[2074] ニッポン無責任時代 2006年07月27日 (木)

お台場キネマ倶楽部の上映会で古沢憲吾監督の「ニッポン無責任時
代」を見る。
オフィスタワー一階の試写室での上映だったのだが、ここに入った
のは今回が初めて。
いろいろと知らない部分のある建物だ。

とにかく、植木等主演の無責任サラリーマンもので、気分のよいで
き具合にの一本。終わって思わず拍手をしたくなる気持ち良さがあ
る映画だった。
1962年の映画だが、当時の映画にはこういうストレス解消的な
役割をになっていたということでもあるのだろう。

植木等とクレージーキャッツの主演で、共演は中島そのみ、団玲子
重山規子のいわゆるおねえちゃんトリオ。それぞれホステス、O
L、芸者に扮して、そつがなく明るさを見せている。
喜劇のベテランで人見明と由利徹も快演をみせる。

とりあえずストレス解消して気分よく帰宅。


[2073] 虚子論と東京の地下の秘密 2006年07月26日 (水)

ちょっと睡眠不足でぼーっとしたまま1日を過ごす。
朝は有楽町のニッポン放送に行き、会義にオブザーバーとして出席。
そのまま、昼過ぎにお台場へ行き、午前中の会義のメモをつくった
あと、また、別の会義。
午前中の会義での状況と、午後の会義での状況が、また変化してし
まったことなどがあって、まさに世界は生きているとの実感。

夜は、江東区文化センターで「初めての短歌」の講座の六回目。
自由詠を提出していただいたのだが、短歌として巧くできあがって
いる。
二週間に一度のこの時間がいちばん楽しいというのがホンネ。

帰宅後、中岡毅雄著『高浜虚子論』の残っていた部分を読了。
資料を十二分に集めて、丁寧に実証する論旨のすすめかたは、中岡
さんならではのもの。良い本を読んだ。

睡眠不足にもかかわらず、なぜか眠りにおちないので、秋庭俊著の
『新説東京地下要塞』の残りの部分も読了。
こちらはあいかわらず刺激的。
今回は東京の鉄道に関して、特に明治時代の許認可に関する政治的
な争いにポイントがおかれている。
『帝都物語』でおなじみの地下鉄の父・早川徳次と五島慶太の争い
なども、詳しく書かれている。
都市の地下道に関しては興味がつきない。
5年くらい前にお台場の共同溝の見学をしたのだが、貴重な体験だ
ったと思う。


[2072] リアル 2006年07月25日 (火)

「俳句界」8月号のグラビアページで、鴇田智哉氏が「リアル」と
いうテーマの100句選をおこなっているのだが、その選句がなか
なか面白い。

・頭の中で白い夏野となつてゐる 高屋窓秋
・ひるがほに電流かよひゐはせぬか 三橋鷹女
・めざめゐてあたり瓜の香のこりゐる 中田剛
・箱庭にありし人みな若かりし 田中裕明
・やはらかく蘆にからまる蝮かな

これが初めの五句。
100句選とか100首選とかの場合、たいてい、先に俳人なり
歌人なり、とにかく人を決めて、そこに適当な作品をあてはめて
行くというのが多いように思うが、この「リアル」100句選は、
どうみても作品本位で選択されている。
他にも、
・立ちくらみして空蝉に囲まるる 小泉八重子
・白桃をむく眼帯の目も動き 丸山分水
・手を出せば雨のふりおり鉦叩 中田みづほ
・繭の中もつめたき秋の夜あらむ 木下夕爾
・陽へ病む 大橋裸木

このような、面白い作品が選ばれている。

現在の俳壇のオールスター戦みたいな人選になっていないのがとて
も爽快だ。
そして、リアルをたたえた作品の選定もまた、絶妙というか鴇田智
哉という俳人の俳句観をつたえている。
面白い100句選を読ませてもらった。


[2071] 原稿依頼の月曜日 2006年07月24日 (月)

「短歌人」11月号の原稿依頼状を書いて、諾否の返信用のはがき
に、自分の宛名のはんこを押して、封筒の宛名も書いて、投函する。

ネットの古書店にたのんでおいた、山口誓子の『鑑賞の書』が届く。
半分が松瀬青々の句集単位での作品鑑賞、後半が青々に限らぬ俳句
作品の鑑賞やら自句自解やらが入っている一冊。
まあ、確かに、鑑賞の書という題名にいつわりはない。
この本と、中岡毅雄さんの『高浜虚子論』を交互に読みながら就寝。


[2070] 東京の地下通路 2006年07月23日 (日)

午前中は、六本木まで髪をかっとしてもらいに行く。
帰りに、あおい書店で、秋庭俊著『新説東京地下要塞』を買う。
秋庭俊の地下鉄、地下道ものは最初の本からずっと買って、読んで
いる。荒俣宏の『帝都物語』を読んでから、東京の地下道の不思議
への興味をかりたてられた。
地理派と歴史派にわければ、私は歴史派なのだが、東京の地下通路
の話は、歴史と地理が融合した謎といえる。
いずれにせよ、秋庭俊の著作は、今後も読み続けるだろう。

午後は、競馬を見ながら、小池光さんと、「短歌人」11月号の
企画の執筆者の人選を電話とメールで打合せ。

函館記念は、予想どおりエリモハリアーが連覇。
函館競馬場の場合、洋芝の適性がないと絶対に勝てない。


[2069] 神田川落語会 2006年07月22日 (土)

夕方から神田川落語会に行く。

これは、両国のうなぎ屋の「神田川」で、林家時蔵師匠の噺を一席
聞いて、そのあと、うな重を食べながら、宴会をするという企画。

本当は「短歌人」の編集会議の日なのだが、数ヶ月前から出席を約
束していたので、こちらに来た。

時蔵師匠の噺は「百川」。料理屋にはふさわしい噺である。
宴会になると、時蔵師匠とおかみさんが一座に入るので、いろいろ
と一門の面白いエピソードが聞けた。
時蔵師匠は「笑点」の林家喜久蔵師匠の一門なのだ。

夜、10時過ぎに帰宅。
中岡毅雄さんの『高浜虚子論』の続きを読みながら就寝。


[2068] 誓子の日々に 2006年07月21日 (金)

どうも、前日、遅く帰宅すると、翌日がしんどい。
情けない話ではある。

昨日の本阿弥秀雄歌集『ワープ』より、話題になった歌を引用する。

・公園の遊びをよして帰る子にプラタナスの葉が揺れてみせたり
・渋面に口とがらせて仕切りする垣添よけれ小兵なれども
・植木屋の枝整ふる松の木を庭中の木が見つめてゐたり
・スピーチの指名あるやと待つあひだはや無くなりぬローストビーフは
・二つ目に昇進したるうれしさは高座で羽織脱ぎ捨つるとき
・伊勢の海入日に赫し仮寓せし誓子の日々に眺めゐし海
・秋の夜の十二階建てのマンションの外階段の一つづつの灯
・ほの暗き灯りが一つ近づきぬ闇押してくる自転車の光輪
・蟷螂に木切れの先をつかませて草にうつせり冬晴れの朝
・樋口なつ甲州人の裔にして夢に見つらむ野路の草花

一首選ぶなら「誓子の日々」の歌が好きだ。


[2067] ワープ 2006年07月20日 (木)

本阿弥秀雄歌集『ワープ』の批評会に出席。
ご本人をいれて8人という、少人数の会。
それぞれ、どう読んだか、どの歌のどの部分にひかれたかな
ど、十分に語りあうことができた。
あまり、人数が多い会よりも、このようなかたちの方が、ス
トレスが残らないのではないかと思った。

やはり、おとなの視点の歌であること。
ユーモラスな視点にも批評がこもっていること。
一方で短歌的な抒情を十分に楽しんでいること。
一首一首に含蓄があるので、何度も読み返したくなる作品で
あることなどが指摘された。
いずれにせよ、こういう歌集が出てきたことは、面白いこと
だと思う。


[2066] ブックカバーの夜は更けて 2006年07月19日 (水)

三連休のあいだに、ネットの古書店に注文しておいた、角川文庫版
の句集が到着する。
「石田波郷句集」「山口誓子句集」「加藤楸邨句集」「皆吉爽雨句
集」「中村草田男句集」など。
これらは昭和20年代の終りから30年代の前半にかけて、角川文
庫のラインナップされていたもの。
一巻に2000句収録されている。解説は山本健吉、西東三鬼ら、
良いメンバーがかなり長い文章を書いている。
実は、これらの句集を買ったのは、その前に、ヤフーオークション
で、文庫本用の手作りブックカバーを買ったため。
このブックカバーを、新しい文庫本にかけてもあまり面白くないの
で、何にかけるのがいちばん良いかと考えたところ、句集の文庫だ
ろうと考え付いたわけである。
当時の文庫本は、パラフィン紙がかけてあるだけで、それは当然、
経年劣化によって、手でふれるとボロボロになりそうだ。その上に
表紙も小口も黒っぽく焼けているものが多いので、裸で持ち歩く気
はしない。
そんなわけで、手作りの布製のブックカバーをかけてみたところ
とても、よい感じになった。もちろん、小口部分の焼け色は隠せな
いが、全体をすっぽりとカバーできるので、鞄に入れてもち歩くこ
ともできそうだ。
ということで、古い文庫版の句集に、あれこれと手作りブックカバ
ーを着せ替え人形のようにかけかえているうちに、夜は更けていく
のでありました。


[2065] バラッド 2006年07月18日 (火)

