[1605] 競馬探偵の憂鬱な休日 2005年02月13日 (日)

競馬ふたたび惨敗。
やはり、人生上の不安材料のある時はギャンブルはダメ。
困ったものである。
競馬探偵を名乗るのもおこがましいが、憂鬱な休日である。

久世洋一編『詩歌の森の散歩道』読了。
冬扇会という太田一郎氏を中心にした短歌研究会のレジュメを
まとめた珍しい本。
太田一郎氏の短歌論集としても読めるし、短歌に関する実用的な
テキストとしても読める良書といえる。


[1604] 言いたい放題 2005年02月12日 (土)

一日じゅう在宅。

エムエックステレビの「陳平・談志の言いたい放題」で、
立川談志がラーメンズとアンジャッシュを褒めていた。

競馬、当たらず、憂鬱。

夜、『新版・後鳥羽院』を読み続ける。


[1603] 憂鬱な休日 2005年02月11日 (金)

「ビバリー昼ズ」の生放送のために出社。
どこかのテレビ局が社屋の映像を撮っている。
昨日の株の引け直前の暴落で、高値掴みをした人がけっこう
居るのだろう。

午後は来週のためのブッキング作業。
いつもと同じ夜七時前に帰宅。
憂鬱な一日だったと思う。


[1602] 株式市場のジェットコースター 2005年02月10日 (木)

午前中の株価は、前日より1000円上がった8900円の買気配。
どこまで上昇するのかと思っていたら、後場の引け直前に百六十
万株の売りが出たということで、一気に1000円下がる。
まさにジェットコースター状態になっている。
「東京スポーツ」に、「ニッポン放送全員減給」という見だしの
記事が載っている。
日付以外は嘘ばかりという東スポなのに、いざ、わが身に関係が
あることが書かれているとドキドキしてしまう。

フジテレビがTOBの下方修正をおこなうとのこと。
50パーセント超を25パーセント超にまで引き下げると
いうことは、筆頭株主はライブドアのままということか。

夜、丸谷才一の『後鳥羽院』を読むがアタマに入らない。


[1601] 心ここにあらず 2005年02月09日 (水)

「ビバリー昼ズ」の昇太のなんでも番付のゲストはペナルティー
の二人。二人は市立船橋高校のサッカー部出身。
今夜の北朝鮮戦の予想。
ただし、ペナルティーはこの試合ま時間は営業に行っているのだ
そうだ。

サッカーのラジオ独占中継で盛り上がるはずなのに、ライブドア
の件で、みな息をひそめている感じ。
株の値段は7900円でストップ高。とはいえ、むむむ……。

午後は例によって「テレフォン人生相談」の録音。

帰宅後、サッカーを見て、「報道ステーション」を見る。
古舘伊知郎が「ラジオビバリー昼ズ」という番組名を
堀江社長相手にだしていたのが面白かった。
しかし、笑いごとではない。


[1600] 眠りへのいざない 2005年02月08日 (火)

「ビバリー昼ズ」の東貴博の若旦那祭のゲストは多岐川裕美
さんのお嬢さん多岐川華子さん。

いろいろと書かねばならない原稿もあるのだけれど、帰宅し
て夕飯を食べると眠くなってしまう。
今日も、塚本邦雄の後鳥羽院に関する文章を拾い読みして
いたら、いつのまにか眠っていた。


[1599] 病院のハシゴ 2005年02月07日 (月)

午前中と午後と病院をハシゴ。
会社は休みました。

帰宅後、金原亭伯楽著『小説・落語協団騒動記』(本阿弥書店)を
読む。
こういう本が本阿弥書店から出るとは思わなかった。
かつての、落語協会の分裂騒動の暴露的小説だが、
まあ、出し遅れの証文という感じ。
すでに、三遊亭円丈の『御乱心』が出ているので、あえて小説と
して匿名で書く意味はない。
まあ、腰が据わっていないという感じの読物である。
特に落語に興味をもっている人以外は読んでもしょうがない。


[1598] だらだらの時間 2005年02月06日 (日)

朝、七時過ぎに起きて、勤め先の近くのローソンで、中華饅頭を
二つと乳酸飲料を買う。
宿直室で、あわただしく朝食。
「イルカのミュージックハーモニー」を送出しているスタジオに
顔を出す。
一月の第二週目まで出ていたので三週間ぶりになるが、かなり、
久しぶりのような気がする。

十時半に帰宅。
昼食はうどん。
午後は再び本の整理。
一時間ほど昼寝もする。

馬券は的中もしたのだが、買い方の配分がヘタで
トータルで損をする。

夜は丸谷才一・三浦雅士・鹿島茂『千年紀のベスト100作品を
選ぶ』と道江達夫『昭和芸能秘録』を交互に読む。
結局、眠ったのは午前一時過ぎ。


[1597] 赤羽ウッディ 2005年02月05日 (土)

昼間はずっと本の整理。
学研M文庫の『クトゥルー神話事典』を2冊発見する。
もはや、アタマがボケているのである。
ダブリ本がどのくらいあるのだろうか。

吉岡生夫さんから、歌集『草食獣・隠棲篇』を送っていただく。
「ニュートラル」と題する長いあとがきがついている。
吉岡生夫の短歌に賭ける志はここ30年間、まったく不変で
あることが伝わってくる。

・ああといひああとこたへて霊園のカラスにけふの日がのぼるかな 吉岡生夫

夕方、会社に行き、社屋の前で高田文夫さんの車にひろってもらい
赤羽のウッディというライブハウスへ行く。
ビリー諸川さんのライブを聞きつつ、4月におこなうロカビリーの
ライブの打合せ。
高田文夫、小野やすし、島敏光、ビリー諸川、小西さん、松田さん
そして藤原ということで七人で手早く話をすすめる。
ビリー諸川さんのロカビリーは、まことにアットホームで、町の
人気者であることがよくわかった。
飛び入りで小野やすしさんが歌い、島敏光さん(笈田敏夫さんの
息子)も歌い、高田文夫さんが軽いトークで笑いをとった。
私は宿直のため、9時前にそそくさと会社へもどり、狭く乾燥し
た宿直室で、寝苦しい一夜をすごしたのだった。
とりあえず輾転反側しながら、読みかけの『興行界の顔役』読了。
昭和32年のニッポン放送開局三周年記念歌謡大会に、美空ひばり
が出演するしないでいざこざがあり、田岡一雄がその仲裁に上京し
一度は決裂したが、ひばりの母親が田岡のあとを追ってきて、路上
で、土下座してあやまったというようなエピソードが出ていたが、
もちろんこういうことは正式な社史には書かれていない。


[1596] おばけ長屋と寝床 2005年02月04日 (金)

「ビバリー昼ズ」のアシスタントディレクターをやる。

午後は雑務をこなしてから、ブディストホールの「立川談春独演
会」へひさしぶりに行く。
やはり、一昨年2003年に毎月通ってきたこの築地のホールが
談春さんにはぴったりする気がする。

今夜の演目は「おばけ長屋」と「寝床」。
どちらも、談春さんで聴くのははじめてだが
じゅうぶんに談春調になっていて楽しめた。
例の志ん生師匠が
「その番頭さんはドイツに行っちゃった」というくすぐりは
「今はコロンビアでエメラルドをほってるらしい」と演じていた。
こういう意表のつきかたは、どうやっても面白い。
「番頭さんは蟹工船に乗ってるらしい」と言ったのは志らくさん
だっただろうか。

昨年の11月の「九州吹戻し」以来のナマの談春落語をじゆうぶんに
堪能させてもらえた夜だった。


[1595] あやふやな時間 2005年02月03日 (木)

今日は会議があり、そのあと一日じゅう人生相談のMOの編集。

「短歌人」の高野裕子さんから、本名の鈴木裕子でお書きになっ
た「『源氏物語』を<母と子>から読み解く」(角川叢書)を
送っていただく。
本業でいらっしゃる源氏物語の研究者としての本である。


