[806] どうしてそんなに笑ってばかり 2002年12月11日 (水)

勝子ばあちゃんが亡くなった。
取材を急ぎ足で済ませて、通夜に向かう。

色白でほっそりとちいさく品のいい、桜の花のようなひとだった。
怒っているところを見たことがない。
いつもきちんと正座をして、割烹着姿で笑っていた。

あたしの通った幼稚園と小学校のすぐ隣に住んでいて、
甘えっ子のあたしは何かあるとそこに逃げ込んでいたのだった。
体調を崩したと言っては、忘れ物をしたと言っては、
悪ガキに泣かされたと言っては、雨が降ったと言っては。

父の若い頃を知っている数少ないひとりが逝って、
あたしはまた時間の流れのなかで足を踏み外したみたいだ。
事実が思い出になってゆくのをやさしいことだとまだ思えずにいる。

君はもう春のひかりにとけながらどうしてそんなに笑ってばかり/ひぐらしひなつ


[805] 傘だったのです 2002年12月10日 (火)

今日は吹雪いたねえ。
睡眠不足のまま、真玉町まで取材に行ってきたのだった。
大分自動車道で居眠り運転する四駆を見かけたら、
それはひぐらしかもしれません。南無。

突然、自分に関わるかなり重大な事実を知らされる。
実はあなたは人間ではなく傘だったのです、と言われたほどの衝撃。

…何にせよ、融通のきかない法治国家は時にこの上なく面倒だ。


[804] 宙に浮いている 2002年12月09日 (月)

インターネットは確かに短歌人口を増やしたと思う。
ひとつに枡野浩一さんの登場があり、
本当は「かんたん短歌」は簡単ではないのに
短くて気軽につくれそう、というイメージがあるのか、
そういった作風らしい歌がかなり散見されるようになった。
また短歌研究の「うたう☆くらぶ」や歌葉新人賞をはじめとする
インターネット経由での作品発表の場が設けられ、
短歌というジャンルが実用的な表現手段として認知されるようになったこと、
郵送に比べれば単純な手順で応募できることなども要因かと思われる。
(手順の容易さと作歌の容易さはべつものなのだけど)
電脳短歌イエローページに登録されたサイトの数は年々増加しているし、
わずか数年のあいだに、ラエティティアのメンバーも急速に増えた。

数年前はMLでの歌会や批評会、雑談などが活発だったのだが、
個人サイトの充実にともなって集団は細分化してきたようだ。
気のあう者同士での歌会や批評会、
同人誌やコラボレーション作品なども多く見られるようになった。

教科書で読むだけだった短歌が自我の表現手段として認知され、
あたらしい可能性が次々に生まれてくることは喜ばしい。
しかしこうしたたくさんの「場」が生成消滅を繰り返すなかで
何処に身を置き、どういったスタンスで活動するのかを
自ら把握しておくことは、さらに重要になってきたはずだ。

あたしは「ネット歌人」という言葉にいつも違和感を覚えてきた。
ネットはあくまでも通信手段に過ぎないのだから
そのような分類はナンセンスだと訴えてきたつもりだ。
けれど現状を俯瞰すれば、そんな言葉が生まれても仕方ないような気もする。
結社や同人に所属せず個人サイト上で作品発表している歌人たちの中には
短歌史とのつながりが皆無という存在がかなり多いように見受けられる。
それは「つながっていない」ことをまるで意識しないほどに切れているのだ。
短歌史を認識していないと言い換えてもいい。

歌葉新人賞の選考会で(あるいは『うたう』だったか)穂村弘さんが、
短歌という枠についての共通認識が希薄化している、
そのために新しいとかオーソドックスという意味が宙に浮いた、
という意味のことを語っていた記憶があるけれども、
短歌歴数年のあたしから見てもそんな印象は強くあるのだった。

ネットを主なメディアとしている歌人だけではないのかもしれないけれど、
結社に所属していればその先輩から受け継がれるものはあるだろうから、
ネット上で比較的その傾向が強いというのは、あながち間違いではないと思われる。

あたしにとって、それは何だかとても不安なことだ。
パソコン通信で短歌をはじめて以来
束縛されて歌をつくることを恐れて結社無所属のままここまで来たけれど、
短歌史とは密接で濃厚につながっていたいと思うのだ。
短歌という共通認識の中でこそ生きる表現があると思うし、
その歴史も含めて定型なのではないかとも感じることが多い。
もちろん、はみだしてゆく勇気も必要なのは大前提。
だからあたしは、ひとつの集団に安易に身を置くことを極端に拒んできた。
結社に入らなかったのと同様に、
ネット上に生まれるコミュニティに「所属」する感覚が持てずにいる。
勿論ネット上にも短歌史とのつながりの濃い「場」はちゃんと存在していて、
そういう場所は、見ていてとても刺激になるのだけれど。

長く次第に幅をひろげてゆく短歌史の流れのどこに身を置くか、
いつか見える日は来るのだろうか…。


[803] 金糸たわめて 2002年12月08日 (日)

とにかく、読書量が圧倒的に足りない。
時代の流れに追いつかないのだ。
今年中に読みたい本を数えたら余裕で10冊を越えてしまった。
疲労した頭で読んでも全容には辿りつけないし、
関心は無限に枝分かれしてすぐに行き先を見失ってしまう。
時間と、それ以上に明晰な頭脳が欲しいぜ。ふう。

論理は必要。だけどそれを超えた何かも。
純粋読者の視点を失わず、
どう感じたかを的確に他者に伝える技術も必要だ。
雰囲気だけでは説得できるものではないからね。
とりあえず、これから動く。くれぐれも粗雑にはならないように。

先月分の請求書とチーズケーキの礼状を書く。
今週は今年最後の仕事のラッシュとなる予定。

感情のみずうみを掬うてのひらに金糸たわめて月は浮かべり/勝野かおり


[802] アゴ、鍛えてますか? 2002年12月07日 (土)

あたしについて話しはじめた書きかけの文章は
寝かせているあいだに熟成を通り越して風化しつつあるんじゃないか。
うーん。最初から書きなおし。なーんか違う。

で、また基礎的なことを反芻してみたりしてました。
基本的に読者へのサービスを過剰にはしたくないわけですよ。
極端にいえば「うれしい」「かなしい」「たのしい」「さみしい」とかを
ベタな意味あいで一首の結論に持ってくるとかさ。
それは詩を読むたのしみを奪っていると言いかえてもいいと思う。

そういう意味で「写実」ってのは、基本としては実に的を射ていると思うのね。
あたしが何度も短歌講座でアドバイスしてきたのは、
目に見えるもの・かたちあるものを、写真を撮るようにスケッチしよう、ってこと。
そこで俳句との相違という問題が出てくるんだけど、それはまたにして。

教科書に載っていた、誰もが知っている茂吉御大の歌で考える。

 のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて足乳根の母は死にたまふなり/斎藤茂吉

母親の死ってのは歌にするほど相当に大きな事件だと思うんだけど、
感情を抑制して詠っているだけに、余計迫力あるんだよねえ。
暗い梁に寄り添う二羽のつばめの、血のような赤い喉。
いのちを思わせて、そのひくひくと脈打つ感じまでが伝わってくるじゃないですか。
狂いだしそうなのを抑えてじっと凝視するのはつばめの喉。リアルだよね。