宮野友和歌集『バラッド』読了。
歌葉シリーズの歌集であるが、内容は、いわゆる歌葉的ではない。

宮野氏は「未来」の加藤治郎選歌欄に居るそうだが、文体に速度感
があるためか、ちょっと、読み始めたらいつのまにか、最後まで読
み終わってしまっていた。

中でも雨を詠った歌が印象的だ。

・営業車の薄き屋根撃つ雨音を聞きつつ少し眠りたるかも
・錦糸町駅のホームに僕は立つ夕立と汗に濡れたシャツで
・ハンドルに片手を置きて渋滞の首都高に降る寒き雨を見る
・幾条も鉄道線路並びゐて果つるあたりの草に雨の降る
・降る雨は土砂降りだつた漕艇部のレース直前の夢を見てゐた
・東京を去る時となり東京は祝祭の如く春雨ふらす
・秋雨は壮絶にしてこの雨にトラック一台打たれてゐるも
・行けど行けど短歌は終に抒情詩ゆゑひさかたの雨に濡れてゐるかも

実感があるというか、書割的でない、実感のある雨だ。

・あの女舐めたし。俺の体が鉄、鉄、鉄となる。 鉄男

塚本晋也監督の「鉄男」のイメージだろうか。
こういう歌も、理解者は少ないかもしれないが、私には印象深く読める。

・年若き「平川地一丁目」の歌声が私に響き涙流れたり
・また一歩暗い階段を下りたのか下りれば二度と戻れぬものを
・真の芸術は圧倒的であると言ひし人の作品圧倒的ならず寂しく帰る
・我が心弱り弱りて我が摩羅は勃たぬと思へば泣けてきにけり
・親子連れも会社員我も呆然と夜の弁当屋に順番を待つ
・駅に来てエスカレーターに乗るときは何もしなくていいから楽だ
・曇り厚きあかつき方を電車に乗り幾駅も幾駅も既に来にけり
・暗き運河果てなく続く静まりを欄干に凭れじつと見てゐた
・ヘッドライトは背後より来る心弱き俺をこのまま轢いてはくれぬか

こういう、心弱い自分を凝視した歌も、なかなか読み応えがある。
短歌の生理感覚がきちんとわかっている作者だと思う。
実朝や茂吉や文明と同時に「平川地一丁目」を詠える感性が信頼で
きるということか。

高島裕の「首都赤変」を読んだ時以来の、期待感が私の心の中にわ
いている。


[2064] 海の日 2006年07月17日 (月)

今日は海の日だが雨模様。
ひたすら、原稿書き。
といっても、文章ではないので、資料を読んだり、妄想した
りということの繰り返しで、実際にキーボードを打っている
時間はきわめて短い。

飽きると、ヤフーオークションの詩歌書籍のページをチェッ
クする。
先々週の週末くらいから、このページをチェックするように
なったのだが、時折、珍しい本が出ている一方で、『サラ
ダ記念日』や『チョコレート記念日』のような、ブックオフ
で、100円で買える本も、そこそこの値段で出ている。
また、さほど買い手がなさそうな歌集や句集がけっこうな
値段で出品されている。業者もいれば、素人の出品者もいる
ということなのだろう。
7日間の出品期間が過ぎても売れなかったものは、また、
新たに出品されていることが多いということ。
そのため、さほど商品が入れ替わっているという感じがしな
い。とはいえ、毎日少しずつ新商品も出品されているので、
いちおう、チェックしないわけにはいかない。
また、商品写真が載っているので、状態のおおよそを、目で
確認することができるという利点もある。

まあ、値段的には楽天フリマ古本屋街やスーパー源氏や日本
の古本屋のサーチエンジンで検索して買うほうが妥当な気が
する。選択肢として、ヤフーオークションは、チェックする
価値はあるようだ。


[2063] 矛盾している私 2006年07月16日 (日)

蒸し暑い日曜日。
今日も原稿を書かなければならないのだが、まったく、集中
力が出ない。
午前中から、午後二時過ぎまで、とにかく、パソコンの前に
座っていたが、原稿は進まず。
二時前に、東陽町の江東区文化センターに行き、ピノキオ演
奏会を見る。
家族で一度帰宅。
昨日、寺田倉庫から自宅宛に発想した本の箱が三つ届いている。
筑摩書房の現代短歌全集にあとは虚子全集や波郷全集のバラ
の本など、すべて詩歌関係書籍。
このほかに、4箱分は、古書店に送る手配をしてある。
本を持ちきれないから処分する一方で、また、ネットで古書
を買っているのだから、私の行動は矛盾している。


そのあと六時前に、家族四人で東陽町の「登貴」に中華料理
を食べに行く。
帰宅後、少し原稿を書くが、結局、完成は明日になってしま
うだろう。
夜、また、中岡毅雄さんの『高浜虚子論』を読みながら就寝。


[2062] 本をあきらめる 2006年07月15日 (土)

ニッポン放送の開局記念日。
ラジオをつけると、52年目になったと、つかちゃんがしゃ
べっていた。しかし、私にはもはや関係がないということな
のだけれども。

寺田トランクルームに行き、本の整理。
家に持ち帰る本と、古書店に送る本とを分ける。
正午過ぎに寺田トランクルームを出て帰宅。
整理といっても、結局は、特定の本の所有を断念する
ということなのだ。
もう、完全に現在所有する本をすべて持ち続けることは不可
能になっている。
読むべき本を残して、読むかもしれない本は処分する。

午後は、競馬を見ながら原稿書き。
どちらも能率があがらない。

中岡毅雄さんの『高浜虚子論』を読みながら就寝。


[2061] 若者とプロレス談義 2006年07月14日 (金)

昼間はひたすら議事録と資料つくりに終始する。
暑い日であり、お台場の空気も茹っている。
明日から、「お台場冒険王2006」が始まるので、社屋の
内外は、建て込みの追い込みで騒然としている。

夜は銀座に行って「プロレスを語る会」に参加。
S君、U君、K君らと、最近のプロレスの近況を熱く語り合う。
やはり、小橋健太の癌の手術というのが、全員の心配であ
り、小橋の復活が、プロレスの復活になることを祈るほかない。

11時過ぎに帰宅。


[2060] 王監督の居る病院 2006年07月13日 (木)

午前中に慶応病院に定期健診にいったのだが、実は私が、腎
臓内科の前で待っている間に、入院している王監督の病室に
長嶋さんがお見舞いにきていたらしい。もう一人、城島も来
ていたのだとか。特にスポーツ紙の取材陣が居たようには見
えなかったのだが、やはり、病院なのでセキュリティがきち
んとしているということなのだろうか。

お台場のオフィスへ行く途中で、丸の内オアゾの丸善に寄っ
て、「大阪の俳句―明治編1」というサブタイトルのついて
いる『松瀬青々句集 妻木抄』(ふらんす堂刊)を購入。
青々の全句集は、ただいま、邑書林が編集中だが、この本は
大阪俳句史研究会が、明治時代の大阪の俳人のアンソロジー
を企画していて、その第一弾ということらしい。
青々は句の数が多いので、このような精選アンソロジーとい
うかたちでの刊行は、現実的な読書ということではありがた
い。

オフィスに着いてからは、ひたすら、議事録つくり。


[2059] 「季刊俳句」と「本の手帖」 2006年07月12日 (水)

ヤフーオークションで初めて落札した俳句雑誌が届く。

堀井春一郎さんが編集した「季刊俳句」3冊と「特集・処
女句集」という昭森社刊行の「本の手帖」2冊。
どちらも千円ずつで、合計二千円なので、私の価値観として
は安い買い物だった。

「季刊俳句」の2号には、私の月彦名義の俳句「王権神授
説」30句が掲載されている。
一度、手放してしまった雑誌だが、ここで三冊揃いで買い戻
せて嬉しい再会となった。
ちなみに「季刊俳句」2号には、石井辰彦さんの短歌「至
誠の海」15首も掲載されている。
私の俳句は投稿であり、石井辰彦さんの作品は依頼された原
稿である。

「本の手帖」は拾い物だった。
楠本憲吉氏が全体の編集企画の大筋をつくったようだが、
子規以降の近代俳人の処女句集に関するエッセイの特集で
本人や高弟にあたる人が、その句集に関するエピソードを
書いている。
荻原井泉水、山口青邨、水原秋桜子、高野素十らは本人が
書いているというのが、今となっては貴重だろう。


[2058] 旧友交歓 2006年07月11日 (火)

POGのチョコレートの清算の集いということで、旧友が集
まって、麹町のうどん料理店で、和気藹々と交歓する。
ちょうど、キングカメハメハとトゥザビクトリーの当歳馬が
六億円で落札されたというニュースの日であり、ひとしきり
盛り上がる。
ほとんどが、大学時代の友人なので、とりわけ、なつかしさ
がつのる。学生時代から遊び人として知られていたAさんに
もう孫が居ると聞いて、歳月の流れを感じる。
マガジンハウスの編集者のMさんと、今回初対面だったのだ
が、カメ&アンコー時代からのオールナイトニッポンのヘビ
ーリスナーということで、話がはずむ。

夜、11時過ぎに帰宅。


[2057] 文壇落葉集 2006年07月10日 (月)