[1594] サンボマスター 2005年02月02日 (水)

昨日の日記の曜日は火曜日が正しいものです。

「ビバリー昼ズ」の昇太のなんでも番付のゲストはサンボマスター。
日本語ロックの新星だが、徹底したアンチヴィジュアル系で、
しかもお笑いマニア。
「関東高田組に入りたかったんですよ」という発言に笑う。
こういう子たちが、今や日本のロックシーンに旋風を巻き起こして
いるということなのである。

午後は「テレフォン人生相談」。
この録音をやっているとあっというまに日が暮れる。

森昌子が倒れて、病院に担ぎこまれたとのニュース。
更年期障害に悩んでいたという報に、あのセーラー服姿の
森昌子が更年期!と、いまさらながら、またしても歳月の流れの
残酷さを実感する。


[1593] 興行界の顔役 2005年02月01日 (月)

「ビバリー昼ズ」のゲストは奈美悦子さんの若旦那・並川倖大
さん。
おかあさん側からのエピソードで
六本木で飲みすぎて、うずくまっていたら、かっこいい若い男が
背中をさすってくれた。いい男だわ、と思って顔をあげたら、
息子だった、というのが笑えた。
倖大さんはそのあとお母さんをおぶって家に帰ったそうだ。

ちくま文庫の猪野健治著『興行界の顔役』を読んでいる。
浪曲の興行師で、プロレス興行を日本に定着させたり、
外タレの呼び屋でもあった永田貞雄の評伝。
興行の世界とヤクザの世界と政治家とのつながりが、
リアルに暴かれている。
力道山と永田との関係を記した章は、プロレス側の本で
知っていることも多いのだが、この本の場合は、たとえば
力道山の葬儀で、焼香の順番はどのようなもので、誰が
その順番を決めたのか、そしてその順番にはどんな意味が
あるのかということを主眼に記述してある。
きわめて興味深い内容の本である。


[1592] 月末ラプソディ 2005年01月31日 (月)

「ビバリー昼ズ」のゲストは中井美穂さん。
古田選手会長が自宅では「吉本ギャグ100連発」のビデオを
見ているという話など。

ベン村さ来君と話をしていて、夜の番組のディレクターが
全員、ベンちゃんよりも年下であるとのことに、しみじみと
歳月の流れを感じる。
ベンちゃんと初めて仕事をしたのは彼がまだ国士舘大学の
学生の頃だったのだ。

帰宅後、宮原望子さんの『おばさんの茂吉論』を読了。


[1591] 家宝の行方 2005年01月30日 (日)

首都の会に出席。
田中槐さんも松原未知子さんも池田はるみさんも欠席だったにも
かかわらず、20人出席と大盛況だった。

・もののふの八十宇治川を過ぎゆけば京は総ルビの本のやさしさ

岡井隆さんの出詠歌。
巧いなあと舌をまいた。

私の歌は下記。

・向島区寺島新田オルガンの鳴る家ありて大正の映え

これは大正時代の幸田露伴の家を詠んだ作品だが、当然ながら
歌会の場で、そんなことまで、わかってくれる人はいない。
高木卓著『露伴の俳話』(講談社学術文庫)を読んでいて
思い付いた歌。少し推敲して「短歌人」にだそうと思う。
もう一首、英語入りの短歌をつくったのだが、中学生レベルの
単語のスペルをまちがえて恥をかいた。
慣れぬことはやらないようにしよう。

小田部雄次著『日本の家宝』(小学館)読了。
明治維新以降、華族の家につたわっていた家宝の美術品等が
その後、どのように売られ、誰の手にわたったかという研究書。
反町茂雄の『一古書肆の回想』と似たような話だが、反町の本の
方は、古典籍に特化していて、しかも体験をもとにした記述なの
で、迫力があったとは思う。
ただ、華族の没落と成金の台頭、さらに戦後はその成金も落魄し
てゆくという歴史を鳥瞰する視点で書かれているので、読んでい
て飽きることはない。


[1590] ラーメンズの時間 2005年01月29日 (土)

宮原望子さんから『おばさんの茂吉論』(柊書房・2200円)を
送っていただく。
短歌同人誌「梁」に連載されていたものの単行本化。
今夜から読むことにしよう。

下北沢の本多劇場にラーメンズのライブ「アリス」を見に行く。
ラーメンズは現在、日本でもっとも面白いコントを演じている
コンビだと私は思っている。
今回も超満員で立ち見まで出ている。
しかし、これほど、熱狂的な観客を集めながら、マスコミへの
露出がきわめて少ないのは、一つのコントが十五分以上かかる
ものばかりだからだろうか。
現在のネタ番組では、ラーメンズの本領を発揮することは困難
だということなのかもしれない。

ネタのつくりは基本的には言葉に執着したもの。
「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざを、たて続けに
ショートコントにしてみせるものであったり、
「フシギの国ニッポン」と題して、外人教師が北海道から沖縄
まで、県の特徴を講義していくネタであったりする。
岐阜県の飛騨高山の説明で
「ヒダタカヤマ?ジーコジャパンみたいなもの?」というギャグ
を紹介すれば、面白さの片鱗がわかってもらえるだろうか。

コントの緻密な構成ということでは、アンジャッシュもひけは
とらないと思うが、演じられるものの雰囲気が、アンジャッシュ
は「オール読物」的であり、ラーメンズは「群像」とかむかしの
「海」とかに載っている作品的なのである。
昨年のライブの感想にも書いたが、筒井康隆が文藝雑誌に発表
した実験的な小説にきわめて匂いが似ているのだ。

そして、それだけ結晶度の高い内容をもちながら、その名乗り
が「ラーメンズ」というのが、やはり、言葉にこだわりつくした
才能の輝きを感じる。


[1589] 日本文学史早わかりの時間 2005年01月28日 (金)

「ビバリー昼ズ」でADをしたあと、「テレホン人生相談」の
MOを2週分編集する。

丸谷才一の『日本文学史早わかり』を再読する。
といっても、初読はこの本の初版が出た1978年だから
四半世紀ぶりの再読ということになる。
当時は古典和歌にさほど興味がなかったので、ただ通読したと
いうだけだったなと、再読してよくわかった。
ライトバースという言葉がすでに使われていることに目をひら
かれた。
すでに、一九八〇年代の短歌状況を予言していたのだと言えな
くもない。
私は丸谷才一が『サラダ記念日』を評価していることが、ずっと
疑問だったのだが、この本の中で、アンソロジー・ピースという
詩の認識を提出していることで、ある程度、納得できた。
アンソロジー・ピースには、「判りやすくて口あたりのよい、
万人むきの、よく出来た、二流の詩」という意味があるそうだ。

すでに、この本は講談社文藝文庫に入っている。
ちなみに私が再読したのは元版の方である。


[1588] 短歌を読む時間 2005年01月27日 (木)

朝、一度出社するが、さむけがするので早退。
医者によって薬をもらってから帰宅。

ずっと蒲団の中で、小池光さんの『滴滴集』と『時のめぐりに』を
再読する。
歌人・小池光の文学精神に圧倒される思いである。
一見、軽い滑稽を狙っているように見える作品にも、底には
強烈な文学精神が貫通している。
小池光に駄歌は一首もない、という信念を再確認できた。

・雨脚は赤い靴はいてちかづき来 たたきの石のわたくしが前
                        『滴滴集』

  「星といふ星の光のいかにも森然として冴渡つてゐるのが、
   言知れぬ」さびしさを思はせる…」
・折も折人家のうらを走り去る電車の音は風にかすれて
                     『時のめぐりに』

こういう歌の巧さを堪能できなければ、小池光の短歌のうわずみ
しか、ついに理解したことにならない。
短歌を読み続けてきてよかったと、快感がわいてくる。


[1587] 笑いたい時間 2005年01月26日 (水)