もうひとつ母の死を詠ったこういう歌がある。
これもひぐらしが非常に好きな一首。

 ひら仮名は凄まじきかなはははははははははははは母死んだ/仙波龍英

写実が基本とされてきた短歌だからこそ生きる手法なんだろうけど、
この、我を失った感じが再現されている様は凄まじいよね。
あ、結句が字足らずになっているのは原作通りです。
決して「は」の数を間違えたのではなく、
その「は」の連呼のあとのぷちって切れた感じが余計に空洞感を増すんですわ。
どうする、こんな歌読んじゃったら。ひー、ってなっちゃうよね。

作品として何かを提示するのなら、
世界は咀嚼されてから吐き出されるべきだ。
というわけで、アゴを鍛えねば。ね。

追記。
作品のことを「排泄物」とか呼ぶヤツ、あたしは大嫌いだ。
なぜなら作品とは、提示されるために周到に準備されるべきものだからさ。


[801] 虹色の国境線へ 2002年12月06日 (金)

お世話になっている編集部に宅配便が届いているとの連絡。
取材の帰りに寄ってみると、先日ここに書いたケーキ屋さんからだった。
焼きたてのチーズケーキと、それに合うというお酒。
先日はありがとうございました、これからも頑張ります、
近くに来たときには寄って下さいね、と書かれたカードと
喪中につき新年の挨拶はしない旨の葉書が添えられていた。
帰宅して銀河くんと乾杯する。このケーキのことは忘れない。

移動中に携帯のメールで送っておいた歌の断片を整理する。
本日取材した分の原稿を一応仕上げる。
それから、あたらしい計画のことを。
時間がゆったりと流れる夜は素敵だ。

現在までを俯瞰しても、次の課題はまだ見えない。
瓦礫のカケラが埋もれずに輝けることを祈る。

虹色の国境線へ銃弾を躱して朝を往け、テディベア/ひぐらしひなつ


[800] クラッカーに納豆 2002年12月05日 (木)

2月号の取材開始。かなりの早朝から出かける。眠い。
運転しながら、昨晩TVで観た『GO!』のことを考えていた。
民族とか差別とか思春期とかいろんなメッセージが詰まってたんだけど、
割とそんなのはどうでもよかったんだよね。
山崎努、大杉漣、平田満と好きな俳優ばかりでキャスティングが非常にツボ(ひぐらしはオヤジ好き)。
窪塚洋介も、どんどんよくなってる感じするなぁ。
原作は読んでないんだけど、画面の中の世界は明らかに「こちら側」とは違ってた。
世界を提示するときには、そうでなくっちゃ。
フレーミングとか映像のつなぎの処理とか、好きだね。

仕事の文章ばっか書いてたもんだから、
いざ自分のことを書けと言われても、何を書いていいのかわからない。
クラッカーに納豆をトッピングするのが好きだとか、
そういうことじゃないってことは、わかってるんだけど。
ああ、何だか質感が蝉だわ。いやん。


[799] すっげー喧嘩売りてぇ、 2002年12月04日 (水)

と思うことがあるんです。ええ、ときどき。
いえ、喧嘩売りたいというよりは問い詰めたくなるんですけど。
あ、短歌の話ね。

でも、問い詰めたいなぁと思うときに、
いつもそれ以上に切実に感じるのが自分自身の力不足だったりして。
それは一昨年の夏に得たトラウマに遡る。

宮崎を拠点にしているグループがあってね。
とても熱心に勉強しているひとたちで、
一昨年の夏、九州の若手歌人によるシンポジウムにパネラーとして招かれた。
いろんな結社からの参加者がいて、活発なイベントだったと思う。
そう、確かテーマは「現代短歌の最前線」。

あたしなりに最前線と思われる動きを資料にまとめて、出かけていったんだ。
ちょうど短歌研究社から『うたう』が発売された少しあとで、
だからその中からも何首かピックアップした。

いや、『うたう』の存在を知らない歌人がいたことには目をつぶるとしてもだ。
あたし、歌の読みかた間違ってる?と思うくらいに、
ほかの歌人たちと噛み合わなくて驚いたさ。
あれは雪舟えまさんの歌だった。

 ひかげ ときみは駆け出すどうか皆どうか長生きをしてください

あたしはこの歌がめっぽう好きで、だから紹介したんだけど、
ある歌人がこう批判したんだよね。

「一見奇をてらっているように見せているけどこの発想は底が知れていて、
 紫外線を避けて駆け出すきみ→長生き、ってことでしょう。」

うわー、そうなのか?
それまであたしの中にはそういう解釈は皆無だったから、
そりゃまあ新鮮に驚いたさね。

まず「奇をてらってる」なんてこと、思いつきもしなかったし。
きみが駆け出した瞬間の、その二度とないまぶしさに出会ったとき、
このきらきらと輝く世界がすごく愛おしくて、
思わず皆の健康を、つまりこの世界の続くことを祈ってしまう、
そんな感じで、あたしはその歌を読んでいたからさ。
そう。あたしはその歌を一度だって理詰めで解釈したことがなかったのだった。

では何故「ひかげ」なのか。
うまく言えないけど、「ひかげ」を現在点と離れた場所に置くことによって、
現在点にあふれているひかりを描き出しているのではないか、と思うわけ。
敢えて言えばの話だけどね。

この歌をつまらないと言うのなら、
つまらなくしているのはあなたの読み方だ。
…今だったら、ここまで食い下がるかもしれないね。
でもあのときのあたしは、今よりもっともっと未熟で、自信がなかった。
何より自分の作品の方向性さえも見失っていたし。

あのときに、決めたんだ。勉強して、場数も踏んで、タフになるって。
歌人が歌人と向きあうとき、そこにあるのは作品と歌論のみであるべきだもの。
先入観も、歌とは無関係の歪みもそこには必要ない。

…でもねぇ、道は遠いよねぇ。
相変わらず、いまだに喧嘩は売れずにいます。むぅ。


[798] 自己を確かめるために何度も投げかける問いがある 2002年12月03日 (火)

仕事が一段落ついて気が緩んだのか、体調を崩す。
原稿の校正をメールで返送したあとはほぼ一日、
読書とうたた寝を繰り返していた。

横になったまま、昨日の続きのようなことを考えた。
ある種の「壁」は現在完了形で破られているわけで。
表現の選択肢は多い方がいいと絶対的に思うの。
自由度の高い環境でこそ、自分なりの方法を探してゆけるわけだし。
制約が多い方が、ある意味においては楽だと思うワケよ。
無制限な状態から自分なりの方法を探すのって、シビアだよねえ。
でもそれを越えてゆくところに、きっとヨロコビはあるんだな。

で。
これからどうすんの。
てことだよね。

でもねえ、これまた昨日の続きのようなんだけど、
結果的にセンセーショナルな方法だった、というのなら理解しやすい。
そりゃ世の中が「ををっ」って言うような歌が作れたらいいよね。
でも「ををっ」って言わせるのは、必ずしもレトリックだけじゃない。

なんというか、歌の持つちから、だよね。
それはモチベーションの強度とそれを満たすための修辞が成せるものだ。
作歌のための作歌じゃ、小手先の修辞に終止するんじゃないか。

…あー。アタマ悪いなあたし。でも、これは見失わずにいたいこと。
ねえ歌詠みさん。あなたの動機は何?


