[21] Re[20]: 伝達速度差 枡野浩一 2002年10月10日 (木) 16時34分荻原裕幸さん、ありがとうございます。
私の掲示板では、こんな話をしました。
本人がしゃべりすぎていますが、
こういう機会でもないと、
どこにも書かない/書けないことなので……。
↓
http://6008.teacup.com/k/bbshttp://6004.teacup.com/nomasu/bbs
[20] 伝達速度差 荻原裕幸 2002年10月10日 (木) 04時36分先日からあれこれ考えていたこと、
部分的にここにアップしておきます。
論としてまとめるには、
まだあまりにもメモ的なので。
まずは文献の引用。
枡野浩一さんの作品をめぐる山田富士郎さんの文章です。
読んだときから気になってしかたなかった一文。
抄出なので、原本をお持ちの方はそちらでご覧下さい。
======================================================================
有名な画家の絵だからすばらしい 値段を知るとなおすばらしい 枡野浩一
神様はいると思うよ 冗談が好きでモテないやつだろうけど
流行が終わるころには新作の発表がある世界の病気
合せ鏡の中にいるように、出口がなく変化もしない(ように見え
る)豊かで停滞したバブル社会以後の社会に生きるものの自意識と
シニシズムとウィットのなのだ。どこまで行っても消費社会の壁の
中、決して自然や歴史や他者に出会わない。閉塞感と妙な安心感。
枡野は「不安の影がさすよりも速く考える人」(ピエール・ブルデ
ュー)である。これは短歌という詩型の特質と正反対の人だという
意味である。短歌という詩型の特性は、少なくとも良質なそれは、
言葉の意味の伝達と、情念や思念の伝達の間にずれが生じることに
ある。後者の方が遅く届いて立体感を与える(これを古人は余情と
呼ぶ)のである。このずれにこそ短歌の詩としての生命のかなりの
部分がある。
山田富士郎「「歌壇」の変容について」
(邑書林『現代短歌一〇〇人二〇首』所収)
======================================================================
山田富士郎さんの文章では、
短歌の作品の、意味と情念・思念との
伝達速度差がゼロに近い場合、
その「詩の生命」のかなりの部分が失われる、
ということが強く主張されています。
山田さんが言いたいことを
自分ではそこそこ理解しているつもりなのですが、
それでも、伝達速度差の問題というのは、
個々の読者の能力にあまりに大きく左右されるのではないか、
という疑問が、どうしても解けません。
山田さんは、引用歌の伝達速度差を、
たぶんほぼゼロに近いものとして捉えているようですが、
ぼく自身が速度差ゼロに近いと感じたのは3首目だけで、
これはすぐに一味足りない(「終わる前には」じゃないのか)
とか思ったのですが、
1首目2首目は、どうなのでしょう。
読んで意味がわかって、それが、
ああなるほどなあ、に到るまで、
それなりの時間を要しました。
読めてしまえば時間差ゼロのような錯覚を得ますが、
これは「立体感」を得るのに充分な時間差とは言えないのかな。
たぶん時間差は個々人によってかわってくるのだと思います。
山田さんが前提としている「読者」は、
よほど短歌を読み慣れている人じゃないでしょうか。
立体感=余情についてはよくわかるのですが、
前提となる「読者」層をどこかにスライドすると
枡野浩一の本質/根底に、山田さんの言うところの
短歌の特性、を活かしている姿が見えないでしょうか。
★
未整理の要素の多いメモですが、
ちょっと煮つめてみたいと思っているので、
もし何か感じるところがありましたら、
ご意見いただけるとうれしいです。
http://www.na.rim.or.jp/~ogihara/0824/
[19] こんばんは。 荻原裕幸 2002年09月27日 (金) 21時47分>五十嵐きよみさん
西王燦さんは、あるいは、
歌会で忙しいかも、ですね。(^^;;;
短歌人のウェブ歌会、