「ビバリー昼ズ」の昇太のなんでも番付のゲストは渡辺正行さん。
笑わせてやろうという意識が抜群なので、昇太さんとの息も合致し
て、きわめて面白く大笑いできる中継になっていた。

笹公人さんの短歌への姿勢を私が評価するのは、読者を笑わせて
やろうという点に表現が特化していること。
こういう意志をここまではっきりみせている歌人は珍しい、という
か、他に思い当たらない。
「短歌ヴァーサス」6号の「よろしく!ゾンビ先生」も、私は面白く読んだ。
おしゃれな気分の共有というようなものは、笹の笑わそうという
意志に比べれば、シロウト根性にすぎない。
つまり、笹公人にはプロフェッショナル意識がある。
かつて、笹の『念力家族』を、シロウト臭いと評した有名歌人が
いたそうだが、私に言わせれば、そのかたの方がプロ意識という
ことをわかっていないように思う。
ただ、もっとカゲキに面白く笑わせるようににできるはずだ、と
は思う。今回の「よろしく!ゾンビ先生」にしても、もっと笑わせてほしいとの、ものたりなさは残る。
極端にいえば、アイデアを一緒に練るスタッフがいてもよいので
はないかとも思う。

そして今日は永井陽子さんのお命日でもある。


[1586] 懇親の時間 2005年01月25日 (火)

「テレフォン人生相談」のパーソナリティ及び回答者のみなさん
の懇親会。
弁護士の中川潤先生をのぞく全員が奇跡的に集まることがてきた。

話題の中で、本日はマドモアゼル愛先生の誕生日であり、明日は
加藤諦三先生の誕生日であることが判明。全員で「ハッピー・バ
ースデー」を歌う。

ちなみに明後日の1月27日は清水ミチコさんの誕生日。


[1585] 頭痛の時間 2005年01月24日 (月)

昨日の夜、とりこみごとがあり、午前三時まで眠れなかったので
頭痛がとまらない。
一度、出社して、午後までに、本日やるべきことをすませて帰宅。
「ビバリー昼ズ」のゲストは、西川貴教。

『滴滴集』を読んでいたら、いつのまにか眠っていた。


[1584] 短歌の時間 2005年01月23日 (日)

神保町の学士会館で「短歌人」の新年歌会。

今年の特徴は猫の歌が点数をたくさんとったこと。
最高点は下記の歌。

・いちばんいいセーターの上に猫は寝てその安逸のかがやくばかり

作者はベテランの酒井佑子さん。

ちなみに私の歌は下記のとおり。

・わが前世あらば銀幕遥かなるアラモの砦守る一人ぞ

斉藤斎藤氏より「なかなか格好が良い」と言われる。
また、小池光氏からは「前世」というのは千年くらい前の
時代の感じで、アラモの砦の攻防戦は19世紀のことなので
前世という言葉がぴったりしないと評される。

青柳守音さんのご尽力と青幻舎さんの英断によって、
『永井陽子全歌集』がついに完成し、会場で購入予約を
受けることができた。
『葦牙』から『小さなヴァイオリンが欲しくて』までの、
永井陽子さんのすべての歌集を完全収録した一巻。
ぜひ、一人でも多くの方々に読んでほしい。


[1583] パッチギ! 2005年01月22日 (土)

シネカノン有楽町で井筒和幸監督の「パッチギ」を見る。

2回目の上映なのに、ぎっしりだった。
舞台が1968年の京都で、主人公が高校2年生、ということは
私とまったく同年齢ということになる。
日本人と在日朝鮮人のケンカと恋の物語。
「イムジン河」「悲しくてやりきれない」「あの素晴らしい愛を
もう一度」といったフォーククルセダーズの楽曲が、実に効果的
につかわれている。
「女体の神秘」「バーバレラ」といった映画、毛沢東語録、
阪神パークのレオポンといった小道具も、きわめてリアルで
時代の味をだすのに成功している。
時代の青春という部分に共感できる人にはおすすめできる作品。


[1582] 角川三賞授賞式 2005年01月21日 (金)

角川短歌賞 小島なおさん
角川俳句賞 仲寒蝉さん
俳句研究賞 高柳克弘さん
以上三人の方の授賞式が東京會舘で開催された。

詩人の八木忠栄さんに初めてお目にかかることができた。
そしてもちろん、たくさんのみなさんとお話をすることができた。

小島なおさんの「乱反射」に関して、選考委員代表の小池光さん
が言ったのは次のような主旨の言葉だった。

・小島なおの「乱反射」には恋の歌が一首もない。つまり、内心
 の恋心といったようなチンプな思い以外のことを短歌で詠もう
 としている。この点において、個性がきわだっている。

・小島なおの作品には外部への視点がある。つまり、内心の人恋
 しさのようなもやもやを、表現ともいえない言葉のつらなりで
 あらわすような幼児性とは一線を画している。外部への視線と
 は、とりもなおさず自己省察の視点である。

小島なおという新人に、なぜ期待がかかるのかといえば、十八歳
で、このような短歌への向かい方をできる人はほとんどいないか
らだと思う。何かの都合で彼女が短歌から離れてしまうというこ
とがないように祈りたい。


[1581] パスティーシュの快楽 2005年01月20日 (木)

「ビバリー昼ズ」はゲストなし。
清水ミチコさんの歌のパスティーシュのアルバムが発売になる。

会社帰りにふと思い立って、スバル座で「TAXI」を見る。
ニューヨークを舞台に、スピード狂の黒人のヒロインが活躍する
B級アクション。
面白いのは、若い男の刑事が一人出てくるほかは、ギャングも
女性の4人組、刑事として前線で指揮するのも女性の警部補と
女性ばかりが活躍する。
B級ではあるが、見て良かったという気がする佳品。


[1580] 挨拶と滑稽 2005年01月19日 (水)

「ビバリー昼ズ」のゲストは五木ひろしさん。

午後は「テレフォン人生相談」の録音。

通勤の読書として山本健吉の『俳句とは何か』を読んでいる。
読書がはかどるようではかどらないのは集中力がないから。


[1579] この冬は何で年寄る 2005年01月18日 (火)

53歳になってしまった。うんざりである。

毎年書いているような気もするが、この日生れの有名人は
ビートたけし、笑福亭鶴光、おすぎとピーコ、森山良子、
モンテスキューといったところ。


[1578] 一つの結末 2005年01月17日 (月)

「ビバリー昼ズ」のゲストは井筒和幸監督。
新作「パッチギ」のプロモーション。

午後4時半に、緊急全体会議が召集され、イマジンスタジオに
集合する。
社長から、フジテレビがニッポン放送の株式を公開買付けして
筆頭株主になり、場合によっては、百パーセント子会社になる
こともありうるとの説明がある。


[1577] なごり雪の世代 2005年01月17日 (日)

久しぶりに六本木の美容室に行って、髪を切ってもらう。
やっとすっきりした。

夕方、五反田のゆうぽうとに「イルカこころねコンサート」を
聴きに行く。
イルカさんのコンサートに行くのは、はずかしながら初めてで
ある。
「サラダの国から来た娘」で始まり、「なごり雪」で盛り上がり
「光の扉」で明日への希望を歌って収束するハートウォーミング
なコンサートだった。
お天気お姉さんの山本かおるさんと一緒に並んで座っていたのも
うれしいことではあった。

しかし、なごり雪を聞くとジーンとするのは、やはり、なごり雪
の世代ゆえとしか言いようがない。


[1576] 土竜のように 2005年01月16日 (土)

日付と曜日が間違っていたので調整します。
次項の「なごり雪の世代」が、16日、日曜日の記述です。



[1575] 週末へ向けて 2005年01月15日 (金)