[797] 乳繰り合えば 2002年12月02日 (月)

出版社始業の直前にメールで入稿して、今日はひさびさに取材のない日。
洗濯と掃除。そして居眠り。真っ白いアタマで、書くべき文章のことを考えた。

買ったまま持ち歩いていた角川短歌12月号をひらく。
二大特集のひとつ、「新鋭歌人の短歌観」。
割と大まかなテーマで依頼されたのかな、と思いつつ読んだ。
丁寧に書かれている中で感覚的に近いと感じたのは大井学か。
少し驚いたのは、7人の歌人それぞれが少しずつ違いはするけれど、
自我に強く根ざした作歌姿勢を共通して志している点だった。
簡単に拾っても「作品の中に「私」が欲しい」(松村正直)、
「自分の実人生に即して歌いたいという強い志向」(小川真理子)、
「誰かのことを思いながら短歌をつくっていきたい」(千葉聡)、といった具合。
それぞれの作品は今までもそうじゃないか、と感じたのだけど、
さらに強く意識してその点を深めてゆくということなのかな。

ニューウェーブと呼ばれる時代の歌たちって、
それほど「私」の見えない作品ではないと、あたしには思えるんだけどな。
記号やオノマトペなんかのきらびやかな修辞に幻惑されて
本質が読めなくなっていたのは歌壇周辺の読者の方なんじゃないか、と思ってしまうのは
あたしが90年代になってから短歌に踏み込んでいったからなんだろうか。

難しいね。レトリックだけじゃないもの、我であることの表現は。

チュピチュパと乳繰り合えばタクシーの後部座席に弾む満月/玲はる名


[796] 生まれては消えゆくひかり 2002年12月01日 (日)

取材中、あるケーキ屋さんが聞かせてくれた話。
おととしの11月、クリスマスケーキを注文した男性がいた。
遠方からわざわざその店のケーキを選んだのだという。
クリスマスイブにケーキ屋さんが電話で連絡すると、
そのひとの奥さんと、まだちいさな子供がケーキを受け取りにやってきた。
家族に内緒でケーキを注文していた父親は、
注文の電話をかけて間もなく、事故で亡くなっていたのだった。
そのケーキ屋さんが紹介された雑誌のページの角が折られていたそうだ。
それは、あたしの書いた記事だった。

その2年後、今年の2月に、ケーキ屋さんのご主人も若くして亡くなってしまった。
5歳の息子を育てながら、奥さんは3つの仕事をかけもち働いている。
自分のことを話すときは気丈だったのに、
2年前のその家族のことを話すときには、涙をぽろぽろこぼした。

不覚だ、と思っている。こんなベタベタな話で、と。
でもこれは、少し早めのクリスマスプレゼントなのかもしれない。
仕事に息切れしそうなあたしのために不意に降りてきた、ほんとうにあった物語だ。
記事にすることは出来ない、あたしだけのための。
単純だよなあと自分で思いながらも、
また思い入れを抑制しつつ机に向かうのだった。

生まれては消えゆくひかり 十二月の街であなたを待っていました/ひぐらしひなつ


[795] 本質は一体何だ? 2002年11月30日 (土)

雨。
取材の空き時間に、仕事の資料として万葉集を読む。
…理想としては、こういうふうにして読むものじゃないんだけど。

思考が後ろ向きになりがちなので、敢えて無理なスケジュールを組む。
見るもの聞くもの、悪い夢みたいだー。あはははは。

振り返るために自分の作品を読み返す。
自分の価値観が見えなくなる。


[794] ほんの愚痴ですが 2002年11月29日 (金)

毎日くたくたになって帰ってきて、
確かに仕事では売れているのだろうけれど、
こんなことをしていたらどんどん時は過ぎてしまって、
自分の本当にやりたいことは
何ひとつできないまま終わってしまうんじゃないかって、
ここんとこずっと不安。

このサイトだって全然更新できないし。
ネット歌会にもちっとも参加できないし。

思いきって仕事、やめようかな。
そんなふうに思う瞬間が、次第に頻度を増している。

でもこのじゅうにまんえんが、
生きてゆくためには必要だったりもして。
歌集出したり批評会に参加したりするためにもね。
矛盾してるー。

はぁ。疲れたよオイラ…。


[793] 絵とか 2002年11月28日 (木)

一日中ぼんやりしながら机に向かっていた。
やや風邪気味らしいけれどだるい以外は特に症状もないし、
今日はひたすら機械的に作業を進める。
締切はとっくに過ぎているのだ。

はぁ。新鮮な刺身を肴に日本酒飲みたいなぁ。
あとね、絵とか描きたいよね。
…いかん。視点が遠くなっている。仕事よ仕事。


[792] 失ったものなんてきっと何ひとつ 2002年11月27日 (水)

それを書きたいというよりは
そこに還りたい、という方が近かったのかもしれない。
そこに流れる時間はやさしくて、
集うひとたちはいつも笑っていて、
あたしはまだしあわせの意味も知らなかった。
その場所への強い希求がテンションを上げたんだろう。
だから仕事が絶好調なんじゃない。
あたしはただ、そのなつかしい場所へ、
ひさしぶりに足を運んだだけだった。

今がふしあわせということはないんだよ。
失ったものなんてきっと何ひとつないのだろうし、
こんなに満ち足りて暮らしている。
ただときどき、フラッシュバックのように
くらくらしてしまうだけだ。

でも、そう。失ったものなんてきっと何ひとつないんだよ。


[791] その疑問は抱かない方が幸せである 2002年11月26日 (火)

なんか無理矢理システマティックにしてるけど、
本当にそれは効率がいいのか?と聞きたくなるんですよ。
いや、あまりに融通がきかないもので。

でも、がんばらなくちゃ。あと少し。

夜はカンタループ2へ。
本当はレディースの打ち上げ予定だったんだけど、
都合でベーシストとふたりだけになってしまった。
結局、銀河くんと3人で飲む。
演奏中のビデオをチェックして、反省会。
途中でセッション。楽な感じで。

いろいろと心配ごとは絶えないけれど、
とにかくやってくしかないんだな、と思う。
最近は、薬ものんでないんだよ。
おそるおそるでも歩いてゆける方がいいもの。


[790] その日暮らしの憂鬱 2002年11月25日 (月)

がーん。
楽になったと思っていたのに思っていたのに。
発注しわすれてた分が残っていたなんて。
今週いっぱいは泣きそう。
取材が間に合わないので母と遊ぶ約束もキャンセルした。
親不孝だな、あたしって。

でね、
こんなに朝から晩まで働いているのに、
年収だってそこそこあるのに、
自由業だから、社会的信用がないんだって。
融資を受けたり、保証人になったりできないの。
それがくやしい。

たまにちょっと、弱気になる。


[789] 雲の曲線 2002年11月24日 (日)

待人来たらず、というわけで出かけてしまう。
先週が終わったら結び目がゆるんだようにやや楽になって、
仕事の山を越えたのも少し皮肉な話。

一年のうちの半年、夏のあいだしか開いていない工房Hを訪ねると
やはり古い扉はかたく閉ざされていたのだった。
海ばかりがいやに青かったよ。

願いが叶えばいいな、とずっと思っている。
あたしにしてはめずらしく物欲。それもこんな大きいの。

砂浜の錆びた楔は置き去りに さざめくような雲の曲線/ひぐらしひなつ


[788] しびあナ耳トはじけル精神ヲ持チソシテ疲レズ 2002年11月23日 (土)

