結社の大衆教育的部分を引き受ける。
あるいは、インターネットのコミュニティーが、支える。
結社は、本来の少数精鋭の文学集団に戻ったらいいんじゃないかという話に落ち着く。

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[6] はじめに 2001年01月22日 (月)

鳴尾は、私の母郷の地名である。
母親の田舎であり、現住所でもある。
この電脳空間の放浪者である私の、心の拠り所として命名した。

荻原裕幸さんの友情で、この日記サイトがオープンの運びとなった。荻原さん、ありがとう。

★彡

http://www.people.or.jp/~jiro/