古石場図書館で借りておいた、『文壇落葉集』を読む。
川村湊と守谷貴嗣の編纂の作家の手紙を集めた本。
手紙といっても、昭和9年あたりからの数年間に、東京日日新聞の
学芸部に宛てられた、当時の作家や画家や評論家の手紙を集めたもの。
つまり、原稿依頼への返事だったり、原稿に同封されたメモ風の私
信だったり、売り込みの手紙だったり、学芸部のひとへの純粋な私
信だったり、そういうものがまざった手紙を活字化したもの。

先週、はじめて読んだ矢田津世子の手紙も入っていた。
とりあえず、びっくりしたのは、当時の東京日日新聞の文芸欄の名
物コーナーだったらしい「蝸牛の視覚」というコラムへの投稿原稿
がやたらに多いこと。
依頼を受けたわけでもないのに、何本か同封して、使えるものを使
って、原稿料をくれ、というものがとても多い。
次がやはり、随筆などの投稿。これも注文ではないのに、書いたも
のを送り付けて、紙上に載せてくれというもの。
次が原稿料にからんだ手紙。
当時は、原稿と引換えに原稿料を払うことがしばしばあったようで
作家のほうもそれを期待して、原稿を届けた使いの者に現金をわた
してくれなどと平気で書いている。
そのお使いというのが、奥さんだったりするわけで、何か身につま
される私小説風の状況が想像される。

読み終えて、やはり、執筆者と編集者との関係において、これらの
手紙が書かれた時期は、古き良き時代だったのだなと思わざるをえ
ない。
それと、どんなに名をなした作家の手紙でも、原稿料をくれと頼む
場合には、どこか卑屈な言いまわしが出てくるということ。
私は昭和54年から60年3月まで、勤めをもたずに、原稿料で暮
らしていたのだが、その時のことを思い出すと、やはり、編集者に
対して卑屈な態度をとっていたように思う。
といえうより、ある日、そういう自分に気が付いて、もの書き業を
辞めた、と言ってもよいかもしれない。
何かそんな忘れたいことを思い出してしまう一冊だった。


[2056] 日曜日の失敗 2006年07月09日 (日)

朝、ふと気が付くと、10時を過ぎている。
あわてて、京都競馬の1レースの結果をパソコンでチェックすると
なんと、関東から遠征している後藤騎手が単勝10倍台の馬で買っ
ている。
実は、昨日、黒岩康氏の評論を読んだあと、競馬新聞(ちなみ
に、私は「一馬」派)を買いに行き、後藤騎手が京都に遠征してい
ることを、チェックしておいたのだった。
福島の七夕賞にも乗れる馬がいないはずはないのに、あえて京都へ
遠征するということは、当然、勝負がりかだと思い、いちおう、乗
り馬全部に印をつけておいた。
こういう時に、後藤騎手の乗り馬すべての単複を買うという手があ
るのである。
そして、うっかり、ケアレスミスで買い損なった馬が、穴をあけて
勝ってしまっているというのは、最悪の展開なのである。

幸先がよくないわけで、今日は馬券でやられそうな予感がした。
そういう時には、買い控えればよいのだが、ついふらふらと、根拠
のない馬券を買ってしまって、傷が大きくなるままに最終レースま
できてしまった。
こういう日もあるのだが、わかっていて買えない、また、無根拠の
馬券を買ってしまう、といういわゆるドツボにはまるというパター
ンから、なんとか逃れる方法はないものだろうか。
何十年やっても、同じことを繰り返しているわけだ。

夕方、東陽町の本屋へ行き、中公文庫の新刊、日野巌著『植物怪
異伝説新考』上下二冊を購入。
題名だけで買ってしまったのだが、どんな本なのだろうか。


[2055] 黒岩康氏の山中智恵子研究 2006年07月08日 (土)

午前中は平和島のTクリニックにアトピー性皮膚炎の薬をもらいに
行く。
帰宅後、午後は競馬中継を見ながら、だらだらと、原稿を書き続け
る。

途中で郵便物を取りに行くと、なんと黒岩康さんが、まぼろしの
同人誌「蔡」を送って下さっている。
この雑誌は1985年から87年にかけて刊行されたらしい。
送ってくださったのは2号、3号、4号の3冊。
もちろん、黒岩さんの画期的な山中智恵子研究が連載されている。
この前、日記で、黒岩さんの山中智恵子短歌の解釈をもっと長く
聞いてみたいと、書いたのをご本人がお読みになって、わざわざお
送りくださったのだ。
ご厚情にただ深謝するばかりだ。
とにかく「音韻」「表記喩」といった考え方を方法として、山中智
恵子の短歌を、鍛工者の奉じた神たちへの思いを詠った思想詩とし
て解釈する黒岩氏の理論は、とても斬新で、スリリングだ。
もまっと広く知られ、読まれるべき論だと思う。

原稿を書くのを中止して、黒岩氏の文章に読み耽る。


[2054] 矢田津世子の「父」 2006年07月07日 (金)

帰宅後、古本屋で買った講談社文芸文庫の矢田津世子の短編集から
「父」という短編を読む。
文庫本で40頁もない短編だが、姉妹の妹から見た父親像が、巧く
描かれている好短編だった。
昭和ヒトケタくらいの時代の家庭なのだが、母親が亡くなって、父
と妹娘と女中と母の親友だったという初老の女性とが一緒に暮らし
ている。姉と兄はすでに結婚して家を出ている。
父親には芸者出身の妾が居て、時々、そこへ泊りに行っている。
姉と兄が気をきかせて、その妾の女性を同居させようと計る。
妹は最初は反発していたが、結局、折れることになる。
こういう人間関係の中で、それぞれの人物の心理の綾が丁寧に描写
されて行く。母の親友の女性はもちろん、妾の同居に反発するのだ
が、いざ、同居が始まると、妾から小遣いをもらったりして、ころ
りと心変わりしてしまう。妾の女性としても、こういう家に同居す
るとなると、決心がいるわけで、イヤミではなく、お金をつかった
り、お土産をかかさなかったりの気使いをこまかくしている。
結局、イヤな人間は出てこないし、表立ったトラブルもないままに
同居は成立し、親しい親戚を呼んで、そのお妾の女性を紹介する宴
会の場面で小説は終わるのだが、この終り方も巧妙で感心した。

「神楽坂」とか「茶粥の記」という短編が評価されていて、特に前
者は、戦前に芥川賞の候補になったらしい。
戦後まで生きていたら、活躍したように思うが、残念ながら、昭和
19年に亡くなってしまったらしい。
とりあえず、短編集一冊は読んでみようと思う。


[2053] 通夜のスタッフ 2006年07月06日 (木)

勤め先の元専務だった方のお通夜の手伝いに増上寺に行く。
夕方から夜7時すぎまで、スタッフワークをおこなう。
500人近い参列者があったのではないか。
夕立がなくてよかった。

帰宅後、塚本邦雄の『詩歌宇宙論』を読みながら就寝。


[2052] 再読できる本 2006年07月05日 (水)

朝から北朝鮮のミサイルがとぶという物騒な一日。

前川佐美雄賞の受賞式に出席するはずだったのだが、会社の人事異
動の関係で、どうしても出席できなくなってしまう。

夜10時前に帰宅。
寝る前に芥川龍之介の「袈裟と盛遠」と「開化の殺人」を読む。
再読ではあるが、若い頃の芥川の短編は、繰り返し読んでも面白い
ということを確認できた。
再読できる小説というのは要は、作家の意志がすみずみまで行きと
どいているものということだろう。
芥川の場合は短編小説なので、当然のことながら、一行一句までゆ
るがせにされていないわけである。
長編で再読しているのは、たとえば、中井英夫の『虚無への供物』
とか、阿佐田哲也の『麻雀放浪記』4部作とか同じく『どさ健ば
くち地獄』だとか、高木彬光の『刺青殺人事件』とか横溝正史の
『獄門島』とか、ミステリばかりだけれど、やはり、全体の構成
がみごとなものばかりということになる。

歌集でいちばん繰返し読んでいるのは何だろうか。
福島泰樹の『バリケード1966年2月』か塚本邦雄の『星餐図』
か、岡井隆の『人生の視える場所』か春日井建の『未生年』か滝沢
亘の『白鳥の歌』か『断腸歌集』か。


[2051] 高い城 2006年07月04日 (火)

角川書店「俳句」誌の合評鼎談のために編集部まで行く。
昨日書いたとおり、一ヶ月の巡りがきわめて早く感じる。
出口善子さん、千葉皓史さんとは、一ヶ月に一回だけ、この編集部
の会議室で3時間ほどお目にかかるだけなのだが、もう、何十年も
前から、知り合いになっているような気がしてしまう。

終了後、大手町で地下鉄を降りて、オアゾの丸善に行く。
詩歌書籍売場に俵万智の『トリアングル』が平積みになっている。
帯に「映画化決定「TANKA」」と書いてある。私は「週刊読書
陣」でこの小説の書評を書いたので、丁寧に読んではいるのだが、
どんな映画になるのやら。「TANKA」だからねえ。
「SAYURI」を目標にしているのだろうか。

夕食後、スタニスワフ・レムの少年時代の伝記『高い城』を読む。
150ページくらいなので、集中すれば3時間くらいで読める。
とりあえず、読了した。
意外だったのが、少年時代のレムは太っていたということ。
なんとなく、痩身の子供を想像していた。


[2050] あっという間の一ヶ月 2006年07月03日 (月)

