上弦の月は深夜を監視せりうすく開けたる山羊の眼(まなこ)で
新鮮な光と空気そよそよとサナトリウムは海辺がいいな
肩などがぶつかるように乗ってゆくラッシュに馴染まぬ異物のように
てかてかに使い込まれたTAROTより未だに照かる夢こそ羅針
ひっそりと開いて閉じて散っていく女流歌人の歌集は一冊
考えるときに眉毛を抜くクセがあってあなたの眼鏡はくもる
運命を四角い台に転がしていざ僕らのビリヤード場へ
蟻が象を噛むようなもの日本の開戦の日に言いて戦死す
夜と朝のあわいおぼろな曇り日の始発電車に乗る校了日
百錠の薬でしたか短歌では癒せないこともあるんだけどね
かさかさの中に右手は浸けてある さうだあんたは死を詠むなかれ
さみしさはなれたけれどもくれないのあめがみえますあの傷以降
青空に眩むふりして筆先で支えてもらうずるい私だ
環礁に沈む長門を思いながら開く牛乳石鹸赤箱
共感は理解ではない白桃の窪みに満ちる露だ君達
爆弾に直撃されて人体はとらんぽりんのように跳ねたよ
からころと煎る音のして銀杏と冷酒の日本の秋はおだやか
だって今買い時なのさ円高さ ああ君はもうそんなにも遠い
予言などするな戦の火の中に燃え尽きる娘のいのちのことを
パレスチナの民のほろぶを見たいのか瓦礫瓦礫に悲哀埋まる
違うという言葉を胸にカチカチとノックダウンのペン玩ぶ
百年の歴史を織りなす女性誌にわたしの色もひとすじふたすじ
走る人をずっと眺めているだけのきみの日曜、無惨にも晴れ
豚トロはここのあたりと喉を撫で はしゃぐあなたは煙りの向う
何事もぶつかることは避けていた魚の笑みを持つ少年
指先で鰯を開くその後に無言で潰す 夕餉の仕度
背中には世界が支へられてゐて曲げらるることなき象の膝
贅肉に刺青をするようなものかも知れないがわたしの薔薇だ
なにもかも洗い流して雨が降る明日のあさ飛ぶ燕のために
この一夜夢を見ないで眠りたい一滴の眼薬一口の酒
私の中の殺意に気づくとき人間というものに恐怖す
テーブルに落ちた涙を指につけ横顔描く落書きのように
漆黒のチャドルの下の右頬に火傷のあとがてかてか光る
口元も手足も腫れて痒いだろうにただ眠る子に蠅が群がる
キャラメルの甘さが口に広がるも知らずに飢えた幼子は死ぬ
自らの資質問いつつ最終の地下鉄に乗り校正紙見る
息子らが巣立てばほっかり空く席を抱えて初冬の薄青き空
命令を自衛隊員は待つのみとイラク派遣の新聞記事読む
安い口紅なんか買ふなよと言ふ君の何かがつらく指組んでゐた
ようこさんのようという字は何だつけ?たしか「葉」だよ生成りのやうな
そこにはつかぬくもりはあり白猫がいつも寝そべる古段ボール
わたくしが嬉しいときに「あ、そう」と言ふあなたをなぜか愛してました
突破せよ忙殺必至といふ日々を霜の吐息に喰はれさうな日を
良きイオンの話を初めて聞いたのは通り雨過ぎる君のアパート
バジル浮くスープをすする土曜日のだあれもゐないキッチン 日盛り
休みには本のページをめくるやうに遠ざけゆかむ感情の混沌
幾つもの呼びかけの後足りぬのは君の内なる我だと気づきぬ
ふと疲れた表情をして本心に近い話を君は始める
脱ぎ捨てたストッキングに熱 たらたらと残る痕跡気味悪く、振る
あたたかい光がさしてほかほかです 幸せなのだと信じていよう
うつすらと白き衣を凛として羽織るつはぶきその冬の朝
天高くきらめきていくB29を語りし父は南瓜が嫌い
超嫌いと目が言つてゐる行き着いた飲み屋でおやじクサヤ引き裂く
敏感に死のにほひ嗅ぐハイエナと異ならずシチュー鍋まはす
テーブルの木目に沿つて広がつて行くきみのこゑ君のコンソメ
テーブルの木目に沿つて広がつて行くきみのこゑ君のコンソ
茹でたての南京豆の湯気結ぶランプの巨人に願ひ事
張りぼてのモデルルールは炊ける匂ひも点てさせずがらんどう
初雪の朝息殺し戸をあけて干し柿一つ転がつてゐる
大根をみるみる下ろす親を見てうつとりとする子の常夜鍋
メイプルオートナッツスコーンであつてもやはり裏から食べるクセ
吊り棚におかれたパンの香りから麦の穂のざわめく場所へ行く
走る様に拝観する学生ら横目にくずきり食ふ法隆寺
一杯の朝のコーヒーに溶けていく通勤ラッシュも贅肉のうち
有限の表現の内に止まれよお揚げ一枚に明日をひらく
真夜中に玄関扉を開けるたび闇が忍んで澱となりゆく