一日じゅう原稿書き。
一年ぶりに土日が続けて休みなので、心にゆとりが生れている。

本当はこういう精神状態を維持しなければならない。

岡野宏文・豊崎由美共著の『百年の誤読』と大岡信著『蕩児の家
系』の二冊、どちらも、年始から読みかけたり休んだりしていた
のを、残りの部分を一気に読む。
『百年の誤読』は、明治以来百年のベストセラーを現在の読書人
の目で読みなおす、というもの。
徳富蘆花の『不如帰』から『世界の中心で愛を叫ぶ』まで、とに
かく、世評や文学史上の評価もけっして信頼できないということ
を教えてくれる好著。
『蕩児の家系』は、日本の現代詩というものを韻文定型詩の旧家
から出奔した蕩児ととらえてのよみごたえのある詩史論。
大岡信の著書をきちんと読んだのは、初めてかもしれない。


[1574] 星々の悲しみ 2005年01月14日 (木)

午後から二時間番組の録音。
むかしなら成人の日なのだけれど、今は単なる金曜日。

午後、二時間番組の録音。
とりあえず、私は今日でこの番組ははなれることになる。
イルカさんから襟巻きをいただき恐縮する。

夕方、水曜日にチョンボしてしまった番組の再録音。
すっかり、ご迷惑をおかけしてしまった。

帰宅時、豊洲のバス停で、久しぶりに空を見上げると
冬の星が悲しむようにまたたいていた。
と、紋切り型の表現しかできないのが情けないが
日常生活というのは、紋切り型の連続なのだとも思う。
それゆえに、自己表現くらいは、紋切り型の罠から
逃げ出したい。

夜、テレビで「オーシャンズ11」を見る。
「オーシャンと11人の仲間」の現代的リメイク。
アンディ・ガルシアが「このチビめ」と言われるセリフに
彼はこのセリフを今までに何度いわれたことだろう、と同
情する。



[1573] 涙の太陽 2005年01月13日 (木)

「テリー伊藤ののってけラジオ」のラジオカーで、歌手の
安西マリアさんのところへ行く。
今日のレポーターはいつもの上田郁代ちゃんではなく、もと
ラジオニッポンのレポーターをしていたという井内志保さん。
安西マリアという歌手は、基本的には「涙の太陽」が、もっとも
有名だが、この曲はAMラジオではいつでも流れる曲なので
忘れられることはない。
こういう楽曲を持っていることは、幸福なのだと思う。

帰宅すると「花壇」が届いている。
島田修二追悼特集の文章、安永蕗子、藤田武、田井安曇、
河野裕子の四氏。
どの文章も内省的な視点の文章で心にしみる。


[1572] とりかえしつかぬあれこれ 2005年01月12日 (水)

「ビバリー昼ズ」のゲストはカンニングの竹山。
それはいいのだが、番組の準備中に、重要な素材のMOを
勘違いでフォーマットしてしまうという大チョンボ。
とりかえしのつかぬ失敗をして、激しく落ち込む。

午後は「テレフォン人生相談」の録音。

夕方、おちこんだ気分のまま、むかしディレクターをやっていた
S君がたずねてくる。
うどん屋に行って、あれこれとよしなしごとをしゃべる。
9時前に別れ、ビッグカメラで気晴らしに、DVDを買う。
「大脱走」「史上最大の作戦」「ムーランルージュ」の3本。


[1571] アトムは本名 2005年01月11日 (火)

「ビバリー昼ズ」の若旦那祭のゲストは下条アトムさん。
お父さんは下条正巳さんだ。
もっとも、若旦那といっても、アトムさんは高田文夫さんより
年齢は上なのだけれど。
アトムというのは本名で、小学校の同級生にウランという女性が
いたというのも驚き。
もちろん、鉄腕アトムの登場よりも5年以上はやい時代の話。

午後は今年最初の「テレフォン人生相談」の録音。


[1570] この素晴らしき世界 2005年01月10日 (月)

成人の日の特番ということで、「あの時君は若かった フォーエ
バーヤング ニッポン」という一時間の生放送を担当。
パーソナリティは斎藤安弘さん。
基本的には「カムジン」2号のパブリシティ番組。
ロッド・スチュアートの「この素晴らしき世界」をかけたのだが
これくらいのビッグネームになると、六十代になっても、余裕が
ある歌いぶりで、ぜんぜん聞きあきない。
一つのジャンルをきわめた者の心地よさというべきだろうか。
たいしたものだと思う。


[1569] タイガー&ドラゴン 2005年01月09日 (日)

「イルカのミュージックハーモニー」で、ニール・セダカの
「カレンダーガール」をかける。
こういう軽くて能天気な曲は、いつ聞いても楽しい。
サザンオールスターズの「TUNAMI」は、もはや永久に
放送では流せないかもしれない。

月曜日の特番の準備で昼過ぎまで仕事。
帰宅後、競馬を見たり、大岡信の『蕩児の家系』を読んだり
して過ごす。
夜は宮藤官九郎のテレビドラマ「タイガー&ドラゴン」を見る。
クレイジー・ケン・バンドの名曲「タイガー&ドラゴン」が実に
巧みにつかわれている。
ジャニーズ系のタレントが、落語をテーマとしたドラマに出演す
る時代になったわけだ。


[1568] ゆっくりと、そして確実に 2005年01月08日 (土)

アトピー性皮膚炎の薬がなくなり、肌がざらついてきたので
平和島のTクリニックに薬をもらいに行く。
平和島への往復の間に、昨日、贈呈していただいた「井泉」を
読む。
これは、春日井建門下で、「短歌」をやめた人達がつくった
新しい短歌誌。
竹村紀年子、彦坂美喜子、新畑美代子、喜多昭夫、江村彩といっ
た方達が参加している。
水原紫苑さんは個人で活動するということで、やはり「短歌」を
離れている。
大塚寅彦さんの新体制になった「短歌」には、稲葉京子、古谷智
子といった実力派のほかに、新人では、黒瀬珂瀾、菊池裕さん達
が残ったということかもしれない。
「短歌」の一月号は表紙の色つかいも一新して、新しい方向性を
求めるという雰囲気が漂っていた。
一方、この「井泉」は、彦坂喜美子さんが、以前「短歌」に書い
ていた「現代短歌はどこで成立するか」を継続連載したり、荻原
裕幸さんが評論を寄稿していたり、以前の「短歌」の匂いが残っ
ている。
その荻原裕幸さんの「秀歌と愛唱歌とリアリティ」は、秀歌を
秀歌として保証する要素、愛唱歌を愛唱させる要素を分析して
いて、きわめて明晰な論理が展開されている。
秀歌も愛唱歌も成立しにくい短歌の現状という最後の状況分析
も、抑制が効いていて、我田引水にならずに、きちんとした問
題提起になっている。

他に、外部から、佐藤通雅、高野公彦、平井弘、安森敏隆氏らが
春日井建追悼の文章を寄稿している。
面白いのは、これらの人が、『未青年』の春日井建に執着する自
分をきちんと語っていることだ。ここしばらくの追悼特集の文章
などでは、『未青年』のみの春日井建ではない、という論調が多
く、私などは違和感を禁じえなかったのだが、結局は、どの時代
に、春日井建にふれたか、ということによるのだと思う。
私は『青葦』から『井泉』までの春日井建作品は、今でも、高く
評価する気にはなれない。遺歌集となった『朝の水』は、実はま
だ読んでいない。私の中の春日井建への思いに、最後の歌集を読
むのをためらわせる心理的な陰翳があるということか。


[1567] さよならをするために 2005年01月07日 (金)

担務変更があり、来週から土日と休めそう。
一年ぶりの週休二日の復活になってくれればうれしいのだが。

「ビバリー昼ズ」は、高田文夫さんが、今日もお休みなので、
松村邦洋さんと増田みのりアナウンサーで放送。
今日もスタジオはのんびりとしていて、松村くんが、放送でも
スタッフがのんびりしていると喋っていた。