第3回レディースミュージックフェスティバルにPRETZで出演。
史上最低の練習量で臨んだライブでありました。
でもPRETZとしてのここ数回のライブのなかでは
比較的出来のいいステージだったのではないかな。
まわりがみんなアコースティックやボサノバばかりだったので
思わずハジケすぎて荒削りになってしまったけれど。
でも練習のときに気にしていたテクニカルなことが
すべて頭からふっ飛んで本番が終わってゆくのは気持ちいいことですね。

出番が早めに終わったので気が楽になって
見にきてくれた銀河くんや鬼瓦権造さんや
土下座ふぁいたあずの古田さん竹村さんたちと飲んでました。
ロバー頭さん、稲子さん、スタジオ管理人さん、
いらして下さったみなさん、どうもありがとうございました。

最後に主催者の淵野さん、スタッフのみなさん、
いつもありがとうございます。これからもよろしくです。ぺこり。


[787] え、本番って明日なの?(汗) 2002年11月22日 (金)

今日も別府を駆けずりまわり、
深夜になってから明日のライブにそなえてスタジオ入り。
いつも十分に練習できるとは言えないけど
いまだかつてこんなに練習できなかったことはないんじゃないかな。
ほとんどドラムにさわってないもん。
仕事の移動中にカーステレオで曲を聴いてただけ。
でもまあ、なんとかしなくちゃなのよ。

睡眠不足でテンションは上がらなかったけど、
メンバー全員まあまあ楽しくやってるし、
いいバンドですよ。なんだかんだ言って。

と書き終えて、また原稿に戻るのだった。
早く落ち着きたい…(涙)。


[786] 伝説のひと 2002年11月21日 (木)

私用を済ませてから山国町へ。
万葉のふるさと、の取材。
今日も往復300kmである。
さすがにへばる。

でも、山国はいいところだ。
時代に取り残されたような、というと月並みだけど
本当に遮断されていたのではないかと思うほどの
古き良き里山、なのだ。
車で通りすがると
歩いているおばあちゃんたちが深々と頭を下げてゆく。
その奥ゆかしく恥ずかしげな笑顔が、とてもいい。

きれいに掃除された、伝説のひとの墓。
本当はどこに埋葬されているのかもわからない。
五百年ほど前にここで生まれ、どこかで死んだひと。
まるでかつての知人ででもあるかのように慕われているらしい。
墓の世話そのものが日々のいとなみとなって、
源流の町を悠久の時間は流れているのだった。


[785] 寝起きはいつも朦朧としてまして 2002年11月20日 (水)

午前中が国東、午後が鶴見という
先週のデジャヴのようなスケジュール。
景色を楽しむ余裕もなく300kmの大移動である。
どうなってるんだ、ここんとこ。

帰宅して思わずうたた寝。
時間に脅迫されているようで落ち着かない。


[784] それは非常に正論というものですが 2002年11月19日 (火)

今日も別府ないちにち。

なんかこう、
琴線に触れない仕事ってのは疲れるね。
体の芯から疲労する。
こんなこと言ってるとまた、
「この御時世に仕事があるだけマシだ」
なんて叱られるんだろうけど。

…うん。そうなんだろうな。

でもどんな駆足の取材でも、
いちにち10件こなす仕事でも、

…うーん。ちとパワー切れてきたかも。


[783] 笑え 笑え 笑え 2002年11月18日 (月)

駐車場では子供たちが嬌声をあげながらサッカーをしている。
電話もかけずに保険屋さんが訪ねてくる。
TVはどのチャンネルもハイテンションで、
…疲れる。疲れてるんだわ。

寒いなかキーボードを叩き続けているので肩が痛い。
風邪も引きかけている感じ。ああ、温泉に入りたいな…。

ぶあつく広い野原の上で 笑え 笑え 笑え わたしたち は すばらしい/早坂類


[782] この冬はじめてのココアの日 2002年11月17日 (日)

本当にどうにかなりそうなの?
あなたがあんまりあっさりと大丈夫だって言うから、
期待しちゃうじゃないの。
ダメだったときのことを想像すると
とてつもなくだるいんだけど、
でも、そうなれたらいいなって思ってるんだ、実は。
せちがらいねえ、自由業は。

この冬はじめてのココアを入れた。ほっと。


[781] なかなかドライなのよ 2002年11月16日 (土)

ほとんど眠らないまま、
1週間後に迫ったライブのためのスタジオ入り。
いつも北九州から来てくれるメンバー1人のために
今回はその他のメンバー3人で
北九州のスタジオへ出向いたのだった。
ボーカリストの軽自にベーシストとドラマーと楽器を積み込んで
遅刻しそうになりつつぶっ飛ばす。そしてやっぱり遅刻する。
でも普段から忙しいメンバー同士、
珍しく長い時間一緒にいたから意外に新鮮なのだった。
なかなかドライなのよ、うちのバンドの人間関係。

帰宅したのは夕方。
仮眠をとって仕事に戻る。


[780] いつだってどこかへ行けそうで 2002年11月15日 (金)

我が家から車で5分ほど港湾沿いに走ったところ、
とてもいい感じの場所を発見。
こんなに近いのに来たことがなかったなんて。
大型トラックの往来は激しいけど、
フェリー乗り場がそばにあるなんて、
いつだってどこかへ行けそうで素敵じゃないの。


[779] 北から南 2002年11月14日 (木)

午前は県北、午後から県南というスケジュール。
大分自動車道〜空港道路をすっ飛ばしても
なかなかハードなのだった。
帰宅して少し片付けをすませたら
電池が切れたように眠ってしまう。
どう考えても気力体力不足。困った…。


[776] 2002年11月13日 (水)

朝から原稿。
机についていたけれど寒さに耐えきれなくなり、
やっぱりパソコンを持ってコタツに移動。
部屋は散らかっているし洗濯物はたまるし、
何ともキビシイ状況が続いている。
みんなよく毎日をこなしてゆけるよねえ。

日ごとに寒くなって、
我が家の楓はとうとう紅葉しないままだった。
大型トラックががんがん行き交う
工業用地のまんなかでは、やっぱり厳しかったかな。


[775] 割と同業者 2002年11月12日 (火)

ローラがもらわれていった。
乗り継いでくれるのはネットで知り合った40代の夫婦。
メールをやりとりしながら端切れのいい文章を書くひとだな、と思っていたら
案の定、スポーツ新聞の記者さんだった。
もさもさの鬚面で、快活なしゃべりかたをする。
奥さんは小柄でかわいらしいひとだった。
割と同業者ですね、と笑われ、お互い大変ですね、と笑い返す。
他人の乗ってないようなくるまが好きなんです、
こないだ買ったBMWを真っ黄色に塗ったんですよ、と言うので
あ、あたしの愛車もいま真っ黄色なんです、とまた笑った。
修理の履歴や不具合なパーツのことを説明すると
早速よろこんで乗りこみ、帰っていった。
いいひとにもらわれていってよかったね、ローラ。


[774] 逃亡。 2002年11月11日 (月)

今日も別府の街を取材。
煤けた看板やポン引きのお兄さんたちの間を縫って歩く。
ぽかんと空いた隙を見て九州横断道路を走った。
突然の天気雨のなか、由布岳が見えるまで。
西陽に照らされてすすきのはらがまぶしい。
つかのまの逃避行に、乾きが癒えてゆく気がした。

下旬には落ち着くかと思っていたら、
またあたらしい仕事が入ってきそうな気配。
体力勝負になってきたぞ。うーむ。


[773] ここにあるすべてのものを 2002年11月10日 (日)