ケネディのコイン ベトナム戦争の影も宿さず銀色に光る
立ちつくすもういないのに人混みに見かけた若いあなたに似た人
戦場に出る武士(もののふ)は化粧して職場の机電話上役
「短歌って何?」「短歌っていうのはね秋の夕暮からできている」
かさかさの手を水洗いしながらもきれいな心それがどうした
二十五時心の傷を照らすべく白く大きく降りしきる雪
跡形もなくいなくなる僕のこと君はいつまで覚えているか
十二支に選ばれざるをよろこびて白猫はわたしを踏んでゆく
千一夜かけて牛乳石鹸の正しさをお前に教えよう
おとうとよお前が生まれ落ちるのは白いはなびら満ちる校庭
十二時の鐘は響いてため息がこれほど役に立たないとはね
三十歳独身の願いはただひとつ「恋愛資本主義社会崩壊!」
人形師人形遣いそれぞれに雪降る街を去ろうとはせず
白い煙黒い煙と上がりだし街は山から見たほうがいい
恐そうな人にぶつかり木枯らしはごくわずかだけ弱くなりたり
哀しみに耐えきれず泣き出すごとく白山茶花は開きはじめる
爆発の光最後に眼裏(まなうら)に留めて君は盲(めしい)となるか
草原に最後まで残されるのは象使いより象のほうなり
あたらしい朝が来るとは誰が決めた白木の椅子の静かなること
とらんぽりん日本代表あっさりと「自分のために勝つ」と言うなり
ぼんやりと銀杏並木を眺めつつ貧乏という言葉を学ぶ
コカコーラとドーナツ欲しと米兵は砂塵の中に白い歯を見せ
ことことと円を売りドルを買い円を売り禿げるのはあとにしてくれないか
あしたから冬であります予言者がいちばん苦手な冬であります
舟の夫にいのち託して潜る海女一瞬の不信も兆さぬものか
ほろぶならあしたほろんでくれないか滋賀県近江八幡市出町
キャッチャーの声もようやく濁りだしノックは夕暮にさしかかる
絨毯のごとく言葉を織りながら朝の寒さに浸っていたり
傭兵で渡世する日本青年はアフガンイラクは職場と語る
一回も使うことなく捨ててやるあなたが買ってくれた眼薬
大花野どこまでもきらきらとして殺人の動機はここにある
コーランの主の祈りの念仏の祈る姿のどこが違うか
東京の公衆トイレの落書きにわが家の電話番号もあり
文化の日きれいな断崖絶壁でてかてかの顔見てしまいけり
人間のいのちを奪うこんなにも簡単なことか空爆の写真
想い出をみんな月夜に置いてゆきあなたの痒いところを撫でる
東鳩のキャラメルコーン一袋食べ終えて太陽は汚い
笑ってる君の写真を敷いて寝るお願い夢でいいから会いたい
山道に眠りし姉を踏みしめて資本主義から離れゆくなり
席順はかならずくじ引きで決めること柊の花ゆっくり開き
二カ月分白い日記よ来年の秋にはたぶん僕はいないと
伝言です 「これからもこれからもずっと裸で成田空港で待つ」
ただいまから老犬は守護神であり玄関を動こうとはしない
ワタクシを壊してくれる大雨をコインランドリーで待っております
迷いつつ人事調書の趣味欄に今年初めて「短歌」を加える
父さんに似るぐらいなら月面の足跡を消すほうがましです
赤字部門ゆえのかさかさ心まで異常乾燥注意報出る
化粧品売り場を広く見せるべくプラスチックの花を飾りぬ
誰よりも傷つき易いと言いながら新人いびる熟年OL
僕たちは浜辺に寝転がりながら明日こそ消えようと誓った
アルコ−ルやけした常務接待の支払い票が次々と来る
お歳暮は石鹸ばかり手も腹もそれほど汚れていると思えぬ
永遠の愛を誓っていたふたり光線銃を撃ちあうふたり
学歴か能力の差か年下の新取締役は自信に満ちる
ドーナツの穴からのぞく太陽の歪なることわたしのごとし
慣例のサ−ビス残業誰一人上司いる時は帰ろうとせず
快活な笑顔明るくふりまいて社内恋愛時代の愚妻
協力は出来ないと言う社長派の傀儡人形輩の逃げ腰
またしても堂々巡り予定時刻過ぎて紫煙とシラケが漂う
結局は感情論か上役とぶつかる度に出た異動辞令
パソコンを立ち上げてすぐ叱咤する声聞こえそうなメ−ルを開く
会社とは巨象突いても容易には動かぬ愚鈍さを抱え持つ
やることもそれ程無くていつまでも朝刊読んでいる取締役
ああ言えばこう言う二人とらんぽりんしているような社内恋愛
黄葉する銀杏並木入社した日はなよなよの裸木だった
ステンレス・オブジェの見積もり円錐の面積計算式を忘れる