週が明けてもすっきりした気分にならないのはなぜか。
まあ梅雨だからということかもしれない。

ニッポン放送の「ラジオビバリー昼ズ」に高田文夫さん復活。
ずっと喉につきささっていた小骨がやっと抜けた気分。よかった。

明日、「俳句」の7月号対象の合評鼎談があるのだが、とにかく、
一ヶ月の巡りがものすごく早く感じられる。
月はじめに鼎談の録音があり、だいたい10日前後にその速記が
届く。それを3日ほどで返却して、20日過ぎると、次の合評の
対象になる「俳句」誌が速達で送られてくる。すべての作品に目
をとおすので、どうしても一週間はかかる。そして、また、月が
明けて、合評の日になるというわけだ。
この繰返しで、もう、8ヶ月経ったことになる。
しかし、この8ヶ月ほど、「俳句」を真剣に読んだことはもちろん
ないはずだ。
今日も「俳句」7月号を持ち歩いて、少しでも時間があったら、作
品を再読、三読している。


[2049] 芭蕉晩年の苦悩 2006年07月02日 (日)

金子晋著『芭蕉晩年の苦悩』読了。
「門弟洒堂と大坂入りの芭蕉」というサブタイトルがつけられてい
るように、膳所で弟子入りして大坂へ出てきた浜田洒堂と大坂の薬
種商の之道との争いの原因と、芭蕉がいかにそのトラブルを解決し
ようとアタマを悩ましていたかということを、書簡などから推理し
て解明したもの。
あえて、ラフな文体で通俗的に書いているので、実はわかりやす
い。要は、大坂蕉門の主導権争いということらしい。
洒堂が大食漢の大男だったというのも意外で面白い。
洒堂に関しては、母と姉が彼を立派な俳句宗匠にするために、金に
糸目をつけずに支援したらしいことも書かれている。
俳句の宗匠というのが、文化人として成功する方法だったのだとい
うことか。
同じ時期に大坂には椎本才麿が居たわけで、芭蕉はこの才麿をかな
り意識していたようだと書かれてある。要は洒堂を対才麿の蕉門の
鉄砲弾にする意識があったということらしい。

というわけで、芭蕉の行動も、人間関係や勢力争いといった視点か
ら見ると、確かに面白いなあ、というのが正直な感想だった。
平成13年に田工房から刊行されている。

金子晋さんは永田耕衣門下。「琴座」の編集長でもあった人。


[2048] 山中智恵子を偲ぶ会 2006年07月01日 (土)

日本出版クラブに一時四十分くらいに着いたら、すでに、席
はほとんどうまっていた。
出席者一覧を見ると、250人を超える人が集まっていると
のことだ。
尾崎まゆみさん、林和清さん、大辻隆弘さんらの姿もみえる。

第一部は、三枝昂之さんの講演、岡井隆、高橋睦郎両氏の対
談、さらに「山中智恵子を語る」ということで、長岡千尋、
水原紫苑、黒岩康、今野寿美、川野里子、菱川善夫諸氏の発
言が続き、非常に濃密な時間が流れた。
黒岩康さんの『みずかありなむ』という言葉をみずかね=水
銀ととらえる独自の中山智恵子短歌解釈は、『中山智恵子
論集成』で読んではいたが、講演というかたちでもう少し長
い時間聞いてみたい気もしたのだが。

第二部の前の休息時間に、鈴木吉繁さん、天草季紅さん、加
藤英彦さん、前川佐重郎さんらと立ち話。

第二部は懇親会。
三枝浩樹さん、小島熱子さん、恩田侑布子さん、高柳克弘さ
ん、菱川善夫さん、松岡達宜さん、江畑實さん、菱川善夫さ
ん、久々湊盈子さん、中川佐和子さん、古谷智子さん、江畑實
さん、花山多佳子さんたちと、話をすることができた。


帰りの有楽町線で、帰阪する小黒世茂さんと再び出会い、
有楽町まで一緒に行く。
帰宅後、会場で購入した『神末』を拾い読みする。
『山中智恵子全歌集』は、未刊歌集『青扇』をふくめて収録
歌9000首、全2巻で近日刊行されるそうである。
おおいに期待したい。


[2047] 明日の予習 2006年06月30日 (金)

昨日の株主総会が終了したためか、今日は心なしかのんびり
した雰囲気がただよっている。

2日夜遅い日が続いたので、なんとなくけだるい。
終業時刻となるのを待って、急いで帰宅。

夜、明日の「山中智恵子を偲ぶ会」の予習ということで、
『山中智恵子論集成』を拾い読みする。
永井陽子さんの「水沢時代の山中智恵子」という文章を再読。
永井陽子の思いが、入院期の山中智恵子の心理に重ねられて
いるようで、なかなかせつない文章。


[2046] 現代歌人協会賞 2006年06月29日 (木)

学士会館で現代歌人協会賞の受賞式。
「短歌人」の松木秀さんと「かりん」の日置俊次さんが受賞。
「短歌人」の蒔田さん、中地さん、三井さんはもちろん花笠
海月さんほか若いひとたちもたくさんお祝いに集まってくれ
た。
学士会館での懇親会終了後、如水会館の喫茶室でお茶をのん
で解散。
気分のよい受賞式になったと思う。


[2045] 題詠鑑賞 2006年06月28日 (水)

夜、江東区文化センターで「はじめての短歌」の講座。
17人出席。
題詠「雨の土曜日」と「人名の歌」を相互に鑑賞。
バラエティ豊かな発想がでてきて、とても面白い。


[2044] 黒い布 2006年06月27日 (火)

ずっと前から読みかけていた西郷信綱の『斎藤茂吉』をようやく
読み終わる。読みにくい文章ではないのだが、読みながら刺激を受
けることも、興奮することもなく、なんとはなしに文字を追ってい
るだけに終わってしまった。
何か目新しい発見がかたられていたり、歌人論として新たな論点を
提出して、それを論じるということもない本であり、自分にとって
斎藤茂吉とは何なのか、ということを確認するために書かれた本の
ように思える。もちろん、私がさほど真剣味のない読み方をしたの
で、この本の価値が理解できていないということなのかもしれないが。
そうだとしたら、それはそれでしかたがない。もう一度読み返す気
にはとてもなれない。

寝る前に布団の中で、色川武大の実質的な処女作である「黒い布」
を読了。中央公論新人賞を受賞した中編小説。
のちの川端康成賞を受賞した「百」に出てくる退役軍人の父親の
70歳前後が舞台になっている。
じりじりとした物語りの展開は、色川武大のいつもながらの世界。
結末もいつもと同じように、エンディングらしいものはなく、その
ままの日常が変奏されながら続いて行くだろうというもの。
つまり、初めから色川武大の人間観、世界観はそういう劇的な展開
を排除するものだったのだろう。
そう思えば、阿佐田哲也名義の長編『麻雀放浪記・青春編』の結末
で、九連宝灯をつもった出目徳が死ぬ、というのは、大衆小説とし
ての妥協だったのかと思う。
その後の『麻雀放浪記』の続編では、きちんとしたエンディングは
描かれていないし、中途半端な日常生活の持続が、小説の終りとし
て選ばれているように思う。


[2043] 俳句武者修行 2006年06月26日 (月)

小沢昭一の『俳句武者修行』という朝日文庫を買って、読み始めて
から、この本はハードカバーで出た時に、すでに買って読んでいた
ことに気づいた。
題名が変わったわけでもないのに、二度買ってしまうという情けな
さではあるが、内容はいちおう面白いので、まあ、いいか。
小沢昭一が「ホトトギス」とか「狩」とか「鷹」とか「ヘップバー
ン」とかの句会に参加して、俳句武者修行をする様子を例の昭一節
で語った一冊で、心地よく読みすすめてしまう。
今回気がついたのは、「銀化」の句会には、未知子さんや瑪論さん
など、カグラージュ句会の人たちが参加していたということ。
そう思って読むと、なかなか味わいのある再読にはなった。

書かなければならない原稿が、少しずつ溜まってきているのだけれ
ど、なかなか手がつけられない。
いちばん大切な内容の原稿をまっさきに先延ばしにしてしまったこ
とで、何回も強烈な反省をしているのだが、今回もまた同じ轍をふ
みそうな気配である。困ったものだ。


[2042] ディープインパクトの宝塚記念 2006年06月25日 (日)

ディープインパクト、凱旋門賞遠征前に圧勝。
むかしは、テンポイントが外国遠征前の日経新春杯で、致命傷とな
る骨折を負ったり、悲劇的色彩が強かったが、現在は、外国のG1
をいろいろな馬が勝っているので、それほどの思いつめた雰囲気は
ない。しかし、凱旋門賞はかけねなしに世界の超一流馬が出るレー
スだし、今までの日本馬では、エルコンドルパサーがモンジューの
2着になったのが最高なので、なんとかディープには、日本馬初の
凱旋門賞馬になってほしいものだ。

馬券は三連複、三連単にしぼったのが失敗。
またしても、相手をまちがえる。
まさに、JRAの罠にかかっているようなものだ。

来週こそは失敗しないようにしようと誓う。毎週日曜日の夕方の誓いである。


[2041] 神楽坂で句会 2006年06月24日 (土)

昨日に続いて神楽坂で句会だが、今日はカグラージュ句会。
エネルギッシュな櫂未知子さんの活動に圧倒される。
今日は森麟さんとうまきいつこさんの間に座らせてもらう。

なにしろ34人10句出しで、340句の選句なので、気がぬけない。
あとから良いと思った句がいくつかあり、これらは完全に見落とし
ていたことになる。
選句、批評ともにおおいに刺激される。

今日の拙句。
・大皿に鰻小皿に光りもの 媚庵


[2040] フジテレビグッズの山 2006年06月23日 (金)

