[466] もう敵機も来ない菜虫をとつてゐる 2002年01月08日 (火)

今日もタイトルは下村槐太の句。
早くこういう心境になりたい人が現在の世界にはたくさんあるのだろう。

退社時のバスで越中島まで行き、今年初めてブックオフへ行く。
最近は全集の端本を買うのに凝ってしまって、100円で出ていると
ついつい買ってしまう。

買った端本。
・中公日本文学全集・『志賀直哉』 「暗夜行路」他収録。
・中公世界文学全集・ヘンリー・ジェイムズ『ボストンの人々』
 どちらも100円。

他に買った文庫
・村松友視『最後のベビーフェイス』角川文庫  100円
・山口瞳 『江分利満氏の華麗な生活』角川文庫 200円

ブックオフの割引ポイントを400点分持っていたので、全部で
500円のところ、400円引きで、税込み105円。
何か複雑な心境になる。

なんとなく喉の痛みを感じてきたので早く寝る。


[465] 文学もかなしネオンの赤き夏 2002年01月07日 (月)

季ちがいですが、下村槐太の句です。

いろいろの人が2001年を総括する文章をネット上で総括している。
私に関してだけいえば、世界が広がった1年だった。
川柳や現代詩の世界に関して、好奇心が強く起こるようになった。
そしてそれらの作家の人達とも顔をあわせることができ、作品や文章を
読むことができるようになった。
「視野の拡大の年」というフレーズで私自身は良いと思う。

一方で現状に不満や危機感を持つ人が存在することも大切。
要は、詩歌のどの部分に自分の行動のベクトルを定めるか、ということか。
私は楽観のベクトルに昨年からシフトしている。

短歌の世界だけにしぼってみると、歌書の出版が充実した1年だった。
『歌人回想録』(ながらみ書房)『昭和短歌の再検討』(砂子屋書房)、
『山中智恵子論集成』(砂子屋書房)などは、よく単行本にしてくれた、
とおおいに感謝したい。

あとは歌壇的ニュースでいえば、歌人小島ゆかりが知名度を格段にあげた年
でもあったと思う。
こういうノーマルなキャラクターが外部への回路を開いたことは重要な
ことだと思う。水原紫苑もポピュラリティー獲得の方向性がみえてきて
これも喜ばしいことだけれど、小島ゆかりよりは文学寄りのポピュラリ
ティーにならざるをえない。それはキャラクターの差だからどうしよう
もない。小島ゆかりは作務衣を着てテレビに出られるが、水原紫苑は
まさか作務衣を着るわけにはいかないということだ。


[464] 日曜のような気がしない日曜日 2002年01月06日 (日)

午前中は東直子さんの新歌集『青卵』をあらためて丁寧に読む。
ポストイットをつけていったら50首以上になってしまった。
短歌の言葉の感覚が、私の世代とは完全に異なった次元にある気がする。

午後は『竹山広全歌集』を持って、六本木のコモワイズイガワへ
史比古と一緒に髪を切りに行く。
かなり混んでいたので、結局2時間以上かかる。
青山ブックセンターで買い忘れていた「ユリイカ」12月号の
山田風太郎特集を買う。
日下三蔵の文章を読んでいたら、この人がたいへん若いということに
気づいた。名前のイメージから年輩者を想像していた。
忍法帖シリーズで私が好きなのは『外道忍法帖』。
もっとも、すべての長編を読んだわけではない。

けっこう疲れてしまい早く寝る。


[463] みそらーめんのやうなかなしみ 2002年01月05日 (土)

馬場あき子歌集『世紀』わ読む。
今年初めて読了した歌集ということになる。
一頁二首組み。活字のポイントも大きいのでたいへん読みやすい。
もと角川短歌の編集長だった本間眞人さんが設立した梧葉出版からの刊行
である。

・見捨てるといふ罪もなく為ぬといふ罪もなし沖縄の海は宥すや
・優等生の殻を捨てよと私もいはれたかつたその夏がくる
・精神のいぶせくて泣く油蝉たれゆゑに君が代の君となるひと
・粗末なる青い家の一間に書いてゐしカフカの『判決』のかなしみ思へ
・都市はもう混沌として人間はみそらーめんのやうなかなしみ

口語をとりいれながらも内容は鋭く重い。視線の鋭敏さに信頼がおける。

夜になってから、岸上大作の高校時代と大学時代の日記を読み返す。
岸上は「まひる野」に所属していたのだが、日記には歌会の詳しい記述
がまったくないのに気づく。


[462] 肉弾というメタファー 2002年01月04日 (金)

私の勤め先では、毎年1月4日が仕事始めで、新年全体会議というものが
ひらかれることになっている。
ここで社長の年頭の所信表明と勤続20周年の社員の表彰がある。
総務部の副部長が、この全体会議の進行をやることになっていて、
つまり、ここ3年は私が進行をおこなっている。

帰宅後、恒例の新日本プロレスの東京ドーム大会をテレビで見る。
永田裕志VS秋山準の試合がメインエベント。
大晦日に永田がミルコ・クロコップにハイキック一発で失神させられている
ので、永田はグッドファイトで、汚名挽回をしなければならないし、秋山は
ノアを代表して出場しているので、負けるわけにはいかない。
結局、エクスプロイダーで秋山が20分過ぎに勝利。
グッドファイトだつたといえる。

・肉弾というメタファーを疑いし瞬時ありしを恥と思え、と/藤原龍一郎


[461] 明日は金曜日 2002年01月03日 (木)

夜8時半過ぎに会社に行って、今、戻ってきたところ。
1月4日が仕事始めで、その日の午前中に新年全体会議というのがあるので
その準備をするためには3日に誰かが出社しなければならない。
それが今は私になっているということ。

今日の昼間はNHK恒例の「東西寄席」を見て、あとはずっと
『人魚とビスケット』を読んでいた。
松竹芸能はやっと、ますだ・おかだが出てきてよかったけれど
年齢的にその上が、横山たかし、ひろし、だというのは悲惨。
浪花座も閉鎖だそうで、もう、先行きはないかもしれない。
東京サイドも一時は壊滅的だったが、腹話術とかパントマイムとかの
イロモノで巻き返してくることができたのは面白い現象だと思う。

気がついたらもう年末年始休みも終り。
明日が金曜日というのだけが救いだけれどね。


[460] 初夢にアドバード飛ぶ五十歳 2002年01月02日 (水)

午前十時前に帰宅。
寝ていた史比古が起きてくる。
会社から持ってきたボール箱に文庫本を整理しながら入れて、ベランダに
出す。もうベランダ以外に置く場所がない。

横浜の母と和歌山の母に電話する。
和歌山の方では、かの子はNGKへつれていってもらっているとのこと。
去年の11月、12月と吉本新喜劇のビデオを一緒に見ていたので、なま
の舞台が見たかったのだろう。

テレビもつまらないので、引続き、読んでいない本ということで
椎名誠の『アド・バード』を読む。この本はハードカバーが出た時に
前半の三分の一くらいを読み、その後、読み終わらないうちに、ハード
カバー版は処分してしまったもの。
『水域』と『武装島田倉庫』がたいへん面白く読めたので、このSF大賞
受賞作を完読していないことが、ずっとストレスになっていたのだ。
午後から夜更けまでかけて一気に読了。
夕食は史比古がタンメンをつくってくれた。
夜8時頃、かの子から、吉本新喜劇を見て来た。内場勝則とか辻本茂雄が
面白かったと電話がある。

24時近くに『アド・バード』読了。やっとストレスがなくなった。
目黒孝二の解説にもあるとおりブライアン・オールディスの
『地球の長い午後』に基本的な影響を受けつつ、映画の『ブレードランナー』
やスペースオペラのジェイムスン教授シリーズあたりの換骨奪胎もある。
つまり、NWSF以前のSFファンの夢の結晶のようなものなのだ。

目がさえてしまったので、やはり去年買ったままにしておいた創元推理文庫
の『人魚とビスケット』を読み始める。
この本も一九六〇年代に大ロマン全集で出されたものの改訳版。
私が古本屋に行き始めた一九六〇年代の後半から七〇年代にかけては
古本屋ではいつでも見かけた本。この本も読み終われば、ストレスが
またひとつ解消されるだろう。


[459] 2002年という希望 2002年01月01日 (火)

日直から宿直という24時間勤務のために、朝9時半に会社に入る。
警備室に行くと、金城さんも24時間勤務だそうだ。
金城さんは警備業務を続けながら、司法試験合格をめざしている人。

元旦恒例の「爆笑ヒットパレード」の生放送中なのだが、総務局のテレビが
こわれていて、地上波が受信できない。
いろいろ入出力端子を差し込みなおしたりしてみたが映らないので、結局
あきらめて本を読むことにする。
半村良の『どぶどろ』。扶桑社の昭和ミステリ秘宝で12月に再刊された
もの。前半に短編が6本入っていて、後半の中篇で、それらの短編の登場
人物達が全員からみあって別の物語が展開するという凝った仕立ての人情噺。

昼食を取りに2階のコリドールを通ると、通常のタレントクロークがプロダ
クション関係者の控え室になっていて、吉本の横沢さんとかが坐っている。
M2カンパニーの宮原さんやサワズの嘉多山社長に声をかけられる。
食堂がまだ開いていなかったので、一度23階に戻る。
まもなく、嘉多山社長がやってきて、お笑い談義になる。
なんとか、東京喜劇の復活をはたすべきではないか、ということで、
意見が一致する。二十一世紀版雲の上団五郎一座である。
これは「笑息筋」の原健太郎さんの悲願でもある。

夕方になり『どぶどろ』を読み終わり、そのまま、こんどは宮部みゆきの
連作短編集『淋しい狩人』を読む。
これは古本屋が舞台になった短編集だが、作中の田辺書店というのが
南砂町にある私もしばしば行く古書店、たなべ書店がモデルになっている。
解説の大森望もそのことにふれている。
宮部みゆきの実家も仕事場も墨東地区なので、ここがモデルにされたの
だろう。

さて、2002年は希望の年になるのだろうか。


[458] 2001・12・31 ビヨンド・ザ・マット 2001年12月31日 (月)

昨日の宮部みゆき『火車』に続いて、読んでいそうで読んでいなかった本と
して、北村薫著『スキップ』を読みつづける。
北村薫さんは私のワセダミステリクラブの先輩にあたる。
時と人というテーマの長編だ。こういうテーマで作品を書いているのは
ジャック・フィニイと小林信彦、あとは広瀬正や宮部みゆきにもある。
おおむね、せつなくも心あたたまる作品にしあがっていることが多い。
とはいえ、今回の私の読後感は、いまひとつだったる
たぶん、こういう日常の中のデティールを積み上げる表現に私の感性が
ついていけなくたってしまっているからだろう。