「詠草の発表ページに戻らないと、
詠草の全体が読めない」のは、
ぼくもちょっと読みにくかったけど、
ウインドウを二つ開けることを
前提に考えているのかな……。
#梨の実歌会、スタートしましたね。
#なんとか時間をつくってコメントする予定です。
#どうぞよろしくお願いします。
★
「O-net短歌コンテスト」のスタッフさんは、
もしかして、リンク集から
全掲示板を巡回したのかな……。
すごいパワーですね。(^^;;;
http://www.na.rim.or.jp/~ogihara/0824/
[18] 第15回O-net短歌コンテスト 第15回O-net短歌コンテスト 2002年09月26日 (木) 12時52分突然の書き込み申し訳ありません。
出会いのネットワークO−net(オーネット)≠フ株式会社オーエムエムジーでは、本年も「第15回O-net短歌コンテスト」を実施いたします。
テーマは「あなただけの三十一文字のラヴソング」。現在進行形の恋。まだ出会わない恋へのあこがれ。遠い日の恋の想い出。傍らで優しく見守ってあげたい恋。いろいろなかたちの「恋するこころ」を約三十一文字にまとめてください。
http://www.onet.co.jp/tanka
締め切りは10月9日。ご応募お待ちしておりますhttp://www.onet.co.jp/tanka
[17] ここに書くのはどうかとは思いますが・・・ 五十嵐きよみ 2002年09月25日 (水) 19時58分こんばんは。
件名の通り、ここに書くのはどうかとは思うのですが、
「短歌人」の掲示板にまだお邪魔したことがないもので、
つい、気安いほうに書かせていただいてしまいます。
>西王さん
(ご覧になっているかしらん)
「短歌人」の歌会、興味深く拝見しています。
ROMの立場として、ひとつリクエストなのですが、
皆さんのコメントの最初に、
話題にしている詠草の全文の引用があると、
コメントの内容がさらにわかりやすいかなと思います。
いろんな機能が備わっているようなので、
もしかして、私が使いこなせていないだけでしたら
お恥ずかしいのですが、
詠草の発表ページに戻らないと、
詠草の全体が読めない(と思う)ので。
「コメントの冒頭に詠草を貼付すること」
というような約束事をつくっていただくと、
とてもうれしいなと思いました。
ご検討いただければ幸いです。http://www.parkcity.ne.jp/~noma-iga/
[16] Re[14][15]:「内向き」「外向き」のこと 荻原裕幸 2002年09月16日 (月) 14時29分西王燦さん、五十嵐きよみさん、
コメントどうもありがとうございます。
西王さん、リアルな、
歌会たちあげの経緯をお聞かせいただき、
どうもありがとうございました。(^^)
五十嵐さん、
ネットがものたりない、と感じる人は、
あるいは、オフラインの歌会に出かける、
という人が多いのかも知れないですね。
歌に対する力が必要というだけではなく、
時間的な困難もともなうことですから、
ネット上でそれを解決すべきだ、
という発想にまっすぐつながらないのかも。
★
ちなみに、昨年の、6月3日(日)〜13日(水)、
「インターネットと短歌の現在」というテーマで
e短歌salon ↓ において、
http://www.sweetswan.com/ypbbs/
短期に集中してディスカッションをおこないました。
その時点での諸人のネット短歌観が見えます。
未見の方、よろしければご覧下さい。
ログの番号は、[665]〜[814] です。
http://www.na.rim.or.jp/~ogihara/0824/
[15] Re:[13][14]「内向き」「外向き」のこと 五十嵐きよみ 2002年09月15日 (日) 17時07分こんにちは。
なんか、すっかり歌会の話題にしてしまって、スミマセン。
>西王さん
>五十嵐さんのお書きのところ、よく解ります。短歌人の公募歌会でも、
>五十嵐さんの歌会をかなり意識しています。その「雰囲気」を雛形として
>引用したい、と。(妙な言い方ですが、、、)
ありがとうございます。たいへん光栄です。