団塊のわれらが集えば悲観的予言者ばかりになる赤ちょうちん
奢ってはほろぶがさだめ先人の企業経営理論を紐とく
反論を口に出せずにノック式シャ−プペン頻りに押し続けている
ペンギンに聞いた仕掛けを忘れてしまい27階で途方にくれた
中ぐらいの戦車のキャタピラ輸入して皇帝ペンギンの冠にした
あひみての後の心にくらぶれば海女になるなど容易きことと
くちなしの花の香りに気づかない渡世おくればいつも夕暮れ
祈らないことを選んだ翌朝の森にひとすじ金の罫線
手相ごと未来のすべて奪はれて見上げる空に北斗七星
身の上にふるふる降るはこぬか雨地雨むらさめひとかたの夢
思い切り抱きしめあつて別れたらたぶんあなたは仕合はせになる
蛇(くちなは)にそそのかされたふりをして口いつぱいに頬張つてみる
愉快なるとらんぽりんをするやうに事件を解きしジェシカおばさん
さまざまな記憶の扉開け放ち題詠マラソン短歌終わりぬ
かさかさと馬追い虫のはいまわり虫の世界もついに滅びぬ
年代の車あちこち傷だらけ我もおなじよ生きた証か
遅咲きのクレマチス枯れて支え棒ともにからまりその姿なし
手に包むように我が子を掻き抱けばベビー石鹸匂いほのかや
沖かなたむすんで続くリーフには満ちる潮(うしお)が白波たてり
島唄を聴きてドライブ出かければいつしかフレーズ口ずさむ時
春浅き温泉町に雪残る恋もまだらに消えかかるかも
指人形一歳の子の誕生の祝いに送るじじばばあより
蒲団干すかなた工場エントツに煙まっすぐ立ち昇るかも
とびら机ストーブ箪笥窓ガラスあんよの幼子ぶつかるぶつかる
朝陽さす今日も一日さあ生きよう閉じたるこころ開くときかな
七人で乗れる自動車探したが飼ってもみたい象の乗り物
声高に児は泣き叫びその母はよしよし言いつつ朝空けるらし
高校の体育館の隅だったとらんぽりん部どうしてるかな
ニュータウン銀杏もみじのこの通りつぎの通りはユリノキもみじ
100円を握りかれこれ15分あすの遠足おやつはどれに
占いは耳を塞いでやりすごす予言なんてはまああほらしく
ほろぶ生まるる繰り返すものの命はすべて一緒さ
そのまえに逃げ出さなけりゃヤバイようノックダウンはいますぐそこに
すばらしく朝陽かがやき夕陽照り映えたたみ織るらん美しき日よ
寝る前にかかさずさそうと先生と約束しても眼薬なくす
人間も虫と同じじゃ共食いもすれば親御を殺しもするぞ
落書きをなんじゃあこれと言い放つ小3の子の二歳児ノート
てかてかのほっぺつんつんしてみたいそのあとオシメ替えてあげよう
痒いときかけば気持ちのいいものをほおっておけば痛痒くなる
石垣の白砂さんご散る浜にわが肌焼けてキャラメルになり
いつまでも払えというのかこの時代固定資産税高すぎるぞう
幼き日席を与えし子供らも今は去りゆく机のひろし
卒業を待ち昇進を待ち定年を待つあとののぞみは死を待つことか
立ちつくし手のひらひらり顔くしゃり玄関先でわが子見送くる
名も知れぬどこかの国のコインあり押し潰したる姫リンゴ似の
風邪ひかず寝つきも早く元気モンそんなとこだけ似る子にそだて
化粧する君は灯りもつけずして鏡の中でなにをみている
鼻の穴おおきく笑うニパッとね僕にそっくりボクのあかちゃん
光さす窓辺のサフィニア咲き競い今日もいちにち心楽しも
子とともにおやつづくりでドーナツを揚げたが堅く輪ゴムのようだ
波間から顔だす足だす何ごとか修学旅行の海女のすがたは
お逮夜の焼香の列崩れたり服喪のことも渡世なるかな
自殺者はどなたの身代わり かなしみよ煙となって川をさすらう
ぶつかるという出来事が嫌いだとぶつかるものは風ばかり 冬
しばらくは咲いているはずアワダチソウ 冬が開いて川はおだやか
蛇の如く賢(さと)くなければという人の出世競争を誇る喉首
イエス君が野の百合愛でし地にいまはパレスチナ人の血の花が咲く
イエス君が野の百合愛でし地にいまはレスチナ人の血の花が咲く
ひたすらに翡翠色の実を欲して未だか未だかと銀杏を煎る
透明な糸をくはへて鳥たちは自分の空にストールを織る
眼薬を差してあげようこんな日は魚の視野にて暮らすのもいい
解のない方程式や完璧な数式へ抱きつづける殺意
堂堂と落書きしてもかなふまい茫茫とナスカの地上絵はや
黄緑の蛍光ペンでてかてかと好きな言葉は発色させて
早九字をひとり切りたりさみしさが遺伝してゆくやうな月の夜