あきらめてあきらめてあきらめてあきらめて
あきらめの連続、がちょっと苦しい。
それが、結構ゆずれない部分だったりするからさ。

欅で出来た父の机の、
インク瓶や万年筆やルーペやガラス棒や、
削るのでなくぴーっと繊維をひっぱって剥いてゆく赤えんぴつ
といったものたちに、たまらなくここにいてほしいと思う。
それは何の象徴だったのか。

たいせつなのは
いま、と
これから、と。

やわらかく脈打つからだここにあるすべてのものを消して なのはな/ひぐらしひなつ


[772] 帰りますとも 2002年11月09日 (土)

あわただしく取材の準備をして午後から別府へ。
レトロという言葉もそぐわないほど
あまりにベタベタであやしく野性的なこの温泉街が、
あたしはめっぽう好きだ。
この空気が孕んでいるヤバさの正体は一体なんなのだろう。

…それにしても、
ともだちと呼べるひとの誰にも逢わず
チャットに誘われても顔を出す余裕もなく
ひとりで黙々とやっていると、
いや、「黙々と」ならまだいいんだよね、
仕事関係の人には毎日たくさん会って
自我と乖離したレベルの大切な話をたくさんして
こうやって過ごしているとね、

雪見障子を開けてこたつの中から
真っ赤な椿や黒々とした松の枝に降りしきる雪などを
いつまでもただ眺めていたくなるというもんじゃないか。

なぁお前。

こぬか雨を髪に鞄にびっしりとはりつけたまま 帰りますとも/東直子


[771] 生まれかわったら河童だったか 2002年11月08日 (金)

国道沿いのレストランは、紅葉見物の観光客でごった返していた。
明らかに人員不足のスタッフたちがパニックに陥らないのが不思議なほどに。
駐車場には車があふれ、枠内に停められなかったものたちが
街路樹の下やら出入口の脇やらのわずかな空間を見つけて
無理矢理そこに陣取ろうと右往左往していた。ほぼ修羅場である。
仕事中の我々は、その片隅ですみやかにうどんをすすって昼食を終えた。

それでも国道を逸れて山の方に向かうと、一転、静謐だった。
観光キャッチフレーズに万葉のふるさとを謳う山国町。
ゆかりの歌や歌人が存在するわけではなく、
万葉集に登場する約160種の植物のうち100種あまりが
この界隈の山々に自生していることに由来するらしい。
毎年開催される短文学コンクールの入賞作品が、
石碑に刻まれて遊歩道沿いに並んでいる。
短歌部門の選者は石田比呂志氏。
川沿いの歌碑には、ここにも、石田氏の一首。

分け入れば分け入るほど紅葉は色深くなるのだった。
しかしこの地区に残る河童伝説、
落武者のたましいの転生したものだというけれど、
初夏一面に乱舞する螢、の方ではなくて
河童に転生した、というところが妙にかなしくておかしい。


[770] 通いあえる地平を求めて 2002年11月07日 (木)

この短歌の意味がわからない、とよく言われるのだった。
だけどあたしには、わからないというのがわからない、のだった。
詩に書かれたものを散文的に説明するのは難しい。
散文的に説明できるものであれば、散文で書いただろうから。

大抵の詩のことばは、大抵の散文に比べれば格段に伝達速度が遅い。
その「伝達速度の遅さ」、つまり「読む」という労力に免疫のないひとには
詩を受けとめることは困難だということなのだろう。
詩の前では特に、読もうとする意志をもってことばに向かう姿勢が必要だ。

作者は決して「他者にわからないもの」を書いているわけではないんだよね。
むしろ通いあえる地平を、それはそれはつよく求めて、
結果、あんな不器用なスタイルに辿りついたのだと思われる。
彼らはそんなふうにしか表現できなかったのだ。

だけど「見るな。感じるんだ」と
ブルース・リーのようなことばかりも言っていられないので、
今日もぼそぼそと自分の感想などを語ってみたりするのである。


[769] 鰐の体温 2002年11月06日 (水)

いまでも記憶が飛んでいたり、思い出せばかたまってしまったり、
胸がくるしくなったりすることがあるのだ。
このひともまた、とココアを飲む彼女を見ながら考えていた。
さきまわりして防御線を張るような人との接しかたが
言い訳めいて見えてときどき気疲れすることもあったのだけど、
彼女がそうなるまでには相応の理由が、たぶんあったのだ。
だけど別れ際に、恥ずかしくてまだ人には話してないんだけど、と
日常のエピソードを話してくれた彼女は、
あたしなんかに話したくなるほど孤独だったんだな。

すべてを肯定してくれなくてもいい。
自分で選んで行動することを信じてくれれば、それでいい。
だけどそれは、案外むずかしいことなのかもしれないね。

鰐の体温よりもかすかに昂ぶつてけふがあるまたあしたもあらう/荻原裕幸


[768] 名前はまだない 2002年11月05日 (火)

ついに愛車ローラを引退させることにしたのだった。
ほんとうはまだまだ走れるんだけど、
我が家の住宅事情にはデカすぎるんだよね。
あたらしい愛車は平成3年式のサニトラ。
最近の車に心惹かれないのは相変わらずで、
なんともアメリカンでゴキゲンシンプルなつくりには
思わず笑いがこぼれてしまう。

今度はコイツとどこに行こう。
といっても、このスケジュールじゃ当分は仕事の足だな。


[767] うちにしずむことはせかいにひらくことでもある 2002年11月04日 (月)

バスルームの友は村上春樹『風の歌を訊け』。
たぶん、かたちあるものは何も残らない言葉に触れたかったのだ。

明けがた長いメールが届く。
そのひとの尽くしてくれた労力と貴重な時間に、ただ、感謝。

作品を丁寧に読んでもらえるとき、
たとえそれが全面的に肯定される読みかたでないにしても、
とても深いところでつながれる感触を得ることができる。
この関係は濃密だ。
短歌に深く足を突っ込んでゆくにつれて
他者との、世界とのコミュニケーションが
上手になっているのか、下手になっているのか
ときどきわからなくなるけれど、
ある意味においては絶対的に後者だと感じたりする。
でもそれはきっと、自分の本質の輪郭が
すこしずつ見えてきていることなのだと信じたい。

たくさんの厚意に報いるためにも、がんばる。


[766] あのさよならは 2002年11月03日 (日)

あたしにとってとても切実で現実的な問題は、
ほかのひとにとっては夢ものがたりに過ぎないらしい。
息が詰まって涙が出るほど苦しい、
これは、わがままなのだろうか。

見事にお膳立てしてもらったとても素敵な計画も、
なにひとつ実現には至らなかった。
あとはもう、あたしが選ぶしかないのだと思う。
とても大きな、大事な選択。

今夜は銀河ママも招いて鍋を囲んだ。
他愛もないおしゃべりにほっとする。
ゆるやかにかなしげに、休日2日目が暮れた。

たましいの日暮れを飛べばほの白く頷く萩の あのさよならは/ひぐらしひなつ


[765] さわさわと歌とワイン 2002年11月02日 (土)