知人がお台場に来てくれたので、社屋内を案内する。
一階の長いエレベーターを上がると、七階の屋上庭園で、そのまま
グッズ売場に誘導される。
前にこの売場に入ったのは、もう5年くらい前だろう。
とにかく、番組単位でグッズが多様にとりそろえられていて、それ
が山積みになっている。
ちょうど、修学旅行らしい中学生の集団が入っていて、これらの番
組グッズをすごい勢いで買っている。
これは売上があがるわけだ。
知人とは18階で、お茶を飲んでから別れる。

夕方は神楽坂で、駄句駄句会6月例会。
風眠氏、寝ん猫氏も数ヶ月ぶりに出席。10人と盛況。

今日の拙句。
・親鰻子鰻こける足もなし 媚庵


[2039] 現代俳句論叢 2006年06月22日 (木)

午後から事務局の定例会議。
その議事録をつくる暇もないうちに、こんどは音楽小委員会。
この会議はけっこう新鮮な情報が出てくるので面白いのだが、今日
はなぜか疲労感が大きく、集中力がでない。

ネットの古書店に注文しておいた『現代俳句論叢』が到着する。
これは「俳句評論」25周年記念出版として刊行された評論集。
執筆者代表が永田耕衣、発行者代表が高柳重信と奥付けに記されて
いる。
「俳句評論」に発表された評論のアンソロジー。加藤郁乎、折笠美
秋、三谷昭といった人たちをはじめ、「俳句評論」の同人たちの名
前が並んでいる。
私にとっては「前衛俳句の盛衰」という赤尾兜子の文章が読めるの
が嬉しい。沢好摩、河原枇杷男の文章もぜひ読みたい。

この本は以前持っていたのだが、手放してしまって、それを再び、
探して買戻したもの。定価6000円が3000円だから安い。
というより、こういう本は、読みたいと思う人の手元に行くべき本
なので、値段など関係ないともいえる。
楽天フリマの探求書に登録しておいて、初めて発見できた本。
あとは、中谷寛章さんの評論集『眩しさへの挑戦』なども探求書登
録してあるのだが、出てくるだろうか。


[2038] 結社誌の編集 2006年06月21日 (水)

雨は午前中は降らないという予報なので、傘を持たずに家を出た。
そして、ゆりかもめの台場駅を出たら、雨がぱらついていた。
フジテレビビルの入口まで小走りで走る。
まったく、天気予報があてにならない。

「プロレス・K1・PRIDEヤミ事件簿」という格闘技の裏側を
探るいかがわしげなムック本を読んでいたら、なんとなつかしい挌
闘家・朝日昇が登場している。
まだ1990年代だった頃、「格闘技通信」に朝日昇はしょっちゅ
う登場していた。メガネをかけたおっさん顔なので、どこにでもい
る中年オヤジとしか見えないのに、ひとたび格闘技の場に出ると、
強いわけである。朝日昇という名乗り方も、原一兵(腹いっぺえ)
なんかと同じ発想なので、まことに脱力である。
現役ばりばりの頃から、7〜8年経っているので、なおさらおっさ
ん顔に磨きがかかっていて、見た目の迫力はまったくない。でも、
やっぱり強いんだろうな。
このムックの見所は、今巷間で話題の川又誠矢と榊原信行と高須基
仁の3人の笑顔のスリーショットが掲載されていること。まだ、ト
ラブルが発生していなかった頃の写真なのだろう。一寸先は闇。

「塔」6月号の永田和宏氏の「新樹滴滴」という選後感想のエッセ
イが面白い。
黒田英雄さんも「安輝素日記」で書いているが、川本千栄さんの次
の一首を受けたもの。

・締切は守ってほしいなり夫荒れて子供が泣いて週末暗澹

永田和宏氏は、松村正直氏に「塔」の編集長をまかすにあたって、
「編集は二人でやるな」と申し渡したそうなのである。
以下、その理由にふれた部分を引用する。

編集を閉鎖的にしんいということが大切だと思うからである。
結社というのは小なりと言えども組織である。組織の中枢で
なされる作業の中心が編集であるが、その中心が夫婦という
単位によって動いていくことになると、どうしても風通しが
悪くなる。結社の編集は、今でも家内性手工業的なところが
多いが、編集が夫婦の阿吽の呼吸のもとになされるようにな
ると、会員に雑誌からの疎外感を醸成し、会員の間から不満
の声があがることもまず間違いない。
結社には得てして夫婦歌人が生れやすいが、二人でいつも結
社の話をしているようなところには、不満が内訌しやすい。
不健康な閉鎖性が生まれ、それが結社の中心にいる人間であ
る場合には、事態はより複雑な様相を呈する。わが家におい
ても心しなければならないところであるが、結社を運営して
いく上には、夫婦の協力は欠かせないということを前提に、
一方であまり二人が密接しすぎるとまずいというのも実感で
ある。ここがむずかしいところだ。

この文章を読むと、永田和宏氏が、いかに「塔」の運営に心をくだ
いているかがわかり、思わずアタマがさがる。
結社の仕事に多少なりともかかわった経験がある人には、永田氏の
思いは、よく理解できるだろう。
それにしても、ここまで神経をそそいでくれる主宰者というのは、
とても貴重であり、「塔」のメンバーの人たちには永田和宏氏への
信頼感がいっそう増しただろう。
盗作問題の明解な決着のつけかたといい、この結社、編集の問題へ
の心配りといい、教えられるところがきわめて大きかった。






[2037] 本溜まりの梅雨闇 2006年06月20日 (火)

またまた読みかけの本が溜まってきた。
今、読みかけで、途中で中断している本は下記のとおり。

池上永一『レキオス』
大原まり子『ハイブリッドチャイルド』
西郷信綱『斎藤茂吉』
西村和子『虚子の京都』
堀切実『俳聖芭蕉と俳魔支考』

これらは、とりあえず100頁以上は読み終えている本。
ちょっとだけ頁を食ってみたというものはこの100倍くらいは
あるだろう。
とりあえず西郷信綱の本はと3章くらいまできているので、何とか
今週中には、読み終えたいと思っている。


[2036] 川を覆う闇 2006年06月19日 (月)

アトピー性皮膚炎の薬をもらいに、平和島のTクリニックへ寄って
から出社。
京浜急行平和島駅前の信号は、今日はなぜか、赤を無視してそのま
ま突っ切って行く人が多い。朝だから急いでいるのか、クロアチア
に勝てなかったのでイライラしているのだろうか。

朝の電車の中で、桐生祐狩の角川ホラー文庫の新刊『川を覆う闇』
を読み始める。
ナスティ・ホラーと銘打つべき、怪作、快作である。
どのページにも、汚穢まみれの描写が続き、小気味よい文体で語ら
れる展開に心地よく乗ってゆくことができる。プロの文章とはこう
いうものなのだ。
世界穢という概念を提出して、浄神と不浄神の対決という世界観で
物語を構築、展開していくのだが、要は「汚物にまみれたい」とい
う幼児的な本能と「消毒は快楽」であるという近代主義の対決なの
である。
角川ホラー文庫の5月の新刊なので、大書店でなら文庫棚に出てい
ると思う。定価552円税別と歌集・歌書にくらべてきわめてリー
ズナブルなので、読書好きな人は、読んでみてください。

私が住んでいる江東区には運河がたくさんあって、それらのすべて
の川には確かに闇が覆っている。


[2035] コンクリートの上のザリガニ 2006年06月18日 (日)

「短歌人」6月歌会。
小池光さんが司会の予定だったが、都合がつかずピンチヒッ
ターで司会をおこなう。
60首出詠だったので、後半、駆け足になってしまって、作
者たちに申し訳けなかった。
勉強会は栗明純生さんのレポートで、渡辺幸一さんの短歌。

・日の丸を負ひておのれを鼓舞したるイチロー思へば涙ぐましも/渡辺幸一


[2034] 晩紅塾 2006年06月17日 (土)

気分を取り直して、晩紅塾へ行く。
八田木枯氏を中心とした超結社句会。
吉村たけおさん、永島靖子さんら七人が出席。三人が欠席投句。
席題「ガラス」をふくめ七句出句。
選句は十句。
そして、なんと、一点も入らないという結果になった。
意気消沈したまま二次会に参加して、うな重を食べたあと、
四谷の喫茶店で句会。
席題で六句出句。
ここでなんとか点をとれてほっとする。

一句だけ紹介。

席題「宮」の句。
・風光る宮益坂の女学生  媚庵


[2033] 八方に不義理 2006年06月15日 (金)

夜は、迢空賞・蛇笏賞の受賞式に行くつもりだったが、急遽
どうしても今夜じゅうにやらねばならない仕事が発生して、
結局、欠席ということになってしまう。
森山良太さんと会えるはずだったのに、はたせず残念。
また、不義理をしてしまう。
もっとも、受賞式に出席しても、歌人・俳人の方々にやはり
不義理を重ねている人が多いので、おわび行脚になってしま
うのだけれど。

夜、10時前に帰宅。
『芭蕉年譜大成』と『芭蕉書簡大成』を購入。
拾い読みを始める。


[2032] 雨の夜更けの雑談大会。 2006年06月14日 (木)

お台場キネマ倶楽部のSさんとTさんと、もうひとりのTさ
んと雑談大会。
こういう利害関係も複雑な人間関係もからまない雑談大会は
ひさしぶり。
気分よく夜が更けて、帰宅。