月曜日の特番の準備。
きちんと準備しはじめると、意外と素材が多いことに気付く。
パク・ヨンハのCDがCDルームから紛失している。
時々、こういうことがあるので困る。
月曜日には必ずかけなければならないので、明日にでもCDシ
ョップで、買っておかなければならない。


[1566] 寒い東京の長い午後 2005年01月06日 (木)

チーフ会のあと、スタジオへ行く。
やはり、高田文夫さんは、風邪が悪化して今日はお休み。
清水ミチコさんと垣花アナウンサーで番組をまわす。
本当は緊張しているべきスタジオが妙になごんでいるのが
面白かった。

午後は北野大先生の番組の録音。
先生もきわめて元気。

一度、帰宅したあと、東陽町文化センターへ行く。
センターの職員の方と密談。
長崎チャンポンを食べて帰宅。
「未来」が届いている。
活版からオフセットになった最初の号とのことだが、私には
この印刷、レイアウトの方がよみやすい。


[1565] 孤独なサラリーマンの孤独 2005年01月05日 (水)

「ビバリー昼ズ」の春風亭昇太さんの「なんでも番付」コーナーの
ゲストは「北の零年」の行定勲監督。
行定監督が以前、助監督をつとめた短篇映画に、昇太さんは出演
したことがあったのだそうだ。
高田文夫さんは、今日は、ひどい風邪をひいていて、見た目も
つらそうだった。

番組終了後、制作部のフロアに戻ったら、突然、月曜日の午後の
特番を担当してくれ、と言われる。
来週の月曜日の特番を、水曜日になって担当しろ、といわれるの
は、いくらなんでも時間がない、と思ったが、他にやり手が居ない
のはわかっているので、やることにする。


[1564] 人間なんてララーラララララーラー 2005年01月04日 (火)

勤続20周年ということで、勤め先から記念の腕時計を貰った。
もちろん、こんな時計をもらうまで勤め続けるとは、当初は思っ
てもいなかったのだが。

「ビバリー昼ズ」の今年最初のゲストはイッセー尾形さん。
主演映画の「トニー滝谷」がまもなく封切られるという。
ギター演奏をしてもらう。吉田拓郎調の奏法である。
しかし、番組のイントロで、アルバイトの板橋嬢に弾いてもらった
お琴の演奏には、やはり及ばないと悟ったようだ。


[1563] 踊る大紐育 2005年01月03日 (月)

午前中、DVDでアーサー・フリード制作のミュージカル「踊る
大紐育」を見る。
小林信彦が「ミュージカルを路上に解放した」と評したアメリカ
のミュージカル映画の代表作。
冒頭の「ニューヨークニューヨーク」の歌からわくわくしてしま
うのは、まあ、そのように観客を反応させるべく作ってあるとい
うことだろう。
楽しい時間を過ごすことができた。

ともかく、大晦日から三が日にかけて、風邪でダウンすることな
く過ごせたのを自祝したい。
この程度のことを喜ばなければならない年齢になったということだ。
もう、とにかく、今年は自分自身をいたわることにする。



[1562] わたしを野球につれてって 2005年01月02日 (日)

昨日紹介した高柳重信の「俳壇オールスター野球試合」の、一部を
引用してみる。
4回の表裏の展開である。

 デ軍 藤田二匍、北野左飛、赤城四球、飯田右前安打、野見山の
 二匍を一塁落球し二死満塁、原子四球で赤城生還、(シ軍投手
 は八木となる)、古沢三振。
 シ軍 林田遊匍、伊丹投匍、八木三匍。
 ◎二死後、楠本は左打者の赤城を警戒しすぎて歩かせ、飯田には
  巧く右前に合された。サイド・スローの弱点だろう。そこへ一
  塁手火渡の落球が出て、すっかり気落ちした表情、原子にも選
  ばれた。往年の速球がみられず、もっぱら逃げるピッチングな
  ので、エラーが出ると苦しくなる。ここで左打者の古沢が登場
  すると、シ軍には左投手がいないので重大なピンチ到来、窮余
  の一策、西東監督は女流の八木をプレートに送る。古沢は、腰
  のあたりから膝もとに落ちるドロップを空振、噂どおり女流に
  は弱かった。一方の赤城は、一球毎に変化球をあやつる丁寧な
  投球で、三者を軽く料理する。それにしても、伊丹はとみに打
  てなくなったようだ。

という具合で、こういう文章が9回分続く。
苗字だけの俳人のフルネームは、現代俳壇史を多少でも知っていれ
ばすぐわかるだろう。それに伴う人物戯評にもニヤリとできるはず
だ。
ウキウキした気分でこの文章を書いていたであろう高柳重信の昂揚
が伝わってくるようだ。

昼前に丸の内オアゾの丸善へ出かけ、永島勝司著『地獄のアング
ル』を買ってきて、一気に読む。
長州力を中心としたプロレス団体WJの顛末記。
一種の暴露本でもある。
結局、プロレス関係者は世間知らずということだ。

田中裕明さんの新句集『夜の客人』(ふらんす堂・2600円税込)
が届いた。
結果的に最後の句集になってしまった。
この句集を贈呈された人達は誰もが田中裕明という俳人の夭折を
今夜くやしく思わないわけにはいかないだろう。

・古きよき俳句を読めり寝正月 裕明『夜の客人』

命数というものは、やはり、理不尽だ。


[1561] 彼方への現在 2005年01月01日 (日)

以下の本と雑誌を読む。

林桂著『俳句・彼方への現在』(詩学社刊・2,500円+税)
「弦」9号
「夢幻航海」55号

林さんの著書は「詩学」に十五年間にわたって執筆された俳句時評
を選択し、集成したもの。406頁の太著である。
林桂という鋭敏な批評家による平成俳句の表現史になっている。
昨夜から読み始めて、結局、一気に読了してしまった。
「藤原月彦と「魔都」」という一章があるのも、私の思いを揺らさ
ずにはいない。俳人・藤原月彦の消滅の必然が林桂によって、私に
納得できるように解き明かされていると思えた。
読み初めの一巻として刺激にみちた一書を読めた。

「弦」は遠山陽子さんを中心とする三橋敏雄の研究誌。
遠山さんによる連載評伝「したたかな男の美学・三橋敏雄」が
今号も圧巻。今回は昭和十五年、十六年を背景に阿部青鞋との
関係が解かれている。

「夢幻航海」は岩片仁次さんを中心とする高柳重信の研究誌。
高柳重信が昭和三十四年の「俳句研究」9月号に偽名で発表した
「俳壇オールスター野球試合」という戯文が再録されている。
中村草田男監督、加藤楸邨コーチの伝統軍と西東三鬼監督、
秋元不死男コーチのシンコー軍の野球試合の経過を当時の俳人を
選手に見立てて実名で書いたもの。
両軍のラインナップの見立てだけなら、まあ、思い付きで書ける
が、凄いのは、9回日没引き分けになるまでの試合展開をきちん
と書き綴っていること。もちろん、俳人たちのキャラクターを生
かした展開で、それ自体が人物戯評になっているわけだ。

こういう文章も楽々と書いてしまう高柳重信の強烈な批評の力に
敬服する。
これも新年から良いものを読んだ。


[1560] 東京は広いけど、人と話すこともない 2004年12月31日 (金)

「ビバリー昼ズ」は2時間スペシャル。
山藤章二宗匠を中心に、立川左談次、林家たい平さんをゲストに
迎え、レギュラーの松村邦洋もまじえて、川柳で今年のニュース
をふりかえるという、いかにも年末定番の企画。

降る雪をみつめながら、2時間の生放送はけっこうオモシロかった。
聴取者から来た川柳で笑えたのは次の一句。

・細木だな「振り込めサギ」に変えたのは

オレオレ詐欺を最近は振り込め詐欺と言いかえるようになった
ことへの皮肉。細木はもちろん改名ばかりすすめる細木数子の
ことですよ。この二つをひっかけたところがよけい面白いんで
すよ、と解説するとあまり面白くなくなる。