水曜の日記を読み返したら、
「どこかで一日休みをつくって」と書いてある。
しかし今日から3連休。なんて大胆なあたし。

まずはとにかく眠ったのだった。
昼頃起きだして、午後からふらりと温泉へ。
大分県内どこにいっても温泉はクライアントだったりするから
仕事のあたまからはなかなか切り替わらないのだけれど、
それでもちいさな露天風呂に浸かれば
さわさわさわさわさわさわ、といつまでも頭上で
竹の葉ずれの音がとめどないのだった。
透明な湯をてのひらに汲んではこぼしながら
とても好きな一首をつぶやいてみたりする。
それから、思い出す限りの歌を。

スーパーで食材を買い込んで、夜は銀河くんとワインを飲む。
チーズフォンデュやらサーモンのマリネやらハーブウィンナーやら、
それはそれで贅沢な晩餐。
休日は、あと2日も残っているのだ。


[764] 11月だからね 2002年11月01日 (金)

11月だよ、11月。
にしむくさむらい、のさむらいだよ。
こんなに隠ってちゃ駄目じゃないか。
どんぐりを埋めに行かなくちゃ。

しかし午後、予定よりずれこんだ仕事を終わらせたら
完全に自分のなかの電池が切れたことを感じた。
ので、3連休は3連休とする。
こわーい。

でも、それでも休むと決めたのだった。
だらだらこのまま仕事するより、あとで何とか取りかえす。
11月だからね。


[763] わたしは眠ってなどいないのに 2002年10月31日 (木)

またもやすっかりお得意の不義理状態である。
メールも頼まれごともシカトしてるつもりはないんだけど、
自分でもこんなに能力ないのかよー、と思うくらい
ホントにダメなんだよね、今。
落ち着いて映画を観ることもできないの。
一日おきに寝過ごしちゃうし。ったくもう。

歌を並べかえたり並べかえたり並べかえたり。
つまり際限なく迷ってしまうのだった。があ。

賑やかに骨を踏みゆくひとがいてわたしは眠ってなどいないのに/ひぐらしひなつ


[762] 使いものにならないあたし 2002年10月30日 (水)

完全に思考停止している。
機械的に仕事をこなし、
仕事をしていないときは使いものになっていない。
せめて何かしなくてはとパソコンのメンテやらHP改装やらに手をつけるが、
よく考えたらそれじゃ休息にはならないのかも。

こういうときには何を書いてもダメらしい。
読者に凭れてしまう、というか
満員電車で押されるように勢いで傾れてしまうようだ。
美しいのは、抑制されたもの。

どこかで一日休みを作って、閉息した今から抜け出さなくちゃな。


[761] ぼくのまち探険 2002年10月29日 (火)

さすが安いだけの物件である。
昨日みつけた41年前の家を自転車で探索してみたら、
見つかったのは廃屋なんて生易しいものではなかった。
…これは「中古住宅」として販売していいのか?
かつて玄関だったと思われる扉を無理矢理あけたら倒壊しそうだ。
古い家やら車やらが好きなあたしでも、さすがに躊躇うレベルだった。
そうそうウマい話なんて、あるワケないよな。
マイスタジオの夢はまだまだ遠い。

しかし自転車での下町探険はなかなか楽しかった。
何気に朽ちた植木鉢やら木枠の窓やらが珍しい。
街中に住むのも悪くないな、と思える一瞬かもしれない。


[760] 41年前につれてって。 2002年10月28日 (月)

今月の最終原稿を送り終えて、
ムックの取材準備に取りかかる。
来月前半は別府に入り浸りになりそうだ。

あたらしい車の契約を済ませる。
待ち時間に手にした不動産情報誌で
築昭和36年、という下町の物件に目がとまる。
んー?…いや、しかし。


[759] 炬燵猫の憂鬱 2002年10月27日 (日)

あまりの寒さにたまらず炬燵布団を買いに出かける。
デザインの気に入ったものはやたら高価だし、
予算に見合うものは思わず押し黙ってしまうデザインだし。
数軒まわってようやく決めた。ほっとした。

今日は机に向かいっぱなしの一日。
今月の原稿の目処が、あらかた。
ひとつずつ片付けてゆく。ペースを戻さねば。


[758] 屋根と電線のまじわるところ 2002年10月26日 (土)

いい加減ヤバいだろうという状態になっていたので、
意を決して外回りの掃除に手をつける。
早朝にカラダを使う仕事をするのは気持ちいい。
虫の死骸のような音をたてる落葉と
煙るほどちいさくかじかんで散り敷く金木犀を掃き集めたら、
文字どおり小山が。最後には格闘といった様相を呈してきた。

途中、3軒ほど奥の家に住むおばさんが
アロエを分けてくれと言ってきた。
我が家のアロエは、あたしが摘まないのをいいことに
触手をのばしまくって通りすがりの人にアピールしているらしい。
その存在感の濃さに圧倒されていたら、
なんだか2つほど蕾をつけていた。
どんな花が咲くんだろ。
いつかこの家を思い出すときがきたら、
きっとアロエのことが真っ先に浮かぶんだろうな、と思う。
アロエ一株の代償として、バラの鉢植をいただいた。
赤い小振りな花が可憐だ。

越してきて4ヶ月半、向かいの家を除けば
大した近所づきあいもないままだった。
お向かいのおばさんは片足が悪いのだけど
毎朝この路地一帯を掃除する働き者だ。
おじさんは相当シャイなひとらしく、
顏をあわせればはにかみながら挨拶するけれど
大抵は顏をあわせないように気遣いながら玄関を出入りしているようだ。
変にご近所同士で内情を詮索しないその奥ゆかしさが、
自閉がちなあたしには非常に都合がいいのだった。

小一時間ほど箒を使う。続きはまたいずれ。(いずれ?)

来年も花火は上がるこの家の屋根と電線のまじわるところ/ひぐらしひなつ


[757] バスが出る 2002年10月25日 (金)

体調すぐれず。微熱と右目の不調程度だけど。
ラストスパートいろいろ。
いつも「あと少しで完成」ってところになって、
それまで組み立ててきたすべてが信用できなくなってしまう…。
この悪癖はなんとかしなくちゃな。

こんなに寒いのに、我が家のクローゼットはまだ夏状態。
早く入れ替えないと、早く入れ替えないと、早く入れ替えないと。

草のかげで眠りたいのにどこもみな螢いてああもう、バスが出る/正岡豊


[755] ひまわり 2002年10月24日 (木)

お手伝いをしているデイケア短歌講座の
合同歌集『ひまわり』が完成したのだった。
開始したのが昨年の2月だから、1年と8ヶ月になる。
第1回からのメンバーもいれば最近はじめた人もいて、
実ににぎやかな個性の集まる場だ。
心の病を得て器用に自分をコントロールできず
時には日常生活に支障を来したりもする彼らの歌を読むと、
なんとかして何かを掴もうとしている気持ちが感じられる。

歌集をまとめるにあたって、
できるだけ作品をいじらないことに努めたつもりだ。
少しくらい文法的に妙でもいいよ。
その懸命さをひとつのルールで汚したくない。
何日もかけて、何度も書き直して、
折り目が破れそうになった原稿用紙を持って駆け寄ってくる、
その頭を思いきりぐりぐりしたくなるのだ。

うれしかったのは、CちゃんがBS短歌スペシャルを見ていたこと。
「先生の歌が紹介されてすごく嬉しかったんです!」と息をはずませていた。
えっ、あの番組みてたの、5時間も、と驚いたら
はい、思わずずっと見てました、とのこと。
短歌、好きになったんだね。
うれしい。

あー、それにしても大変ではあった。完成まで。
デイケアスタッフのひとたちにも感謝しなくちゃね。謝謝。


[754] 理科準備室の至福 2002年10月23日 (水)