あまり個人的なことを書くのもなんですが、
「短歌人」のHPは、ネットを始めたばかりの頃(4年前)から、
よく覗かせていただいていました。
もし、そのころ「短歌人」でオープンな歌会が開かれていたら、
すぐさま参加させていただいただろうし、
そうなっていたら、たぶん、その流れで「短歌人」に入会することもあっただろう、
と思うところのある身としては、
なんというか、たいへん光栄であり、ややビビっております。はい。(^^;;;
歌会を始められたいきさつも、お聞かせくださり、ありがとうございました。
>荻原さん
>9番のレスでぼくがこだわってしまったのは、
>主催サイドの短歌観の押し出しの柔らかさ、です。
>短歌ってこんな感じだよね、という押し出しが、
>オープンの歌会ではどこか柔らかくなっているわけで、
>そのために入りやすい、そのために学びにくい。
これも確かにありますね。
ネット歌会は、指導的な立場の人間が不在であることが多いため、
「楽しい感想会」で終わってしまいがち、といいますか。
もちろん、それはそれでよさがあると思いますが、
物足りなさもあると思います。
そういえば、一度、私の掲示板で、
「ネット短歌」「ネット歌人」のことが話題になったことがあります。
ネットに批判的な文章(私の読んでいる範囲で、ということになりますが)に、
突かれるといちばん痛いこの点の指摘が欠けているのは、
私としては非常に不可解です。
http://www.parkcity.ne.jp/~noma-iga/
[14] Re[12]: 「内向き」「外向き」のこと 西王燦 2002年09月15日 (日) 15時03分五十嵐さんのお書きのところ、よく解ります。短歌人の公募歌会でも、
五十嵐さんの歌会をかなり意識しています。その「雰囲気」を雛形として
引用したい、と。(妙な言い方ですが、、、)
閉じていく、というのはたしかにありますよね。私は短歌歌会はあまり得意
じゃないのですが、たとえば「どどいつ」を合同で制作するとしますと、
いつのまにか「ファミリー」が形成されます。「連句」は言うまでもなく。
一方、荻原さんの書くところの、内向きに、深く、静かに、なにかを吸収する
ような「場」というのも、ウェブ緊急の課題として解ります。
試みを通して、私自身に不明な部分が見えてくると、暢気に構えています。
■以下の部分だけ、注釈。
No.:6
>今回、「短歌人」で歌会が開かれると知り、
>一個人の思いつきで始められる個人主催の歌会と違って、
>始めるまでに準備期間が必要だった、ということなのかなと思いました。
いや、これはまったく違います。今公募中なので、書きにくいのですが、、、
「短歌人」の歌会は、私個人の思いつきです。短歌人のページを引き継いで
ひと月、さすがに結社のページなので、内向きの話題、ことに短歌人の場合は
「主宰」とか「師弟」とか「選者」とかいう、「組織論」にエネルギーを費や
したところあり。「自主管理」などという70年代の幻想崇拝者として、
私自身がそれらを煽ったところもあり。
で、ふと思いついて、外に開かれた歌会を始めよう、と、短歌人の掲示板を作
ってくれているCGIに詳しい方に歌会用の掲示板を作るように依頼し、その
日のうちに、あれらのアナウンスをしてしまったのです。(^_^)
[13] Re[12]: 「内向き」「外向き」のこと 荻原裕幸 2002年09月15日 (日) 14時13分>五十嵐きよみさん
コメントありがとうございます。
そうですね、ぼくのレスは、
西王燦さんの発言のポイントを、
逸れたところでうけているかも、ですね。
ご指摘ありがとうございました。(^^)
「内向き」「外向き」について、
五十嵐さんの言うように、ネット歌会で、
グループっぽい雰囲気に閉じてゆくこと、
開きすぎて発言がノイズ化してゆくこと、
のころあいのバランスはたしかにむずかしいですね。
★
9番のレスでぼくがこだわってしまったのは、
主催サイドの短歌観の押し出しの柔らかさ、です。
短歌ってこんな感じだよね、という押し出しが、
オープンの歌会ではどこか柔らかくなっているわけで、