私が聴取者からの川柳の応募が少なかった時のために、ダミー
としてつくっておいた川柳を下に少し紹介する。

・クロ組も居た紅白の舞台裏
・不払いで冬ソナを見て泣いている
・オレだってヨン様だぞとチョー・ヨンピル
・日本にも居るぞペー様パー子様
・谷でも金、田村に戻ってもう一つ
・野田社長にも新規参入してほしい

以上、おそまつさまでした。
良いお年をお迎えください。


[1559] 悲しき街角 2004年12月30日 (木)

「テリー伊藤ののってけラジオ」のラジオカーで、太子堂にある
林家喜久蔵師匠のところへ伺う。
林家たい平さんが「笑点」のレギュラーになったことについて、
励ましをいただくという企画。
はじめてのCD「キクラクゴ」も出たばかりで、ちょうどタイミ
ングのよい企画だった。

帰宅すると長男が、「今井聖さんという方から、電話があって
田中裕明さんが亡くなったと伝えてください」といっていたと
の伝言。
俳人の田中裕明さんが入院中ということは、うっすら聞いていた
が、まさか、亡くなるような病気だったとは知らなかった。
まだ四五歳。
まさに若死にである。
気分がたちまちめいってしまう。
彼が角川俳句賞を受賞した授賞式に私は何故か出席している。
その席にはまだ邑書林を起こす前の島田牙城さんも居たはずだ。
私は田中裕明的な俳句に必ずしも賛成ではなかったが、
ここ何年か、彼の俳句を最近作まで読むようになって、
こういう種類の作風の良さがわかるようになってきたところだった。
毎月、主宰誌の「ゆう」を送っていただくようになり、作品や
文章を読み、さらに親しく感じるようになっていたのに。
つくづく残念な死だと思う。
良い奴は早死にする、という言葉がアタマに浮かぶ。
悲しき街角に悲しい寒風が吹き荒んでいる。


[1558] バッドガールズ 2004年12月29日 (水)

遅々とした回復途上ながらも出勤。
すでに事務系社員は年末休暇に入っているので、社内は静かで、
しかも空調が変で寒い。
人生相談を二週分編集する。
ひとけのない社内のMO編集室で他人の悩みの相談を何度も聞き
返しながら、短縮していく作業といのは気が滅入る。

夜、DVDで「バッドガールズ」を見る。
ジョナサン・キャブラン監督のいわゆるB級西部劇。
マデリーン・ストウ、メアリー・スチュアート・マスターソン、
アンディ・マクダウエル、ドリュー・バリモアが演じる4人の
西部の娼婦たちが、自分たちだけの事業をやろうということで
新天地をめざす物語。
封切時に見そこなっていたので、今回、DVDを買ってようやく
見ることができたのだが、いわばアメリカ西部劇版の「肉体の門」
というおもむきで、きわめて私好みの一本だった。
なんといっても「ラスト・オブ・モヒカン」のマデリーン・ストウ
がリーダーの4人組なので、拳銃をかまえた姿だけでぞくぞくする。

1890年代という設定なので、昨日の「駅馬車」とほとんど時代は
同じ。だから、服装も似たような姿だ。銀行家というのは、牧場
を奪ったりする近代資本主義の手先の悪人だったようだ。
うまい汁が吸えなければ、強盗が襲ってくる西部の銀行員になど
なり手がいないだろうから、銀行=悪という説には納得できる。

あと、変なことを考えたのは、西部劇の時代の馬に乗る女性たち
は、きっとお尻に騎乗胼胝ができて困ったのではないかということ。
あれだけ揺れる馬上で長時間ゆられ続けるのは苦痛だったと思う。
ちょっと残念だったのは、途中でマデリーン・ストウがぶっ放す
ガトリング機関砲が案外、迫力がなかったこと。
もっとすごい銃撃シーンになると思ったのに。
私が戦う女・闘う女が好きなのはやはり一種のグロテスク趣味な
のかもしれない。
RPGでパーティを組む時も、だいたい女戦士を先頭にして、チ
ェーンソーとか斬殺剣とか青龍刀とか電撃鞭とかの血みどろ系の武
器を装備させて、モンスターを殺しまくっている。魔法より武器を
使う女が好きなのである。


[1557] 魅了する詩型と駅馬車 2004年12月28日 (火)

休む。
通常なら休みのはずの土曜日を出勤しているのだから、別に代休
をとっても良いはずだし、病気の回復途上なのだから、引け目を
感じる必要はないのだが、放送局はサービス業務でもあるので、
年末の多忙時期に休むのははばかられるように教育されてしまっ
ているのが情けない。

とにかく、寝ながら、小川軽舟の『魅了する詩型』を読了。
著者は四十代の気鋭俳人。俳句誌「鷹」の編集長でもある。
現代俳句の存在意義を丁寧に誠実に解きあかそうとしている。
文章もペダンティシズムがなく読みやすい。
文章の背後に参考書の影がチラついているのもほほえましい。
師弟関係や類句・類想のあたりには異論があるが、おおむね、
誠実で共感できる現代俳句論になっていると思う。

夜、500円DVDでジョン・フォード監督の「駅馬車」を見る。
典型的な西部劇というわけで、面白さは文句なし。
ジョン・ウエインがこんなに若かったんだと感激。
俳優たちが、賭博師は賭博師らしく、アル中はアル中らしい顔つ
きなのが、いつもながらのアメリカの俳優陣の底の厚さを感じさ
せてくれる。
しかし、駅馬車というのは狭苦しくて、いかにも乗り物酔いしそ
うな乗り物だなあ。


[1556] 大惨事 2004年12月27日 (月)

朝刊を見て驚愕。
大津波で数万人の死者が出そうだ、とのこと。

こんなことを書いては不謹慎かもしれないが、私が激しい嘔吐に
襲われはじめた時間と津波の時間がほぼ合致している。
H・P・ラブクラフトが書き始めたクトゥルフ神話のシリーズの
初期の作品に、邪神クトゥルフが目覚める時に、世界じゅうの芸
術家がいっせいに悪夢や悪寒に襲われるというエピソードがあっ
た。なんとなく、そんなことを連想して不可解な気持ちになる。

とにかく、フラフラになりながら医者に行き、一時間半もかかる
大量の点滴をしてもらう。
これで、脱水症状をしのいで、とにかく、どうしても今日じゅう
にやらねばならぬことをこなすために会社へ行く。

夕方、また、急に冷え込んで来たので急いで帰宅。
あいかわらず、食欲はない。吐き気が消えたのだけがもうけもの。


[1555] 大津波 2004年12月26日 (日)

日曜日は「イルカのミュージックハーモニー」の日なのだが、今日
は、体調不良なので、休ませてもらった。
朝7時過ぎに起きた時は、別に風邪が悪化した兆候は感じなかった
ので、パンとコーヒーの朝食を食べたのだが、10時を過ぎたあた
りから、突然、今まで経験したことのないような吐き気に襲われ、
ムチャクチャに嘔吐する。
一時間に数回ずつ、間欠的に嘔吐感がこみあげてきて、ひたすら
蒲団とトイレのあいだを、這うようにして往復する。
夕方までの間の約7時間で、胃袋の中の内容物は胃液もふくめて
すべて吐きつくしてしまい、嗚咽だけが続くというありさま。
こんな悲惨な体験は生れて初めてだと言える。

有馬記念もM-1グランプリも見ずに、夜はやっと飲むことがで
きた薬をのみこんで、必死で眠る。

もちろん、大津波のニュースも知らなかった。


[1554] 心も寒いクリスマス 2004年12月25日 (土)

朝9時から、再びリライトチームに参加。
血圧が高くなっているうえに風邪もぶり返している。
身体の芯が寒い。
午後、久しぶりに丸の内オアゾの丸善によってみるが、もう、
ほとんど普通の書店になっている。
小川軽舟の『魅了する詩型』を購入。
夜は「めちゃイケ」のスペシャルを見る。