土下座ふぁいたあずの取材後半戦。
竹田のまろやかな空気のなかに放りだされる。
高原が近いからかな、あの澄んだ感じは。

祖峰中学の校舎は容赦なくノスタルジックなのだった。
アンティークな木造校舎よりも幾分あたらしい、
30数年前に建てられた鉄筋校舎。
それはちょうどあたしが通った小学校に似ている。
ガラスがパテ埋めされている窓のある理科準備室で
人体模型やアルコールランプに囲まれて過ごすなんて、
なんて至福じゃないの。
全校生徒は40人ちょっと。
野球部なんてとなりの中学と合同だぜ。
それで県大会に出場するんだぜ。
近い将来、統廃合されるという話。

竹田は、なんだか好きだ。
取材に御協力いただいた土下座のみなさん、
どうもありがとう。これから原稿書くね。


[753] ひかりあるうちに 2002年10月22日 (火)

毎日仕事に出かけるたびに、
ああ、庭を掃除しなくては、と考える。
暗くなってから帰宅して、
ああ、今日もできなかったとうなだれる。
落葉樹は見た目に美しいけど大変だ。
木槿の白い散乱が終わったと思ったら、ああ。ダメダメなあたし。
これも社会的人間らしい生活を維持してゆくひとつだと思え。
いっそ吹っ切れてしまえばいいのだろうけれど、
散らかってたって死にゃしないさ、とも今ひとつ思えない中途半端さ。
泣けますわぁ。

ざくざく仕事。風邪っぽさはすっかり定着しつつある。
でも仕事あるうちに仕事のなかを歩め。冬じたく。


[752] 傷だらけのローラ 2002年10月21日 (月)

温泉の取材2件。
湯布院で車を降りたら、ひんやりとした風が肌に痛かった。
気がつけば風景が引き締まって見える。冬だなぁ。
今年の楓は赤くなりきれずに落葉してしまいそうだ。

くるまを買い替えることにした。
現在の愛車ローラは、前メアリー号が前触れもなく昇天した際に
あたしのもとへとやってきたのだった。
メアリーは平成元年式だった。
そして何故かローラも元年式だった。
買い替える意味ないじゃーん、といろんなひとに笑われたけど、
その頃のくるまが好きなんだもん、しようがないじゃん。
しかし寄る年波に勝ちつづけるのは難しい。
頑丈さにおいては流石のいすゞ車も、
あちこちガタがきはじめた。
部品を交換しつつ乗りつづけるという手もあるのだけれど、
維持費を捻出するのが困難なのだった。
最後まで看取ってやれなくてゴメンよ。
あとしばらく、お世話になります。よろしく。


[750] まぶしい王様と天才ばか 2002年10月20日 (日)

王様のライブ。
無理矢理仕事にかこつけて見に行った感あり。(ゆるして)
バッキングを務めた土下座ふぁいたあずの取材だったんだけどね。
相変わらず笑わせてくれました。
愛あるロック魂に乾杯。

開演前に急遽たのまれて貸したクラッシュシンバルに、
王様からサインをいただいたときの話。
インクの出がよくないマジックを交換しようとしたんだけど
スタッフ一同が新しいペンを見つけられずにいると、
「いや!あきらめちゃダメだ!!きっとある!!!」と叫んで
自らペンを探しに駆け出して行った王様の姿に、
あたしはある種の感動を覚えて、しばし恍惚としたのだった。

そういえば、はじめてライブを見に行った日の吾朗さんも、
初対面のあたしが会場で落としたコンタクトレンズを探しに
飛び出して行きそうになったのだった。
見つかるわけないって、ねえ。
でもあのあきらめない感じが、何だかとてもまぶしかったんだ。

そうそう。吾朗さんを中心に結成されている「天才ばかばんど」、
ついにCDが発売されました。
短歌朗読およびドラム演奏で、あたしも77曲目に参加しております。
以下、宣伝文の天才。もとい、転載。



すごいCDが出た!
100人100曲入り100円天才ばかばんど『百人一首』
1万枚限定!

世界最大の表現者集団「天才ばかばんど」のCDが10月20日に
全国のタワーレコード限定で発売されました。
メンバー350人のうちの100人がこのCDの中に収録されており100曲入り100円。
ぜひぜひ、みなさんタワーレコードに行った際には
「天才ばかばんど」の『百人一首』を!!
そしててんばかでは現在あらゆるジャンルの表現者も募集しております。
サイトトップのフォームからお気軽にどうぞ!
http://sound.jp/tenbaka/



てなとこです。タワレコで手に取ったひとは聴いてみてね。
と言いつつ、あたしもまだ聴いてないです。
大分のタワレコには10枚入荷したそうで、
あたしが見たときにはすでに2枚しか残ってなかったのー。
というわけで、タワレコへ急げ。皆の衆。


[749] バッド・ツェッペリン…。 2002年10月19日 (土)

とてもとても残念なことがひとつと、
それでもかなりうれしいことがひとつ。
うん、まあ、それでもうれしかったかな。
声が聴けたから。へへ。

今朝は変な夢を見た。
バッド・ツェッペリン(!!)という名前の洋菓子屋さんに入ったら、
差し出された顧客リストの中に自作の短歌を一首ずつ書く欄があって、
何故かそこには佐藤治郎さんや、加藤太郎さんや、
加藤治一さんや、後藤治郎さんといった名前が並んでいて、
作品がみんな加藤治郎さんの短歌のパロディみたいなの。
こ、これは…。

いっぱい汗をかいたような思いで、目が覚めた。
体温を計ったら、38.1度。ふう。
疲れてるんだってば。でも笑ったけど。


[748] コージー・パウエルごっこ。 2002年10月18日 (金)

休みらしい休みもないまま日々は過ぎてゆく。
ぽっかり空いた3時間を利用してすかさずスタジオ入りした。
気付いたらバンドの練習まであと1週間。
新曲が4曲もあるのにどうするんだ。>自分
ヴァン・ヘイレンもレインボーもブラックサバスも何とかなったけど、
ディープパープルだけがどうもカラダにつかない。
イアン・ペイスは絶対に変態だ。
あんな不自然な手癖ありえねーよっ(泣)。

スタジオを出てまた仕事。眠い…。


[747] アコガレノヒト 2002年10月17日 (木)

早朝出かけて、大分市内のはずれと地の果て(ゴメン)前津江村まで取材。
疲労と眠気がピークに達していた午後イチ、
しかし、とてもとてもウレシイ電話が鳴ったのだった。
いやーん♪♪♪
一気に元気回復。忙しくても頑張るー。
でも今夜は寝るけど。むふ。


[746] 晴れときどき眩暈 2002年10月16日 (水)

今日は国見町に取材。稲刈りのすすむ田園を眺める。
美しく並んだ藁小積み。整然とつづく稲の切株。
この穏やかな日本の風景を維持しているのは
ほかならぬ農家のひとたちなのだ、と今さらのように思い至った。
あたしがどんなに筆舌を尽くしてこの土地の素晴らしさを描いたとしても、
実際に手を下しカラダで作用していることなど、何ひとつないのだ。

予定よりやや早く帰宅できた。短歌関連サイトの巡回。
今後このサイトをどう展開してゆくかなどをつらつらと考える。
ラエティティア歌会の選歌。ひさびさの参加でちょっと筋肉の鈍りを感じた。