夜になって、猪木祭り・猪木軍VS K1軍団を見る。
会場には友人のS君が行っていて、リアルタイムで経過と結果を携帯電話で
知らせてくれる。
テレビの方は四十五分遅れくらいのディレイ中継のようだった。
永田裕志がクロコップにハイキック一発でKOされたのは当然ショック。
プロレス者たちにとって、暗い年の終末かとおもったが、そこからが
まさに日本版ビヨンド・ザ・マットであった。
安田忠夫を人生土俵際のリストラ・ファイターという位置付けで、別れて
暮らしている長女との邂逅を描いてゆく。
ここは「ビヨンド・ザ・マット」で、ジェイク・ザ・スネーク・ロバーツが
やはり別れた娘に会いに行くシーンそのまま。
ああ、それがやりたかったのか、と思っていたところへS君から電話で
安田がバンナに勝って、さいたまアリーナ全体が熱狂しているとのこと。
ジェイク・ロバーツは娘にもはや何も与えることができなかったが
安田忠夫は娘に『捨て身の勇気』を与えることができた。
猪木はこの暗い年の大晦日にこういうエンディングを用意していたのだ。
「これがプロレスだ!」ということなのだ。
ハートウォーミング・ストーリーに酔いつつ眠りにつくことができる。


[457] エルロイから宮部みゆきへ 2001年12月30日 (日)

1996年12月30日、東京は土砂降りの雨だった。
配偶者は二人の子供をつれて実家に帰ってしまっていたので、私は
ただひとり暗い部屋で、エルロイの『ブラックダリア』わ読んでいた。

さて今年は日直ということで、朝9時に会社へ行き、午後5時30分まで
居なければならない。
何もする気がないので、ひたすら本でも読もうということで、文庫で買った
きり、ずっとほっておいた宮部みゆきの『火車』を読み続ける。
上野駅で携帯電話でしゃべっている男の描写など、さすがに古臭くなって
しまっているが、カードの陥穽というテーマは今でも当然古びてはいない。

帰りに門前仲町のブックオフに寄る。
蝸牛社の蝸牛文庫シリーズとして、山頭火とか嵐雪とか虚子とかの300句
に、門弟筋の俳人や学者が、短文の鑑賞をつけた本があり、これが定価の
半額の700円均一なので少しまとめて買う。
とはいえ、ブックオフで700円というのは高い気もするのだが。

帰宅してから、阿佐田哲也の『外伝・麻雀放浪記』を読む。
阿佐田哲也の麻雀短編小説の拾遺篇。
ただし、「麻雀科専攻」という短編は、何かの短編集で読んでいた。

夜中に史比古がテレビでWWFをやっていると起こしに来る。
12チャンネルの「スマックダウン」であった。
例の悪名高い、Kiss my ass matchだったので
ついつい見てしまう。
解説者のジム・ロスの声は吹替えになっているのだが、ばかばかしい
吹替えである。


[456] 似たもの夫婦と何でもできる人 2001年12月29日 (土)

今年最後の駄句駄句会ということで御徒町のふぐの店に行く。
去年と同じ場所。
ふぐを専門店で食べるのは、生涯で今日が4回目。

山藤章二宗匠の発案で、夫婦同伴できる人は奥様も連れてくる
ということで集まったのは、夫婦5組と男4人と独身女性一人。15人。
山藤章二夫妻、高田文夫夫妻、吉川潮夫妻、島敏光夫妻、立川左談次夫妻、
と5組の夫婦が、顔が似ているのに驚く。
夫婦は永年つれそっていると顔が似てくるというが本当にそのとおり。
特に島さんと左談次さんのご夫婦は本当によく似ている。

島敏光さんのお父さんはジャズシンガーの笈田敏夫さんだが、その三番目の
今の奥様は、島さんの奥様と同じ年齢なのだそうだ。
そして、吉川潮さんの奥様は、ご存知、柳家小菊師匠。
あとの参加者は、ただ一人の独身の演芸プロデューサーの木村万里さん。
玉置宏さん。松尾貴史さん。大有企画の社長の中村さん。そしてフジワラ。

結局、せっかくのふぐを前にして俳句をつくるのは野暮だ、ということで
ふぐを食べる会になった。
鍋物なので何となく数人ずつ組みになり、私は松尾さんと島さんと三人に
なったのだが、松尾貴史という人はなんでもでき、なんでも知っている人
であると、つくづく感心した。
みごとにふぐ鍋をつくりながら、昨日のテレビのマスクドマジシャンの
正体がバレンチノというブラジル人で、他人のネタの暴露をやりすぎて
本国に居られなくなり、現在はあのように、ネタの切り売りをして世界
をまわっていること、日本で彼を呼んだのは、Sプロデューサーである
ことなど、すべて教えてくれた。
そのあいだに、煮えた鍋物をこちらの小皿にどんどんとりわけてくれたり
するので、すっかり恐縮してしまう。
汁には灰汁が浮いていないし、みごとな鍋奉行ぶり。
隣の木村万里、左談次、高田文夫組の鍋の汁はにごった感じになっていた
のにくらべて、私たちの鍋はきれいなもの。
最後の雑炊の卵の入れ方まで本職はだしですっかりお世話になってしまった。
もちろん、鍋の面倒を見ながら、それぞれの会話にがんがん洒落たツッコミ
をいれていくので笑いもたえない。
真の意味でのマルチタレントと言うほかはない。

大江戸線のホームでみなさまと別れる。
玉置宏さんと松尾貴史さんと私が同じ方向。
私だけ門前仲町で降りて、帰宅。

史比古がビデオに撮っておいてくれた「メチャイケ・スペシャル」を見る。
フジテレビ警察として出てきた交番、そういえはぜ18階のコリドールに
11月の半ば頃から、毎週水曜日になると出現していたが、このロケのた
めだったのか。
深夜バスで家内と長女が和歌山へ向かう。
三年連続して、史比古と二人で過ごす年末年始である。


[455] 編集長はマラルメ氏 2001年12月28日 (金)

何となく一日はやく休みに入ったような気もするが、結局、月曜日の振替休日
を出社させられているのだから、これでいいわけなのだ。
またまた本の整理。
ブックオフができてから無限に増殖し続ける文庫本を、傾向別に分類して箱ま
たは袋に入れるつもりだったが、私の興味の方向が散漫なせいか、どうしても
分類項目ばかりが増えてしまう。
獅子文六の『箱根山』とか佐々木邦の『ガラマサどん』とかは、いったいどこ
に分類すればよいのか。

牛乳とお餅を買いに自転車で東陽町へ行った帰りに、古本屋で、河出文庫の
澁澤龍彦が一五〇円平均で一〇冊ほど出ていたので買ってしまい、また本が
増える。

夜、殊能将之の新作『鏡の中は日曜日』を読了。
マラルメに関するペダントリイが散りばめられられていて楽しめる。
マラルメが私財を使ってファッション雑誌を創刊し、編集長をやっていた
ということなど初めて知った。


[454] 身のあぶら以て磨くや冬の瘤/三橋敏雄 2001年12月27日 (木)

仕事納めの日。
いつもより一日はやいのかな。
午前中は伝票の整理。捺印などなど。
今日で会社を辞める人達が何人か居る。
失業率が5パーセントを超える状況というのは、決して他人事ではない。
私自身は世間の動向にさほど強い興味をもっている方ではないのだが
大人に成ってほとんど初めてと言ってもよいような不安感がわだかまっ
ている。
人心はまちがいなく荒廃している。世間の箍は緩み始めている。

午後四時前に、地下倉庫から、新年全体会議で使用する講演台と花瓶台と
長テーブルを23階に運びあげる。
その後、会議室にかわきものをもちこんで総務局のオツカレサマ会。

帰宅すると「短歌人」の新年号が届いている。
布団に横になったまま、雑誌や本を散漫に拾い読み。
手塚治虫の『平原太平記』を読了。
江戸時代末期の地方の藩で、荒地を桑畑に開墾する物語。
ひきこまれて読んでしまった。


[453] 自由はいつだって経済の問題だ 2001年12月26日 (水)

タイトルにした言葉はずんと胸にこたえる。思えば私が、27歳から33歳
までフリーライターとして過ごし、結局、サラリーマンにもどったのも、
結局は、経済の問題だった。

会社にトランクルームから取り戻した書籍類を、もう一度整理しなおして
別のトランクルームに送る。一時期は3箇所のトランクルームに本を預けて
いたのだが、これで統合できたことになる。
完全に失念していた福竹書店版の『色川武大・阿佐田哲也全集』が、預け
っぱなしになっていたことを思い出して、自宅に持ち帰ることができたの
が、年末の喜びのひとつ。
単行本未収録の短編などを寝る前に読むのは贅沢な楽しみだと思う。
今日も「九段の杜」という短編を読む。
戦中から戦後にかけて、何をするでもなく、主人公の私の前に出没する
自称画家の男をたんたんとスケッチ風に描いた佳品。
『怪しい来客簿』に収録されていても違和感のない作品だと思う。

昨日、痛めた右の足のふくらはぎの激痛は、いつのまにかかなり弱く
なっている。このまま回復してほしい。


[452] あわただしく、痛い一日 2001年12月25日 (水)

まだ正午まで24時間番組は続いている。
朝8時30分ころ、再び東京国際フォーラムの408号室へ行き、昨日と
同じ作業。
山田邦子のお母さんという人からの電話カードがあったので、お礼の電話を
すると、まぎれもなくご本人だった。
昭和60年に私はフリーライターを辞めて、現在の勤め先に中途入社試験を
受けて入ったのだが、2年後の62年の十月から、初めてチーフディレクタ
ーとして新しい番組を作るところからまかせられた。
それが「山田邦子の大胆ステキ!」という番組だった。
それゆえに、山田邦子というタレントにはきわめて親近感をいまでも抱き続
けている。
今日、そのお母様と話しができたのはそういう縁であるのかも、と思う。

正午で番組が終り、浜松町経由で、会社へ戻ることにする。
浜松町のブックス談によると、角川文庫絶版本売りきりコーナーという
ワゴンが置かれている。
6年ほど前に出た、手塚治虫初期傑作シリーズが数冊並んでいたので購入。