[2031] 毅然とした姿勢の素晴らしさ 2006年06月14日 (水)

「塔」6月号に「社告」として下記の文章が掲載されている。

以下引用

このたび、「塔」誌上に掲載された会員の作品に関し
て、会員の一部より盗作ではないかとの指摘がありま
した。そこで澤辺元一を委員長とする調査委員会(澤
辺元一・池本一郎・松村正直・永田和宏)を設置して
調査を行ったところ、少なくとも二〇〇四年十月から
二〇〇六年四月にわたって、二十首以上に盗用のあっ
たことが判明しました。関係者にも事情を確認のうえ、
盗作が明らかでありかつ常習性も認められるため、事
態の重大性に鑑みて、五月三十日付で会員一名を除名
処分とすることに決定いたしました。
なお、今回は特に「短歌往来」(ながらみ書房)掲載
の作品からの盗用が多くありました。「短歌往来」編集
部および関係者の皆様方には大変御迷惑をおかけしま
したことを、ここにお詫び申し上げます。

引用終り

文章は調査委員会委員長 澤辺元一氏と塔短歌会代表永田和宏氏の
連名になっている。告知日付は二〇〇六年五月三十日。
結社誌にこれほど毅然とした文章が、まして社告として掲載され
ているのはもちろん初めて見た。
盗作という、うやむやにされがちな問題に対して、ここまできち
んとした態度がとれるということは、澤辺元一氏、永田和宏氏をは
じめとする、塔短歌会の選者の人たちが、いかに真剣に選歌に取り
組んでいるかを証明するものだ。
短歌大会などで、入選歌に盗作があったことが判明して、後に入
選を取消すという記事が新聞や短歌雑誌に載っていることは時々
あるが、結社内の盗作問題を、調査委員会をつくって調査して、常
習的な盗作と判定して、当該会員を除名処分にし、しかも、それを
社告として告知するという筋の通し方は感動的でさえある。
内輪の恥としてうやむやにすることなく、きちんと問題に対峙し
て、筋目の通った対応をするということは、できそうでいてできな
い。企業などでも、しばしば、内輪の処分だけですまして、押し隠
してしまいがちである。

同じ問題が自分の属する結社におこった場合、今回の塔短歌会のよ
うな毅然たる対応ができるかどうか、結社誌の選歌、編集にたずさ
わっている私としては、考えざるをえない。もちろん、このように
しなければならないのだ。
思い切り殴られたようなショックを与えられる出来事であり、しか
し、爽快な出来事でもあり、衿をただしたことであった。

しかし、短歌のような短い詩型で、他人の表現を盗んでしまったら
何も面白いことがなくなってしまうではないか。
言葉をあれこれとひねくりまわして、自分の表現だと思えるものを
つくりだすのが、短歌をつくるいちばんの喜びではないか。
「すべての表現は、すでに表現されている」というようなさかしら
な逆説を言わずに、創作の原点にある喜びを思い出そうではないか。


[2030] サッカーに負けた翌朝 2006年06月13日 (火)

昨夜、及川隆彦著『インタビュー現代短歌』を読み終わった。
62人の歌人や詩人や文芸評論家へのインタビューながら、通読す
ると、「短歌の世界に外からの風を通す」という編集者・及川隆彦
の熱い情熱が感じられる希有な一冊になっている。

西郷信綱著『斎藤茂吉』を読み始めた。
一週間で読み終われるだろうか。

今朝はスポーツ新聞がまったく売れなかったそうだ。
産経新聞の販売局の人が歎いている。


[2029] 蒼ざめた月曜日 2006年06月12日 (月)

昨日の馬券のボーンヘッドが影響していて、朝からずっと気
が重い。ブルーマンデーはいつものことだが、それ以上に蒼
ざめた月曜日である。
サッカーに興味がないので、心たかぶることもない。

・サッカー・ワールド・カップの熱狂醒めて聞くわが性格を好きになりたり

歌集『19XX』に収録した歌。
つくったのは1993年。いわゆるドーハの悲劇のときの一首。
こんな歌つくっていたんだなあ。


[2028] トップガンジョー 2006年06月11日 (日)

金曜日の夜にエプソムカップはトップガンジョーが勝つ、とひらめ
いて、レースの30分前までそのつもりでいたのだが、肝腎の馬券
を買う段になって、単複の場合、複はつかないし、単はマチカネキ
ララにやられるかもしれないから、三連複や三連単のほうが美味し
いではないかと、悪魔の囁きを聴いてしまった。
痛恨の馬券ベタの日曜日であった。
最終レースは、そのショックで東西の馬券をさして検討せずに買っ
てしまい、当然のことながらハズレ。
今までに何万回と繰り返した反省と自戒をまたしても繰り返さなけ
ればならなかった。

こうなったら、夏競馬はトップガンジョーを追い駆けるか。
それでいいのか?


[2027] 横浜にぎわい座 2006年06月10日 (土)

姉様キングスを見に、横浜にぎわい座へ行く。
にぎわい座は桜木町の駅から野毛方面へ5分ほど歩いたところにあ
る。
林家彦いち 新作落語
林家染雀 豊竹屋
桂あやめ 嫁と姑の確執を描いた新作落語
中入り
柳家喬太郎 初天神 6月に初天神というのが粋?
姉様キングス

姉様キングスはやはり横浜まで見に来た甲斐がある、みごとな芸を
見せたくれた。
ネタ自体は、5月の紀伊国屋ホールの時よりは、毒をおさえめにし
ていたが、それでもかなりブラックではあった。

染雀が三味線、あやめがバラライカという楽器の組合せて
「お姉さん、なんで、そんなロシアの楽器やのん?」
「親が共産党、家族でロシア民謡歌って育ったの」
というやりとりは、いつものものなのだが、会場からは文句なく爆
笑がわく。

共産党ネタで忘れられないのが、まだ、立川談志が司会をしていた
ころの「笑点」で、「働かざる者食うべからず」と言われて一言、
という設問で
談志「働かざる者食うべからず」
円楽「黙れ!共産党!」
というのがあった。
中学生くらいだった私は大爆笑したが、今になって考えると、放送
コードにひっかからなかったのかと心配になる。

というわけで、姉様キングスは、見る機会がある人は、ぜひ、早め
に見ておいた方がいいですよ、ということで、横浜から東京へと帰
ったのであった。


[2026] 人気者の浮沈 2006年06月09日 (金)

今日はめずらしく有名人と二回もすれちがった。
一人は食堂で、私が出る時に入ってきた三宅裕司、もう一人は、
帰ろうとして、ゆりかもめの台場駅に向おうと社屋を出た時に、逆
に入って来た石田純一。
もちろん、二回のタレントクロークを通り抜ければ、さまざまな
タレントと顔をあわすことは容易なのだが、それ以外の場所でこ
のように有名人と会うというのは、テレビ局といえども案外ない
ものなのである。

去年の6月の末に、「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」のゲストに
福澤朗さんにゲストに来てもらった。
その時のトークの中で
「今、お笑いの新人としていちばん期待しているのはオリエンタル
ラジオ」と福澤さんが言ったのだが、その時の私には「武勇伝」と
いうネタを「エンタの神様」でやっている二人組がオリエンタルラ
ジオだ、という認識はまだなかった。見たことはあったが、顔と名
前が結びついていなかった。
しかし、今や、オリエンタルラジオを知らない人はいないだろう。
レイザーラモンHGにしても同じことがいえる。
2005年6月の時点ではねHGのことを知っている人は、少なく
とも東京エリアにはほとんどいなかったのではないか。
「爆笑問題のバク転」に出てきた変なヤツという雰囲気だったのが
夏をこして一気にブレイクした。今はプロレスの世界がHGに救わ
れている状況である。
一方、一昨年、はげしく露出していた波田陽区は近ごろあまり見か
けない。お笑いタレントではないが、ボブ・サップもぜんぜん見か
けない。

かくも人気者、有名人といってもその浮沈ははげしく、一夜明けれ
ば有名にもなるが、飽きられれば、あっという間に忘れられてしま
うということなのである。
一方、主役ではないポジションで、なんとなくブームのはしっこに
のって、ものすごくくだらない、芸ともいえないことをやっている
連中は、案外、生き残る。
たとえば安田大サーカスは10年後のお正月の「東西爆笑寄席中
継」などという番組で、大阪道頓堀の浪花座から、ドーン、ドーン
ドーンと叫びながら、紙吹雪をまいているような気がする。


[2025] 不況と浮沈 2006年06月08日 (木)

東芝EMIが200人近い希望退職者をつのっているということが
話題になっている。
宇多田ヒカルの絶好調時は会社としても凄い勢いがあったのだが、
芸能関係のビジネスはやはり浮沈が激しいということか。
EMIには知人も何人かいるのだが、どのように対処しようとして
いるのだろうか。

帰宅途中、枝川1丁目でバスを降りて、キムチを買って帰る。




[2024] 釜出し一番石鹸について 2006年06月07日 (水)

腰痛がまた出てきたので、退勤後に越中島の整体院に行く。

腰がすっきりした後、木場まで歩いてマンションのバスで帰宅。
中野書店から、注文してあった坪内稔典著『俳句の根拠』が届いている。
1982年に出た本で、坪内さんが30代前半から半ばにかけて書
いた評論が収録されている。
「嵯峨日記」覚え書という芭蕉論や富澤赤黄男論、三橋鷹女論など
も収録されていて、読み応えがある。
もちろん、この本は刊行当時に読んではいるのだけれど、ここ20
年のあいだに、どこかで手元を離れてしまったので、買い直したと
いう次第。