とてもすきな歌をデスクトップのメモに掲示している。それだけでシアワセ。
だってたとえばそんなものでしょ、歌って。


[745] もう何も月のひかりを遮るものは 2002年10月15日 (火)

Yahoo!のニュースで、作家の日野啓三さんが亡くなったことを知った。
理知的でありながら論理を超越した何かを水底にたたえた、
あの硬質なひかりのような文体が、とても好きなのだった。
もういちど『夢の島』を読み返すべく押入れを探る。
死にかけた鳥の声が耳にはりついて離れない。

これ以上どこへ還るの もう何も月のひかりを遮るものは/ひぐらしひなつ


[744] クローゼットにみどりの獏が 2002年10月14日 (月)

一日中あたまがぼんやりした印象。
冴えない日は、我ながら不安になる。
注意深くなれないときは人に会わない方がいい。
で、クローゼットの整理や部屋の掃除をして過ごした。
明日からの取材ラッシュまでに回復するかな。

高圧的な物言いをするひとは苦手だ。
だけどはっきりと主張できないのも困る。
やわらかく他者を受け容れながら持論を展開できたら、
それはどんなにスマートなコミュニケーションだろう。

とりあえずからだが拒否するものからは、逃げていてもいいよね。
紅茶タイム。


[743] 切れかけの電池でうごくアンダンテ 2002年10月13日 (日)

ときどき電池が切れるように爆睡してしまう。
WEBの古本屋で見つけた万葉集の資料は売り切れたあとだった。
図書館にも入ってないし、がっくり。他の手を探さねば。

とにかく、集中力が必要だ。
何事も、もっと繊細にものごとをすくいあげる必要がある。
漫然と、粗雑な生きかたはするなよひぐらし。


[742] 題詠が苦手な理由 2002年10月12日 (土)

今日はBS2で「列島縦断短歌スペシャル」の放送日。
年に2回行われるいわばイベントのような番組で、
FAXで投稿される3000首あまりの歌を5人の選者が生放送中に選歌するほか、
若手歌人たちによる歌会が生中継されるという企画だ。
11時から16時まで釘付けになるけれど、
批評会やシンポジウムになかなか出席できない地方住まいにとっては
短歌の現在をリアルタイムで感じる、割とありがたい番組である。
ここのところBSの観れない環境で暮らしていたのだが、
今日はこのためにあわてて契約したCATVの設置が間にあったのだった。

歌会は愛知県蒲郡の文学記念館で。
荻原裕幸さんを中心に田中槐さん、加藤治郎さん、東直子さん、
穂村弘さん、江戸雪さんという気鋭6人が集った。
第1部は記名式の、めずらしい方法での歌会。
第2部はよくある無記名方式だったけれど、
ついついやってしまう作者予想はことごとく的中してしまうのだった(笑)。

FAX投稿にもひさしぶりに参加。題は「扉」と「踊る」。
難しい題だった上に、もともと題詠は苦手だ。
突然つきつけられたモチーフを使って
短時間で深い思考レベルにまで到達することは本当に難しい。
ちょっと見に気が利いた風を装ったりすることはできても、
読むひとの心を動かすだけのちからを持つ歌は、なかなか作れない。
こういうところに「人間力」なるものが反映するのだな、と思う。
それでも何とか一首、50選には残ることができた。
勝野かおりさんもいたな。ひさしぶり。元気でやってるかい。

美術室より運び出されるトルソーが壊れたドアのひかりをくぐる/ひぐらしひなつ


[741] EB-3とチャイナシンバルと歌集歌書。 2002年10月11日 (金)

WEBで見つけた中古のEB-3を買いたい銀河くんにつきあって福岡へ。
KEYではあたしも実にビザールなチャイナシンバルを買って、
紀伊国屋書店で短歌コーナーをチェック。
大分に比べたらずいぶん品揃えがマシだけれど、
やっぱりまだまだ物足りない。
いや、たとえ揃っていても高価すぎて買えないんだけどね。
それにしても残念だったのは探しものが絶版になっていたこと。
万葉集関連の資料で目的のものはなかなか見つからないのだ。

日付けが変わって帰宅。
慢性疲労気味。せめてゆっくりと珈琲を飲む。


[740] しかもなほ雨 2002年10月10日 (木)

塚原の「木屋かみの」を取材。
ちょうど開催されている「あかり展」で
神野さんの作品はすでに見ていた。
立てて置けばイコンのような、
寝かせて置けば棺のような、
十字架をモチーフにしたオブジェ。
やわらかく漏れるあかりに、安藤忠雄の光の教会を思い出していた。
「怖いっていう人もいるんですよ」と神野さんは笑ったけれど、
たどりつく場所がここならばそれはやさしい場所だ、と思う。

しかもなほ雨、ひとらみな十字架をうつしづかなる釘音きけり/塚本邦雄


[739] 危うくなるような 2002年10月09日 (水)

土下座ふぁいたあずの取材うちあわせのため、竹田へ。
ちょうど企画観光課に勤めている篤美さんのお世話になった。
城下町の古い商店街を歩くのは大好きだ。
名水前の水路で蟹をつかまえて遊ぶ子供たちに挨拶されながら
隠れ切支丹の隠れ処跡や武家屋敷跡を眺める。
足元が危うくなるような深い青空。
この街にも時空の捻れが存在するみたいだ。


[738] 数年に一度の大決壊。 2002年10月08日 (火)

ずっと精神がこわばっているのを感じてはいたけれど、
よほど疲れていたのだろう。
酔っ払いの大嫌いなあたしが珍しく酔っ払った。
数年に一度あるかないかの事態である。

どうやらすっかり子供状態になっていたという。
「最初はふざけていると思っていたけど、
 本当に疲れていたんだねえ」(銀河くん談)
…ということらしい。
確かにやたらとそこらじゅうの人に甘えたくなった気がする。
珍しいものを見ただろ。くそう。

がんばりすぎるのはよくないです。
変なところでがんばってるのがよくないです。
そういうチカラを抜くことができたら、
もっと本質のところでがんばれると思うよ、自分。

それにしても本当に珍しいものを見せてしまった。
不覚ナリ。ちっ(笑)。


[737] 見えなくてもそばにいる 2002年10月07日 (月)

取材で、犬の訓練士さんに会う。無駄吠えについて。
無駄、というのは人間側の都合で「無駄」なのであって
犬に取っては愛情表現だったりさみしさや不安の主張だったりするのだ。
人の子供にするのと同じで、犬にも「いないいないばあ」が必要なのだという。
いないいないばあ。姿が見えなくても、ぼくはきみのそばにいるよ、と。


[736] 水は水の 2002年10月06日 (日)

都合でお休みさせてもらった先月の短歌講座の詠草へのコメントに追われる。
どんな歌に対しても一首ずつ丁寧に読み込んでゆくのは有意義だ。
全部で50首もあったか。夕方すべてをファックスし終えて、ほっとする。

ようやく総合誌に手をつける。
「短歌WAVE」秋号は長嶋有と千葉聡の対談、および近代短歌のパスティーシュ。
「角川短歌」10月号は塚本邦雄。短歌をはじめた頃つよく傾倒して読んだ最たるひとりだ。
新作32首「早苗饗始め」。その歌の存在感だけで、苦しくなる。

歌は、つたわる。それは叶うことだと信じたい。

水は水の行方にまじりつひの日の我が聲ひそめ一筋の歌/塚本邦雄