[1553] 巣鴨の傷痍軍人 2004年12月24日 (金)

恒例の「ラジオ・チャリティ・ミュージックソン」ということで
「ビバリー昼ズ」チームは、巣鴨のとげ抜き地蔵の近くで募金活動。
傷痍軍人が居たのでびっくりする。
高田文夫、松村邦洋、永田杏子といったタレントさんも入ったチ
ームで、正午から午後三時まで募金活動。

その後、帰社して、夜十時までメールのリライトチームに参加。
疲労困憊の一日。


[1552] いわゆる業界的ということ 2004年12月23日 (木)

「テリー伊藤ののってけラジオ」のラジオカーのレポートは
渋谷のハチ公広場にあるNTTの電飾クリスマスツリーの前
からやるという予定だったが、天皇誕生日ということで、街
宣車の上から、蜿蜒と演説をしている人達がどいてくれそう
もないので、急遽、パルコの前からに変更。

「短歌研究」一月号の鼎談批評で、小池光作品「白桃のしづく
きよらに垂れむとす言葉の世界の『寒雲』の上に」に対して、
下記のように述べている。

 「カギかっこでくくってあるから『寒雲』が本の名前だろうと
  いうのはわかるとしても、誰の本なのか、「白桃」が歌集名
  なんてまずわからないと思う。こういう形で、業界の人間だ
  けがわかるというところにどんどん行こうという姿勢を、い
  いと考えるのか、やっ゜りおかしいと考えるかだよね」

また、それに続いて次のような発言もある。

 「知識を持っている読者と持っていない読者を差別していく、
  作品を識別していく行き方にするかどうかですね。これは
  ずいぶん境目のところに来ている感じだと思います。
  「短歌研究賞」の対象になったもう一つの方の「荷風私鈔」
  もそうですね。『墨東綺譚』を知らないとそのパロディの
  味がわからない。ぼくはあそこまでゆくとちょっと……、
  という気がして、あんまり面白くなかったですけどね。ま
  あ、興味のない奴は読まなくていい、作品がそう言ってい
  るけどね」

ということで、斎藤茂吉に関する文学的知識を要求する作品を
「業界的」と言っているわけだが、それはちょっと言葉の使い
方が間違っているのではないかと私は思う。
業界的というのは、歌壇・歌人に対してあまえた弱い歌という
ことではないだろうか。現代歌人の名前を安易に出した歌など
が時々短歌専門誌に載っているが、そういうものこそが、業界
的だと悪い意味で言われるべきだと思う。
さらに、短歌の読者には、永井荷風の『墨東綺譚』くらい読ん
でいてほしいと私は思う。私は小池光の「荷風私鈔」は、現代
短歌の傑作と思っているだけに、原作を知らなければパロディ
がわからないなどという横着な意見には、あえて異をとなえて
おきたい。


[1551] オールマイライフ 2004年12月22日 (水)

朝から体調がすぐれない一日。
「ビバリー昼ズ」のゲストは哀愁の50代デュオのペーソス。
生演奏で「独り」を歌ってもらう。
「咳をしても一人」という尾崎放哉の孤独と都会のワンル
ームのマンションに一人で暮らす50代の男の孤独を重ね
あわせた、このうえなくせつない歌。

生放送を過ぎても、体調は不調なので、医務室でお医者さんに
診断を受け、そのまま帰宅。

「短歌」「俳句」「詩歌句」「狩」が来ている。
伊藤一彦さんが編纂した岩波文庫の『若山牧水歌集』も
贈っていただいている。
「狩」は、鷹羽狩行氏のご配慮で、お送りいただいたのだ
ろう。ご厚情に深謝します。

「俳句」には「雪月花と日本の詩歌」という文章を書かせて
いただいている。
これも海野編集長のご配慮によるもので感謝する。
こういう基本的な詩歌の認識にかかわる文章を書かせて
もらうと、自分の知識がいかに付け焼刃なものかという
ことがわかり、情けなくなる。
詩歌の世界の奥深さを思い知らされながら、青息吐息で
書き進めた文章だが、これを書いたことで、自分の内側で
古典詩歌に対する姿勢が確かに変化したと思う。
えがたい経験をさせていただいた「俳句」編集部の皆様に
心から感謝します。


[1550] 米粒写経を知ってますか? 2004年12月21日 (火)

「ビバリー昼ズ」の若旦那祭りのゲストは元ワンギャルの石井あみ。
お母さんは、むかし、バスクリンなどのCM女優だったそうだ。

夕方、東京若手漫才の最終兵器と私が思っている米粒写経の二人
に会社へ来てもらい、オールナイトニッポンの若いディレクター
たちの前でネタみせをやってもらう。
笑いのつくりにインテリジェンスがあり、それをアナクロ趣味な
ボケでかわしていくので、予想どおり、おおいにウケた。
なんとか、もっと、みんなにこの面白さが知られるように協力し
たいと思っている。

帰宅後、「短歌研究」一月号を読む。
矢部雅之さんが「短歌時評」で、「現代短歌に真向かおうとする
執念」を藤原の発言に感じる、書いてくれている。
執念という言葉は自分では意識していなかったが、私の内部にあ
る思いは確かに「執念」なのかもしれないとも思う。
矢部さんの指摘に感謝したい。


[1549] 浅草最終出口 2004年12月20日 (月)

「ビバリー昼ズ」のゲストは浅草キッド。
大晦日の格闘技のみどころ解説をしてもらう。
私としては、プロレスラーが格闘技者に負けるのだという
事実をつきつけられた端緒をつくった安生洋二VSハイアン・グ
レイシーに期待している。安生が勝つ可能性はきわめて低いが、
10年目のグレイシー一族への復讐である。


[1548] 心の闇、心の光 2004年12月19日 (日)

朝六時出社。
2時間番組の送出。
今日はMOの編集は必要ないので、火曜日の番組のQシートを
書いてすぐに帰る。

帰宅後、競馬を見ながら、本の整理。
馬券は今週は自分で考えずにサンスポの加藤記者にのる。
とりあえず的中したが、嬉しくもない。

夜、NHKの特番を少し見るが、こんな番組が逆効果になるとは
思わないのだろうかと疑問を持ちつつ、読書に切り替え。
本の整理の最中に出てきた筒井康隆の『旅のラゴス』を読了。
もっと早く読めば良かったと悔むほど感じの良い小説だった。
私の好きな異世界の旅モノで、ただし、異世界のディテールを
書くというより、主人公ラゴスの行動と心理を描写することに
作者の興味が集中している。
徳間文庫版で読んだのだが、解説の鏡明も筒井の中でいちばん
好きな長編小説だと書いていた。
世の中にはまだまだ読むべき小説があるのだと、しみじみ思う。


[1547] 真夜中のドア 2004年12月18日 (土)

久しぶりの休日。
本の整理をする。
ボール箱にとりあえず三つ分になる。

「NHK歌壇」1月号61ページに載っている小野茂樹の
母親と一緒の写真の笑顔がまぶしい。
このような明晰な笑顔で母親と並んで写真を撮ってもらえる
ような精神をうらやましいと思う。

「特選落語会・平成紅梅亭」のDVDを見る。
・林家染丸「豊竹屋」
・林家染悟楼「寄合酒」
・桂米朝「抜け雀」
・桂小春団治「浮世床」
・桂春団治「代書屋」
・桂文枝「天神山」
どのネタもきちんとカットなしで収録されている貴重な
記録映像になっている。
読売テレビ開局45周年記念のDVDということなのだが
非売品なのだろうか。


[1546] この素晴らしき世界 2004年12月17日 (金)