『漫画大学』『平原太平記』『地球の悪魔』『シャリ河の秘密基地』
『地底国の怪人』『新世界ルルー』の6冊。
他に古書店ではそこそこの値段がついている横溝正史の黒表紙本の
『金田一耕助のモノローグ』や『幽霊男』やらもとてもきれいな本が
並んでいた。
なんらかのかたちで返品しなかったものなのだろうが、時々、こういう
蔵だしをやってくれるのはありがたい。
買いそびれていた本を買ったり、当時は興味がなくても、その後、興味
をもちはじめた作家の本を、こういう場所で買うことができるわけだ。

会社へ行き、伝票処理。その後、アトピーの薬をもらいに平和島のクリ
ニックへ行く。年末年始用の薬をもらって夕食。
京浜急行、都営三田線、東西線と乗換えて、木場駅まで来た時に、うっ
かり、階段を踏み外す。右足に激痛。なんとか我慢できそうなので、
そのまま家に帰って来てしまったのだが、まだ、痛みは衰えない。


[451] イブ・ミレナリオ・きらい! 2001年12月24日 (月)

クリスマスイブ。
私の勤め先ではこの日の正午から翌日の正午まで24時間のチャリティ
生放送をすることになっている。
今年のメインパーソナリティーはシアトル・マリナーズの佐々木主浩。
会場も国際フォーラムの一室を借りて放送ブースにしてのもの。
私は、10000円以上の募金者に対して、確認とお礼の電話をするのが役目る

シフトは夕方の5時からだったので、まず午後2時に、台場の本社へ行き
ブロードバンド放送のデジタル川柳コーナーに出演させてもらう。
いつもは、くりまんたろうさんがパーソナリティーなのだが、今日は、
「デジタル・チャリティ・ミュージックソン」ということで、この時間帯
は、上柳昌彦アナウンサー。
今までの入選作品の短評と名人の今日の一句。

・ケイタイで募金ヒトケタまちがえた/名人

国際フォーラムへ行き、ガラス棟の408号室という部屋で、電話をかけ
続ける。今年は、感じの良い人にばかりあたって、気持ち良く仕事ができる。
20時まで仕事をしてアップ。
東京ミレナリオの初日でもあったので、国際フォーラム周辺は超混雑状態。
私はなぜか電飾された街路樹を見るといらいらしてくる。
だから、東京ミレナリオは嫌い。

帰宅して寝る前に、昨日買った半村良の『どぶどろ』を少し読む。
夜中に腹痛で目が覚める。
どうも風邪をひきかけているらしい。
昨年の二の舞いになりたくないので、風邪薬と胃薬をのんで、もう一度
布団に潜り込む。


[450] おしだまつて鴉のつくる夜なのか 2001年12月23日 (日)

休日。
有馬記念は三歳の菊花賞馬マンハッタンカフェが勝利。
二着は人気薄のアメリカンボス。
アメリカとマンハッタン、いかにも暗号馬券派が喜びそうな決着だ。

午後から首都の会。
少し早目に行って、目白のブックオフをのぞく。
山口瞳『結婚します』100円
ディクスン・カー『火刑法廷』300円。
店の中で田中槐さんに声をかけられる。彼女は三島由紀夫の文庫をもっていた。

首都の会は題詠と自由詠。
自由詠は零点。題詠は5点だった。
今日で四回目の出席だったのだが、四回、八首で、たぶん30点とれていな
いと思う。
題詠「書」より

ボン書店かつて在りしを疑わず昭和七年夜の雑司ヶ谷  藤原龍一郎

岡井隆さんの自由詠の作品

おしだまつて鴉のつくる夜なのかさうか/さうでもないか世界は 岡井隆

風邪気味だったので、うちあげには参加せずに帰る。
途中高田馬場の芳林堂書店で買った本。

扶桑社の昭和ミステリ秘宝シリーズより
戸板康二『小説・江戸歌舞伎秘話』
半村良 『どぶどろ』
集英社文庫より
半村良『かかし長屋』


[449] 哀しかりにき過剰なる力は 2001年12月22日 (土)

午前中は例によって本の整理。
昨日、会社から運んできた『色川武大・阿佐田哲也全集』16巻を書棚に
並べる。これを入れるために角川の短歌年鑑を出さなければならなかったが
まあ、しかたがない。
ここ数年、短歌関係書のみの棚にしていたのだが、やはり、それ以外の本も
並べないと、本棚の色合いがくすんでしまう。
今、書棚の三分の一くらいが、詩歌とは無関係の本になり始めた。

午後、千駄ケ谷の津田ホールで、飯田有子歌集『林檎貫通式』の批評会。
穂村弘さんの司会で、パネリストは島田修三、小島ゆかり、田中庸介氏
という異色のメンバー。
会の進行自体は千葉聡さんが担当。
出席者には、荻原裕幸、加藤治郎といったSSプロジェクトのメンバー。
高木孝、中沢直人、大松達治、奥村晃作、山田消児、伊津野重美、岡田幸生、
錦見映理子、三原由紀子、なかはられいこ、倉富洋子、田中槐、田村雅之、
高柳蕗子といった人達の顔が見える。
私は奥村晃作さんの隣に座らせてもらう。

パネルディスカッション自体の印象は、みなが、わかりやすい言葉で
しゃべっているので、それぞれの立場が理解しやすかった。
島田修三さんは「まひる野」時代の飯田有子の作風を知っているので
そういうオーソドックスなものも、少し入れて、歌壇エスタブリッシ
ュメントにも理解しやすくしてやったらどうだ、との意見だったが
この歌集の値打ちは、そういうオーソドキシーから始めた飯田有子が
こういう、マネのできない文体に自分の「短歌」をたどりつかせた
ところなのだということを認識すべきだろうと思う。
島田修三さんも、今のべらんめえ調短歌の前にやはり普通の短歌の時代
が何年もあって、それは一切捨象しているではないか、ということで、
ホントは島田さんはわかっているのだけれど、飯田有子に無意味な苦労
をさせたくない、という兄心ゆえのアドバイスだったのかもしれない。

最後に著者による自作朗読があった。
「枝毛姉さん」の歌が、どのように読まれるかを興味をもって謹聴して
いたのだが、やっぱり思っていたとおり。聴きやすい好感のもてる朗読
でした。

懇親会は地下のユーハイム。
田中庸介さんの知人の荒井純さんと大村浩一さんと初対面。
ともに短歌をつくる人ではないので、しゃべれたのは有意義だった。
大村さんは、昨年の東京ポエケツトで、白糸雅樹さんと一緒に朗読を
していたのを聴いたことがあるし、確か「連鎖する歌人たち」の打上げ
にも、いらしていたが、話をするのは今日が初めてだった。
懇親会の途中から村井康司さんがやって来た。
三橋敏雄氏を偲ぶ会のことなどうかがう。
島田修三さんに『シジフォスの朝』に署名してもらう。
飯田有子さんに『林檎貫通式』に署名してもらう。
「写るんです」で、たくさん写真を撮る。


風が冷たくなってきたので、早々に帰宅。
「WE ARE!」三号が届いていた。
倉富洋子さんもなかはられいこさんも作品はニューヨークのテロと
それ以後の報復をテーマにしたもの。頑張っている。

・ブル−ザー・ブロディ逝きて幾歳ぞ哀しかりにき過剰なる力は/島田修三


[448] 流れる雲を追いかけて 2001年12月21日 (金)

平凡社ブッククラブというトランクルームに預託してあった本わすべて
会社に送付してもらった。ダンボール函で11ある。
業務時間が終ったあと、本の整理をする。
馬場あき子全集、宮柊二全集、阿佐田哲也・色川武大全集、永井荷風全集、
それにプロレス関係の書籍や雑誌類である。
阿佐田哲也・色川武大全集は一時、このトランクルームに預託していた
ことを忘れてしまい、てっきり、古本屋に売ってしまったと思っていた。
この全集はあまり古書店の目録にも出ないし、復刊リクエストでも上位
にあがっているので、後悔していたのだが、やっとあり場所を思いだし
手元にとり戻すことができた。
来年の読書のテーマを色川武大にすることにした。
阿佐田哲也名義のものは、ほぼ読み終わっている。

荷風全集はあらためて、寺田トランクルームに預けることにする。
このほうは老後の楽しみである。
色川武大のほかにもうひとり気になるのが、村松友視。
やはり、村松を来年の読書対象作家のメインにしようかと思っている。

明日は飯田有子さんの『林檎貫通式』の批評会なので、あらためて
読みなおしてみる。
一首一首が異なった相貌をした奇妙な短歌だと思う。


[447] 幸せは駆け足でやってくる 2001年12月20日 (木)

寝る前に小池一雄・平野仁の『サハラ』を読み始めたら、ついつい5巻まで
読んでしまう。これは一年ほど前に読んだ小学館版とちがって、小池一雄の
事務所のスタジオシップ版なので、全9巻である。
この劇画は、業田良家の『自虐の詩』とならんで、おりにふれて読み返す作
品である。
チュチュ・ヒステリーカというヒロインは物語の主人公の中では、もっとも
好きな一人。バラライカ・シスターズも出てくるし。

来年からは、その場しのぎの原稿を書いたりするのではなく、ひとつの主題
を決めて、いわばライフワーク的な活動を始めたいと思うのだが、さて、ど
うなることやら。
それよりまず風邪をひかないように注意することなのだろう。
ここ5年で、風邪をひかなかった年末年始は、1999年から2000年に
かけての例のY2K騒ぎの時だけだったのだから。

村上きわみさんから『fish』の赤版を送っていただく。
完全に歌集のありかたが変わってきた。
正岡豊の『四月の魚』の再販で始まった2001年、この『fish』で年が
終わる。オンデマンド出版もスタートしたし、2001年は歌集の変貌の
年であったとのちになって誰かが気がつくだろうか。


[446] 頬にキスして 2001年12月19日 (水)

午前中はOB会関係の資料つくり。
午後は警察関係に挨拶まわり。
夕方、神保町に行って、北冬社の柳下さんと会う。
柳下さんが「現代詩手帖」の年鑑号のアンケートで、川端隆之さんが
『東京式』を上げてくれていることを教えてくれる。
年鑑号は11月末の風邪でダウンした日に買ったので、実はぜんぜん
読んでいなかった。

「歌集では、藤原龍一郎『東京式』がナイス!」というのが川端隆之さんの
 回答。

田中庸介さんが、『脱衣場のアリス』や『手紙魔まみ』や『デジタルビスケット』や
「連鎖する歌人たち」のような朗読イベントを挙げてくれている。
やはり、ちゃんと読まなければ、と思う。

思いのほか寒い夜で、8時ちょっと過ぎに柳下さんとわかれたのだが
風邪の気配がしてきたので、あわてて帰宅。

NHKラジオ第一放送の「ラジオ名人寄席」は大空ヒット、美空ますみ。
美空ますみの声が春日三球、照代の照代にそっくりなのにびっくり。


[445] とまどいトワイライト 2001年12月18日 (火)