そのために入りやすい、そのために学びにくい。
梨の実歌会のバランスがとれている、と言うのは、
継続的に均衡をたもっているという意味ではなく、
この押し出しを強めたり弱めたり、を繰り返し、
双方の長所(と短所)を実現している、ことです。(^^)
http://www.na.rim.or.jp/~ogihara/0824/
[12] 「内向き」「外向き」のこと 五十嵐きよみ 2002年09月15日 (日) 11時35分おはようございます。
最初から複数の話題が錯綜してしまうのは、よくないんだろうなと思いつつも、
すみません、「内向き」「外向き」の話、もう少し続けてもいいでしょうか。
荻原さん
>ちなみに、五十嵐さんの梨の実歌会について言えば、
>この内向き・外向きのバランスがとれている、
>双方の長所も短所ももっている、と感じます。
ありがとうございます。
ただ、西王さんのご発言のポイントは、
内向きに「閉じている」ではなくて、内向きに「閉じていく」
というところにあったのではないかと思っています。
少なくとも、私としては、「いく」であったために、耳が痛かったのでした。
オープンな掲示板を利用しての歌会は、
その性質上、基本的には「閉じている」ものではないと思います。
ただ、それにもかかわらず、回を重ねていくことによって、
「閉じていく」傾向があるのではないかと。
たとえば、メンバーが固定してきて、
親しい雰囲気になる、といえば言葉はいいけれど、
馴れ合いになってしまったり、新しい方が参加されにくくなったり・・・。
そういう可能性がある点が、
ネット歌会というものの問題点のひとつではないかと考えています。
その一方で、基本的には「外に開かれている」ことによって、
参加者が増えすぎてしまい、歌会がイモ洗い状態(?)になるというか、
有意義な議論が交わせなくなる可能性もまたあり、
それはそれで問題になってくるだろうとも考えています。
オープンなネット歌会は、ころあいのバランス、というのが難しいですね。
http://www.parkcity.ne.jp/~noma-iga/
[11] というわけで、 荻原裕幸 2002年09月15日 (日) 05時50分31フォーラムが正式に再スタートしました。
コメントには、できるだけ時間をつくって
レスしてゆくつもりですが、
さっぱり顔を出せないときもありますので、
荻原の書きこみがないときも、ご意見・レス等、
様子を見ながら展開していただければうれしいです。
どうぞよろしくお願いします。
http://www.na.rim.or.jp/~ogihara/0824/
[10] Re[7]: 「短歌とその一般性」について話せばいいんでしたっけ? 荻原裕幸 2002年09月15日 (日) 05時34分>さとう@お気楽さん
コメントどうもありがとうございました。
デジタル・ビスケットの掲示板、小休止を入れて、
話の腰を折ってしまったみたいですみませんでした。(^^;;;
★
言及されている篠弘さんのその文章は、
引用がすこし長くなりますが、
「ちなみにインターネットによる作品の交歓は、風俗への傾斜をうながす。
自分の作品を読んでくれる読者と共有しうるという、
たしかな感触があるかもしれないが、とかく
機知やアイディアを愉しむ場となりかねない。
そうした自己表現は「若さ」や「薄さ」になだれてゆき、
その風俗現象の枠組みの中でのみ、それなりの意味をもつ。
生活実感が装飾化されて、もとより稀薄なものとなりかねない。
短歌が「商品」になることはあり得ないが
(俵万智の『サラダ記念日』は市場を席捲したが)、
きそって「商品」を製造するかのようである。
これほど通俗化の危険を感じたことは、かつてなかったことではないか」
という部分ですね。
それと藤原龍一郎さんの文章は、
「短歌にも詳しい文化人でいいではないか」でしょうか。
★
> はじめから売れ筋と見なされて世に出された歌集は、
> 出版物としての一般性を獲得しているだけなんじゃないかと思います。
はい。おっしゃること、わかります。
篠弘さんが言っているのは、
短歌観を反映させて短歌を書くということは
市場の要求を反映させて商品を製造することとは