今日もタイトルと内容は無関係です。

「ビバリー昼ズ」のスタジオへ、ちょっと顔を出しただけで
あとは日曜日の番組のタビング作業。

なんということもない一日。

表現は、他のジャンルを羨望し、模倣しようとする時、
衰弱する、という言葉が心に突き刺さってくる。


[1545] 師走も半ばを過ぎて 2004年12月16日 (木)

「テリー伊藤ののってけラジオ」のレポートコーナーで、関口房
朗さんのところへ伺うつもりでいたら、今週は別のディレクター
が行くことになっている、とのこと。
急に午後からの時間が空いたので、ひたすら編集作業に没頭する。
日曜日の本番のあとでやるつもりだったものが早めに終ってしま
い、ラッキーだった。

夕方、NHKのディレクターのYさんが来訪。
短歌の現状について話したあと、民放とNHKとの違いなどにも
話が及ぶ。
サッカーのドイツ戦を控えたスタジオなどを少し見学してもらっ
てから別れる。

9時前に帰宅。
気がつくと師走ももう半ばを過ぎている。


[1544] 丹下左善など 2004年12月15日 (水)

「ビバリー昼ズ」の本日のゲストは現在、新橋演舞場で、初の
座長公演「丹下左善」に出演中の中村獅童さん。
高校生の頃、中野坂上近辺で、松村邦洋を見かけて、仲間と一緒
に「マツムラだ〜!」と追いかけた、というエピソードが笑える。
松村邦洋が、ちょうど、「電波少年」で渋谷のチーマーにボコボコ
にされ、いじめられキャラとして目だって来た頃の話だろう。

午後は今日も「人生相談」。
アダルトサイトの不正請求がいかに多いか、また、案外簡単に
人はそれにひっかかってしまうのか、ということを実感する。

「歌壇」1月号の「短歌と俳句の演技性」という佐佐木幸綱、
仁平勝両氏の対談で、仁平氏が以下のように述べている。

「うんと昔の話ですけれど、『サラダ記念日』が出たとき、藤原
 龍一郎が、もう桑田佳とかユーミンがやりつくした世界じゃな
 いかということを書いたので、それに反論したことがあるんで
 す。五七五七七のリズムに合わせてものを言うのは、桑田やユ
 ―ミンの歌とは本質的に違うんだって」

同時代の他のジャンルと競い合う意志がなければ、短歌形式を選択
する根拠がありませんよ、というのが私の真意。
すでに先行して在るものを五七五七七でコピーしただけでは、何の
価値もないし、それに気付かないこと自体、表現者としての感受性
を疑わざるをえないという思いは今も変わらない。
ところで、岡野宏文、豊崎由実の対談書評集『百年の誤読』(ぴ
あ)では、豊崎由実が『サラダ記念日』に対して「そっかなあ、
そんないいもんかなあ。ユーミンなんじゃないの、これは」と
基本的には私と同じ視点から否定している。

精神論に聞こえるだろうが、常にオリジナリティを至上のものと
するという志がなければ、表現行為をなす意味がない、と思う。


[1543] レイクサイド・マーダーケース 2004年12月14日 (火)

「ビバリー昼ズ」のゲストは役所広司さん。
新作映画「レイクサイド・マーダーケース」を中心とした話題だ
が、今年見た映画や本のオススメ、あるいは自宅で休暇中に、カ
ラスに襲われた話など面白い話が聞けた。

午後は「人生相談」の録音。

現代歌人協会の会報に、大橋栄一さんが落合京太郎の最晩年の歌
を紹介している。

・阿るな恐れるな超えむと努めよう先生に恩を返さむ人々

歌の中の先生とは土屋文明のことだそうだ。
心に重く熱くつたわってくる一首だ。


[1542] 天上も淋しからんに 2004年12月13日 (月)

正午まで寝て、出社。

鈴木六林男氏が亡くなったとのこと。
「里」のBBSに、櫂未知子さんが訃報を書き込んで
くださったので知る。
朝刊がないので、夕刊に記事が出ていた。
最後に鈴木さんの姿を見たのは、三橋敏雄さんを偲ぶ会の
席上だった。
この席で、一名だけ挨拶するということで、六林男さんが
三橋さんへの追悼の言葉をおしゃべりになった。
この時の正直な印象は、ぐっとふけこんだなあ、というもの
だった。私の耳には声も弱弱しく感じた。
しかし、鈴木六林男が健在であり、また、その会場には
桂信子さんも居たので、さびしさよりも、まだ、その健在を
恃む気持ちのほうが強かった。
そして、その偲ぶ会の夜に、佐藤鬼房さんの訃報を知って、
いっそう、六林男、信子を恃む気持ちがわいたのだった。

世代交代が各分野で生じている。
今、あなたや私が詩歌表現をなしていることは、
先人の仕事に接続しているのだ、との思いをあらたにする。

夜、特番のために来社している笑福亭鶴光師匠に挨拶に行く。
差し入れのかずのこや鯛のお刺身をご馳走になってしまう。


[1541] 歳月と加齢 2004年12月12日 (日)

6時に出社。
2時間の番組を送出したあと、録音番組の編集。

昼過ぎに一度帰宅。

夜8時に再出社。
「オールナイト・ニッポン・エバーグリーン」の生放送。
さまざまな時間が流れ、月曜日の早朝、6時に帰宅。
睡眠。歳をとったな、と、思う。


[1540] 木枯しは寒く乗換駅を 2004年12月11日 (土)

土曜日は本来唯一の休日なのだが、本日は出社。
ヒロシのスケジュールが、今日の午後にもらえたため。
スタジオの数が少ないので、タレント側のスケジュールと
録音スタジオの空き時間の調整が、12月は特にむずかしい
のだが、今回は奇跡的にスケジュールとスタジオの空きが
一致していた。こういう場合は、こちらの都合を言っては
いられない。
録音そのものは一時間足らずで終了。ほっとする。

録音を終えて、急いで池袋の東京芸術劇場の会議室でおこなわれ
ている「短歌人」忘年歌会へ。
後半の司会担当だったのだが、30分以上も遅れて、前半担当の
小野澤繁雄さんに迷惑をかけてしまった。
歌会ののち池袋ライオンで忘年会。
風邪がぶりかえしそうなので、一次会だけで帰宅。


[1539] 真冬の展翅盤 2004年12月10日 (金)

「ファウスト」4号で、編集長の大田克史と「新潮」の編集長の
矢野優の対談を読む。
舞城王太郎や佐藤友哉をメフィスト賞でデビューさせたのが大田
であり、彼らを純文学畑に導き、きわめてユニークな作品を書か
せることで、純文学シーンを変革しようとしているのが矢野、と
いう理解でとりあえずは良いだろう。

こういう対談を読むと、編集者が新しい才能を発見し、育成する
過程がきわめて刺激的に感じられる。
かつて、短歌専門誌でこれを実現させたのが、中井英雄というこ
とになるわけだ。
短歌の世界にさらに新しい才能を(それも変格ではなく本格的な)
導くことができるのは、新人賞の選考委員である歌人たちではな
く、編集者であるという時代はもうこないのだろうか。
「短歌ヴァーサス」の荻原裕幸さんが、それにあたるのだろうと
期待はかけている。
ここ数年の新人賞で登場したもっとも大きな才能は、やはり、小
島なおだと私は思うが、荻原さんを含めたそれぞれの短歌専門誌
の編集長が、彼女に対してどのようなスタンスをとって行くかは
とても興味深い。単に作品を依頼して掲載するというだけが、編
集者の仕事ではない。もちろん焦る必要はないが、まだ無垢の小
島なおという新鮮な才能への初期の方向付けをしてあげることは
角川「短歌」の編集者に限らずとも、できることではないか。

寝ながら、「新潮」創刊100周年記念特大号に掲載されている筒
井康隆の「耽読者の家」と佐藤友哉の「死体と、」という二短篇
を読む。筒井は読書による教養の復権を老獪に語り、佐藤はフェ
ティシズムをキーにして人間の心の暗部を才気たっぷりに描く。