終業時間になってから車輛部の関さんと、車輛デスク業務を委託している
平井さんと登坂さんと四人で、18階のDAIBAで、ミニ忘年会。
平井さんや登坂さんとじっくりしゃべるのは初めて。
しかし、コミュニケーションはたいせつである。
平井さんは、まだ四十歳そこそこだが、もう子供は二十歳で、自分は
日曜野球や釣やオートレースが趣味という多彩な人。
太っているが運動神経は抜群の人物だ。
登坂さんは、まだ二十代。以前は競馬場のオーロラビジョンのオペレーター
兼営業をしていたという。三菱系列の会社だったのだが、ソニーのタンピ
ング作戦に敗れて、会社が倒産してしまったのだそうだ。
そういえば、プロレス仲間の瀬戸君の会社も倒産してしまった。
冗談ではなく、不況が目に見える。

20時半頃お開きにして帰宅。
『東電OL症候群』の残り100ページほどを一気に読んで読了。
今週はハードカバーを二冊も読み終えた。
殊能将之の第4作『鏡の中は日曜日』を少しだけ読み始める。


[444] さらばシベリア鉄道 2001年12月17日 (月)

ブロードバンド放送の「デジタル川柳」コーナーに名人フジワラとして
出演。回を追うごとに、投稿作品も面白くなってくるのだが、残念なが
ら、私の出演は今回が最後。来年またコーナーが復活したら出演するか
もしれない。
名人の今日の一句。
・住所録だけがおやじのコンテンツ

喜国雅彦『本棚探偵の冒険』を読み終わる。
戦前の探偵小説を模した箱入り本で、月報も著者検印もついている
凝った仕立ての本。
内容は古書を中心にしたコレクターの生態を綴ったものではあるが
類書とちがうのは、本棚に視点が絞られていること。
あと、漫画家で手先が器用ということで、函のない古本に手作りの函を
つくったり、豆本をつくったりする文章など。
まあ、イヤミがないので、面白く読める。

ああ、まだ月曜日か、と、うんざりする。


[443] セックスと嘘とビデオテープと酒と泪と男と女 2001年12月16日 (日)

「短歌人」の今年の最後の月例歌会及び忘年会に出席のため池袋芸術劇場
へ行く。
なんと詠草が60首以上出ている。
私が知っている限りでは最高の詠草数である。
しかも、5時までに会場をあけわたさなければならないということで
司会の平野久美子さんと柚木圭也君もあせり気味。
ちなみに私の一首は

・言葉もて悲傷をつづる定型の冬、冬、冬の真夜中の鳥/藤原龍一郎

忘年会はいい雰囲気の集まりになった。
「笛」の佐々木靖子さんが、「笛」を辞めて「短歌人」に入会されたので
お話しができた。佐々木さんは『流連』というすぐれた歌集を出されてい
る方である。
永田吉文、宇田川寛之、藤田初代さんたちと話をする。

二次会には行かずに帰宅。
夜風が私を責める。


[442] 精神のどこか汚して 2001年12月15日 (土)

久しぶりに渋谷に出る。
109とQ-FRONTの間に東京文庫TOWERという文庫専門店が
できている。大盛堂書店の別巻ということらしい。
ブックファーストとパルコブックセンターを覗く。
パルコの方で、佐野眞一の新刊『東電OL症候群』を購入。

東急ハンズの裏側にあるビルの2階の「ルノアール」で、
岡井隆の歌集『禁忌と好色』の読書会がある。
田中槐さん、嶺野恵さん、LUCYさん、村田馨さん、錦見映理子さん、
それに藤原の6人。
水曜、木曜、金曜と『禁忌と好色』を読み返していたのだが、やはり、
修辞の多彩さに驚き、溜息をつくばかりであった。
1982年刊、岡井隆が五十代の初めの頃の作品を集めたもの。
自分がその年齢に近づいている、そう思うとまた絶望感がわいてくる。

二次会は日本橋亭。「未来」の浅羽佐和子さんと「かばん」の植松大雄さん
が、合流する。浅羽さんは「短歌人」の最長老同人・浅羽芳郎さんのお孫さ
んなのだそうだ。村田君と二人で驚く。
8時過ぎに解散。

帰宅後、『続・猿の惑星』を見ている家族のかたわらで『東電OL症候群』
を読みはじめる。

・精神のどこか汚して成りたりと思ふも暗く花群のかげ/岡井隆


[441] 師走に書かなければならなかった葉書、など 2001年12月14日 (金)

「短歌人」の編集会議のために池袋の芸術劇場へ行く。
夕方のお台場は寒風が吹き荒んでいたが、池袋に到着するとさほど寒く
なかった。
小中英之さんの話がひとしきりでる。
来年、追悼号を出すことになる。
十二月の「短歌人」の締切は、通常の12日から5日早まって7日だった
のだが、12日だと思って送ってきて、結局、間に合わなかった人がかなり
出てしまった。十二月号には、7日締切ということが明記してあるのだが
やはり、葉書などで、再告知しておかなければいけなかったのではないか、
とみんなで反省する。高瀬さんは、この時期に、締切の件を確かに葉書で
何十人かには、知らせていたのかもしれない。

昨日の項目に、高嶋裕と書いてしまったが高島裕のまちがい。
人名はむずかしい。


[440] 木曜日の午後は雨 2001年12月13日 (木)

昨日、かしまし娘、フラワーショー、ちゃっきり娘などのことを書いたが
登場と退場の時のテーマは、かしまし娘だけがオリジナルなのだろうか。

フラワーショーは
ようこそ、みなさん、ご機嫌よろしゅー
という歌詞で、曲は「道頓堀行進曲」。

ちゃっきり娘は
はあ、ちゃっきりちゃっきりちゃっきりな、ちゃっきり娘がとびだあしいたあ
という「ちゃっきり節」。

テーマがオリジナルらしいというところも、かしまし娘がメジャーな感じを
かもしだしているポイントなのかもしれない。
ところで、ちゃっきり節はご存知のように、北原白秋の作詞なので
替え歌とはいえ、白秋の詩魂は、ちゃっきり娘に継承されているという
ことか、と、書いてはみたが、そんなこたあ、ないか。

「歌壇」1月号の「主題は不要か」という座談会が面白い。
佐佐木幸綱、穂村弘、高嶋裕、大松達治というメンバー。

「ぼくは、あのテロの行為じたいが、一つの詩であると感じました。
 その詩のあまりの大きさに、自分のそれまで作ってきた歌、作品、
 そういったものがまったく及んでいないと思って、テロリストたち
 に激しく嫉妬した部分がありました」

この発言に始まる高嶋裕の考え方がとても刺激を感じさせてくれる。
高嶋裕の作品には、ずっと注目してきたが、発言からも表現の根拠の
充実が伝わってくる。さらに注目し続けたい。


[439] 誰が言ったか知らないが、かしましいとは愉快だね 2001年12月12日 (水)

会社の所属セクションの忘年会兼送別会。
送別会の方は、Kさんという二十代の女性社員が、ファッション関係の
エディター兼ライターになるために、年末で退職するため。
自分で取材して、原稿を書くというのは、想像以上につらい作業だと
思うが、なんとか成功してほしい。

帰宅後、NHKラジオ第一放送の「ラジオ名人寄席」を聞く。
今日は、かしまし娘。
かしまし娘は大阪の女性3人組の音楽漫才のはしり。
このあとに、フラワーショー、ちゃっきり娘と続いているが、
かしまし娘ほど華やかな、舞台栄えする芸人はいない。

たぶん昭和43年の正月の角座初席だったと思うが、かしまし娘を
初めてナマで見た。
すでに、彼女たちは初席の10日間以外は寄席には出なくなっていたが
とにかく、登場して「うちら陽気なかしまし娘」というテーマを歌い
だした途端に、角座全体の明度が2倍になったような気がした。
芸人の存在感というものをこのとき初めて実感した。
当時、私は高校2年生。

夜、山口瞳の男性自身シリーズ『還暦老人ボケ日記』を読みながら
寝てしまう。


[438] 対岸の明りが見える 2001年12月11日 (火)

昨日は夜遅く帰ったので、朝起きると喉がざらついている。
どうも、風邪がぬけにくくなったのは、歳をとったかららしい。
昨年の大晦日から今年の正月にかけて、風邪で瀕死の状態になったのも
やはり、年齢のせいなのかもしれない。

年末から年始にかけては、会社やグループ企業の公的行事が続く。
その準備は基本的に私が中心になってやるので、けっこう、こまごまと
やらなければならないことが多い。

昼休みに鮎川哲也の『戌神は何を見たか』と『探偵趣味傑作選』
光文社文庫を購入。
こういう復刻ものは、原則として買っておくことにしている。
今年は岡田鯱彦だとか飛鳥高だとか多岐川恭だとか大阪圭吉だとか
手に入りにくい作家の復刻が各社の文庫からたくさん出た。
もちろん、全部買っている。いつ読めるかはわからないが。

午後6時過ぎに、お客さまが二人いらして、ビルの十八階のレストランで
2時間ほど懇談する。
さらに風が強くなっている。
スモッグが風で吹き飛び、お台場の対岸の新橋の明りが鮮やかに見える。


[437] シベリア寒波吹き荒ぶ 2001年12月10日 (月)

ブロードバンド放送が中島みゆき特集。
久しぶりに「世情」を聞いたが、やっぱりいいなあ。
デジタル川柳コーナーに名人フジワラとして出演する。

・ウィルスはうがいでなおるという上司  名人

そのあと有楽町に行って、ビックカメラの前でシバタ君と待ち合せる。
彼は元私の勤め先の系列会社のディレクターで、けっこう一緒に特番や
イベントをやった仲間。
プロレスファンでもあり、昨日もノアの興行に行ったという。
久しぶりに会ったのだが、現在、勤めている衛星波関係の会社を辞め
名古屋で新しい仕事をはじめるという。
まだ32歳ということなので、それも良いと思う。
私が文筆をあきらめて、今の勤め先に入ったのも33歳の時だった。

丸の内中通りは、ブランド街にさまがわりしている。
帰りに有楽町線の地下通路に出ていた古本文庫屋で、旺文社文庫版の
山川方夫『安南の王子・その一年』を購入。


[436] 東京ディズニーランドへ行く日曜日 2001年12月09日 (日)