過程として違っている、という意味なのでしょうね。
> なら、読み手(購買者)がそれを短歌作品集として読むことを強制しないわけで、
> たとえば「サラダ記念日」なら、
> タレント本やコピーライター教本として買われたり、
> 内容が短歌であることを知らないまま
> 単なる話題本として買われたとしても作者は文句が言えなくなってしまう。
> だって売れたんだから。それって、歌人としてつらくはないかしら。
これは、どうなのでしょうねえ。
う〜ん。どんな視点からであるにせよ、
自身が書いた「テキスト」に興味をもたれて、
それで、歌集が売れて読まれるのであるとすれば、
積極的にうれしいとまでは感じにくい
といったケースもあるかも知れませんが、
歌人=作者としてつらい
ということはないような気もしますが……。
どうかな。そんなこともないのかな。
http://www.na.rim.or.jp/~ogihara/0824/
[9] Re[6]: あ、始まったのですね 荻原裕幸 2002年09月15日 (日) 05時30分>五十嵐きよみさん
コメントどうもありがとうございました。
また、話題についてのお気遣い、感謝します。
> 私も、自分の掲示板で歌会を開いている立場上、
> 「内向き」に閉じていく、というご指摘は、耳が痛いところです。
西王燦さんの「内向き」に閉じるという指摘は、
ぼくにはちょっと意外な指摘でした。
オフラインでの歌会をそれなりに見た経験で、
ぼくの感じる正直なところを言えば、
オンラインの公募歌会の多くは、
むしろ「外向き」すぎるくらいの感じ。
もう少し「内向き」に閉じて、
何かを学んだり吸収したりする場として
強く機能させる面があってもいいかなと思っていたのです。
ちなみに、五十嵐さんの梨の実歌会について言えば、
この内向き・外向きのバランスがとれている、
双方の長所も短所ももっている、と感じます。
★
>西王燦さん
西王さんたちが「短歌人」の公募歌会でめざすところは、
いまの段階でははっきりはわからないのですが、
結社主催の歌会ということであれば、
閉じないまでも、「内向き」の利点を活かす、
といった部分が多くあってもいいのではないか、
などと思ったりもしています。
試行のうちにベストの方法が見つかること、
期待したいです。
http://www.na.rim.or.jp/~ogihara/0824/
[8] Re[5]: 歌集の帯、歌会の帯 荻原裕幸 2002年09月15日 (日) 05時25分>西王燦さん
はじめのコメント、
どうもありがとうございました。
> 前川佐美雄全集第一巻短歌J(砂子屋書房)が手許にあります。
> とても素敵な本です。
前川佐美雄全集、刊行はじまっているのですね。
帯の宣伝については、ぼく個人としては、
それで全集が刊行されるならまあいいんじゃないか、
などと考えてしまうくちです。(^^;;;
公募歌会については別にコメントしますね。
★
ちなみに、前川佐美雄って、
最近はどのくらい読まれているのでしょうね。
『植物祭』『大和』等は、読んでいてあたりまえ、
なんて感覚をもっていたのですが、どうも最近、
それもマニア的な感じになりつつあるのかな。
好きなうたをちょっと引用しておきます。
いますぐに君はこの街に放火せよその焔(ひ)の何んとうつくしからむ(『植物祭』)
春がすみいよよ濃くなる真昼間のなにも見えねば大和と思へ(『大和』)
http://www.na.rim.or.jp/~ogihara/0824/
[7] 「短歌とその一般性」について話せばいいんでしたっけ? お気楽@さとう 2002年09月15日 (日) 01時22分「おたく」と言う言葉の定義がいまいちよく分からなかったので、あえて使わずこの間の議論を言い表すと、こんな感じになるんでしょうか。
デジタルビスケットBBSでの議論がお預けになった後、たまたま読んでいた角川「短歌」の9月号で、篠弘さんが「(「サラダ記念日」は例外として)短歌の商品化はありえない」という趣旨の発言をしておいででした。
今ちょっと手元にないんで、正確な引用はできないんですが・・・。