ミクシィのアシュラさんにおくっていただいた「釜出し一番鹸」
の製造工程を取材したDVDを見る。
石鹸の製造工程は私はまったく知らなかったので、その手作りに近
い工程に驚き、また、感嘆する。自分を顧みれば、虚業にのみ付い
てきたわけで、呆然とせざるをえない。
一緒に送っていただいた「釜出し一番石鹸の歌」というCDも聴く。
このアイテムが如何に生活の中に溶け込んでいて、しかも、愛され
ているのだ、ということを実感できる歌だ。

POGのドラフトが来週なので、そろそろ選択馬を絞り込まなけれ
ばならない、ということで、布団の中で2時間ほど、POG本に読
みふける。なんとか10頭程度の目星はついてきた。


[2023] ブレイブストーリー 2006年06月06日 (火)

社内試写会でアニメーション長編「ブレイブストーリー」を見る。
この夏の封切り作品で、ジブリの「ゲド戦記」とぶつかることにな
るそうだ。
原作が宮部みゆきなので、ストーリー自体はゲド戦記よりは馴染み
やすいはずだが、おとなと子供の感受性は異なるわけで、どういう
結果になるかは予想がつかない。
私自身はロールプレイングゲーム仕立ての構成が、もう一つ馴染め
なかったというのが正直な感想。

松たか子、大泉洋、常盤貴子、ウエンツ瑛士、今井美樹、インパル
ス、伊東四朗らが声優となっていることも、一つの売りではあるよ
うだ。

夜、集中力を必死で出して、原稿を一本書く。


[2022] 東西2歳馬リストなど 2006年06月05日 (月)

岩波セミナーブックスの『芭蕉七部集を読む』を読了。
講座でのしゃへり言葉をそのまま活字に起こしたものなので読みや
すいのが助かる。
こういうかたちでわかりやすいものを読んでおいて、あとで安東次
男の評釈を読んだりすれば、多少は理解の助けになるだろう。

「競馬ブック」に東西の2歳馬リストが掲載されているので購入。
これで今年のPOGのドラフトの参考書はそろったことになる。
あとは絞り込んで、順位を決める楽しみが残っている。


[2021] 安田記念の予想 2006年06月04日 (日)

安田記念の私の本命は横山騎手騎乗のインセンティブガイにした。
単複とインセンティブガイから総流しの馬券を買った。
結果からいうと、香港馬ザデュークに再三体当たりをくわされて6
着ということになった。
横山騎手もこれだけ不利があって、6着というのはもったいなかっ
た、と発言している。11番人気で6着だったのだから、私の予想も
そんなに無理スジではなかったということだ。

レースの最中は江東文化センターで音楽会を見ていたので、リアル
タイムでは見られなかった。
夕食は家族で、東陽町にある「登龍」という中華料理店で食べる。

夜、「笑いの金メダル」を見る。


[2020] 書評用の本と馬券の買い方 2006年06月03日 (土)

書評用の本を持ち歩いて読んでいたら、勤め先に忘れてしまったの
で取りに行く。
土曜日のお台場は遊びに来た人たちでさすがに混んでいる。
オフィスでお目当ての本をピックアップして、ゆりかもめで帰る。

帰宅してメールをチェックすると、「読書人」から歌書の書評依頼
が来ている。読んでとても面白いと思っていた本なので、すぐに執
筆了解の返事を出す。

夕方から夜にかけてはひたすら安田記念の予想に没頭。
夏競馬になる前に、なんとか5万円以上の3連復と10万円以上の
3連単の馬券を当てたいと思っている。
3着まで当てるためには、買い目の点数がふえるのはやむをえない。
今は枠連だけしかなかった時代とは、馬券の買い方がまったく違う
のだということを認識しなければならない。


[2019] 変哲のない金曜日 2006年06月02日 (金)

「鼎談合評」のために角川書店へ行く。
今回で8回目。年鑑の分を入れるとあと5回になった。
しかし、予想以上に集中力とーを強いられる作業なので、疲労感は
強い。

終了後、神保町の古書店街をのぞく。
新刊書店も東京堂、三省堂、信山社などをのぞく。
信山社で講談社学術文庫の『江戸の懐古』を購入して帰宅。

夜は、黒田杏子氏から送っていただいた『米寿快談』を読み始める。
鶴見和子VS金子兜太の対談集。含蓄ある言葉がページごとに出てくる。


[2018] 日比谷句会へ 2006年06月01日 (木)

日比谷句会へ出席。
久しぶりに辻留のIさんがいらしていたが、句会には出席できず、
句会のために、わざわざ、料理をもってきてくださったのだった。
Iさんがお帰りになったあと、6人のメンバーでありがたく頂戴する。

『角川俳句大歳時記・夏』を持っていったので、メンバーに見せ
て、ぜひ、お買いになることをオススメしますよ、と、宣伝につとめる。
夜10時過ぎに帰宅。


[2017] はじめての短歌ふたたび 2006年05月31日 (水)

東陽町の文化センターで「はじめての短歌」講座の二回目。
「短歌人」からも何人か参加してくださって、感謝にたえない。

『角川俳句大歳時記・夏』が送られてくる。
季語の解説を何本か書かせていただいている。
基本季語の考証がくわしくついているのが特徴か。この部分を読む
のがとても面白い。
ポケット版の歳時記は何冊かもっているのだが、書籍としての歳時
記は、十何年も前に、講談社のカラー版の歳時記を処分してしまっ
たので、この角川版を久しぶりに常備することになる。
「俳句」の宇多喜代子さんたちの座談会に刺激されて、できるだ
け、歳時記を読む、という行為をしていきたいとは思っている。


[2016] ハッスルハッスル 2006年05月30日 (火)

今日は新橋演舞場で、談志・志の輔親子会があったのだが、諸事情
があって、早めに帰宅。
それで時間潰しに「ハッスルマニア」のDVDを見る。
和泉元弥とHGが参戦した横浜アリーナの大会であり、いわゆるハ
ッスルブームが爆発した大会である。
ワイドショーでかなり報道されはしたが、あくまで、和泉元弥が健
想に担ぎ上げられて、空中元弥チョツプをふるって、健想が倒れる
場面ばかりだったので、全体的な流れを見たかったのだった。
驚いたのは、練習場面で和泉元弥がAKIRAに教えられながら、本格的なバンプをとっていること。
和泉元弥ぬきの入場シーンから、ヘリコプターの音が聞こえてくるまでが約10分。リングインしてからの試合時間は8分強で、和泉
元弥は健想のナックルパートやキックやボディプレスをきちんと受
けきっている。約束事をきちんとこなしたあとで、フィニッシユに
入るというのは、まさにWWE的な展開。むかし、WWEをよく見
ていた頃に感心したのが、リングサイドにいる脇役たちが、いつ顔
をぬかれても、きちんと役割を演じきった表情をしていること。今
回は、鈴木浩子がみごとにその役割をはたしていた。白塗りの顔で
常にリング上の和泉元弥に鋭い視線をおくっている。
リングに上がって臆することなく狂言力をみせきった和泉元弥も、
「箒とでも闘ってみせる」とプロのプロレスラーとしてのプライド
にみちた発言をした健想ともども立派なものだといえる。
この試合は日本のプロレス史に残るものだ。

ハッスルマニア以降、鈴木浩子と健想を中心とした展開を目ろんで
いたようだが、すでに今日の時点では、この夫婦はDSEとの契約
が切れて、メキシコに転戦しているそうだ。
また、秋にでも帰国して、新しいエンターテインメントの真髄を見
せてほしいものだ。


[2015] 下町のしゃべり言葉 2006年05月29日 (月)

腰痛のため、三月のはじめ頃から、越中島にある整体院へ通ってい
る。本日もオフィスを少し早めに出て、腰のマッサージをしてもらう。
ここに来ている人は60代以上の人が多いのだが、とにかく下町の
人ばかりで、しゃべり言葉が小気味良い。
今日は、年配者のほかに、二十歳くらいの女性が来ていて、やたら
に、しゃべりまくっている。この女性の言葉がなんともなつかしさ
をかきたててくれるのだ。
なぜなつかしいかといえば、これは、私が子供だった昭和30年代
に、私の同級生のお姉ちゃんにあたる人たちがしゃべっていた言葉
なのである。つまり、東京の深川近辺の十代の女の子の言葉という
こと。きちんとした説明はしにくいのだが、アクセントや息の継ぎ
かたや、笑い方などが、とにかく、この下町の狭いエリア独特のも
のなのだというしかない。
ということで、郷愁にひたりつつ、腰のマッサージをしてもらい、
何とはなしに気分よく帰宅した次第。

夜、柳家権太楼の聞き書き『権太楼の大落語論』を読み始める。


[2014] メイショウサムソン 2006年05月28日 (日)

ダービーは石橋騎手のメイショウサムソンが快勝。
二着は石橋と同期の柴田善臣のアドマイヤメイン。
終わってみれば良いダービーだった。
メイショウサムソンは、無事に夏を越せれば、三冠も夢では
ないと思う。
日本のサラブレッドの質は確かに上がっていると実感。