長女と配偶者と一緒に東京ディズニーランドへ行く。
実は私の住まいからディズニーランドまでは30分で着いてしまうのだ。
最初に「プーさんのハニーハント」のファストパスをもらう列にならんだ
のだが、一時間半もかかってしまつた。
これをもらって、あとは「ホーンテッドマンション」とか「カリブの海賊」
とか「ジャングルクルーズ」とか「スプラッシュマウンテン」とか
「ビッグサンダーマウンテン」とかに乗った。
そして、午後3時になって、「プーサンのハニーハント」に行ったところ、
このために一時間半並んだことに家族全員で後悔した。
夜になって、もう一度「カリブの海賊」に乗ったら、なんと、昼間よりも
スピードがずっとゆるやかで、楽しめる。つまり、お客の数によって
アトラクションのスピードを調整しているということらしい。
というわけで、今日はこんな冬の一日でありました。


[435] スーパーサイヤ人にあこがれて 2001年12月08日 (土)

10月に引っ越した横浜支局の跡を現状復帰する工事に立会いに
関内まで行く。
無線の中継点としての機能だけは残させてもらうので、その回線の
引きなおしの確認作業があるので、放送技術部のS君にも来てもらう。
結局、午前中だけで解決がつかず、午後1時ちょっと過ぎに作業終了。
関内への往復と待ち時間で、パンチマンの別冊「四角いジャングル」を
全部読了。インターネット上で、プロレススタイルでおこなわれた歌合せ
の全記録。ネット上で私も何回かジャッジに参加していたのだが、
こうして字になってから読んでも面白い。
昔のSFファンジンの味があって、埋草のセンスも良い。

東京へ一気に戻って、久しぶりに八重洲ブックセンターと八重洲古書館に
行く。古書の方では、中公文庫版の山口昌男『本の神話学』他数冊購入。
ブックセンターの方では、ミスター高橋の『流血の魔法、最強の演技』他
文庫本を数冊購入。
電車の中から読み始めたミスター高橋の本を夕方までに読了する。
知っていることも多かったが、まさか、あの試合は本気だつたろう、
と思うものまで、実は真相は?というようなものが多くあり、いささか
驚いた。藤原嘉明の札幌のテロが最初は小杉がやるはずだったというのは
面白い暴露だった。

夜、「めちゃイケ」と「K1」を見る。
レ・バンナをKOしたマーク・ハントというニュージーランド出身の
新鋭が、決勝で極真のフィリョをも破って初優勝。
この男はアニメで見たスーパーサイヤ人にあこがれて、格闘技を
始めたのだそうだ。
パンチマンの四角いジャングルでの歌合せと言い、このK1のマーク・ハント
と言い、確実に世代が変化しているということを実感した一日。


[434] 不夜城のリアリティ 2001年12月07日 (金)

新宮様の名前が「愛子」と決まって、私の勤め先の人が言った言葉。
「これでAikoがもっと売れてくれれば、ポニーキャニオンも助かるな」
と、まあ、それはそうだけどさあ。

午前中「業績説明会」の司会進行をする。
終わってから、グループ幹部の2002年新年交歓会の出欠表を配る。

加藤治郎さんの「鳴尾日記」↓にビデオで「不夜城」を見た、との記述。
http://www.imagenet.co.jp/~ss/com/jiro/

私は「不夜城」は新宿ミラノ座で見たのだが、映画館を出ると、もろに
映画にさんざん出てきた歌舞伎町なわけで、まさにバーチャルリアリティ
でしたね。何か「EPSON」のネオンも不吉なイメージ。いきなり、
物陰から椎名拮平がとびだしてきそうな感じ。
俵万智の短歌に椎名拮平を詠んだものがあるが、たぶん、彼女は椎名拮平の
内部にある「狂」の部分には気づいていないような気がする。
「GONIN」とか「GONIN2」とかを見ると、その「狂」が見える。
私は椎名拮平という俳優のその「狂」の部分に興味をおぼえる。

ところで「不夜城」の面白さは、金城の携帯電話が鳴るたびに不吉な
方向に現実が変換されて行くという点にある、と当時思ったものだ。
新宿と飯田橋のあいだだけで、あれだけのドラマが展開するというのも
いかにも現実の猥雑な東京的で、私の好みだった。


[433] 流血の魔術、最強の演技 2001年12月06日 (木)

今、私の入っているプロレスのMLで話題沸騰なのが、表題にした
ミスター高橋が講談社から出したプロレスの裏側の暴露本『流血の魔術、最強の演技』。
私の入っているMLの中で、このプロレスMLが、イチバン発言数が多い
のだが、メンバーはもちろん筋金入りのプロレスの見巧者ばかり。
八百長であれショウであれセメントであれ、きちんと楽しめる人達ばかり
なので、暴露の裏側の心理まで推測されている。
たぶん、資料に拠らずに記憶で書いたであろう部分の時間的前後関係の
誤記もばしばし指摘されている。
とはいいながら、覚め方がおとななので、読んでいて気分がいい。

会社の帰りに門前仲町のブックオフに久しぶりに行く。
新潮文庫から5年くらい前に出た、ヘミングウエイの短編集を買いたかった
のだが、三巻のうちの一巻目だけが300円だつたので購入。
講談社学術文庫の『露伴の俳話』250円。
文春文庫の皆川博子『旅芝居殺人事件』100円。
文春文庫の夏目鏡子述、松岡譲筆録『漱石の思い出』300円。
これらを購入。
蝸牛社の俳句アンソロジーと俳人別の作品鑑賞書が半額の700円で
大量に出ていたが、別に今日買わなくてもなくならないだろうと思い
我慢する。

松原未知子さんの日記、今週は毎日、あかさたな、いきしちに、といった
五十音を横に読んだ音韻からの横糸歌。
これくらい巧みに歌がつくれたら嬉しいだろうな、と、うらやましい。

・いきしちにひみイリイチの唱へたるシャドウ・ワークの翳ぞやさしき/松原未知子


[432] 冬をまく否マフラーをまきつける 2001年12月05日 (水)

業績説明会のお知らせを管理職に配布する。
風当たりが強いが私に言われても困るなあ。
午後は警備担当者会議。
同時多発テロ以後、各社とも警備が強化されている。
そのまま忘年会へ直行。
私にとっては今年初めての忘年会だが、すでに5回目とかの人も居る。
6時開始、8時閉会。地下鉄半蔵門駅まで歩く。風が冷たい。

帰宅すると小笠原賢二さんから歌論集『拡張される視野』(ながらみ書房)
が、届けられていた。前著の『終焉からの問い』以来の歌論、時評の
集大成。ぱらぱらと拾い読みするが、読み応えがある。

『竹山広[全歌集]』(雁書館・ながらみ書房)を購入したのたが
こちらも読み応えがある。
雁とながらみの共同出版という珍しい形態だが、このようなかたちで
岡部文夫の全歌集などもまとめられないだろうか。

昨日の日記に書いた小林よしのりの本の正しい題は『新戦争論』。

・冬をまく否マフラーをまきつけるきみに黒田三郎詩集を/正岡豊


[431] 無題 2001年12月04日 (火)

角川短歌年鑑と「ミッドナイトプレス」14号と「投壜通信」58号が届く。
それぞれの雑誌に文章や作品を載せてもらっている。
「ミッドナイトプレス」には柴田千晶さんとのコラボレーションの第5作目
「スケアクロウ」を発表。これは、ぜひ、多くの人に読んでほしい。

短歌年鑑の文章はインターネットにふれたものが多い。
加藤治郎さんの「i歌人は短歌を豊かにするか」という文章に
この日記のことが書かれ、活性化しているサイトだが
「藤原龍一郎をインターネット歌人と呼ぶのは、ちょっと躊躇われる」と
書いてくださっている。インターネット歌人と呼ばれても私は別にかま
わないのですけれど。
また、「インターネット短歌には批評がない」という指摘に対して
加藤治郎さんは「ラエティティア歌会」を例にとり、また、私は五十嵐きよみ
さんが運営をする「梨の実歌会」を例にとって、その批評の交換は、
けっして、結社での歌会にまさるとも劣らないと反論している。
やはり、先入観を捨てて、実質に触れるということが必要なのだと思う。

小林よしのりの『続・戦争論』を読みながら寝る。


[430] 歳をとり趣味も変化して 2001年12月04日 (月)

小中英之、三橋敏雄両氏の死というのは、想像する以上に私の心に
重い衝撃として沈み込んでいる。
短歌や俳句の技術的な洗練とその高度な達成を、具体的にはこの二人の
作家が保証していたように私には思えるからだ。
とはいえ、短歌や俳句が滅びるというわけではない。
滅ぼしてはいけない。そういうことなのだ。

まだ、痰と咳がしつこく残っている。
歳をとって、病気の治り、身体の回復力が衰弱してきているのかもしれない。
歳をとったといえば、読書の傾向も老成し始めている気がする。
安藤鶴夫、戸板康二、丸谷才一、山口瞳といった、今まではほとんど
読まなかった作家の本ばかり読むようになっている。
今夜も山口瞳の『男性自身・還暦老人ボケ日記』を読みながら寝る。


[429] 手を筒にしてさびしけれ 2001年12月02日 (日)

朝十時前に帰宅。
永井龍男の『回想の芥川賞・直木賞』という本を拾い読みしていたら
昨夜読んだ、木山捷平の「耳学問」という短編小説が昭和31年の下
半期の直木賞候補だったということがわかった。
受賞作は今東光の「お吟さま」。そりゃそうだろうと思うなあ。
でも、選考委員の井伏鱒二とか大仏次郎とかがけっこう褒めている。
なんだか私小説の評価というのは、よくわからないところがある。

風邪が抜けきれていないので、もう、出かける気もしないし、本の
整理をする気にもなれない。結局、集中力もなく、あの本、この本
と坪内祐三の『ストリート・ワイズ』とか山口瞳の『草野球必勝法』
だとかを、拾い読みするばかり。
明日からまた会社に行くかと思うとうんざりする。

三橋敏雄さんが亡くなったというのもショックである。
むかし、6人の会賞という賞に応募した時、三橋さんが点を入れて
くれれば、受賞になったのに、ということがあった。
「俳句評論」が主体になった賞だったので、欲しい賞だつたのだけれど
やはり、三橋敏雄という俳人の慧眼には私の俳句がフェイクであること
が、見抜かれていたのだと、今では納得できる。

手を筒にしてさびしけれ海のほとり 三橋敏雄


[428] あまり体調のよくない土曜日 2001年12月01日 (土)

相変わらず身体の芯に風邪の澱のようなものが残っていて、もうひとつ
すっきりしない。
原稿を書こうと思っても、PC画面を見ていると眩暈がしてくるので、
どうにもならない。
ぼんやりとしていると、午後3時に、新宮誕生のニュース。
今日は宿直なので、5時過ぎに会社へ行く。
番組は特番体制に入っている。