最初にお断りしておきますが、私が取り上げたいのは「歌集を売る」ことに関してであって「歌集の内容」ではありません。「サラダ記念日」は今読んでもいいなあと思います。
はじめから売れ筋と見なされて世に出された歌集は、出版物としての一般性を獲得しているだけなんじゃないかと思います。
つまり、内容が短歌である必然性はなくって、それどころか実用書形式でも売れさえすれば出版側は構わなかったのではないかと・・・。
なら、読み手(購買者)がそれを短歌作品集として読むことを強制しないわけで、たとえば「サラダ記念日」なら、タレント本やコピーライター教本として買われたり、内容が短歌であることを知らないまま単なる話題本として買われたとしても作者は文句が言えなくなってしまう。だって売れたんだから。それって、歌人としてつらくはないかしら。
藤原龍一郎さんが「短歌の引力」のなかで、俵さんのことを、「短歌もやる文化人」(これも不確かな引用なんです、ごめんなさい。)と書いてらして、ああなるほどと思いました。私が俵さんに感じたほかの歌人さんとの違いはその点にあると思ったからです。
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~okiraku/
[6] あ、始まったのですね 五十嵐きよみ 2002年09月14日 (土) 23時21分こんばんは。
どなたか書き込まれるかなと、今日はときどき覗いていました。
いや、自分がいの一番に書き込んでもよかったのですが、
この場が用意されるきっかけになった荻原さんの掲示板でのやりとりに少し参加して、
そのときの話題の核になるものが何だったのか、実は今ひとつ見えておりませんで、
あまりはずれたことを書くのもどうかと、ちょっとためらっていたのでした。
西王さん
>さて、いかにも「巨大な同人誌」ふうな試みですが、短歌結社「短歌人」のウェブサイト>で、公募歌会を始めました。
>この「公募歌会」というのは、短歌系サイトの「帯」なのだと思いますが、今までのとこ>ろ、この「帯」がうまく展開した例を多くは知りません。どうしても「内向き」に閉じて>いくのですね。何度か繰り返してみることで、この「帯」をいろいろ広げてみたいと考え>ています。
私も、自分の掲示板で歌会を開いている立場上、
「内向き」に閉じていく、というご指摘は、耳が痛いところです。
以前から、結社の掲示板で自由参加の歌会が開かれないものかしら、
どうして開かれないのだろう、と思ってきましたので、
「短歌人」の歌会、楽しみにしています。
ちなみに、私が「結社の掲示板で歌会が開かれないものかしら」とつねづね思っていたのは、
参加者にとっては、どこの誰ともよくわからない個人主催の歌会よりは
ずっと安心感があるのではないかと思ったことと、
結社にとっては、会員を増やす機会につながるのではないかと思ったからでした。
双方にとって、プラスになる面が大きいと思うのに、どうしてかな、と。
今回、「短歌人」で歌会が開かれると知り、
一個人の思いつきで始められる個人主催の歌会と違って、
始めるまでに準備期間が必要だった、ということなのかなと思いました。
http://www.parkcity.ne.jp/~noma-iga/
[5] 歌集の帯、歌会の帯 西王燦 2002年09月14日 (土) 20時18分前川佐美雄全集第一巻短歌J(砂子屋書房)が手許にあります。
とても素敵な本です。
ただ、これくらいに素敵な本(定価12,000円)の「帯」に
砂子屋書房から出版された別の歌人の歌集の宣伝が載っているのは、いかにも高度消費社会ふうで、私は好きじゃないです。
このスペースは前川佐美雄さんのためのみに使ってもよかった、と。
さて、いかにも「巨大な同人誌」ふうな試みですが、短歌結社「短歌人」のウェブサイトで、公募歌会を始めました。
この「公募歌会」というのは、短歌系サイトの「帯」なのだと思いますが、今までのところ、この「帯」がうまく展開した例を多くは知りません。どうしても「内向き」に閉じていくのですね。何度か繰り返してみることで、この「帯」をいろいろ広げてみたいと考えています。
>みなさん、試みに投稿を!