夢枕獏著『楽語・すばる寄席』読了。
夢枕獏がSWAの五人のために書き下ろした新作落語集。
当代の売れっ子作家が、話芸のニューウエーブのために、新
作を書き下ろすということは、貴重な一冊。
ただし、噺自体は、私はどうもサイクルがあわない。
夢枕氏が笑えると思うことと、私が笑うことはちがうという
ことがよくわかった。
五本の書き下ろし作品のうち、唯一、これはいいかな、と思
ったのは、神田山陽に書き下ろした新作講談「陰陽師・安部
晴明化鼠退治」。これも、少し長すぎる感じはするが、苦し
げなオチが、それゆえに愉快。
ちなみにSWAとは林家彦いち、三遊亭白鳥、神田山陽、春
風亭昇太、柳家喬太郎の五人がつくっている新作話芸集団。


[2013] ザ・ヒットパレード 2006年05月27日 (土)

昨日、今日と二夜連続のフジテレビの特番「ザ・ヒットパレ
ード」を見る。
40代50代のみにターゲットをしぼった番組と言うこで、
どれくらいの視聴率をとれるか楽しみだ。

キャスティングも、渡辺晋と美佐の柳葉敏郎、常盤貴子以外
は、とくに奇をてらわず、好感のもてるもの。
中村八大役のふかわりょうが儲け役。
スマイリー小原の宇梶剛士が怪演。
「ザ・ヒットパレード」「シャボン玉ホリデー」といった古
い番組のフィルムが流れるので、その部分でも楽しめた。
渡辺家の長いコタツでの毎晩のミーティングというのは、小
林信彦のエッセイにも出てきたと思う。

昼間、横浜の母の家に行き、夜、八時過ぎに帰宅。
そのあとすぐテレビを見る。


[2012] 阿佐田哲也と伊集院静 2006年05月26日 (金)

去年、検査入院してから一年と言うことで、もう一度、CTスキャ
ンの検査をすることになり、朝から慶応病院に行く。
検査受付の前で、ニッポン放送のOBのMさんに声をかけられる。
やはり、病院で知り合いにあうような年齢になったということか。

案外、早く検査が終わったので、そのままお台場へ行く。

途中の電車やゆりかもめの中で、数日前から読んでいる阿佐田哲也
の『怪しい交遊録』を読了。
元本は1988年5月に出ていて、これはまだ、著者が健在の頃。
集英社文庫本は1991年9月初版。
解説を立川談志が書いていて、この交遊録に出てくる連中が、寄っ
てたかって阿佐田哲也を殺したようなもんだ、と書いてあるのが、
いかにも、家元らしい。
この本に出てくる人たちは、今、見ると一昔前の有名人という感じ
がしないでもないが、私もまったく縁がないわけでもない。
たとえば、駄句駄句会の宗匠の山藤章二さんの項目がある。
むかし、「笑っていいとも」に少しだけ出ていた、オカマ系の芸人
のきんやに関して、山藤氏はヨゴレだからよくないと主張し、阿佐
田哲也は、「化けるかもしれない」といって譲らなかったという。
ジャズシンガーの笈田敏夫の項目もある。この人は、やはり、駄句
駄句会のメンバーの島敏光さんの父上である。もっとも、島さんも
私より年上なので、やはり、一世代前という感じは正しいのだろう。
誤植のことで恐縮だが、三遊亭円楽師匠の項目で「浜野矩随」のこ
とを「浜野短随」と書いてある箇所が二ヶ所あった。これなど、著
者が生きていて、いわゆる著者校正をすれば、訂正されたのだろう
と思うが。
伊集院静の項目がほとんど最後の方に出てきて、氏が小説を書きた
いけれどなかなか書けない、というのが、昔の自分をみるようで、
何やら弟のような気がする、と書いてある。
これを読んで、晩年に阿佐田哲也が伊集院静と濃厚につきあったと
いう理由がようやくわかったような気がした。


[2011] 怠惰と睡魔 2006年05月25日 (木)

お昼ご飯をひさしぶりに、ホテル・メリディアンの中にある「漁
火」という和食の店で食べる。
以前は、ここは料理が出てくるのが異様に遅くて、12時ちょっと
過ぎに注文したものが、40分過ぎても出てこないなどということ
があったのだが、さすがに、その点は改善されていた。
天丼を食べたのだが、値段に見合うボリュームで、満足していただ
くことができた。

定時に帰宅。
「テレビチャンピオン」を見たりして、そのあとは「俳句」6月号
の歳時記の特集に刺激されて、暉峻康隆著の『季語辞典』などをひ
っぱりだしてきて読み始める。
「俳句」の執筆者は、みなさん、歳時記は引くだけではなくて、読
まなければいけない、と書いている。言われてみれば確かにそうだ
が、歳時記を通読した経験は私にはない。
「俳句」の書評のページでは、山西雅子さんが『現代俳句大事典』
の書評のために、この事典を通読したと書いている。これも、考え
てみれば当然のことではある。対象書籍を精読しないで、書評を書
けるわけはないのだから、事典だとしても通読するのは、当然なのだ。自分のことを考えても、昨年、佐藤鬼房の評論集『沖つ石』の
書評を書いた時には、当然、あの厚い本を一所懸命通読したのだった。
とはいえ、歳時記通読、事典通読とたたみかけられると、どうも、
自分の怠惰さを責められているような気がしてならない。
しかし、集中力がおとろえているのは如何ともし難く、暉峻康隆氏
の本を30分ほど読んだところで、ついに、睡魔に襲われてしまった。


[2010] 追憶 2006年05月24日 (水)

夕方、にわかに雲行きがあやしくなり、雨が降り雷が鳴り始める。

この不穏な天候をついて、原田英子さんと杉山由美子さんが、お台
場まで来てくださる。
原田さん、杉山さんと私は1977年から78年の終りまで、「マ
ダム」という婦人雑誌の編集部の読物班でデスクを並べていた。
入社年次は杉山さん、原田さん、私の順番だったが、年齢・学年は
三人とも一緒だった。
この状態で仕事をしていたのは、わずかに一年半足らずだったが、
今おもいかえせば、私にとってはかけがえのない体験だったのだと
思う。
三人で18階のレストランDAIBAで食事をしつつ歓談。
この3人でこのような時間をともにするのは、たぶん、26年ぶり
くらいではないか。
お二人はともに、子育てや家事、女性の生き方といった関係のテー
マでの執筆やエディターとして活躍している。
こまかい部分ははぶいても、マスコミで活躍している同期生を見る
のはとてもまぶしい気がするし、またねうれしい気持ちもわいてくる。
当時、私たち3人の上に、Kさんという読物班の女性のチーフがい
て、とてもきびしいひとだった。私が「Kさんがこわいので、会社
に行きたくないと何度も思っていた」と告白すると、実は二人も同
じだったということで大笑いした。
同期生意識というのは、大きなテーマというより、このような些細
な感情の陰翳によって共有されるのだと実感した。当時、Kチーフ
は34歳くらいだったと思う。何でそんなに恐かったのだろうか。
その頃、編集部には三十一文字の会とよばれる先輩女性編集者が何
人かいて、これは短歌とは関係なく、つまり、31歳の人たちとい
うことだった。彼女達は昭和22年くらいの生まれだったわけだ。
私たちは26歳だったから、5歳年齢がちがうと、やはり、彼女達
は大先輩だった。
この編集部には20人以上の編集者がいたが、男性は編集長と私と
もう一人、Mという私と同期入社の男がいただけだった。
あとは全員が女性で、先輩にあたる。とても面白い環境の職場だっ
たと今ならば思える。

要は三人であれこれと想い出はなしを語り合ったということに過ぎ
ないのだが、そこにはやはり、四半世紀分の圧縮された時間が篭っ
ている。三人がどのように生きたのかという起伏もあり、その現在
の先端の今夜に、このように語り合うということが、やはり、かり
そめのことだとは思えない。

豊洲まで三人でゆりかもめに乗って、そこで、雨の中をわかれた。
私はバスを待ちながら、「マダム」の編集部があった市谷の左内坂
を、和傘をさし、下駄履きでくだってくる作家の中山あい子さんの
姿をぼんやり思い出していた。
中山さんの話は三人の会話の中では出なかったが、原田さんも、杉
山さんも、左内坂の有名人だった(と思う)中山あい子さんの姿は
おぼえているだろう。1970年代の後半という一つの時代に、あ
る年齢を過ごした三人にとって、中山あい子さんの姿は追憶の中の
灯火として灯っているようにも思える。


[2009] 無題 2006年05月26日 (金)


[2008] 松本清張と筒井康隆 2006年05月23日 (火)

夕方になったらにわかに曇り始め、雨模様になってきた。
池袋の東京芸術劇場で「短歌人」の5月度編集会議。
小池光さんは、本日は寺山修司短歌賞・葛原妙子賞の授賞式のため
に欠席。
前川佐美雄賞の受賞式に出席するかどうか迷っていたのだが゛、三
井ゆきさんと高田流子さんが出席するとのことなので、私も出席す
る決心をする。
今年の受賞者の稲葉京子さんとは、稲葉さんが短歌研究賞を受賞さ
れた時に、私も短歌研究新人賞を受賞しているので歌縁がある。も
ちろん、『椿の館』も拝読しているので、心からおめでとうござい
ます、と、申しあげてきたい。

夜、松本清張の対談集『発想の原点』を読む。
佐野洋、五木寛之、井上ひさし、筒井康隆の4人の作家との4本の
対談がおさめられている。
筒井康隆が「バブリング創世紀」のアイデアの話をすると、松本清
張が「面白いね。それで次はどうなるの?」と繰り返し真顔で聞い
て行くのが面白すぎる。
双葉文庫の今月の新刊だが、拾いものだった。