小説でも読んで時間をつぶすしかない。
かんべむさし「ポトラッチ戦史」という短編集の中から表題作はじめ
「ビジネスタレント」「還らざる彼ら」などを拾い読み。
「還らざる彼ら」は草創期のセンスオブワンダーが感じられる好編。

まだ時間があるので、日本ペンクラブ編の「私小説名作選」から拾い読み。
徳田秋声「風呂桶」
上林暁「ブロンズの首」
和田芳恵「接木の台」
木山捷平「耳学問」などなど。
和田芳恵はけっこうひりひりする話だった。

気が付いたら眠ってしまっていた。


[427] エノケンやらロッパやら 2001年11月30日 (金)

今日は会社へ行くつもりだったのだけれど、昨日の朝と比べても
吐き気がないだけで、あとの苦痛はすべて残っているので、結局、休む。
何とか、平和島の大恵クリニックまで行ってみる。
冷や汗をかきながら、なんとかたどりついて診察してもらい、点滴をして
もらう。昨日とはうってかわつて、先行きに希望の見える点滴である。

かなり体が楽にはなるが、まだ、足元はふらついている。
ようやく家に戻るが、起きているとまだつらい。
横になって、矢野誠一の『エノケン、ロッパの時代』(岩波新書)を読む。
美食家のロッパが結核で死に、天才的な運動神経のエノケンが壊疽で右足
を切断して、やがて死ぬ、という両者の不幸を思う。
私はロッパもエノケンもテレビで見たことはあるが、それはもう晩年の
哀しい姿だった。
全盛期のエノケンのアチャラカ劇を書いていたのがアカくずれのインテリ
だったので、戦時中のエノケンの舞台には、ほとんど、国策追随の色がな
いというのは面白い発見だった。
正岡容のお通夜で、ロッパはすでに香典も持って行けないほど、経済的に
逼迫していたのだが、正岡の作品で人気を得た浪曲師の相模太郎の香典の
額をチェックして「相模!この香典の額はなんだ!」と怒鳴りつけたとい
うエピソードもなにやら哀しい。
この時、香典の集計係をしていたのが小沢昭一だったそうだ。

昼間、眠ってしまったので、夜になって眠れなくなる。
また、節々の痛みがぶりかえしてくる。不安な夜である。


[426] 古びた寝台に横たわり、点滴の瓶が揺れている 2001年11月29日 (木)

今日はあらかじめ休暇をとってあったのだけれど、もはや、朝7時の時点で
発熱及び吐き気及び全身の関節の痛みで起きられない。
もはや普通の病院での診察と薬の処方だけでは直りそうもない。
点滴をしてほしいのだけれど、とても平和島の大恵クリニックまで行く
気力も体力もない。
しかたなく、タクシーで近くのY医院へ行く。
首尾よく点滴をしてくれることになったのだが、かなりの期間使用して
いないらしいベッドに寝かされて、病気とは別の恐怖感がわいてくる。
ともかく、点滴。薬が入ってくるのを感じつつ眠ってしまう。
いちおう、吐き気はおさまっていたので、それだけでも良しとするほか
はない。
また、タクシーで帰宅。
何も食べたくない。食べると胃がもたれる。
寝ながら、川本三郎の『本のちょっとの話』を読了。
古今東西の本に関するエスプリ集で、軽く読めるのがうれしい。
まだ、節々の痛みはとれない。
なんだか気が重い。


[425] 風邪が進行する夜更け 2001年11月28日 (水)

風邪が進行しているのに会社に来てしまい、打合せなどもしたが
結局、双方、時間をむだに費やしただけだったようだ。

昨日なかっただるさや咳や痰が出てくる。
痰をきろうと咳をすると肋骨に激痛がはしる。
早めに帰宅するつもりだったのだが、6時前に急にトラブルの電話が
かかってきて、出ない声をふりしぼって、一時間近くも話し続けなければ
ならなかったので、さらに声は嗄れててしまった。

寝ながら、色川武大の『あちゃらかぱいッ』を読む。
エノケン、ロッパの時代の傍役たちのモノガタリ。
林葉三とか多和利一とか鈴木圭介とかが登場人物。
こういう話は飽きずにいくらでも読める。

ねむってから風邪が悪化したらしく悪夢にうなされる。


[424] 風邪で声が枯れた日のあれこれ 2001年11月27日 (火)

朝起きて見たら、完全に風邪にやられ、声が出なくなっていた。
さいわい、声が枯れただけで、だるさや発熱はないので、とにかく
会社へ行く。

午前中の会議をしているあいだは、声は枯れっぱなしだが、眠気や咳も
なかったのだが、午後になったら、一気に咳と痰がひどくなった。
とにかく、午後の時間をやり過ごして早めに帰宅。
今日は早く寝てしまおう。

三連休のあいだに読んだ本。
・山口瞳『小説・吉野秀雄先生』中公文庫版
・大谷麻里子『吉本興業女性マネージャー奮戦記』朝日文庫版

吉本の本の著者とは、タレントのブッキングのために、一度、電話で
話をしたことがあるような気がする。
本の中に実名で出て来る、東京事務所の野山とか河野とかいうマネージャー
連中とは、実際に仕事をしている。本に書かれている以上に、いいかげんで
自社のタレントに対する認識も甘い連中だったとしか私には言いようがない。

山口瞳の本は、まあ、山口瞳が好きなら、読んでおいたほうがよい。
今は絶版なので、なかなか手には入りにくいと思う。


[423] 小中英之さんとのお別れ 2001年11月26日 (月)

会社でコンピューターウィルスが出た。
悪意にみちたウイルスが世界中のネットワークをかけめぐっているらしい。

小中英之さんのお通夜に行くために、会社を少し早くでる。
小雨が降りかけている。
ゆりかもめで新橋、東海道線で横浜、相鉄線でさがみ野まで行き、大和斎場
まではタクシーに乗った。

短歌関係の受付を、平野久美子さんと高澤志帆さんが手伝っていた。
中地俊夫さん、蒔田さくら子さん、川明さんたちが居た。
宇田川寛之さん、鶴田伊津さん、村田馨さんら「短歌人」の若手も居た。
馬場あき子さん、小高賢さんの姿も見える。
角川短歌の山口編集長、元編集長の本間真人さん、及川隆彦さん、
田村雅之さん、影山一男さん、小紋潤さんらも来ていた。

帰り道は影山一男さんと一緒に中央林間に出て、半蔵門線、東西線経由で
帰った。
帰宅すると、風邪気味で喉が痛くなっていた。

小中英之さんと私とのお別れの夜だった。


[422] 小劇団を見に新宿へ行く 2001年11月25日 (日)

今日は「笑息筋」の原健太郎さんが、昔、設立して、現在は顧問を
している「劇団ズーズーC」の公演「明治六年敵討ち禁止令」を
長女を連れて見に行く。
ミニホール新宿Fuは、3年くらい前に、ホーキング青山のライブを
見に来て以来だ。

お芝居自体は、発想は面白いのだが、劇団独特の叫ぶような発声法に
やはりなじめない。喜劇と銘打っているし、原健太郎さんの肝いりの
劇団でもあり、こういう芝居は続けていってほしいとは思う。
継続しなければ意味がない。
帰りに紀伊國屋書店で「鳩よ」の坪内祐三特集を買う。


[421] 歌人の死 2001年11月24日 (土)

小中英之さんの逝去を正式に確認する。
なぜ、才能ある歌人ばかりが早く死ぬのだろう。
やりきれない気分だ。
やっと、高瀬さんの追悼号ができたばかりなのに、こんどは小中英之さんが
亡くなってしまうなんて、つらすぎる。
小中英之さんは「短歌人」という革新的な集団が、歌壇の中でなかなか認知
されずに苦労していた時に、いわば一番バッターとして、歌壇に登場した
たいへんな才能の持ち主なのである。
小中英之さんが、ある時期は、作品的に「短歌人」を代表していたといって
いいはずだ。小中さんが登場していてくれたからこそ、その後の小池光を
筆頭とする現在の実績につながってくるのだ。

歌集は『わがからんどりえ』と『翼鏡』の二冊しかないが、その後の作品は
ゆうに歌集五冊分くらいはあるだろう。
散逸させてしまうことは、短歌自体の大きな収穫の損失になる。


[420] 無題 2001年11月23日 (金)

勤労感謝の日。
午前中は、まず、休日恒例の書籍の整理。
ベランダのボール箱に、山口瞳と丸谷才一と向田邦子の文庫本を入れて
あるのを改めて、袋に入れなおして室内に置くことにする。
ついでに、もう一箱分の文庫本も袋に詰めなおす。
ここのところ、本をきちんと読む集中力が出ているので、何冊か来週の
読書用に抜き出す。

山口瞳も丸谷才一も向田邦子も必ずしもすべてが好きというわけではないが
文章の巧さとわかりやすさという面では群を抜いている。
やはり、一読してすぐに頭に入る文章を読みたいし、自分でもそういう
文章を書きたいと思う。

午後は首都の会に行く。
作品を丁寧に読み込むこと、その大切さを実感できる会。
二次会で、さいかち真さん、岡田幸生さんらと話す。

深夜、ファックスがくる。
中地俊夫さんからのもの。小中英之さんの訃報である。愕然とする。


[419] 有楽町線の終電近く、 2001年11月22日 (木)

今日も引続き人事の研修ということで、人事部の連中がほとんどいない。
明日が勤労感謝の日なので、今日が実質的な週末。
総務部というセクションに異動するまでは、土日の番組を担当することが
多く、またイベントの仕事をしている時は休日及び土日が現場だつたので
週末は特に精神的にリラックスすることがなかったのだけれど、この2年
で、週末になると精神的にリラックスできるように変化してきた。
まあ、それはそれで良い事なのだろう。

「短歌人」の編集会議。
今日は鎌倉千和さんが所用で休みとのこと。
できあがったばかりの十二月号が配られる。
「高瀬一誌追悼号」である。月並な感慨だけれど、こういう号をつくる
ことになるとは思いもよらなかった。
外部寄稿者をふくめて53人が高瀬さんに関する思い出を綴っている。
自分も共通の体験をしたというような回想もある一方で、え、こんな面も
あったのか、と驚くようなエピソードもある。
帰りの有楽町線の中で、これらの文章を読みながら、なぜか心がやすらいで
くる感じになる。
ゆっくりと生きて行きたいと思う。
平凡に生きてゆきたいと思う。


[418] 管理セクションと男性自身 2001年11月21日 (水)