http://www5e.biglobe.ne.jp/~tankajin/
[4] ●運用開始時期 荻原裕幸 2002年09月08日 (日) 03時22分【2002年9月14日(土)午前0時】
上記の時刻を過ぎましたら、
書きこみいただいて構いません。
どうぞよろしくお願いします。
スケジュールは変更になる可能性もあります。
書きこみ前にリロードしてご確認下さい。
どうぞよろしくお願いします。
http://www.na.rim.or.jp/~ogihara/0824/
[3] ●若干の補足 荻原裕幸 2002年09月08日 (日) 03時21分コメントNo.2の以下の部分。
> 荻原は、ディスカッションの若干の舵取りと
> 荒らしやひやかしへの削除対応をいたします。
> (パブリックスペースではありませんので、
> 削除の判断等、恣意的なものになると思います。
> 荻原と意見が合わない、のは一向に構いませんが、
> 荻原と「感覚」が合わない、と感じる方は、
> 書きこみされない方が無難だと思います。)
何人かが諸処で反応されているのを
読んだり教えていただいたりしました。
ここで特定の誰かを想定してはいません。
どうぞよろしくお願いします。
http://www.na.rim.or.jp/~ogihara/0824/
[2] ●再スタートについて 荻原裕幸 2002年09月06日 (金) 03時01分ウェブ日記ogihara.com(8月28日付)
http://www.na.rim.or.jp/~ogihara/0824/
で、「オタク」と歌人との類似についてふれたところ、
デジタル・ビスケットの掲示板
http://www.sweetswan.com/biscuit/
(コメントNo.897〜951あたり参照)
に、さまざまな反響がありました。
詳しくは掲示板を見ていただく必要がありますが、
短歌がとざされがちな文芸ジャンルである、
ということを起点に種々の意見が出ています。
舵取りをほとんどしなかったため、
流れを追いにくいディスカッションになっていますが、
アクセスやコメントの感触から、
自由発言の場が求められているのを感じました。
再開をいささか躊躇していた「31フォーラム」を
この機会にスタートしたいと思います。
★
デジタル・ビスケットの掲示板で出た話題を
継続的に語っていただいても構いませんし、
(ただし、初見の人がわかるようにお願いします。)
新しい意見・提言を出していただいても構いません。
長期の運営を考えておりますので、
のんびりとディスカッションを進めてゆくつもりです。
原則として、ogihara.comの読者の方々や
www.sweetswan.comのユーザ・読者の方々からの提起で
ディスカッションを展開できればと思っています。
荻原は、ディスカッションの若干の舵取りと
荒らしやひやかしへの削除対応をいたします。
(パブリックスペースではありませんので、
削除の判断等、恣意的なものになると思います。
荻原と意見が合わない、のは一向に構いませんが、
荻原と「感覚」が合わない、と感じる方は、
書きこみされない方が無難だと思います。)
どうぞよろしくお願いします。
http://www.na.rim.or.jp/~ogihara/0824/
[1] ●はじめに/簡単な経緯 荻原裕幸 2002年09月06日 (金) 02時54分塩谷風月さんが開設した
短歌会話メーリングリスト【とびらあく】
http://www1.mahoroba.ne.jp/~shiotani/tobiraaku.html
の発展形式として、
「31フォーラム」という自由発言スタイルの掲示板が、
2002年1月まで運営されていました。
事情でリニューアルすることになって、
荻原が何らかのかたちで引き継ぐことになっていましたが、
しばらく空白期間ができていました。
完全な自由発言スタイルでは、運営不可能だと思いますので、
荻原裕幸の運営掲示板のディスカッションスペースとして、
しばらく試験的に運用してみたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
http://www.na.rim.or.jp/~ogihara/0824/