今日は、人事の研修があるということで、全体的に総務局の人数が少ない。
こういう日の管理セクションの仕事は、たんたんとルーティンワークだけ
をこなして行くに限る。
今後の企業はISO基準の問題などをふくめて、管理部門の充実が求めら
れるのは必然で、3年、5年先の理想像を求めておかなければならない。

帰宅すると史比古しかいない。
家内と長女は津田ホールへコンサートを聞きに行っているとのこと。
ネットの古書店で注文しておいた山口瞳の男性自身シリーズ『余計なお世話』
と『還暦老人ボケ日記』が到着していたので、寝床で拾い読みしているうち
に、眠ってしまっていた。


[417] ビジネス書と夢声日記 2001年11月20日 (火)

会社の帰りに浜松町に出て、ブックストア談をのぞいてみる。
ちょっと、仕事の関連でビジネス書を読む必要が出てきたので
初めて、ビジネス書コーナーに行く。
しかし、マーケティングや販売戦略や人事管理の本はたくさんあるが
総務の本なんてほとんどないことがわかった。
結局、日経の新入社員向けの本とあと一冊、総務ナントカというタイトル
の本を買ってみたが、役にたちそうもない。

一般書コーナーでは、中公文庫の「BIBLIO21」というシリーズの
『夢声戦争日記抄』が新刊で出ていたので、即購入。
『断腸亭日乗』と読み比べると面白いかもしれない。
こうなると、いずれ『古川ロッパ日記』も買いたくなるだろうな。


[416] 山形ホテル、大正12年9月1日 2001年11月19日 (月)

学研M文庫の異常なラインナップに関しては、読書日記系のサイトで
やはりおおいに話題になっている。
先月、小学館文庫で加藤郁乎の『後方見聞録』が出たこともオドロキ。
この本は写真もたっぷり入っているので、元版をもっている人も、おさえて
おいた方が良い。

永井荷風の『断腸亭日乗』を拾い読みしていたら大正12年9月1日、
つまり、関東大震災の直後にこんな記述があった。

「昼餉をなさむとて表通なる山形ホテルに至るに、食堂の壁落ちたりとて
 食卓を道路の上に移し二、三の外客椅子に坐したり。食後家に帰りしが
 振動歇まざるを以て内に入ること能はず」

つまり、山形ホテルで食事中だったお客は、地震後も残った食事を外で
食べ終り、荷風にはあらたに、昼食をつくってやったらしい。
まさに、「禍中、閑あり」ですかね。


[415] 学研M文庫の不思議 2001年11月18日 (日)

牛乳がなくなったので、自転車に乗って、東陽町の安売りスーパーまで
買いに行く。この店へ行くまでのあいだに、古書店三軒、新刊書店二軒
あるので、ついつい寄ってしまう。
リサイクル系の古書店で買ったのは旺文社文庫の田山花袋『田舎教師』。
これには、高橋義孝の解説がついていたので、つい購入。200円。

新刊書店の文教堂で、なんとなく学研M文庫の棚に行くと、今月の新刊は
『国枝史郎傑作集』だとか荒俣宏、小松和彦『妖怪草紙』だとか
大滝啓裕編の『インスマウス年代記』上下だとか、おやおやというものが
大量に出ている。つい、買ってしまう。
この文庫は赤い背表紙のシリーズは戦争物ばかりだし、不可解なラインナップ
である。やがて、ムー文庫なんてのも出てくるのだろうか。

マイルチャンピオンカップはイーグルカフェがいきなり出遅れてしまったので
私の馬券はそこで終わった。
夜、清水義範の『青二才の頃』と有栖川有栖の『作家小説』を読む。


[414] インフルエンザと岩井志麻子 2001年11月17日 (土)

長男と長女が風邪をひいているので、三人で服部医院に行く。
ここは洲崎弁天の裏手にある個人病院で、私が子供の頃、つまり昭和30年代
には、もう開院していた。今の先生は私が診てもらっていた先生の息子であ
る。医者も患者も親子二代ということだ。
たぶん先代の先生は、洲崎パラダイスで働いていた女性たちも、ずいぶん
診断したのだろうと思う。

子供たちの診断のあと、一度帰宅し、10時過ぎに自転車でもう一度、
服部医院に行き、こんどは私がインフルエンザの予防注射をしてもらう。
去年から今年にかけての年末年始はひどい目にあったので、今年はその轍
を踏みたくない。

昼食をとって、長男の学校の父兄懇談会。そのあと六本木の美容院イガワで
髪をカットしてもらい、うっすらヘアマニキュアもしてもらう。

結局、一日じゅうばたばた動き回っている間に、
岩井志麻子の『邪悪な花鳥風月』を読了。現代物なので、正直、期待はずれ。
やはり、岡山土俗ものが読み応えがある。読者はみんな、そういうことを
言うだろうから、作者としてはつらいところだろう。
この本はタイトルも巧くない。私なら『邪花鳥風月』と花鳥風月のダーク
サイドという面を強調する。
青山ブックセンターをのぞいたら、「文藝別冊・山田風太郎」というのが
出ていたので、即購入する。


[413] アドマイヤマックスといっこく堂 2001年11月16日 (金)

明日の東京競馬の東スポ杯2歳ステークスに、今年の私のペーパーオーナー
ゲームの期待馬アドマイヤマックスが出走する。
このペーパーオーナーゲームを仲間と始めてから何年になるだろうか。
最初の年に牝馬でリーゼングロスとシャダイアイバーをもっていて
オークスでワンツーを決める、という快挙があった。
今、考えてみれば、完全にビギナーズラックだったわけだ。
いずれにせよ、今年のこの馬に期待したい。
若い競馬&プロレスフリークの連中がつくっている「馬王へようこそ」
というサイトに毎週競馬の単複の勝負馬券の予想を出しているのだが
土曜日はもちろんアドマイヤマックスにする。一番人気はローエングリン
だろうから、単勝で4、5倍ついてくれればおいしい。

会社を5時半の定時に飛び出して、博品館劇場のいっこく堂のライブに
行く。
一昨年の春に始めて博品館でやった時は、一色の手書きに近いポスター
ったのに、今は博品館の年間スケジュールにもきちんと組み込まれるよ
うになっている。
今回のタイトルは『人形のイエイ!』。構成の藤井青銅さんらしいセンスだ。
初日なので、客席には業界関係者らしい人がけっこういる。
小俣雅子の姿が見える。
テレビのいっこく堂とライブのいっこく堂はまったくちがうのだが、
それが放送禁止系のネタにならないところが、いっこく堂の特徴だろう。


[412] たまにはイベントの現場に立って 2001年11月15日 (木)

今日は国際フォーラムで民放大会。
一九五一年九月に中部日本放送がラジオ放送を始めてから五十周年でもあり
フジテレビが幹事社ということなので、各在京民放局の総務系の社員はスタ
ッフとしてかりだされることになる。
私も誘導、警備担当としてかりだされたくちである。
朝九時集合。九時三十分から配置につき、四時三十分までドアのそばで、立
ちっぱなしでいたので、帰りには足の裏と脛がぱんぱんになった。

天皇、皇后両陛下のご来臨もあり、放送局の管轄官庁の総務大臣も来賓で
あり、石原都知事もやってきた。
記念講演はもと駐日大使のライシャワー博士。
ライシャワー氏の言葉で印象に残ったのは
「同じ映像情報を何回も繰り返してメディアが流し続けると、
 情報は感情的部分が増幅される。他のメディアからの情報も
積極的に取り入れて、情報と知識のバランスをとって判断すべし」と
いうこと。もちろん、テロ報道の話である。

民放大会の名物のテレビ、ラジオの番組の表彰のテレビ・エンターテイメント
部門の最優秀賞はABCの「探偵ナイトスクープ」。
私が担当していた扉の前で、タキシードを着て不審な動きをしていた男が
なんと、この番組のプロデューサーだった。


[411] 会社には色々な仕事がある。 2001年11月14日 (水)

会社には規程集というものがある。
これは定款から始まって、各種の社内の手続きや取り決めをまとめたもので
だいたいの会社では総務局の管轄になっていることが多いが、管理セクション
についたことがない社員は、会社に規程集があることすら知らなかったり
する。
給与、賞与、退職金や福利厚生、職務分掌、職務執行、株式に関する諸規則
などもあるので、しばしば、変更しなければならない。
この規程の変更がしばらくなされていなかったので、修正版をつくったの
だが、これを帳合いして、各役員、セクションに配布するというのは、
けっこう、面倒な作業なのである。
なんで、こんなことをながながと書いたかというと、今日はその作業をやって
一日が終わってしまったからなのである。


[410] 学士会館で批評会 2001年11月13日 (火)

栗明純生さんの歌集『黄のチューリップ』の批評会が「銀座短歌」の主催で
あったので、学士会館へ行く。
着席式で右隣が影山一男さん。左隣が村野幸紀さんだった。
からくちの批評会だった。
二次会は「酔之助」。
影山一男さん、加藤英彦さん、桜井健司さん、村田薫さんたちとおしゃべり。
解散後、影山一男さんと密談しつつ帰宅。
戸板康二の『団蔵入水』という本を読み、午前一時ころに眠る。


[409] 血圧の高い月曜日 2001年11月12日 (月)

血圧が高かったので会社を休んだ。
医者に行き、そのあと雨の中を神保町へまわり
柊書房の影山一男さんを訪ねる。例によって密談。
古書店と新刊書店で、清水義範や坪内祐三や倉阪鬼一郎や矢野誠一の
新刊や旧刊をたくさん買って帰宅。
倉阪鬼一郎の『活字狂想曲』を一気に読了。これはケッサクだわ。


[408] 共犯幻想に知人の名前が! 2001年11月11日 (日)

さわやかな晩秋の晴天。
今日は一日中、家でごろごろする予定。
実際、ごろごろしながら、またしても本の整理。
結局、それしかすることがない。
飽きたら吉本新喜劇のビデオを見る。

午後になったので、かの子と一緒に自転車で東陽町へ買い物に行く。
牛乳とパンを買って、シャープペンシルの芯を買って、また古本屋
を覗く。
前々からいつか買おうと思っていた、ぱる出版の真崎守の『共犯幻想』を
思いきって購入する。なんと歌人の長淵基江さんが解説を書いている。
長淵さんは今は天草基江と名前が変っているが、埴谷雄高全集の編集をした
り、タダモノではないと思っていたが、真崎守関係にも手をのばしていたの
か。やはり、人のえにしは面白い。

夕方になってから、短い原稿を書く。
二日間休んで、オーバーホールできた気がする。
夜、新しい歌集の原稿を少しまとめてみる。


[407] 雨に濡れながらブックオフへ行く 2001年11月10日 (土)

雨の中、平和島の病院にアトピー性皮膚炎の薬をもらいに行く。
行くまでのあいだに岩井志麻子の「あまぞわい」と「依って件の如し」を
読み終わる。これで短編集『ぼっけえ、きょうてえ』を読了。
わりと粒のそろった短編集だった。
貧乏と性欲と差別の世界をホラーとして描いて、岩井志麻子は登場して
きたわけだ。
銀座にまわって伊東屋で、書籍小包用のボール紙の封筒を大量に購入。
教文館書店で、ちくま文庫の新刊の今和次郎の『新版大東京案内・下』を
買う。
銀座線、東西線と乗り継いで門前仲町で降り、ブックオフへ行く。
ちくま文庫の『夢野久作作品集』が一冊450円から500円で出て
いたので、これが目当てだったのだが、そのあとで100円均一コーナー
を覗くと、なんと、ずっと探していた嵐山光三郎の『口笛の歌が聴こえる』
がある。新潮文庫ですでに絶版の本だが、唐十郎や三島由紀夫が実名で
出てくる1960年代を舞台にした嵐山の青春自伝小説である。
さらに「あ」から「い」の棚に目を移すと、こんどは色川武大の『狂人日記』
が並んでいる。これは福武文庫。この本も読売文学賞を受賞しているにも
かかわらず、現在は新刊書店の店頭にはない。
この二冊、ほぼ1年以上探し続けていたのだが、あっというまに、両方、
手に入ってしまった。
雨の中をブックオフまで行った甲斐があった。
帰ってPATで馬券を買う。
シベリアンメドウの単複馬券。
久しぶりに後藤騎手の騎乗で、いい目を見られた。


[406] 雨降りしきり、雨降りつのる 2001年11月09日 (金)

朝から冷たい雨が降りしきっている。
会社について、コンピュータをたちあげたり、伝票を整理したりしていると
階下で消防車のサイレンの音がする。
窓からのぞいてみるとアクアシティの前にはしご車が二台、放水消防車が
二台とまっている。
そのうちにはしご車の梯子が屋上までのびて、屋上駐車場の小さなワゴン
が火をふき始めた。
訓練のような気もするが、それにしては、消防車が四台もくるのはおおげさ
だし、車に本当に火をつけるというのもおおげさすぎる。
結局、真相はわからないまま。

昼食に鳥のから揚げ定食を食べたら、油の臭いが胃袋にしみて、急に食欲が
なくなる。結局、おかずの方の野菜とから揚げを少し食べただけで、ほとん
ど残してしまった。
風邪気味なのか、料理がまずかっただけなのか。
とはいえ、午後になっても食欲はないものの、身体がだるいとかはないので
料理が胃袋にあわなかっただけだろう。
社屋内の書店で、光文社文庫の『「新趣味」傑作選』と文春文庫の矢野誠一
『芸人という生き方』を購入。

さらに降りつのる雨の中を帰宅。
岩井志麻子の短編「密告函」を読む。
ビデオで吉本新喜劇を二本見る。


[405] 三島由紀夫、そして岩井志麻子 2001年11月08日 (木)

私の勤務先には大地震の発生などにそなえて、管理職の宿直制度というのが
ある。ウイークデイは宿直、土日と休日は日直と宿直が交替する。
このローテーションを私がつくっているのだが、年末年始の宿日直は当然、
みんなやりたくない。
しかし、規則である以上、わりふらなければならない。
もう11月8日なので、やむなく事務的にわりふりを決めて、関係者に
告知した。5分後に大晦日の宿直者から「なんとかならないか」との
電話が来た。

会社の帰りに門前仲町のブックオフに行く。
ここのところ、いつも文芸書の値付けの低さを嘆いてばかりいるが
今日驚いたのは、三島由紀夫の『豊饒の海』四部作のハードカバー版が
一冊100円。つまり、四部作が400円で買えるわけだ。
三島由紀夫が生きていたら、もう76歳になるわけだが、いったい、
どう思うだろう、などと、ちょっと考えてしまったりして。

松原未知子さんの日記「日和うた」に、映画「光の雨」の試写を見た
と書いてあった。監督は高橋伴明。久しぶりに見たいと思う映画だ。

ブックオフでは結局、岩井志麻子の『ぼっけえきょうてえ』を700円で
買い、表題作を寝る前に読む。
うーん、陰惨な話だが、明治初期という時代設定が巧いのか、一気に読める。
この年のホラー大賞には、秋里光彦『闇の司』や瀬川ことびの『お葬式』も
候補になっていて激戦だったようだ。結局、全部読んだわけだからホラー
好きということか。


[404] 詩人の夢夢の詩人 2001年11月07日 (水)

内堀弘著『石神井書林日録』の中に、平井功という詩人のことが出てくる。
この人は、かの日夏耿之介に「日本のランボー」と絶賛された天才詩人だ
そうだ。二十五歳で夭折するのだが、この人が実は正岡容の弟だという。

正岡容といえば、永井荷風にもつながるし、正岡の弟子には安藤鶴夫、
都筑道夫、桂米朝、矢野誠一とつながって行く。
安藤鶴夫経由で永六輔へつながり、都筑道夫経由では高信太郎に行き
その高信太郎さんに、春風亭柳昇への入門の紹介をしてもらった
春風亭昇太へも縁は続いていることになる。
昇太さんは友人なので、大正時代の天才詩人の縁が自分にもそこはかとなく
つながっていると思えば、人生にうるおいがましてくる。


[403] 早稲田短歌会に出席する 2001年11月06日 (火)

新会計システムの初めての締め日なので、どうなることかと思ったが
午後6時前に奇跡的に終了した。
間崎和明氏に連絡をとって、早稲田大学の学生会館でおこなわれている
早稲田短歌会に向う。
早稲田の文学部の前で間崎氏が迎えにきてくれるのを待っていたのだが
ここに立ったのは、もう何十年ぶりだろうか。
キャンパス内には、1976年9月以降は入っていないと思う。
必修の科目をひとつ落としてしまって、鎌倉書房に勤めながら、週に一回
だけ、早稲田の文学部に授業を受けにかよっていたのだ。
あれからももう二十五年経っている。

短歌会は十数人の出席で盛況。
他大学からも、三原由起子さんが参加している。
昔は三人くらいしか部員が居なくて、しかも、仲が悪かったから
ほとんど歌会なんか、したことがなかったなあ。
いちばん印象的だったのは、文法的にもきちんと読み取ろうとしている
態度が全員に徹底していること。
「短歌」の学生座談会の司会をしたときに会った、永井君にも久しぶりに
会うことができた。

終ったあと間崎さんに学生会館七階の短歌会の部室に案内してもらう。
ホテルの部屋のようなつくりで、カードキーによるセキュリティ対策が
とられている。うーん、これは想像をこえた環境整備。

久しぶりに東西線の早稲田駅から帰る。
学生たちは、居酒屋で二次会とのこと。元気でうらやましい。
面白く気分のよい夜だった。


[402] 今日が本当の月曜日 2001年11月05日 (月)

「吉本新喜劇の不易」は本来、11月4日(日)の記述。
Date欄がまちがっています。私がまちがえたのですが。
ということで、今日が本当の月曜日。

会社につくとデスクの上のパソコンに紙が貼ってある。
まだ新会計システムのソフトを手直ししていて、週末ごとに再インストール
しているらしい。
当然、経理局員は土、日も出席しているわけで、ここ数ヶ月、ほとんど
休んでいないのではないだろうか。
システムが確立されれば、業務はとても楽になるはずだが、それまでの
苦難の道程ということだろう。

石神井書林の内堀弘さんが書いた『石神井書林日録』を読んでいる。
『ボン書店の幻』に続く、内堀さんの二冊目の本である。
内堀さんの顔は一度だけ見たことがある。
たしか田島邦彦さんの『言葉以前の根拠へ』の出版記念会を根津の
豆腐料理の店でやった時だったと思う。
内堀さんの文章の長所は、古書店主独特の臭みがないこと。
この臭みというのは、たとえば反町茂雄の文章などに私はもっとも強く
感じる。
内堀弘の北園克衛への執着が面白く、次々に読み進める。


[401] 吉本新喜劇の不易 2001年11月05日 (月)

歯がせ痛くて目がさめた。
昨日は夕方から、柴田千晶さんとのコラボレーションの第5作を
つくり始め、メールのやりとりをしながら、少しずつかたちを
整えてゆくという作業をしていた。
そのため、久しぶりに午前2時過ぎまで起きていたので、ちょっと
歯の神経が、過敏になってしまったのかもしれない。
ただ、朝食を食べて、鎮痛剤をのんだら、すぐに嘘のように痛みは
ひいてしまった。

午後は「短歌人」の月例歌会で、三軒茶屋まで行く。
前半の司会を担当する。後半の司会は西村美佐子さん。
素直ですっきりした歌が多いというのが今日の印象。
締切を過ぎた原稿が、残っているので、4時前に帰らせてもらう。

帰宅して、柴田さんと、コラボレーションの最後の仕上げをおこなう。
そのあと書評原稿を書く。
なんとか書き上げることができてほっとした。
やはり、締切は守らなければいけない。

寝る前に、キリヤマさんが録画してきてくれた吉本新喜劇のビデオを見る。
一本のつもりが、面白いので3本も見てしまった。
内場勝則や辻本茂雄が座長になり、メンバーも中山三保や池乃めだからを
のぞけば、知らない若い連中ばかりだが、筋立ての基本が、30年前と
変わらないので、安心して見られる。


[400] 池袋に雨ふる土曜日 2001年11月03日 (土)

「短歌人」の拡大編集会議のために池袋芸術劇場へ行く。
例によって、芸術劇場の一階にある古本大学をのぞいて、中公文庫の
大岡昇平『ザルツブルグの小枝』とモーパーゴという人の『ペンギン・ブックス』
というイギリスのペンギンブックスを創刊したA・レインという人の伝記を
買う。

拡大編集会議は短歌人賞の選考と来年の誌面の方針検討をおこなう会議。
優れた受賞者が決定し、同じく素晴らしい新企画が採択された。
西勝洋一さんと久しぶりに出会い、芦別市の市会議員になっている
元プロレスラーの将軍ワカマツこと若松市政さんの話を聞く。
西川徹郎さんの全句集の出版記念会で、若松さんは、周囲に気をつかいながら
こまめに走りまわっていたという。好い人なんだなあ、と嬉しくなる。

雨が強く降っているので、しかたなく、コンビニで傘を買う。
ビニール傘に酸性の雨がはじける。